レイロク・猫のミュージック

田丸哲二

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第一楽章・謎の行進曲

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 日の暮れた街の通りを堂安友太はイヤホンをして音楽を聴き、雑多な人の流れに紛れて俯き加減で歩いている。いつもと変わらない風景であるが、地下鉄駅に入って改札の方を見ると、数十匹の猫の群れが列になっているので不思議に思った。

 猫は我が物顔でゾロゾロと改札を通り抜け、先頭の背中にリュックをして首にBOSEのヘッドホンを掛け、赤いキャップと白いマスクをした少女について行く。

 堂安友太は驚いて窓口の駅員に視線を向けたが、通勤客と話して気付いてない。

『マジか?』

 まっ、いいやと友太はポケットに手を突っ込み、猫の列の最後尾について改札を通り過ぎた。

 都会では有り得ない光景ではあるが、友太はそれほど気にかけてはいない。夜間高校の帰りで疲れていたし、人間社会と関わるのは好きじゃなかった。

『人間は苦手だ』

 中学校の後半は不登校で引きこもっていたし、今も苦手意識は消えず、地下鉄ブルーラインであざみ野駅から三ツ沢上町駅まで通うのがリハビリみたいな感じだ。

 ヘッドホンをした少女と猫たちと一緒にエスカレーターと階段を降りて、同じホームの後ろ付近で電車を待つ。猫の集団は少女の周りに集まり、おとなしい猫もいれば、じゃれて遊んでいる猫もいる。

『自由気ままな猫が羨ましい』

 ホームの真ん中辺りにサラリーマンと学生っぽい人が数人いたが、別に猫を気にする素振りはなく、友太は流石に変だと思い始め、電車が到着すると猫たちの同じ後方の車両に乗って少し離れた座席に座り、斜め向かいの席でマスクを外した少女に視線を向けた。

『年下かな?』

 スタジャンに膝に穴の空いたジーンズ。マスクはポケットに入れてリュックを床に置き、ショートの髪を整えてキャップをかぶり直し、猫の群れを眺めて微笑む。

『ボーイッシュな猫好き』

 猫はあらゆる種類がいて、黒猫に三毛猫、ロシアンブルー、シャム、メイクィーン、アメリカンショートヘア、ペットショップで見かける猫が勢揃いして、少女と友太を乗せた電車は地下鉄の暗いトンネルの中へ向かう。

 友太はイヤホンで70年代頃のポップスを聴き、時折少女と猫に視線を向けてリズムに合わせて軽く首を揺らす。エルトンジョン、ビリージョエルにビートルズ。今流行りのを聴かないのは、ある種の現実逃避かも知れない。

 そして電車がスピードアップして暫く走ると、猫たちが緊張したように耳を立て、突然すべての猫顔が一斉に前方を向いたので、友太もそれにつられて前を向き、それに気づいた少女が友太を睨んだ。

 しかし少女は友太を無視して唇を引き締め、前に置いたリュックから何かを取り出す。

『マイクロホン?』

 それは野鳥の鳴き声を録音するような大きめなマイクロホンだった。それとPCMレコーダーを手にし、ジャックを接続してヘッドホンを耳にあて、すっと立ち上がって車両の最後尾へ移動し、車窓に流れる暗いトンネルを眺め、猫たちもゾロゾロとそこへ集まって行く。

『なんなんだよ?』

 友太は改札で見た時以上に不思議な光景に目が離せなくなった。少女は最後尾の車両の壁を背にして床に座り込み、マイクロホンをセッティングし、何か録音しようとしている。

『電車音マニア……』

 そして区間の中頃で電車が突然揺れ、それに合わせるように猫が一斉に鳴き始め、数秒間続いて少女は真剣な表情でヘッドホンで聴きながらマイクロホンを向けて微笑んだ。すると猫たちは最初の頃のようにじゃれ合ったり寝転んだりして、一仕事終えたようにリラックスした。

『まるで、何かの儀式みたいだ』

 少女もマイクロホンとレコーダーをリュックに仕舞い座席に戻ったが、ヘッドホンを首に掛けて友太にボソッと声をかけた。

「見えるのか?猫たち」

 少女の唇はツンとして可愛かった。

「えっ?」

 友太もイヤホンを外して聞き返す。

『猫たち……、とだけは聞き取れたが』

 少女が唇を突き出して友太を見ているので、ドキドキして次の言葉が出てこない。

「まっ、いいや。見えるヤツがいたって不思議じゃないから」

 少女は一人で納得してそう呟き、席に深々と座ってヘッドホンをして友太を無視し、電車がホームに着くと猫たちと急いで降りて行った。

 それを呆然と見ていた友太はイヤホンを外したまま、最初の言葉を考えた。

『見えるのか?猫……』

 停車した電車が次の駅に向かって走り始め、少女と猫たちが反対行きのホームへ行ったのが見える。そこにも数人の乗客がいたが、猫に視線を向ける者はいなかった。

 それで友太はやっと気付いた。少女が話しかけた顔が頭の中に蘇り、あの猫は普通の人には見えないんだと気付く。

『一匹も……』

 友太はハッとして席を立って振り返ったが、車窓のガラスに映っているのは自分の顔と暗闇だけだった。
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