亡霊サミット

田丸哲二

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第一章・重要機器を巡る争い

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 坂本和也は床下を背泳ぎの要領で移動して、待合室を出てロビーで戦っている大和拓郎と合流するつもりだったが、アルミケースが床下に引き込めず、右腕を伸ばして床上を引きずり、ヴィクトルが腰を屈めて満面の笑顔で覗き込む。

「are you playing?」(お遊びか?)

 ヴィクトルの声が拡散して耳に響き、膜のフィルターでぼやけた視界に福子がギアを一段アップし、ヴィクトルの股関節を連打して更に股間の急所を蹴り上げるのが見えたが、腕時計の針が2分過ぎを示して福子の動きが止まる。

「くそっ、ダメだ」

 福子は黒服で防御された部分を攻撃しても無駄な事はわかっていたが、和也を援護するには連続攻撃を仕掛けるしかなかった。

 ヴィクトルはアルミケースを浮き餌にして、ビーンズの効力が薄れて和也が浮上するのを待ち、余裕でドアを通り抜けようとした時、福子の渾身の回し蹴りがヴィクトルの側頭部を襲う。

『福子……』

 和也が振り返り、飛び蹴りがヒットしたと一瞬期待したが、すぐに溜息を漏らして床下から浮上し、待合室へ戻ってドアの内面から霊体を半分ほど露出させ、福子がジャンプした状態で足首を掴まれているのを茫然と眺めた。

 ヴィクトルは右腕で蹴りをブロックして左手で福子の足首を掴まえると、床に叩き落として頭を叩き割り、霊魂が消滅するのをイメージして笑みを零す。しかし福子の狙いはヴィクトルの攻撃を誘い、油断した状態で接近する事にあった。

 持ち上げられた反動を利用して、もう一方の自由な左足でヴィクトルの顔面へ蹴りを放ち、足首を直角に曲げて爪先で右眼を潰す。

「おらぁ~、渾身の蹴り」

 ガードした指の間から運動靴の爪先が右眼の窪みに食い込み、ヴィクトルが「ウグッ」と梅き、一歩二歩後退して仁王立ちになり、福子は肩を踏み台にして後方に回転し、両手を広げて着地した。

「流石、福子」

 ドア面から観戦していた和也が歓喜してグッドサインを出すが、ヴィクトルは窪んだ右眼に三本指を差し込み、瞼をこじ開けて眼玉を露出させ、人差し指と親指で作った輪から視線を向け、睨まれた和也は「you too」と……アルミケースを抱えて後退する。

「つま先の食い込みが甘かったか?」

 福子は運動靴ではなく裸足だったら潰せたのにと嘆き、和也の方へ走り出して一緒にドアを通り抜けるが、身を低くしたヴィクトルがダッシュして襲い掛かり、肩からドアにタックルしてアルミケースごと和也と福子を突き飛ばす。

「苦戦してるのか?」

 ドミニカとバトルを繰り広げていた拓郎が、待合室のドアからロビーに転がる二人を見て攻撃の手を止め、ドミニカもアルミケースを拾い上げたヴィクトルを振り返り、「No good」と左眼を負傷している事に驚く。

 ヴィクトルのパートナーに選出されたドミニカは『霊ゾーンより日本国へワープして、世界のパワーバランスを変える秘密機器を奪う重要なミッションである』と指令を受けたが、KGBの特別教官を務めるヴィクトルとならば、簡単に遂行できると考えていた。

「No way?」(まさか?)

 平然と仲間に近寄る大和拓郎の肌にうっすらと汗が滲んでいるのを見て、自分と同じくウォーミングアップだったと気付く。

(拓郎は福子の格闘能力を信頼し、初対面の敵は少女と油断するので、勝つ確率は格段にアップすると待合室へ送り込んだ。)

「ユージン・レブノフは?」
「奴に消された。冷酷で残虐」
「福子。あいつ、そんなに強いのか?」
「黒虫の防御が強固でさ」
「それは俺も感じた。発力が弾かれる」

 拓郎と福子と和也がアルミケースを手にしたヴィクトルと対峙して対策を練り、ドミニカは日本の工作員を警戒しながらヴィクトルに近寄り、「Are you okay?」と負傷した左眼を気遣う。

 ヴィクトルは「No problem」と微笑み、日本の工作員の方へ顎を向けて、日本語を理解するドミニカに質問した。

「What are they talking about?」(あいつら、なにを話している?)
「I'm thinking of a strategy for black clothes」(黒服の攻略を考えているのよ。)

「黒服を打開しないと勝ち目はないぞ」
「殺虫スプレーが欲しいねー」
「とにかく、ユージンの為にもケースを取り戻そう。人数的にはこっちが有利だ」

 拓郎が一歩踏み出し、和也も仕方なくその後に続くが、何故か福子は足元を見て「ひえ~」と喚き、運動靴に黒虫が一匹張り付いているのを指差し、和也が運動靴とヴィクトルの下腹部を見返して、黒服の股間部分に切れ目が生じて白い生地がチラついている事に気付く。

「社会の窓が……開いた」

(昭和の時代、男性のズボンのファスナーが開いていることを『社会の窓』と言った。)
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