小さな劇のお姫さま

かよ太

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学校帰り。
とぼとぼと歩いていると、背の高い三人の男たちに囲まれた。

「あの……なんですか」
そろいもそろって真剣な顔をしているのが恐ろしくて、後込みしながらおそるおそる話しかける。

「きみ、姫役をしていた春木紘也(はるきひろや)くんだよね」
三人の中で中くらいの背丈の人が話しかけてきた。姫役というのは、先月行われた文化祭で演じた一寸劇の配役のことだ。お昼休み時間を利用した、とても短い劇だった。

もともとは、クラスメイトに自他ともに認める脚本家志望がいたので、そいつの脚本できちんとした劇をする予定でいたのだけれど、演劇部のための脚本が予想以上に大作になってしまい手が回らないとのことで、急遽中止になってしまったのだ。

そいつの脚本で一旗揚げるつもりだったうちのクラスは呆然とした。そんな中、生徒会から白羽の矢がたった。

お昼休みの観客も少ない時間に体育館のステージが空いているので、寸劇を入れないか。せっかくの意気込みを消沈させるのはもったいないと、舞台を貸してくれる事になったのだ。それならと、脚本家志望は前に温めていたミニ脚本をだしてくれたので、それをすることになったのだが。

すべて立候補制で決めるはずの配役が、推薦式になったのはその生徒会副会長のせいだ。

おもしろおかしく、男同士の劇にしたら少しは話題性があるだろう、となまじっか高校生になっても背の低い俺が姫役に抜擢されてしまった。演技の方はもちろんやる気もなかったために「大根も人参もあったもんじゃないね」と担任のお墨付きをもらったほどだ。

その劇の姫役はたしかに自分が演じたと肯定しようとしても、怯えてしまっている身体がいうことをきかない。この人たちの校章の色は青なので、二つ上の三年生の先輩だとわかる。

「春木は、永澤(ながさわ)のことどう思っているんだ」
「……ながさわのこと、ですか」
唐突に聴かれたのは、クラスメイトの永澤晃人(あきと)……俺の相手役の王子をやったやつだ。

「別に好きではないんだよね」
好き?
話が見えてこなくておどおどしてしまう。先輩三人ににらまれるなんて初めてで怖いし、頭が真っ白になっていた。

「それでその、春木がよかったら俺とつきあってくれないか」
「こいつさ、背がでかくてごつくて怖いかもしれないけどいいやつなんだ。どう? こんなの彼氏じゃだめかな」
ダメというか、告白されてるのか、俺?
てっきりカツアゲをされるものだとばかり思っていたので、拍子抜けしてしまった。どうみても、俺は男なんだけど。目、大丈夫なのかな、先輩たち。

「ああーーーっ! あんたたちっ! いったい何やってんのよ! 下級生いじめじゃないでしょうね!!!」
「げっ、丸尾(まるお)」
「なーにーが、げっ! よ! 失礼な男たちね!」
この場を一瞬にして自分の舞台としたのは、俺たちのクラスに白羽の矢を立てた張本人、丸尾副会長様だった。



 ■ ■ ■




その彼女の後ろに立っていたのは、先輩たちに負けず劣らず背の高い、今まさに名前の出た永澤だった。

(……一緒に下校してるんだ)
そういえば、劇の練習のときも先輩と永澤はとてもいい雰囲気で、いっそのこと二人がやればいいのにと言われていたくらいだった。俺は通学鞄をぎゅっと握りしめた。

「で? なにやってんのよ」
「おい、君子(きみこ)じゃまするなよ」
「なによ、晃人。あんたのお姫様がピンチなのに助けないわけにはいかないじゃないの」
「丸尾、あのな、俺たちは崎丘(さきおか)が告白するっていうから……」
「なんですって! ちょっと晃人! 姫が求婚されているなんて……それこそ黙っていられないわ!」
俺はこの状態からどうやって逃げればいいのだろうか。呆然と立ち尽くしている俺に話しかけたのは永澤だった。

「お前、男もいけたのか」
心臓が跳ねるほど驚いてしまった。男から告白されるのなんて今日が初めてだし、そんな軽蔑のまなざしを受けるのも初めてだった。何か言わなくちゃいけないと思っていても、何をどういえば分かってくれるのかわからなかった。

「ふうん」
その言葉は肯定として受け取ったのだろうか。しかし、俺自身それを否定することはできないし、誤解でもなんでもないのだからどうしようもなかった。

俺は、永澤がそういう意味で好きだった。まさか、お姫様と王子様なんていう劇の配役で接近するとは思っていなかった。

先輩が可愛くも綺麗でもない俺を好きになるのはちょっとわからないのだが、永澤はアイドルグループにいそうな美男子で、男女共に人気があるのだ。

「姫! 返事は明日でいいから」
いつの間にか呼称が姫になっている。もしかするといつもそう呼んでいたのかもしれない。返事なんて決まっている、俺には好きなやつがいるのだから、断ろうとして先輩の方へ視線を上げると肩を引き寄せられた。

いや~んっ。という声が聞こえるや否や、俺の視界は真っ暗になった。永澤の胸に抱き寄せられていた。

「先輩、困ります。こいつは俺のです」
「何言ってるんだよ、お前には丸尾がいるだろう」
「私のことは気にしないでよ。暗黙の了解、すでに学校公認の仲だしねー」
公認……。確かにこの美男美女のカップルを知らぬ人間はいないくらいだ。本人の口から力強く言われると、嫉妬する気もおきなかった。その言葉に、先輩たちは逃げるようにそそくさと消えていった。

「ったく、姫も王子以外に迫られるなんてガードがちょっと甘いんじゃないの」
頬を膨らませてにらまれる。やっぱり丸尾先輩は綺麗だ。むちっとした胸が大人の女性を主張していてどぎまぎしてしまう。

「それにしても前から可愛かったのに、もしかして要らぬ御節介をしてしまったのかしらねえ……」
かわいい、誰が?
掴まれた肩に力がこもった。気になって永澤のほうを見上げると、その顔は、あのときの劇のような王子様然とした凛々しい顔でうっかり見惚れてしまう。

「なによ、睨まなくたっていいでしょう」
はっと、気がついた。俺は永澤の胸を押し返して、この心地よい空間から逃れた。

「丸尾先輩、助けていただいてありがとうございました! 失礼しますっ」
「えええっ、ちょっと姫っ?」
俺はあわてて逃げ出した。すでに男から公衆の面前で告白を受けていたこと自体が目立ちすぎていた上に、こんな人を惹きつけてやまないカップルの間にいるなんて、絶対に通行人が変な目で俺を見ているに違いないことに気がついたからだ。

そして、劇で抱きしめられた以来の永澤との接近というハプニングは、つらい事実をも突きつけた。あの蔑むような鋭利な目を思い出して、家路に帰る足取りがどんどん、重くなる。

……馬鹿だなとっくのとうに失恋していたんだよな、俺。

「待てよ」
「なが、さわ……?」
永澤が俺の腕を引っぱった。あたりを見渡して何かを探して歩きだす。帰り道はこっちとは違うはずだ。俺のあとを付けてきたのだろうか。分からないことだらけの上に、説明すらせず永澤は始終無言だった。

足が止まり、顎をついと動かした方を見ると、連れてこられたのは薄暗く誰も利用していない市民公園だった。公園に入り、ベンチまでくるとそこに腰掛けるように視線をやられて大人しく座る。

いったい何の用があってここまでつれてきたのだろう。さっきのことで迷惑をかけたのだから、謝っておくべきだろうか。

「さっきは……嫌な思いさせてごめん」
「嫌な思い」
「男から告白受けてる場所に居合わせちゃって……助けてももらったしさ」
強い視線を感じて、それを避けるように下を向きながらぼそぼそとしゃべった。

「だから……」
あごを掴まれた。

(な……!)
痛みを感じて驚いて目を合わせると、王子の顔がアップで映った。思わず息を呑んだ俺の唇に永澤ががぶりと噛み付いてきて、跳ねる肩を押さえ込まれると同時にとんでもないものが進入してきた。

「んっ?! ……んっ、んん……っ!」
「男のくせに」
そんな台詞をはきながらも、もう一度迫ってくる永澤に俺は必死で抵抗した。いくら人気がないからって、誰かに見られたらどうするんだ!

「やめろ…っ!」
「男もいけるって自分が言ったんだろ」
「それは…ッ」
腰を引き寄せられて体までさっきのように密着している。距離をこれ以上つめられないようにとできるだけ踏ん張っているけれど、好きなやつに触れられて、抱きしめられて……。

「そうだ、大人しくしてろよ」
耳元で囁かれて、もう言いなりになるしかなかった。

「……ったく何で俺が男なんかに…」
そんな声が聞こえたけれど、俺にはどうすることもできなかった。劇で予定されていたけれど削られたキスシーン。もうお姫さまでもないのに、俺は王子さまのキスを受け入れていたのだった。







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