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橘 金春

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「こんな簡単にネタバラシされちゃ、私が裏工作に費やした苦労が水の泡だわ。どうしてくれるのよ、もう」

 セーラー服の少女はヨミに文句を言ってから、ぷうとわざとらしく頬を膨らませた。

 傍から見る限りは、普通の女子高生――若干椅子から浮いて座っていたり、若干透けた身体を通して向こう側の景色が見えている点を除けば、の話だが。

「あれ? 話すこと自体はユーコちゃんも賛成してなかった?」

「してた。だけど私的には刑事さんを困らせて捜査を引っ掻きまわしたいって考えがあるの。それを、こんな簡潔にまとめてくれちゃってさぁ」

「えぇ……私は、もう自首するつもりだったのに」

「ハハッ……自首ぅう~? 無理無理、今みたいな説明で警察が納得するわけないでしょ。――ちょっと待て、君は何を言ってるんだ。ふざけてるのか? もうお家に帰りなさい……って反応されるに決まってるし」

 ――ユーコというのか、このセーラー服の少女は……。

 連続生首殺人事件にずっとつきまとっていた少女の幽霊の噂――そして、鑑識課でのあの怪異の正体がこのユーコだったのか……?

 マスターはおろか常連客達も不意に現れたこの少女に気づいている様子はない。

 やはり、この娘は自分とヨミにしか見えていないらしい。だとしたら間違いないく『本物』だ。

「ところでユーコちゃん。十束さんが動いてないんだけど、何かしてる?」

 十束とユーコを交互に見つめてから、ヨミは恐る恐るユーコに尋ねた。

「ん~? ああ、ちょっと金縛りにしてるだけ。大丈夫でしょ」

『大丈夫じゃない!』

 誰にも聞こえないことを承知で十束は心の中で叫んだ。

 いくら力を入れても身体の自由が一切きかないのは相当なストレスだ。

「そうかなぁ……」

 ヨミが椅子から立ち上がってテーブル越しに十束の顔を見つめた。

 十センチも離れていないほど間近にヨミが顔を寄せてきて十束は内心どぎまぎしていた。

 サラサラした赤茶色の艶のある髪に、ぱっちりとした丸い瞳。きゅっと結んだ唇が、ヨミが真剣に十束を観察していることを物語っていた。

 唯一、自由に動かせる目で自分の窮状を訴えてみようと試みる。

 ギギギ……とこれまで試みたことがないほど目力を駆使して『タスケテ』のサインを送ってみる。

「う――ん。よくわからないや……。とりあえず、大丈夫っぽい?」

 すとん、と椅子に座り直したヨミは、よかったと言わんばかりに呑気にミルクティーの残りを飲んでいる。

 ……そっかー。伝わらなかったかぁ――。

 ヨミの軽い反応に相当ガックリしたものの、仕方ないと諦める。

 ――おっさんの目力じゃあなあ――。伝わらないよな……。

「刑事さんったら、さっきのヨミの説明で混乱してたんだもん。落ち着くまで黙らせておこうと思って。……でも、そろそろかな」

 形のよい唇とつりあげてユーコが笑った……かと思いきや、おもむろに自分の腕を十束の力なく垂れている右腕にからませてピッタリと寄り添ってくる。

 上目遣いに十束を見つめながら、ユーコが耳元にひそひそと囁く。

「今から刑事さんを自由にしてあげるけど、変な気は起こさないでね? 私達、刑事さんの事を気に入ってるのよ。だから、まずは落ち着いて話を聞いて。そうしたら何もしないから」

 つまり、この場から逃げたり、話を聞かなかったりしたら『何か』をされてしまうのか?

 もし、さっきのヨミの告白が真実だとすれば――。

 殺人の実行者である黒服はヨミで、超常現象で警察をかく乱していたのはユーコということになる。

 ――もし、そうだとしたら。

 ごくり、と生唾を飲み込みながら、十束は思った。

 ――まさに『蛇に睨まれた蛙』だ。敵う訳、ないじゃないか……。

 腕をからめ、ニッコリと笑って十束を見上げているユーコが獲物を飲み込む蛇のイメージと重なった。

『ここまで明かした以上は、ただでは済まさない』

 きゅっと細めた黒い瞳がそう宣言しているように十束には感じられた。

 戸惑いながら、正面のヨミの様子を覗うと、彼女もじっと十束の顔を見つめていた。

 ユーコと違って、その表情は迷子の子供のような不安に満ちたそれだった。

 ヨミの言動を思い返してみるに――殺人の実行犯でありながら、彼女はどこか罪の意識を強く感じているそぶりがあった。

 そうでなければ自首するなどというはずがないし、十束の怪我を心配することもないだろう。

 共犯でありながら二人の少女のこの違いは何なのか――。

 ――あれ、動く……。

 ふと、体が軽くなったような感覚がして十束は自分の身体が自由を取り戻したことに気づいた。

「刑事さん、答えは――?」

「――分かった。引き続き話を聞こう」

 ユーコの問いかけに十束は迷いなく答えていた。

 十束の返事にヨミは目を丸くして驚き、ユーコは満足したようにニヤリと笑った

「本当に、いいの?」

「その代わり、最初から事情を説明してくれ。ただし簡潔すぎるのも勿体ぶって謎めかせつつ、裏があるように話すのはナシだ」

 もう、訳が分からずに悩むのはこりごりだった。

 二人の少女のことを完全に信用したわけではなかったが、少しでも真実に近づける可能性があるなら迷うことはない、そう思った。

「……よっし、じゃあ場所を変えましょうか」

 組んでいた腕をほどき、立ち上がりながらユーコは明るい声で提案した。

「ここじゃダメなのか?」

「だって刑事さん、まだ私たちの事を完全には信用してないでしょ。だーかーら、証拠を見せようと思って」

 ふわりと浮き上がったユーコの姿が煙のように薄れていく。

『私はこの状態で先行するから、刑事さんの案内はヨミに任せるわ。ちゃんと着いてきてよね』

 そう言い放つとユーコの姿は完全にその場からかき消えてしまった。

 言われるままに急いで会計を済ませて店を出ると、ヨミが急に右腕の袖をくいくいっと引いて来た。

「……十束さん。ユーコちゃんが離れた今だから言えるんですけど」

 こそこそと小声でヨミは十束に耳打ちした。

「ユーコちゃん、十束さんが話を聞くのを断ったとしても、きっと何もしませんでしたよ」

「……えぇ?」

「今はちょっとだけツンツンしてるけど、ホントは優しい子なんです……これ、本人に言うと照れて、余計にツンが酷くなるので内緒にしてくださいね」

 そそくさと言い終えると、「こっちです」とヨミは先に立って通りを歩き出した。
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