亡霊サミット

田丸哲二

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第二章・亡霊サミット

ドミニカの憤り

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 モスクワ、ルビャンカ駅で電車を降りたドミニカは胸を手で押さえて疼く痛みに耐え、生者が追い越して行くのも気にせずに足を引き摺って地下鉄の階段をゆっくりと上がり、ルビャンカ広場に出ると黄色い煉瓦造りのビルを眺めて暫し佇み、広島空港でヴィクトルと一緒に霊界ゾーンへ侵入し、負傷した体でワープした時の事を想い起こす。

「生き残る為とはいえ、やり方が汚い。見損なったわ」

 安全を期して日本語で呟き、亡霊KGB本部・ルビャンカビルの玄関で待ち受けるヴィクトルに笑顔を見せて、体の状態は万全であると強がる。

 しかし実際には胸と足の痛みで立っているのも辛く、痛手を被る事になったヴィクトルのやり方に憤慨し、さっきまで「クソ。ブタ野郎」と悪態をついていた。

 一昨日、広島空港で日本の工作員と激闘を繰り広げたドミニカは防護服がボロボロになり、霊界ゾーンをワープして出現する筈の位置がズレ、サンクトペテルブルクの路上に落下し、安宿の一室に転がり込んでベッドにうずくまり、黒虫が防護服を修復するの待った。

「そっちはルビャンカ広場に到着したか?」

 玄関前の階段を上がり、早口で日本語で質問したのでヴィクトルは首を傾げ、気を取り直してロシア語で「Здравствуй」と挨拶すると、ヴィクトルも笑顔を取り戻して両手を広げてドミニカをハグした。

 ヴィクトルは霊界ゾーンの出入り口で拓郎の掌底しょうていを下腹部に受け、防護服の黒虫が粉砕されて損傷が広がり、先にワープしたドミニカにしがみ付き、防護服の生地を掴み取って黒虫を自分の防護服に移植させ、逆にドミニカの防護服の損傷が悪化し、一歩間違えれば霊界ゾーンに呑み込まる危険性があった。

 先に玄関の扉をすり抜けたヴィクトルはドミニカをルビャンカに招き入れ、悪びれた様子もなく隣りに寄り添って、重要機器はアマテラスガンと名付けられたと教える。

「Amaterasu's gun?」
「Получена информация о саммите」(サミットの情報を受信した。)
「Это от инсайдера」(内通者からですね。)
「Иисус. К сожалению, я решил покончить жизнь самоубийством」(イエス。残念ながら、自決したがな。)

 白髪の女性員が座る受付を顔パスで通過し、ヴィクトルが認証装置にカードを翳して隠し扉を開け、亡霊しか入れない空間へ進み出し、エレベーターに乗って地下へ降り、亡霊KGB本部の奥にある豪華な一室に通され、ヴィクトルから戦略部のアレクセイとニコライを紹介された。

「Алексей и Николай」(アレクセイとニコライだ。)
「Это Доминика. рад встрече」(ドミニカです。よろしく)
「Я слышал, что ты ранен, с тобой все в порядке?」(負傷したと聴きましたが、大丈夫ですか?)

 ドミニカは学者風の二人に問題ないと答えて席に着き、紅茶を飲みながら「準備が整えば、再度日本へ行く計画が進められる」と説明され、木製のデスクに置かれた書類に目を通して、島津福子、坂本和也、小野氷見子、そして大和拓郎のプロフィール写真に視線を注ぎ、不思議な感覚に陥っていると気付く。

『KGPの規律は厳しく、特にミッションでの上司の指示と行動は最優先される。まさか、胸の内に変な感情が疼いているのか……?』

 ドミニカは拓郎から受けた掌底しょうていの波動が傷痕となり、KGB幹部のヴィクトルに反感を抱き、心が揺らいでいると夢想した。

 その証拠に負傷した痛みは和らいだが、胸の鼓動がドキドキと聴こえ、再度日本へ行って大和拓郎と戦いたい欲望が湧き上がり、ドミニカは笑顔を浮かべて戦略部のアレクセイとニコライに懇願した。

「Пожалуйста, добавьте меня в свою команду」(是非とも、私をチームに入れてください。)

 モスクワへ戻るまではヴィクトルの部下として参戦するのを嫌っていたが、格闘家として再度大和拓郎と戦えるのなら、汚い上司の下でも我慢できると微笑む。

「Мы назначили встречу по рекомендации Виктора, но это было бы невозможно, если бы он не был в полном здравии」(ヴィクトルの推薦もあり会議を設けたが、体調が万全ではなければ無理だ。)

「На этот раз план состоит не только в уничтожении Пушки Аматэрасу, но и в устранении экстрасенсов, а их пребывание в Японии будет более продолжительным」(今回はアマテラスガンの破壊だけではなく、霊能者を抹殺する計画があり、日本での滞在時間は長くなる」

(この時点でドミニカは気付いてないが、拓郎の意識層に潜むゴーストには心の琴線に触れる波動を送る者が存在し、波長が合致すると恋心を抱く場合があった。)

「Новый костюм разрабатывается и отъезд будет через несколько дней. Доминика, ты успеешь?(新しいスーツの開発があり、出発は数日後になる。ドミニカ、間に合うだろう?)

「конечно. Есть ли еще способные партнеры, кроме меня?」(もちろんです。私の他に有能なパートナーが存在しますか?)

 ドミニカの意欲溢れた発言とヴィクトルの推薦により、ドミニカがチームに加わる事は決定したが、もう一名を加えてアマテラスガンの破壊と霊能者を抹殺するミッションチームが決定した。
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