キレ気味先輩が、落ち着いた話。

かよ太

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「……どうして」
なんで、……今までコマンドを使わなかったんだ。

「黙ってないで、なんとか言えよ!」
こいつがドムだというのなら、口を開かせてはいけないと分かっているのに、こいつの口から説明を求めてしまう。

「“座って下さい”」
「っ!」
「俺は、先輩がサブだって知りませんでしたよ。俺自身はこのドム性が好きではなかったし、先輩のお願いを聞いている方が良かったんです」
ずっとこいつをこき使っていた。オレは自分のサブ性を満足させるドムが居ないイライラを、逆に自分がドムのように振る舞うことによって発散していたのだ。

「でも、お痛が過ぎますね」
「だって…」
本当に、どうしていいかわからないんだ。このサブ性の鎮め方を。
だから、無理難題をこの後輩に押し付けてきた。

大学がオレの家より近いという理由だけでずっと入り浸っていた。
家事もすべてこの後輩にさせていた。
めんどくさいという理由だけで彼女との別れのいざこざもこいつに後始末をさせていた。

とうとう堪忍袋の緒が切れたのは、飯を作るだけ作らせておいて、オレが飲みに行って食べない日々が続いたからだ。
飲みに行くか行かないかは気分次第で、行かなかった日に飯がないとオレがぶち切れた……のが今日だった。

「セーフワードを決めて下さい」
…怖い。こんな忠の声を聞いたことがなかった。

「俺が決めましょう。俺の名前を呼んだら止めます」
「っ、」

「先輩、俺は怒っているんですよ。ドム性を使わないって決めていたんですから」
呼んだらどうなる? 止めてどうなる? 忠はもうオレの側からいなくなるってことか?

「……アンタのお願いを聞いているだけで満たされていたのに」
いや、それはサブ性だろ?! なんでだよ! オレはまったく満たされていなかったのにか?! 忠、お前、スイッチか?!

「“来て下さい”」
「待て…やるのか…?」
立ち上がって促されるように部屋に連れて行かれる。

「往生際が悪い。アンタが望んだんだろ」
グレアを出しているのか、圧がビリビリくる。忠はベッドに腰掛けると脚を広げオレを促す。

「脱がして、“舐めて下さい”」
「っ」
イヤだ。イヤだ。

「……本当に、アンタは奉仕されることに慣れすぎ。だからいつもイライラしてるんですよ。“舐めろ”って言ってるんですよ、聞けません?」
「わかった、わかったから…」
ベルトを外し、ボタンを外し、寛がせる。

「ん…」
いきなり直にご対面するのには抵抗ありすぎて、布越しに舌を這わせる。
なんでオレがこんなことしなくちゃいけないんだ……。不快さが頂点になるがしぶしぶ言うことを聞く。

「“いいです”よ……、先輩」
「っ?!」

いつもと違う感覚が全身を走る。
今まで、オレはこいつに何かした記憶がない。というか、誰に対しても、してもらうことばっかりだった。歴代の彼女にしても、そういえば全部まかせっきりで…。だから、したくてする行為はあっても、自分から相手の望むように「相手に何かをする」ことはなかったかもしれない……。

褒められたことによって忠の命令をこなそうと唾液まみれになった下着をずらし、直にそれに口づける。

「ん、ん、んん…っ」
「奉仕なれしてない割に悪くないですね。もう少し喉の方まで行けます?」
「ぐっ、」
「されている側でも、やっぱり経験値が物を言うのかな…初めての割には…“上手”ですね。……出します、“飲んでください”」
「…っ! けほっ、はっ」
ひどいコマンドだ。逆らいたいのに身体がいうことをきかない。むしろ、喜んでいる気がして反吐がでそうだ。

「先輩はどうします? 俺はもう満足ですけど」
「……」

反吐がでそうなのに、もっとこいつにコマンドを出してもらったら気持ちがいいのかもしれない、という欲がオレの頭から離れない。

どうしますっていつも聞くお前が悪いんだ。
だから、オレは……。

「コマンド、出せよ」
「…やっぱりいいですね。俺はね、臆病なんでサブが願わないと動けないんです。…だから先輩は俺を満たしてくれる」
「早くしろ…」
「“口を開けて下さい”」
「…ん」
「先輩のくせに……かわいいですね」
サブ性だとこんな一面が出るんですね。といいながら、情緒というものはないのか、顔を寄せてかぶりついて吸い付いてくる。背中に手を回されて痛いほど抱きしめられる。

「ちょ、んんっ、ぶっ」
「んー……先輩の唾液、甘いですね…」
「ダメら…っ、放せ…あっ!」
キスでいくなんて恥ずかしすぎだろ…。情けなくなってきて反抗する気も失せてくる。これがコマンドの威力なのか、サブ性が満たされて従順になっていっているのかはわからない。

「脱ぎましょうか」
「ん…」
すんなりと従っていた。



 ▶ ▶ ▶



「先輩どうして欲しいですか」
「んも、う…いいからっ、はやくはやく終われっ」
ぐりぐり腰を押し付けてくることに、気持ちは嫌がっているのに身体が忠を受け入れようとしている。

「ここですか」
「おい、待てっ、おく、…やめろ…っ! やめ、ダメだっ……や、そこっ! あッ、んんっ!」

息が詰まる。息が出来ない。呼吸を整えようとすると、ぐぐぐっと腹の中にあるものが奥に当たる。

「お前っ、またおっき…」
「先輩、想像以上です、良すぎです…ちょっと“こっち向いて下さい”」
正面から抱きしめられて、ためらいもなしに一気に挿れてくる。

「ぐっ、あ、あ・ああっ!……い…いいっ」
「みなと先輩……先輩っ」
「そこ…っ、奥あっ、あたってるっ」
「ん、みなと先輩…気持ちいいですね…?」
「あ…名前っ、オレも名前呼びたいい…!」
「だめです。今回はお仕置きなんで我慢して下さい」
「ばかあ…ん、あ、あ、あ!」
「みなと…先輩っ、みなと……っ、」
最初のキスのときのように羽交い絞めにオレを動けなくさせて。

「んんっ」
耳元で何度もオレの名前を呼ぶ。

「先輩……みなとさん……っ俺を」
「いい……っ、っんん、そこ……っもう一回、奥っ、おく来いよ……」
「先輩の中に出します…」
「いいよ……出せよ、」
頭がおかしくなっている。サブスペースとかいうやつだろうか。ふわふわして、忠がやりたいと思っていることを許してしまう。いや。違う、してほしいのだ。

「いいんですね…遠慮なく奥に行きますよ」
「いい、いいから、おく、出して……出せよっ、ああ、あ…っ!」
「あー…やべえ…っ」
「あっ、あ、いっーーーッ!」

快感だけじゃない、この充足感のことをサブ性が満たされたというのだろうか。
……忠が、ドムじゃなかったら…良かったのに。



 ▶ ▶ ▶



「サブ性、満足できたみたいですね」
「……そう、みたいだ」
いつもの忠の笑顔だ。ちょっとホッとする。

「先輩、マジでつらかったんですね」
忠もびっくりしているが、俺自身もびっくりするほど性格が変わってるレベルで「余裕」ができたんだと実感できる。
忠に正直に肯くことなんて、かつてなかったからだ。

「……限界だったのかもしれない。悪かったな、今度からちゃんとパートナーを探す」
「はああ? 今、それ言います?」
「え……?」
「なんで、そこで……」
「……わかった。ちゃんという、ありがとう。忠がドムじゃなかったら自分のこと理解できてなかった」
「……違いますよね? マジ? マジなの?」
「……?」
返さなくてはいけないのは、あとは忠の家の鍵か。

「鍵返すな。……もう来ないから」
「あー、これ、俺の気持ち何も伝わってないパターン……いや、今までもずっと伝わってなかったのか……」
「忠の気持ちは伝わってる。だから悪かったって言ってるだろ、」
「何にもわかってないですよね、」
「餞別にドム性使ったんだろ。使いたくないもの使ってまで、オレにわからせたんだろ……」
ずっとオレがサブ性に悩んでいたことを知っていても忠はコマンドを使わなかったこと。そして、それはオレをパートナーにする意思などないことになる。オレは、忠が好きだったのだ……。だから、サブであるオレが忠がドムでないことにも輪をかけてイライラしていたのかもしれない……。
それが、今こんなことになるなんて。

「俺は言いましたよね、今回はお仕置きですって。先輩も言ってましたよね、名前呼びたいって、言ってくれましたよね」
「あれは……その場の雰囲気でっ」
そう言うしかない。ずっと呼ばれ続けて、与え続けられる苦しさを同じように、いや、求められる以上に忠に返したかった……。

「俺はずっと先輩を呼んでいましたよね。でも先輩は嫌がってなかった。嫌がっているのならセーフワードでオレの名前を口にしたでしょう。卑怯なコマンドは使いたくありません。先輩の気持ちが聞きたいです」
相手のしてほしい事をすることがサブ性だというのなら。サブ性に自分の願いを叶えてもらいたいのがドム性だというのなら。

今、忠はオレに何かを要求しているのだろうか。そしてそれは、ずっと忠を抑えつけていたオレからの謝罪ではない……。

(先輩はどうしたいですか)

「今度は、お前の名前をちゃんと呼びたい……もう一回したいよ、忠」
オレは、忠の顔に唇を寄せて軽くキスをした。一般的なサブ性の表れではいないのかもしれない。けれど、忠が望んでいることと自分が望んでいることが一致するのなら。……。

その時の忠は、オレからキスをしてくるとは思っていなかったのか、今まで一緒に過ごしてきた中で想像もつかないくらい、とても変な顔をしていた。






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