あふれる愛に抱きしめられて

田丸哲二

文字の大きさ
7 / 7

雨降って地固まる

しおりを挟む
 紗織はこれが雨女の最期かと思い、自分の事よりも他の人たちが助かるように冷たい暗闇の中で祈った。

『もし私が災いを招いたのであればお許しください』

 そう心の中で謝罪して眠りに付く。救助に向かう筈の雨女が冷たい水に濡れて土砂に埋まっている。

『自業自得……。雨女が降らせた雨で死ぬなら本望……』

 しかしながら、神はまだ紗織を大地の生贄にするつもりはないのか、目が覚めると地上から物音が聴こえてきた。

 そして光の眩しさに手をかざして目を開けると、紗織は数人の救急隊員に瓦礫の下から引き上げられ、担架に乗せられて運ばれた。

 空を見上げると夜が明けて雨が上がり、目の前に神野洋介の顔が現れて声を掛けられる。

「大丈夫か?紗織」

「な、なんで、あなたがいるのよ?」

 洋介の背中から朝陽に輝く七色の虹が空に架かり、愛の伝道師は雨女の窮地を感知して助けに現れたのかと感嘆したが、実際には被災地へマッサージのボランティアで訪れただけだった。

『後で聞いた話だが、洋介もすぐ近くの温泉宿に泊まってボランティアの疲れでぐっすり眠っていたらしい』


「晴れるのが、遅過ぎるじゃない?」

「ああ、雨女の方が強かったって事だ」

 洋介はそう言って微笑んだが、紗織はまた気を失うように救急車のベッドで眠ってしまった。

『悔しいけど、彼の顔を見て安堵してしまったのである』

 幸いにも紗織の怪我は軽傷で、救急車で病院に運ばれたが午後には退院して、洋介もボランティアで忙しかったので長く話す事もなく東京へ戻った。


『それから一ヶ月後、私たちは故郷で結婚式を挙げる事になった。土砂に埋まって死ぬと覚悟した時、もし助かったら私の方から彼に逆プロポーズしようと決めていたのである』

 散り散りになっていた家族も久しぶりに集まり、雨女が助けたと言い張る地方の人々も長野まで駆けつけ、雨女と愛の伝道師との結婚式が盛大に行われた。

 予想した通り式が始まる朝に優しい雨が降り始め、式が終わる頃には雨が上がって虹が架るという自然のウェディングプランになった。

 集合写真は今見ても泣けてくる程、みんな晴れやかな笑顔で向日葵みたいに並んでいる。

 そして不思議な事に、洋介と結婚して紗織の雨女アメジョの能力は失われた。

 紗織が葡萄園を手伝うようになってから雨が適度に降り、素晴らしい品質の葡萄が実っていると洋介は自慢げに話している。

「君と僕とで調和されたんだよ」

『つまり適度な雨女になったと言うことか?そしてこれは殆ど変わりなく、私は時々疲れて心が渇いてくると、彼に思いっきり抱きしめられて潤っている』



「あふれる愛に抱きしめられて」end.
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...