離婚したαとΩ元夫夫が復縁する話

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ヤンデレルート

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 二人の目の前には、ダイニングテーブルの上に所狭しと並べられた料理、それに中央には美しい花が飾られていた。
 胃に優しそうな豆腐、卵なんかを使った煮込み料理にスープ。煮物や肉類といった修一の好物まで一通り揃えられた卓上の料理は既に冷めてしまっているようだったが、それでも本当に美味しそうに見えた。

 陽介が、早朝に用事があるのだと言って早々に病室を去った理由が分かった。そして退院時間間際になって現れた理由も。……彼は、この準備をしていたのだ。

 退院する修一をもてなすために陽介は忙しい中、一生懸命に準備をしてくれていた。修一が退院できることを喜び、それを祝おうと修一に黙ってこんな思いがけない贈り物を用意していたのだ。

 ーーそんな時に、俺は。

 それなのに、そんな時に自分は何を考えていた? 計画が陽介に知られてしまったのではないか、失敗してしまうのではないかと怯え、焦っていたはずだ。彼を欺くために平然を装い、騙し討ちをする算段を立てていた。……そうして思惑通りそれは無事成功したことに安堵し、陽介の気持ちを裏切った。

 陽介はどんな気持ちでこれを作っていたのか、それは並べられた料理から容易に想像がついた。きっと、修一のためを思って作ってくれたのだろう。退院祝いのつもりなのか、丁寧にも花まで添えてある。細かいところにまでいつも気配りをしてくれる彼の優しさが表れていた。

 それらを認識した瞬間、修一の目からが止めどなく涙が溢れる。それは自分の意識とは全く別のところから溢れてくるようで、自分が泣いているのだと遅れて理解してもそれを堪えることは到底出来なかった。

 胸が締め付けられるように苦しい。悲しい。たまらなく、寂しい。
 感情が溢れかえって混乱する修一の頭は、かつてのように笑顔で暖かく迎えてくれる陽介がこの場にいないことに違和感すら覚えた。
 いないことは分かっているのに、思わず「ようすけ」と彼の名前を呼んでしまうことを抑えられなかった。名前を呼んでも返事をしてくれない。いつものように「おかえり、修」と優しい笑顔で迎えてくれない。……側にいない。結婚してからずっと、一度別れてから復縁してもなお彼は、この家でそうしてくれていたのに今や部屋はガランとしたままで、陽介の姿はどこにもない。
 彼を愛していた。ずっと一緒にいた。一度は別れてしまったが、再び結ばれることができた。そしてこれからも、一緒にいるはずだったのに。

 近くに室賀がいることも忘れて、修一は目の前の光景を見つめ続けていた。自分の中の大切な何かが欠けてしまったような途方もない虚無感に襲われる。
 ありもしなかった選択や結果を想像しては、大きな後悔が修一を苛んだ。

 ーーどうしよう。俺のしたことは、間違っていたのか? 無理やりに入院させるべきじゃなかったのか。陽介、ごめん。俺が、もっと早く気がついてやれたなら。そうしたら今頃は、二人でいられたのかもしれないのに。

 いつの間にか横に立っていた室賀が、静かにぼろぼろと涙を零す修一に気が付き言葉を失っている。

「如月……」

 室賀は動揺した様子で、修一に何と声を掛けたらいいのか迷っているようだった。だが、そんな彼を気にする余裕は今の修一にはない。
 室賀が動揺するのも無理はない。修一は彼にただの一度も、こんな姿を見せたことはなかった。一緒に暮らしていた陽介にすらも、それは同じだ。
 そもそも、こんなふうに感情的になって涙を零すことなど物心ついた頃から修一の記憶にはなかった。元来、感情の起伏は穏やかな方で陽介と違って感極まっては目に涙を滲ませるような感性豊かな人間ではない。人並みに悲しんだり、感動することはあるが感情のコントロールは得意だったから、それを人に見せるようなことはあまりしてこなかった。
 陽介のように、涙脆い人間ではなかった。

 ーーそういうところが好きだった。

 感性豊かな陽介が好きだった。修一の行動一つ、言葉一つに喜び、悲しみ、好意を顕にしてくれる陽介を愛していた。そんな彼に何かしてやりたくて、愛を返したくて足掻いていたはずなのに、何故こうなってしまったのだろう。
 陽介はもう側に居ない。彼に愛していると伝えることも、謝ることもできない。病気が治ったら、陽介は自分を許してくれるだろうか。裏切った自分をまた愛してくれるだろうか。

 かつて陽介は言った。人間の感情や人格など紛い物に過ぎない。肉体の状況によってそんなものは容易く変容するのだと、四ヶ月前に修一を番にする直前にそう告げた。
 当時は修一を指しての発言だったが、同じ人間である以上それは当然、陽介にも当てはまる。
 α性腺のホルモン値が改善したら、自分に対する彼の愛もまた失われてしまうのではないかと修一は恐れる。医師らの言う寛解状態になった時、陽介はまた、愛していると言ってくれるのだろうか。

「おい、大丈夫か……?」

 静かに涙を零し続ける修一を心配したのか室賀がそっと肩に手を置き、慰めるように声を掛ける。

「すまない、室賀。なんでもない。なんでもないから……」

 室賀に声をかけられたことで少しだけ冷静になった修一はようやく涙を止めることができた。

 そう、本当になんでもないのだ。こんなことは今陽介が置かれている状況に比べたら全く大したことではない。陽介は望まぬ状況に置かれ、一人孤独に検査と治療を受けている。彼をその状況に追いやったのは他でもない修一だった。その修一が状況を嘆き、陽介や自分を哀れんで悲嘆にくれるなど愚かな話だ。そんな資格は自分にはない、とさえ思う。
 事を起こしてしまった以上、もはや医師らを信じて治療を任せるしかない。陽介の病が治ることを信じて待つしかないのだ。
 1年、いや2年か。それ以上かかるかも分からない。元の陽介が帰ってくるのかすらも今の修一には何一つ分からなかった。

「……室賀、腹は減っているか。せっかくだから、食べよう」

 この量は一人では食べ切れないからと室賀を夕食に誘った。
 了承してくれた彼と二人で食卓につく。思っていた通り、料理はとても美味しい。陽介が手間をかけて作ってくれたのだということが分かって、また涙ぐみそうになる。室賀は気を使っているのか何も言わない。時折、修一が「美味いな」と漏らすと、それに同意してくれるだけだ。それが今は有り難かった。ただ静かに陽介の残してくれた料理を味わいたかったから。
 数多くの料理はさすがに室賀と病み上がりの修一二人ではとても食べ切れる量ではなくて、残った料理はまた食べられるように丁寧に冷蔵庫にしまった。……もしかすると二度と口にできないのかと思うと、余った料理を処分してしまおうなどとは到底思えなかった。

 静かに食事を終えると二人はソファで寛ぐ。普段ならば間違いなく酒を出すところだが、病み上がりなのだから酒はやめておけと室賀に止められてしまった。それならば室賀だけでもどうかと勧めたが、自分も今日はやめておくと彼は固辞する。
 ぽつぽつと他愛もない日常会話や仕事の進捗などの話をしながら友人相手にリラックスしていると、修一は自分の体がひどく疲れていたことが分かった。そういえば朝からずっと緊張していたし、何よりも寝不足だ。
 夜も早々に気がつけばうとうととしている修一に、室賀が「もう休め。俺はソファでいいから」と言い寝室に追い立てる。
 だがこの家にゲストルームはない。つまり二人のうち、どちらかがソファで寝ることになるのだ。客にそんなことはさせられないから室賀が寝室を使ってくれと修一が提案すると、彼は仏頂面をして「半病人のくせに生意気なことを言うな」と頑としてソファを譲らないばかりか皮肉をぶつけられてしまった。そんな友人の素っ気ない優しさに甘え、おやすみと彼に告げてリビングを後にする。

 だが、いざベッドに入ると中々眠ることが出来なかった。……そこは陽介の匂いで溢れていたからだ。
 こんなにも彼の気配がするのに本人はどこにも居ない。二週間前まで、ずっと二人で使っていたはずのベッドはこんなにも広かっただろうか。陽介はベッドに入ると、いつも体を寄せて甘えてくるからむしろ狭く感じていたはずなのに、今は全くそう感じられなかった。

「陽介……」

 一人きりになって小さく彼の名前を呟く。彼の気配が漂っていても、返事はない。当然だ。だが口にせずにはいられなかった。
 たまらない寂しさが修一を襲う。あと何日、何年こうして一人で眠るのだろうか。たった数ヶ月前までは、陽介と別れてから4年間一人で暮らしていたはずなのに、その時はどうやって寂しさを紛らわせていたのだったか。

 うつらうつらとしながら、そんなことを考えていると突然部屋に電子音が響いた。
 サイドチェストに置いていた修一のスマートフォンが鳴っている。気がつけば時刻はもう深夜だ。こんな時間に誰だろうと訝しみスマートフォンを手に取る。
 鳴ったのは仕事用に使っているものだった。だが今日まで密かに動いていることを陽介悟られないように医師らとのやり取りは仕事用のスマートフォンでやり取りをしていて、今まさに表示されている番号は陽介が搬送された緊急医療センターのものだった。……嫌な予感がした。
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