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4章 オレだけにしてくれ
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しおりを挟むとりあえず乾杯。ビールグラスをコツンと当て、一気に3分の1を飲む。
「…………ぷは。正月の朝からビール。最高」
「いい飲みっぷりですね」
「あー、そういうの言えばいいんだよ。飲み会で」
「……大勢のお酒の席は、俺にはレベル高すぎます」
しょんぼりした子犬みたいな顔で、ちまちまとジョッキに口をつけている。
「オレが言うのもなんだけど、お前、よく就職できたな。ウチ、倍率200倍だぞ?」
「まぐれです。親戚が祭りになりました」
「へええ? そりゃ、親御さん喜ぶだろうけどさ。でも正直、オレが採用担当だったら落とすわ。最初の面接誰だった?」
「朝倉さんですね」
あー、総務のアラサー女だ。
美人だが、研修のときめちゃくちゃしごかれて、出社拒否したくなった。
……というのはさすがに言えないので、口には出さない。
「でもまあ、結果的に朝倉さんは大当たりを引いたわけだな。篠山は、コミュ力は壊滅的だけど、仕事は速いし正確だし。頼りにしてる」
「うれしいです」
照れをごまかすようにビールに口をつけるのが可愛くて、絶望した。
そんなことが口から出かかるのを、ビールをあおって言葉ごと飲み込む。
「安西さんは、どう思いますか。その、後輩が、こういう私生活送ってるの」
「んー? まあ、会社バレしたときのリスクが一番心配かな。社会的に死ぬぞ」
「いつかはバレますかね?」
「デリヘルではないけど、副業が確定申告でバレて爆死した奴が、何人かいる」
丸っこい瞳が、大きく開かれる。
「給料手渡しなんですけど、それでもまずいですか?」
「はああ? いやそれ、バレるバレない以前の問題じゃね? その店、ヤバいだろ。経営めちゃくちゃなんじゃねえの?」
「ダミー会社を作っているらしいので、お金の流れに不審な点は生まれないし、キャストに行政から調査が入ることはないと説明を受けて、一応納得してます」
「いやいやいや。それはヤバいって。摘発されたら従業員モロとも一発アウト。てかそんな経営の仕方、絶対カタギじゃねえぞ」
話を逸らしたつもりが、完全に説教に変わる。
「副業の申告漏れは、身を滅ぼすぞ。税務署にバレたら追徴課税がエグいし、かといってまじめに確定申告したら、会社にバレる。手渡しならオッケーって問題じゃない。もったいねえ。せっかく200倍の就職戦線くぐり抜けて、ウチに入ったのに」
まくしたて、ビールを一気にあおる。
空になったグラスをドンッと置くと、篠山は神妙な顔つきで、机に目線を落としていた。
「……楽しく働けて、いいと思ったんですけど」
「なんでそんなにデリヘルにこだわるんだ? 金に困ってとかじゃなくて、ただセックスが好きなだけで仕事してるんなら、恋人とか作ればいいだろ」
勢いで言ってしまった。
しかし篠山はその意味には気づかないようで、困ったように首をかしげながら言った。
「それは、……ただセックスするのと、付き合うのは、踏む手順が違いすぎる、といいますか……」
なんとも返答に困る切り返し。
答えあぐねていたところで、食べものが届いた。
篠山が、慣れた手つきでサラダを取り分けながら、ぼそぼそとつぶやく。
「これは、付き合ったことない人間の理想ですけど……もし恋人ができたら、すぐ同棲したいし、毎日エッチしたいです。すごい甘やかしたいし甘えたいし、でも、そんなの好きな人に言うとか、無理で」
「え……? まじ?」
思わず固まった。
いや? それは、オレの理想の具眼化では?
オレもすぐ同棲したいし毎日したいしすごいイチャイチャしたい。
けど、ゲイバーで話したときに、『それは重すぎる』『その理想は捨てないと、一生彼氏できないよ』等々散々言われ、そういうもんかと思っていた。
「……って、会社の先輩相手に何言ってるんですかね。すみません」
篠山は苦笑いしながら、取り分けた皿のひとつをこちらに寄せる。
ついでに渡されたフォークを受け取りながら、オレも微妙な笑いで返した。
「いや……びっくりした。すげー分かる。オレもそう。イチャイチャしたいの、こじらせすぎてて」
「えっ? そうなんですか? なんか、意外です」
ちょっとうれしそうに目を丸くする篠山の顔を眺めながら、重大なことに気づいた。
さっきこいつ、何て言った?
――でも、そんなの好きな人に言うとか、無理で。
やたらヘルシーな和食御膳と、チーズハンバーグが運ばれてきた。
そこからどんな風に話したのかは、よく覚えていない。
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