離婚したαとΩ元夫夫が復縁する話

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ヤンデレルート

2ー21


 退院当日の朝、陽介は用事があると言って早朝に病室を去って行った。退院は午後に予定しているので、午前中の診療が終わり次第迎えに来るとのことだった。
 こんな早朝に用事?
 まさか、企てが悟られてしまったのかと冷や汗をかく。だが、その割には彼は随分と機嫌が良さそうだった。そして午後になり予定通り退院する修一を迎えに来たので、悟られてしまったかも知れないという心配は杞憂に終わったことに安堵した。

「荷物は俺が持つから。あとは会計だけだね」

 ベッドに腰掛ける修一の隣で、そう話す陽介はニコニコとして朝と変わらず機嫌が良さそうだった。
 諸々の退院手続きを済ませ退院後に内服する薬を受け取った。あとは病院事務による入院費の計算が済み次第、その支払いを済ませて帰るという予定だ。……少なくとも陽介は、そう知らされている。
 実のところ午前中の時点で会計は既に出来上がっていて、支払いも済ませてある。それなのに何故二人はまだここにいるのか。
 修一は、手筈通りであれば後10分ほどで現れるはずの人物たちを待っていた。

 そんなことは露知らずに陽介は、もう少ししたら二人で自宅に帰れるのだということを、ただ喜んでいた。
 その姿に罪悪感が込み上げる。
 処方された胃薬は先ほど飲んだばかりだったが、胃が不随意に収縮するような感覚に襲われる。
 また振り返すのかと心配になったが主治医からは退院許可をもらっていた。先日2回目の胃カメラを飲んで再出血の兆候は見られないことを確認してもらい、今後は定期的な外来通院による治療で十分だと太鼓判を押されていた。
 だから、この胃の不快感は今一時の緊張のせいなのだと自分に言い聞かせる。

 ーーもう少し。そうしたら……
 
 陽介に不審に思われないよう、緊張を堪えるようにそっと自分の手を握り締める。
 司法試験や面接、初めて立った法廷ですら、こんなに緊張したことはなかったかも知れない。いつだって自分はその時のために万全の準備をしていたし、それに裏打ちされた自信が緊張などをどこかへやってしまっていた。
 だが今はどうだ。準備は万全と言えるか? そもそも、この行いは正しいのか。二人にとって本当にこれが最善の選択なのかと、自信とは程遠い考えが込み上げる。
 たかだか10分が、永遠と思えるほどに長く感じられた。

 内心で一人緊迫している修一に対し、陽介はそれに気がつかない様子で変わらずに声をかける。

「やっと家に帰れるね。俺は正直、この病院は好きじゃなかったよ。……修一が転院したいって強く言えばそう出来たのに、なんで言わなかったの?」

 確かに、陽介からは入院からしばらく経った際に知り合いの病院への転院を提案されていた。
 そこは彼の親族が経営する病院で、ここよりも建物も設備も新しく、より良い治療が期待できると説得されたのだ。
 だが修一は首を縦に振らなかった。陽介がどう思っていようが修一はこの病院を気に入っていたし、何より今後のことを考えるとここで治療を受けていることが最善だったからだ。

「ちゃんと治ったんだから、結果的にこの病院で良かったんだ。それに先生や職員の人たちだって、みんな親切だったじゃないか」

「……先生って、まさかあの佐伯とかいう整形外科医のことを言ってる? あいつ一ヶ月前にたまたま修一を診たからって、どうにも関わりすぎじゃないか。病院のスタッフから、俺が来られない間にしょっちゅう二人で話してたって聞いたけど本当なの?」

 陽介が笑みを消して咎めるような視線を修一に向ける。先ほどまでは機嫌が良さそうだったのに、彼の感情の起伏の激しさに狼狽そうになる。

「主治医でもないのに首を突っ込んできて……あいつ、何なの? まさか言い寄られてるなんてことはないよね?」

「馬鹿だな、そんなことある筈がないだろう」

 考えすぎだよ、と彼を宥める。

「……どうだか。修一は淫乱だからね。男でも女でも誑かすのがうまいじゃないか。俺が仕事で来られないときに誘惑してたんじゃないの。……修一ってもしかして、医者とか、白衣を着てるのが好み? 俺と知り合ったのも病院だったし、アダルトサイトの履歴だって白衣系が多くなかった?」

 それなら家に帰ったら白衣を着て抱いてあげようかと、陽介が修一の耳元に唇を寄せて囁く。

「……っ」

 誰が淫乱だ。誘惑なんてしてない。履歴って、そんなものまで見てたのか。プライバシーの侵害じゃないかと否定したいところが多すぎて何から指摘したらいいのか一瞬わからなくなる。
 しかし考えた末、言い返すことは止めた。残された時間は少ない。ここで馬鹿げた言い合いなどしたくはなかった。
 何も言わずに俯き視線を合わせようとしない修一に対して陽介は不満げな様子を見せる。顎を掴み、強引に顔を上げさせると修一の顔を覗き込んだ。

「何でいつもみたいに言い訳しないの? まさか、本当なんじゃないだろうね。……まあ、いいよ。家に帰ってからゆっくり聞くことにする。2週間も我慢したんだ。今日は、いいよね」

「……どうかな」

「は? なに、その返事」

 ドアの外から複数の足音が聞こえる。どうやら到着したようだ。腕時計を見るとちょうど、午後3時を指していた。約束の時間だ。

「……陽介」

「なに?」

「愛してるよ」

「……知ってる」

 ーーそれならどうして、そんなに悲しそうな顔をするんだ。

「そうか。なら、いい」

「……何? いきなり。なんだか怖いよ」

「陽介」

「だから、何なの」

「……帰ろう。俺たちの家に」

 ーーいつか、必ず。

「はあ? 当たり前じゃないか。何を言ってーー」

 訝しむ陽介の言葉をノック音が遮った。
 何か言いたげな陽介を無視して入室を促す。

「どうぞ」

「如月さん、失礼します」

 入室許可を待って現れたのは複数の人間だった。その中には見知った顔もあれば、見知らぬ者もいた。その中に、この病院の職員は1名だけ。プライバシーへの配慮から、職員へは事前に限られた人数にしか知らせないようにすると言われていた。

 見知った顔の中には陽介の伯父、井領陽雄あきお氏の姿も含まれていた。彼が事前の約束を守ってくれたことに修一は安堵した。

「……なに? これ。それに、伯父さん?」

 何で伯父さんがここに、と疑問を繰り返す陽介に彼の伯父は「やあ、陽介」と険しい表情で返事をする。そして修一と目が合うと軽く会釈をした。
 彼が現れてくれたことに感謝し、修一も会釈を返す。

 病室に現れた数名の中から、一人の男が陽介の前に歩み出た。

「あなたが井領陽介さんで間違いありませんか」

「そうですが……」

 男は名前と肩書、所属団体名を名乗る。
 その素性に驚いた陽介が驚愕に目を見開いた。

「あなたに対し当バース性科緊急医療センターは通報者、ご家族からの申請に基づき精査の結果、緊急措置入院が必要であると認めましたのでここに通知します」

「……は?」

 突然の状況に混乱した様子の陽介を無視し、男は淡々と手元の通知文書を読み上げる。

「あなたは、これからバース性保健及びバース性障害者福祉に関する法律第29条の規定による緊急措置入院の処分を受けていただきます。あなたの入院中、手紙や葉書などの発信や受信は制限されません。あなたの入院中、人権を擁護する行政機関の職員、あなたの代理人である弁護士との電話や面会、如月修一さんを除くご家族の方との面会は制限されません。それら以外からの人との電話、面会については、あなたの病状に応じて医師の指示で一時的に制限をする場合があります。あなたは、治療上の必要性から行動制限を受ける場合があります。この処分について不服、取り消しを訴える請求はこの処分の通知を受けた日の翌日からーー」
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