ゴーストに恋して

田丸哲二

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第十章・学園での決戦

魔王の剣とブラックホール

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 田代は意識朦朧となり、頭上に形成された血の王冠に頭脳を奪われ、黒い蛾の絨毯に乗って壇上に着地して聖書台の『禁断の書』を挟んで司祭と対面した。

כומר, אתה מוכן?
(司祭、準備はいいのだな?)
כן.  יש חרב של מלך השדים.
(はい。魔王の剣をどうぞ。)

 洗脳者の視界にはモノクロームに見えたが、松田が撮影するVlogカメラには鮮やかな血色の王冠を被った者が映り、駐車場のワゴン車に設置したモニターにライブ中継された。

「なんなんだ?」
「コイツが魔王か?」
「とにかく急げ、間に合わなくなるぞ」

 安川と角田がワゴン車の後部席で儀式の映像を観て驚愕し、長谷部に急かされてノートPCでエディバーのサイトとSNSに動画をアップした。

 通りの洗脳者が駐車場の方にも集まり始め、ワゴン車のドアを閉めてロックしたが、ルーフの衛星アンテナと荷台の機材が壊される危険性があった。

 もう一台のノートPCでは『ghost』のパスワードで接続したネットワークチャンネルにエンドレスでメッセージを送っている。

【暗黒の儀式が進行している。至急、ゴーストの参戦を願う。】

 各地に彷徨うゴーストが、病室の待合室、カフェ、駅のホーム、車内、コンビニの休憩所、葬儀場、大学キャンパスなど、人間がスマホやタブレットでSNSの動画を見ているのを覗き込む。

 そのメッセージは海外のゴーストにまで届いたが、世界のモノクローム化など興味はなく、人間の為に戦う気はなかった。

『ブラックホール……?』

 しかし魔王が暗黒物質ダークマターで形成され、霊魂を吸い込むブラックホールを作り出す存在である事を映像で知る。

 センシティブな少年少女はInstagram、TikTok、YouTube、Twitterなどで魔王が飛ぶ動画を観て騒ぎ始め、次々と拡散させて#暗黒の儀式 #魔王 #モノクローム化がトレンド入りし、エディバーのクリエイターは『禁断の書』の儀式だと確信した。

『モノクローム化の危機』

 人間の思念がゴーストの波長と合致し、黒い雲の渦巻く学園の上空に浮かぶ空中潜水艦エアサブマリンが受信し、異次元プリンターでエネルギーを増幅させて体育館に送信する。

「ねー、生徒の洗脳が解けてない?」
「暗黒のエネルギーが弱まっている」
「でも、司祭が書物を魔王に捧げたぞ」
「レン……」

 目を閉じて想像イマジンする連を文子と久美子と順也が囲み、天井から降下したフクロウのペンが連の差し出した手にとまり、目を開けた時にはクスノキの銃に変身し、江国の死角に立つ景子もそれを見て微笑んだ。

 この時、空中潜水艦エアサブマリンのゴースト職人が機器を操作し、異次元プリンターをフル稼働させ、体育館の四人のゴーストも天井に張り付いた剣と盾を剥がす。

 連はクスノキの銃に銀色ドングリ弾を素早く装填し、文子の肩を借りて司祭の眼を狙うが黒い蛾に視界を塞がれた。

「何をしてるの?」

 江国が慌てて連に駆け寄るが、景子に足を掛けられて転び、席から逃げる生徒に踏まれ、壇上へ近付く洗脳者も入れ乱れ場内は騒然となった。

 松田は前へ進む洗脳者に紛れ、魔文字と黒い蛾の舞う壇上の司祭と魔王にカメラを向け、血の王冠を被って半身黒ずんだ異形の者が司祭の開く『禁断の書』に右腕を差し込むのを撮影した。

『始まった……』

 本の中程のページ、盛り上がった中央の床に剣が突き立つ八角形オクタゴンの牢獄で、MOMOEは魔文字が乱れ飛ぶ夜空に明かりが差し、黒い腕が雲を掻き分けて鉄柵の天井を破壊して侵入するのを端に寄って見上げた。

『そのソードを魔王が抜く時、牢獄は崩れ、お前はブラックホールに吸い込まれて消滅する』

 司祭が恫喝した言葉を思い出し、MOMOEは自分の死よりも世界が終わってしまう事を危惧し、雲の霞む空に微かに映る魔王の顔を睨む。

 しかし魔王はMOMOEなど見向きもせずに突き刺さったソード柄頭ポンメルを掴み、獣の歯を剥き出しにして力を込めた。

 ズズッと剣身ブレイドがズレ動き、床の亀裂が広がって孤島の岩壁が崩れて牢獄がガクンと沈み込み、周辺に渦巻くガス雲が荒れ狂う。

 MOMOEは揺れる鉄冊に掴まり、ピンクのリボンにブルーラインのシャツの袖を縛った紐を投げてリボンの輪をガードに引っ掛けた。

 魔王が渾身の力で剣を引き抜くと、牢獄は完全に崩れ落ち、孤島全体が周辺のガス雲に呑み込まれ、MOMOEは剣に引っ掛けた紐に引っ張られて浮き上がり、一旦静まったガス雲が黒い穴になり、一気にブワッと広がって巨大なブラックホールが誕生した。

『本の扉を閉じないと、全てが吸い込まれる』

 MOMOEは靴が穴に落下して粒子になって消えるのを見て、必死に紐を掴んで魔王の腕と顔を見上げ、世界を救うにはこの者を葬るしかないと思った。
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