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ヤンデレルート
2−11
「……は?」
突然室賀に対して饒舌になり、見当違いで無礼な言い方をする陽介に、なんと言ってやればいいかわからなかった。
ーー好き? 友人の立場に甘んじる? ……陽介はいったい、何の話をしている。
「なんで気が付かないの? 女はうまく避けるくせに、酔ったふりをした男にべたべたと体を触らせて。修一に下心を持ってるこいつをずうっとそばに置いてる。川瀬とかいう男も同じだよ。ねぇ、分かってる? ……いや、わかってるはずないか。鈍感だもんね、修一は」
「お前は、何の話をしてる? それにその言い方はなんだ」
なにも分かっていないのはお前の方だよ。そう陽介は言った。
そのあまりの内容に言葉を失う。
長年の友人である室賀が、川瀬が自分に下心を持っている? 何をどうしたらそんな馬鹿げた発想が出てくるんだ。
これにはさすがの室賀だって呆れ返っているに違いない。そう思って隣に立つ室賀を見たが、彼は表情を強張らせたたまま陽介を睨み、視線を外さない。
ほら見ろ、室賀だって見当違いの罵倒をされて怒っているではないか。
「……でもそういうところが、時々たまらなく憎く思えるよ」
まるで独り言のように暗い声音でそう呟き、修一を見つめる陽介の目には確かに憎悪の様な感情が浮かんでいるように思えた。
……陽介にこんな感情を向けられたことなど、一度もない。
今まで陽介が修一に怒ることがあっても、いつだってそれは愛情に裏打ちされていて、その目の奥には修一に対する愛情を感じられた。
だが今はどうだ。その瞳に愛情なんてものは欠片も宿っていないように見える。
「陽介……」
唖然とする。今日の陽介は、どこかおかしい。
「どうです? 私は間違ったことを言っていますか? 室賀さん」
「……下心という意味が、いまいち分かりかねますがね」
「分からない? 本当に? ここまできて、まだ誤魔化しますか? では率直に言います。あんたは、修一と寝たいと思ってる。違いますか」
「やめろ、陽介! またそんな話を……。お前がヤキモチ焼きなのは知ってるけど、室賀にまで変なことを言うな!」
率直すぎる陽介の発言に、反射的に彼を怒鳴りつけた。
下心だの寝たいだのと、もううんざりだ。不満も嫉妬も、修一に向けるのならばまだいい。だが友人に向けるのは許容できない。
おかしな勘違いで、近しい人の人間関係に亀裂が入ることだけは避けたかった。
「……悪いな、室賀。陽介は最近少し変なんだ。今のことは気にしないでくれると嬉しい。明日ちゃんと謝るから、今日はここで帰ってくれ。……陽介。もういいから、帰るぞ」
先程から、みぞおちのあたりが酷く痛む。吐き気もしていて、さっさと帰りたかった。この馬鹿げた会話を終わらせて早く休みたい。……ゆっくりと、一人きりで。
自宅に着いたら陽介だけ降ろして、一人でドライブでも行こうか。この一ヶ月、陽介に任せて全く運転をしていなかったから久しぶりに車を走らせたい。そしてどこかに停めたら少し休んで、陽介の頭が冷えた頃に帰ろう。陽介は今晩、家で一人反省しているといい。
現実逃避をするみたいにそんなことを考えながら「早く車に乗れ」と陽介を促すが、室賀に対面したまま動かない。
室賀にも帰ってくれと言ったのに、なぜか彼もまた陽介の前から動こうとしない。
修一の言うことをまるで聞こうとしない二人に向けて苛立ちが募った。
ーーまったく、こいつらは……!
「寝たいか寝たくないか、という質問なら、答えは前者ですがね」
「ほら、やっぱり!」
思いも寄らない室賀の発言に修一は目を見開いた。そしてそんな室賀に、陽介は鬼の首でもとったかのように、案の定だとしたり顔で吐き捨てた。
「たがそれはあくまで性欲の問題で、好きとか恋愛感情云々の問題じゃない。男だったら誰しも他人のことを寝れるか、寝れないかで分けているものでしょう? 俺はバイなんでね。だから如月を性欲の対象として見られるか、と言われたら答えはイエスだな」
修一を一瞥してから室賀が答えた。
室賀がバイセクシャルであることは知っていた。昔、学生時代に酒の席で彼が一度だけそう漏らしたことがあったからだ。だが彼が実際に付き合ったり寝たりする相手はいつも女だったから、限りなくヘテロセクシャルに近いものだと思っていた。
長年の同姓の友人から性欲の対象、と言われたことには驚いたが、実際のところ彼からそういった視線を感じたことはないし、それ以上に大切な友人という感情のほうが大きくて特に何も感じない。
ただ、陽介の挑発に乗るような発言をあえて今しなくてもいいのではと、思うところはある。
「へぇ? そう誤魔化すんだ」
陽介は室賀の返答に納得しかねた様子だった。
室賀はそんな陽介を無視して、今度は修一に問いかける。
「なぁ如月、よく考えろ。本当にこいつと結婚していいのか? こいつは嫉妬深くて狭量で、お前の自由を奪う。昔から言ってたよな。自由でいたい、たとえ愛していても番なんて理不尽なシステムは受け入れられないって。自由は、お前がなにより大切にしていたんじゃないのか。それなのに何故突然、こいつと番になった?」
「室賀、今その話は関係ないだろう」
拘束されて、脅されて番になったそれでもその男を愛しているなんて、とても口には出来ない。事実を話して室賀から哀れまれるのは嫌だったし、きっと陽介といることも反対される。けれど同意だったと嘘をつくことでΩの本能に流されて、容易く自分の信念を曲げるような信用に値しない人間だと失望されるのも嫌で返事を誤魔化す。
そうやって逃げる修一を室賀は許さない。
「言えないのか? この俺に」
「…‥口を慎んでください。室賀さん」
畳み掛ける室賀に、陽介静かに怒っている。口調こそ丁寧だったが目の端が時折痙攣し、内心激怒しているのが窺えた。
どこか一触即発の事態に、3人の間にピリピリとした嫌な緊張感が走る。
ーーそろそろ、本当にまずい気がする。
「番は本当に同意だったのか? まさか、無理やりされたんじゃないだろうな? 以前に、またこいつと結婚するって俺に言った時に浮かない顔をしてたな。嬉しいに決まってるってお前は笑って誤魔化していたが、俺に隠し通せると思ってたのか? 何年一緒にいると思ってる。……なぁ如月。本当にそれでいいのか。それでお前は幸せになれるのか? 頼むから正直に言えよ。そうしたら俺が助けてーー」
「黙れって言ってるだろう!」
とうとう陽介が室賀に掴みかかった。胸ぐらを掴み上げ、恫喝するように顔を近づける。
「おい、陽介! やめろ!」
このままでは手が出るのも時間の問題だ。そもそも、相手の胸ぐらを掴むことだって法律的には暴行罪というれっきとした罪に当たる。おまけに相手は弁護士だ。このままでは本当に二人とも無事では済まなくなる。
とっさにそう思って止めに入るが陽介が引く気配はない。室賀を掴みあげる手は力強く強固で、まるで引き剥がせない。
陽介は完全に頭に血が上った様子で、修一に目もくれず室賀を睨みつけていた。
そんな陽介に室賀はさらに挑発するように言う。
「3ヶ月前、お前は一体何をした? 如月は口を割らないが、嫌がるこいつをお前が無理やり番にしたんじゃないのか。それで満足したか? 楽しいか? ……そりゃあ楽しいだろうな。番にされたΩは心身ともにαに依存するようになるって言うしな。だがその見苦しい様はどうした。想定していたよりも、如月が自分の思い通りにならなくて焦ってるのか?」
「お前! これ以上喋るならーー」
「なぁ如月。今からでも遅くないから、結婚は止めとけ。番のことなら心配しなくていい。知り合いがバース関係の研究やっていて、いい話があるんだ。番を完全に解消できなくても、薬で寛解状態に持っていけるらしい。前にお前のこと相談したら、治験枠がまだ空いているって言ってたからお前に紹介するよ。だから番にされたからって、このままこいつに支配される必要なんてない」
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