あふれる愛に抱きしめられて

田丸哲二

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悲しき雨女

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 冷たい雨の降りしきる代々木上原の裏通りをキヨスクで買ったビニール傘をさして雨川紗織が歩いている。時折、立ち止まって曇った空を睨み、さっきまで乾いていたアスファルトに水溜りができ、水が跳ねて流れるのを眺めて、不幸の代名詞を贈られたあの台風の日を思い出した。

雨女あめじょのせいじゃないの?」

 小学校の遠足と運動会は紗織が入学してからずっと雨で中止。中学生になるとスーパー台風がきて街は大雨になり、川が氾濫して付近の家は軒並み浸水した。

 美しい故郷の風景が一瞬にして泥水に呑まれ、農作物は出荷不良になり泥沼に変わった。湿っぽい異臭と自然の脅威に絶望を感じる日々……。


 それから紗織は七回もの引っ越しを繰り返したが、その度に半径25km範囲で大雨になり洪水や土砂崩れなどの災害が続いた。

『つまり私が行くところへ、悲しき悲運が空から降りかかる』

 今は家族と離れて一人で東京の郊外のアパートに住み、吉祥寺のアンティークショップでひっそりと働き、空と人とは関わらないようにしている。

 いつもなら折り畳み傘を持っているが、そんな自分が嫌になって今日は敢えて手ぶらで待ち合わせの店に来た。暖簾の前で少し迷って『雫』という小料理屋の戸を開けると、玄関の傘入れにびしょ濡れのビニール傘を突っ込む。

「ごめんください。雨川と言います」

「ああ、紗織さんですね。皆さまお待ちしておりますよ」

 着物を着た店員に奥の座敷に通されると、妹の友香と老若男女が三十人程集まっていて、一斉にこっちへ顔が向けられた。子供とご夫妻、学生からお年寄りまで、何となく見覚えのある人々ではあるが思い出せず、紗織は上座の席に座らされて何事かと隣の妹にこそこそと聞く。

「なんなのよ。親戚の集まりとか言ってなかった?」

「似たようなもんじゃない。お姉ちゃん、そう言わないと来てくれないから」

「私たちも、今日初めて会う方ばかりなんですよ」

「そうなんですか?」

「まだ、わからないのね?」

「紗織さん。みんな、貴方に感謝して今日集まったんですよ」

「もちろん、私たちの奢りですから。お好きな物を好きなだけ食べて栄養をつけてください」

「えーと、よくわからないけど、ありがとうございます」

「疲れてるんじゃないの?」

「あのときより、やつれたみたい」

「おねーちゃん。老けたね?」

 子供がそう言って、隣の母親が口を塞いで苦笑いしている。紗織は口々に自分のことを話す顔ぶれを眺めまわしてやっと気付いた。

「お姉ちゃん。凄いじゃない。みんな、お姉ちゃんに命を助けられたって、感謝してるんだよ」
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