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ヤンデレルート
2−6
医師から退室を促されているにも関わらず陽介はそれを拒む。
「……ここにいます」
「治療の妨げになりますので、申し訳ありませんが」
「邪魔はしません」
「おたずねしますが、あなたは如月さんのご親族か配偶者ですか?」
「……違います。でも、もうすぐそうなります」
「では現時点では違うということですね。でしたら、それ以外の方には同席は認められないのが規則ですので、申し訳ありませんが待合室でお待ちください」
この場を離れることを頑なに拒む陽介に、医師は続けて淡々と退室を促す。
しかし陽介はそれでも引かずにこの場に留まると主張した。
「……失礼、私は医師です。整形外科は専門ではありませんがある程度の知識はあります。それに、彼と一緒に住んでいて彼のキーパーソンです。帰宅をしたら私が面倒を見ます。だから立ち会う権利があると思うのですが」
「あなたが医師であろうが、同居していようが規則ですので。申し訳ありませんが」
規則、規則とどこか慇懃無礼に告げる医師を陽介は険しい表情で睨みつけ、その様子は明らかに苛ついていた。
しかしいつまでもここで押し問答をしていても無駄だと悟ったのか、陽介は医師が呼んだ看護師に案内されて後ろ髪を引かれるように渋々と待合室へと消えていった。
陽介が出ていってくれたのは有り難かったが陽介の態度や今までのやり取りを聞かれていたのかと思うと、いたたまれない気持になる。
だが医師はこういった患者らの扱いに慣れているのか平然とした様子で別の看護師を呼び、処置を始めた。
患部に簡易的なギプスが巻かれ、松葉杖の説明を受ける。
今後は外来に通ってくださいと指示されたので、もう診療は終わったのだろうと思い医師に礼を言う。そして帰るために立ち上がろうとしたところで、どういう訳か引き止められた。
「如月さん、ちょっと待っていて下さい」
修一にそう告げると医師は「これを片付けておいて」と処置の介助をしていた看護師を下がらせ、何故かカーテンの外をぐるりと見渡してから再度ベッドの周りをカーテンで囲った。
医師がそばにあったパイプ椅子を広げ、そこに腰掛ける。いつの間にか手に持っていたクリップボードに何か記入した後、修一に向き直った。
ーーまだ何かあるのか。
処置は終わったのではないのかと訝しんでいると、医師の口から思いもしない言葉が発せられた。
「如月さん、あなたはΩですね」
「ええ、そうですが……」
いきなり何だ、とは思ったが診療の一環なのだろうと素直にと答える。
すると医師は続けて修一に質問をした。
「先程の男性と如月さんは番ですか?」
「はい」
「それは、合意の上ですか?」
「…………はい?」
突然に何を言い出すのかと驚く。
その質問は足の治療に関係あるのかと疑問に思い沈黙していると、医師がそれを察したように「これは皆さんに尋ねていることですので」と前置きした。
「このことがあなたに当てはまるかどうかは分かりません。ですが、αと番になったΩのうち、およそ40%近くが番のαから何らかの虐待……DVを受けています。ですので、私は診察の際にすべてのΩ性の方に対してDVについてたずねています。如月さんは、そのような経験をしたことがありますか」
「虐待? DV? ……私がですか?」
あまりにも突飛な質問に自分の耳を疑い、問いに対して質問で返してしまう。
ありえない内容に思わず乾いた笑いが漏れた。
「はは、先生。冗談でしょう。失礼ですが私が甘んじて虐待を受けるような非力な女性や、Ωにでも見えますか」
ーーこの医者は俺のことを自分の身も守れない女子供や、一般的なか弱いΩのような社会的弱者だとでも思っているのか。
まるで自分が侮られているかのように感じた。職業柄培われた面の皮の厚さで表にこそ出さなかったものの、実に不快だった。
「如月さん。これは非常によくある問題なんです。それは男性であっても女性であっても、バース性が何であっても関係ありません」
冗談だろうと軽く笑って流そうとする修一とは裏腹に、医師の表情は笑みひとつ浮かべることなく真剣だった。
……馬鹿馬鹿しい。こちらは早く帰りたいのだ。医師だって忙しいだろうに、こんなくだらない質問をしている暇があるのだろうか。
それに陽介を待たせてしまっている。
先程この医師が余計に怒らせたから、きっと更に苛立っているに違いない。彼の機嫌がこれ以上悪くなると面倒だった。
陽介が苛ついてたことを、この医師は察していなかったのだろうか。
ーー鈍い先生だな。形式的な質問なんてどうでもいい。俺は早く帰りたいんだ。
オブラートに包んでそう言い返そうとしたところで思い直す。
彼も仕事で、義務として修一に質問しているのだ。それを疎かにして後から見逃したなどと責任を追求されないように、決められたマニュアルに沿って形式的な質問を行っているだけ。
修一も仕事でそういったマニュアル制作を監修した経験があるのでそれはよく分かっていた。
ここで大人気なくゴネると更に時間がかかってしまう。だからお互いのためにここは適当に質問に答えて、早く終わらせるべきだろう。
「先生、私は誰からも暴力は受けていません」
「そうですか……それでは質問を変えます。私たちは誰もが時に意見の食い違いを経験しますね。あなたが彼と口論になったとき、身体的に傷つけられたことはありますか?」
その質問を聞いたとき、脳裏に3ヶ月前の出来事が思い浮かんだ。だが、あれは既に二人の間で解決したことだ。今さら蒸し返す話ではない。
「ありません」
「それでは、うなじの行き過ぎた噛み痕はどうされましたか? 手首の傷は?」
「それは…………行為が少し行き過ぎてしまって。お恥ずかしい限りです」
これらの傷のせいで医師から面倒な誤解をされたのかと、内心陽介を恨む。
「なるほど……それでは別の質問をします。彼はこれまでにあなたの自由を制限したり、誰かに会うことを禁じたりしたことはありますか」
「いいえ」
「彼があなたの行動を支配しようとしていると感じたことはありますか」
「いいえ」
「彼があなたや、あなたに近い誰かを傷つけると脅して、あなたをコントロールしようとしたことがありますか」
「いいえ」
「彼はあなたに望まないセックスを強要したことがありますか? またはセックスの際、コンドームをつけることを拒みますか」
「いいえ」
あまりにも赤裸々な質問だったが、医師が事務的に尋ねるので修一も冷静に返すことができた。
「あなたのパートナーは嫉妬深いですか。彼はあなたが不貞を働いていると責めたり、侮辱したりすることが頻繁にありますか?」
「……いいえ」
どこか見透かしたような、不愉快な質問が続く。一体いつまでこんな質問に答えねばならないのだと苛立ちを覚えた。
医師はクリップボードに視線を落としながらひたすら質問を続けている。あと何項目あるのだと覗いてやりたかった。
「彼はあなたを怯えさせるような態度を取ったことがありますか」
「……いいえ」
「彼を怖いと感じたり、家に帰るのが怖いと思ったことはありますか?」
「いいえ……!」
「あなたは家にいるとき、安全だと感じていますか?」
「いいえ! あ……いや、違います」
続く不快な質問に修一は思わず声を荒げた。その様子に、今まで淡々と質問を続けていた医師がクリップボードから視線を上げ修一と視線を合わせる。
そして先程の足の治療の際とは打って変わったような優しげな態度で修一を宥めた。
「如月さん。私は、尋問したいわけではないんですよ。……ただ、もしそういった事実があるならば、私達には助ける準備があるということを知っておいて欲しい」
助けだと? 自分がいつ助けを求めたと言うのだ。形式的な質問ではなかったのか? これではまるで、修一が陽介からDVを受けていると確信しているようではないか。
「……心遣いには感謝しますが、助けは必要ありません」
確かに、質問された内容のような事実が多少はあった。しかしそれらは専門家にわざわざ助けを求めるほどの問題ではない。それにたとえ問題あったとしても自分で対処できる。自分は男で、か弱い人間ではないのだ。あの程度のことでいちいちDVなどと騒ぎ立てる必要はない。
ーーこの医者は俺が他のΩみたいに、身体面や知能面、問題解決能力で劣るとでも言いたいのか。
建前では心遣いには感謝するといったが、侮辱されているような気分になっている。
……いや、本当は分かっていた。この医師は助ける準備があると、善意や道徳心から言っているのだということをその態度から察することができた。それなのに半ば侮辱と捉えてしまうのは修一自身がΩであることを卑屈に思っているからだ。Ωである修一自身がもっともΩを侮蔑し、劣る存在だと思っている。口には出さないが内心ではΩを軽蔑しているのだ。
「それでは、そういった事実はあるということですか?」
「……ッ先生、足の治療が終わったのであれば私は帰ります。何も、問題はありません」
「如月さん、座ってください。話はまだ終わっていませんよ」
強引に話を切り上げ、帰ろうと腰を浮かせた修一を医師は引き止める。
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