離婚したαとΩ元夫夫が復縁する話

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ヤンデレルート

2−22

「治療、入院……? 何で、俺が」

 男は措置入院を受ける患者の権利について淡々と読み上げていたが、混乱する陽介はそんなことなど全く耳に入っていないようだった。

「あなたには当センターで全身精査を受けた後、α性腺機能亢進症の確定診断が出た際には法律に基づき治療を受ける義務が発生します。そして症状が安定し次第、長期療養型施設へと移っていただくことになります」

「違う! 俺は、病気なんかじゃない!」

 陽介は声を荒らげて男が告げる病気を否定した。
 男から告知された病名を聞いて、修一は佐伯との会話を思い出した。



 約二週間前、陽介との関係を相談した修一に、佐伯はこう話した。

『恐らく、井領さんはα性腺機能亢進症、という病気を患っているかも知れません』

『病気、ですか?』

 それは修一が聞いたことのない病名だった。
 
『ええ。如月さんのお話を聞く限り、その症状について心当たりがあります』

 佐伯はその疾患の詳細について修一に説明する。
 いわく、α性腺機能亢進症とは自己抗体によってα性腺が刺激される結果、α性腺ホルモンが過剰につくられ、それが血中に分泌され特有の症状が現れるのだと言う。
 症状は性欲、活動性、攻撃性の亢進。性格の変容。妄想性の人格障害を主に呈する。そして、この疾患の原因はしばし遺伝すると告げた。

『妄想性の人格障害とは、他者に対する根拠のない不信や疑念を抱き、自分を欺こうとしていると考えることです。自分の疑念を裏付ける証拠を探して他者を詳細に吟味する。他者を信用しないので、物事に主導権を握っていなければならないと感じています。支配性が増して相手を監視、コントロールしたがる。そして極端に嫉妬深く貞節を疑い、パートナーの行動について絶えず問いただします。αΩ間で番状態にある場合その矛先は番相手、つまり如月さん、あなたに向けられます。……そういったことに、心当たりがありますね?』

『はい……』

『原因は現時点では確実に解明されていませんが、遺伝的な要因のほかストレスや関係していると考えられています』

『それは治りますか』

『……何とも言えません。ただ、寛解状態には持ち込める、と思っていてください』

『治療は、何を』

『抗α性腺薬を投与して血液中のホルモン値を低下させ、正常な値に戻します。この数値が戻ることによって症状も軽快します。……個人差が大きく薬の調整が難しい疾患です。投与直後から改善することはありませんが、それでも徐々によくなるでしょう』

『徐々にとは、一般的に期間はどれくらいかかるものですか?』

『それも、難しいですね。個人差がありますが、それでも年単位の時間が必要だと思っていてください』

『年単位……?』

 愕然とする修一に、佐伯はさらに捕捉する。
 この病は急に重い病相へと変化することがある。自傷他害率が高い。患者の症状は一人ひとり異なるものであり、患者の病前性格も置かれた社会環境にも違いがある。どのような治療が最善なのかは主治医によるきめ細かな見立てと総合的な判断が必要であり、専門家の治療に委ねられるべき障害であると。
 また、ホルモン値を安定させるために番状態にある者同士は寛解状態に入るまで接触することはできないのだという。

 バース性線ホルモン値の安定。それは、この国に生まれたαとΩに課せられた義務である。
 つまり検査によってこの疾患が確定したならばこの国の法律に定められた通り、陽介は専門施設での年単位での入院治療を余儀なくされるのだ。

 だが治療さえ受けることができれば、以前の彼に戻る可能性は高い。
 修一は考えた。
 このまま病気の可能性を無視して経過を見る? いや、駄目だ。もし病気だった場合、佐伯は急に重い病相に変化することがある、自傷他害率が高いと言ったではないか。ここまで病気の可能性が高いことを指摘されているにもかかわらず何もしないことは、最も愚かな選択だ。

 陽介に病気の可能性があると伝えるか? ……どうだろう。彼は、素直に治療を受けてくれるだろうか。病気が確定したならば年単位の入院治療と番との隔離が必要だ。しばらく、陽介と修一は会えないことになる。病的に嫉妬深く、執着心の強い今の陽介が素直に聞き入れるだろうか。……無理かも知れない。むしろ自分を陥れようとしていると誤解しかねない。他者との不貞を疑い、そのために陽介と別るための嘘とすら考え、再び4ヶ月前のような凶行に及ぶ可能性すらある。

 室賀の言っていた案も浮かんだが、あれは最終手段だ。
 動画の証拠に基づいて陽介を告訴し、強制的に検査、治療を受けさせることは可能だろう。だがそうしてしまうと彼の経歴に傷がつく。前歴、前科、医師免許の剥奪。……そして実刑判決による服役の可能性。
 被害者に当たる修一が厳罰を望まず、病による心神喪失を上手く主張することが出来れば執行猶予には持ち込めるかもしれない。しかしあの動画の内容では不起訴、つまり無罪となることは到底不可能だろう。服役はしなくとも確実に前科がつくということになる。
 そうなると陽介は社会的に取り返しのつかないダメージを負ってしまう。
 そんなことには絶対にさせたくはなかった。だから警察に訴え出るのは全ての手を尽くした後、本当に最終手段にしようと決めていた。

 佐伯の話を聞き、考え込んでいた修一はようやく口を開く。

『どうすれば、穏便に治療を受けさせることが出来ると思いますか』

『……如月さんは、将来的に井領さんと一緒にいることを望みますか?』

『はい』

 力強くうなずく。
 考えるまでもない。そんなことはとっくに決めていたのだ。
 即答する修一に、佐伯は告げる。

『それでしたら、然るべきところに相談してみましょう』

 そうして佐伯から紹介されたバース性科緊急医療センターの男と連絡を取り、今日この日までに準備を整えてきたのだと修一は思い返した。
 その準備の中には陽介の伯父、陽雄との接触も含まれた。



 退院の数日前、主治医から何とか外出許可を得た修一は一度自宅に戻りスーツに着替えると、アポイントを取っていた時間に間に合うように陽雄が院長を務める病院へと向かった。
 過去に陽介から聞いた話によるとグループの代表、理事長は陽介の祖父であったが彼は高齢でほぼ隠居している身であり、実質的には陽雄氏がグループの代表を務めているということだった。

 彼とは陽介と結婚した際に親族に紹介された場で面識がある。わずかに陽介の面影があったが、彼は陽介とは違ってあまり笑わない男で祝いの席でも常に難しそうな顔をしていた。まさか結婚に反対されているのだろうかと不安になったが、陽介はその時「伯父さんはいつもあんな感じだから。大丈夫、ちゃんと祝福してくれているよ」と言って慰めてくれたものだ。
 伯父には昔からよくしてもらっていて、今でも仕事のことなどで頻繁にやりとりをしているのだと陽介は言っていた。

 そんな彼に協力を仰ぐことができるだろうかと不安になる。
 こんな状況になったのはお前のせいだ、と陽介を思いやるあまり、そう罵られても仕方がないとさえ思う。だが事を起こす前に彼には話を通しておくのが筋だし、治療には親族の同意が必要だ。だから彼の協力は欠かせない。

 まさかこんな形で再度会うことになろうとはと思いつつ、通された院長室で陽雄の到着を待った。
 彼は病院経営だけではなく医師として患者の治療にも当たっている。そんな多忙を極めるであろう人物を、こちらの都合で急に呼び出すことなどできるわけがなく、それを試みる気もないまま面談を申し入れた。
 これからしようとしていることに反対されるかもれない。だから少しでも誠意を見せるため修一は身嗜みを整え、こうして先方に出向いた。

 しばらくすると陽雄が現れた。記憶の中の姿とほとんど代わりなく、着ている衣服だけスーツから白衣に変わっているな、という程度のものだった。
 多忙な中、急な面談の申し入れや陽介に内密にという修一の願いを叶えてくれた陽雄に感謝し、互いに時間が限られているだろうことを思って挨拶もそこそこに率直に話を切り出した。
 そしてこの場には、自分だけでは説得力に欠けるだろうと医療センターの男にも同席してもらっていた。同席は彼自身から申し出てくれて、修一の説明に専門家による補足を付け加えてくれる。ここまでしてくれる彼に内心感謝しつつ、修一は心から陽雄の説得に当たった。

「つまり、今の陽介はα性腺機能亢進症の可能性が高いと」

「……はい」

 陽雄の口調には今のところ何の感情も窺えない。彼が何を考えているのかわからず不安なまま、修一は彼の疑問に答えた。

「治療の見込みは?」

「精査をしてみないことには分かりませんが今までの症例からすると、しっかりと治療さえ受けていただければ1、2年で寛解状態には持ち込めるでしょう」

 医療センターの男が答える。
 彼も陽介や陽雄と同じく医師免許を有しているらしい。説得をするには自分より遥かに有用だと彼の同席に内心で感謝した。

「陽介には?」

「彼にはまだ何も、知らせていません」

 何故言ってやらないのだと、咎められることを覚悟していたが返ってきた答えはまるで違うものだった。

「……それがいいだろう」

「それは、どういう意味でしょうか……?」

 意外な答えに混乱しそうになる。
 陽介の味方のはずの陽雄が何故、それがいい、などと言うのだろうか。彼の立場からするとむしろ早く本人に告知して適切な治療を受けさせるべきだと、そう言うのが道理だろうに。可愛がっている甥を騙し討ちのような形で強制入院させるなど賛成できるものでは無いはずだ。なのに、何故?

 彼は一つため息をついて、三人が向かい合って座る応接ソファの背もたれに身を預けた。
 そして疑問に思っている修一の考えを見透かしたように、その疑問に答え始める。
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