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ヤンデレルート
2−8
翌日、痛みが酷くて事務所へは遅刻をすることにした。
室賀には電話で昨晩事故に遭って怪我をしてしまったことを説明し、松葉杖をついてクライアントと会うわけにもいかないので、今晩予定していた会食には悪いが一人で行ってくれと詫びた。
室賀は「今日くらい休め」と言ってくれたがそうはしなかった。……家にいたくなかったからだ。
怪我をして不自由になった修一を陽介は嬉しそうに、甲斐甲斐しく世話を焼くので陽介には悪いが少々鬱陶しく感じていた。
食事だって風呂だって一人で出来るのに、修一にべったりとくっついて離れない。
心配をしてくれているのはわかっている。ただ昨日とは打って変わって陽介の機嫌があまりにもいいので、まるで修一が不自由になったことを喜んでいるんじゃないかと、そういう気さえしてきた。
怪我をした修一を昨日あれだけ怒ったのだから、そんなはずはないのに。
今日は木曜日で陽介も仕事だったからよかったもののこの様子では、と週末のことを思うと気が滅入る。
今朝も「怪我をしているんだから送っていく」と言う陽介に対して、遅刻する自分を送っていっては診療開始時間に間に合わないだろうと断ったが、明日からは絶対に送っていくからと約束させられてしまった。
通勤などタクシーでも十分なのに、これからは行きも帰りも一緒なのかと修一は思ってしまった。善意で送り迎えを買って出てくれる陽介に対してこんな気持ちを抱くのは申し訳なかったが、どこかそう思わずにはいられなかった。
ーーこんな生活があと一ヶ月続くのか。
彼を愛しているはずなのに、この生活がたまらなく窮屈で苦しく思える。
受傷から2週間が経ち、松葉杖がなくても歩けるようになった。
受傷前のように全体重をかけてスタスタと歩くことはまだ出来ないものの、ゆっくりとならそれ程痛みを感じることなく歩くことができる。
腫れも内出血もまだ残ってはいたが、陽介の紹介してくれた整形外科クリニックの医師からは経過は順調、と言われていた。
クリニックには週2回、水曜日と土曜日の午後にリハビリを兼ねて通っているが、やはりそれも陽介が付き添ってくれている。
最初に運ばれた病院よりは遠いが、それでも一人で十分に通える。送り迎えは必要ないと陽介には言ったのだが、聞き入れられなかった。
タクシーで通うには遠すぎるし、怪我をした足で電車で通うのは辛いだろう。車を運転するにしても自家用車はフット式パーキングブレーキなので治るまでは運転するするなと止められてしまったのだ。
怪我の経過が良いことは喜ばしいものの、ここ最近は胃の調子が悪く、食欲が落ちていたので体調は万全とはいえなかった。痛み止めが胃を荒らすというので、一緒に処方された胃薬も飲んでいるというのに悪化する一方だ。
今日の昼も胃の痛みのせいで食欲が沸かない。しかしこれ以上体重を落としたくはなかったので、できるだけ高カロリーのゼリー飲料を摂るようにしていた。
最近の定番になってしまったその昼食を自分のオフィスで摂っていると、ドアがノックされる音がした。
「入るぞ」
いつものようにノックと同時にオフィスに入ってきた室賀が、修一が口にしているものを見て顔を顰める。
「お前、またそんなもんで昼飯を済まそうとしてるのか」
「……動かないからあまり腹が減らなくてな」
間抜けにも怪我をした上に体調管理まで疎かにしているのかと思われるのが嫌で、食欲や胃の不調について伝えることはしなかった。
ただでさえ彼には仕事で迷惑をかけているのに、これ以上の心配をかけたくない。
「そんなもんばっかりで、ちゃんと飯は食ってるのか?」
「もちろん。家では食べてるよ」
本当に? と室賀が胡乱げに修一を見る。
「お前、最近痩せたんじゃないか。スーツのシルエット変わったぞ」
「そうか? ……足のせいで最近ジムに行けていないから、筋肉が落ちたかな。みっともないから、治ったらすぐに体重を戻すよ」
お前にこれ以上迷惑はかけないから大丈夫、と筋肉量が減っただけで、健康には問題ないことをアピールする。
体調を整え、仕事に穴を空けないことは働く者にとって重要なことだ。
特にこの事務所は修一と室賀の二人三脚で経営している。自己管理を疎かにして二人の大切な事務所に悪影響を及ぼすなど、あってはならないことだ。
修一にとっても室賀にとっても、二人で一から立ち上げたこの事務所は大切な城で、宝物なのだ。
修一が体調不良で依頼された仕事を満足にこなせず、クライアントからの信頼を失って、その大切な城を揺るがすなどあってはならない。
そういった面で室賀を不安にさせまいと、少しだけ嘘をついた。
「体調が悪いならちゃんと言えよ。……これでも心配してるんだ。迷惑とかじゃなくて、俺達は共同経営者である前に、友達なんだから」
「ああ……ありがとう」
その優しい言葉に心から感謝する。
自分は本当に友人に恵まれたと思った。家族以外の、他人の身を損得抜きに案じてくれる人間など滅多にいるものではない。素晴らしい友人を持つことができて、その友人と共に事務所を構えることができて本当によかった。
川瀬だってそうだ。あれから頻繁に修一の身を案じる連絡がくる。
彼のせいではないのに、自分が悪いのだと何度も謝られた。たいそう落ち込んでいたので「すぐに治るし、お前は悪くないんだから気にするな」と彼を慰めた。そしてこれに懲りずに、治ったらまた一緒に飲みに行ってくれたら嬉しいと伝えると、いくらか彼の気持ちが軽くなったようなので修一も安心した。
しかしそんな川瀬からの連絡に陽介は、やはりいい顔をしなかった。
「あいつとまた会う気なの?」と修一のスマートフォンを見ては不満を漏らし、川瀬との付き合いをやめるよう言うのだ。
その言葉に従う気はない。健全な友人関係を制限されるいわれなどないのだ。だから修一は川瀬との連絡をやめなかった。
そのことについてしばしば口論になったが、交流を許す代わりに修一の外出の送り迎えは陽介にさせること、という条件で落ち着いた。
友人と交流するのに何故、譲歩してやるといった態度を取られなければならないのだと納得しかねたが、これ以上口論が続くのか嫌だったので飲み込んだ。
最近ではこういった小さな喧嘩が頻発している。確か4年前に離婚する直前も、家の雰囲気はこのような感じではなかっただろうか。
同じ過ちはもう繰り返したくない。陽介と共にいると、彼にも自分にも誓ったはずだ。
怪我の記憶が新しいから、陽介は修一の行動に敏感になっているだけ。時間が経てばきっと彼の機嫌も治る。そう信じて、今は問題を先送りにすることは悪いことではないと自分に言い聞かせた。
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