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 春平も夏美もいなくなったから、部屋が静まりかえっていた。
 机の上に載っていた秋恵が、そんな静かな部屋を見渡している。
 カーテンが外からの強烈な太陽光を遮っているせいで、部屋の薄暗さが余計に目立ち、影が濃くなっていた。

 暗くて静かなのが原因なのか、単に飽きたからなのか分からないが、秋恵は見渡すのを止めて、かばんの中にある神鏡人形を見下ろした。
 鏡は輝く様子も無く、巫女みこ人形も変わりなくかばんの中に収まっている。

 秋恵の口からいきがこぼれた。
 そうして、自身の手を見やった。
 見やって、また息をこぼした。

「こんな形で先輩の家に来るなんて……」

 そう言って、玄関の方へ目をやった。玄関は部屋の中よりも暗かった。

「マユさんってどんな人なんやろ」

 そうつぶやいてから、いくぶんつ。
 彼女は玄関とは正反対の位置にある、大口の引き違い窓に視線をうつしていた。

「夏美さん、どう思ってるんやろ……」

 途端に、秋恵が首をブンブンと横に振った。

「信じやんと…… 今のあたしには何も出来やんし」

 そう言った秋恵が、窓に掛かっている薄手のカーテンを眺め始めた。
 薄手だからか、カーテンの色合いが少し明るく光っているように見える。

「夏は日長…… 気長に待たんと」

 彼女はカーテンの隙間から見える、窓ガラスの向こう側にある明るいブロック塀を見つめ始めた。
 しばらくして、明るい窓ガラスに映る、ぼんやりとした自分の姿に焦点があった。
 すると突然、ぼんやりした自分の姿が首をかしげる。
 当然、秋恵は驚いた。

『見つけた』

 突然、少女の声が聞こえた。聞こえたと言うよりも、響いてきた。
 秋恵は何が起こったのか分からず、とにかく周りを警戒する。
 ──誰もいるはずが無い。

『見つけた』

 また聞こえる。

「誰……?」
『ようやく見つけた』

 秋恵が窓ガラスをもう一度、見やる。
 うつっている彼女の姿が、どんどんと大きく、彼女自身に近付いてきているのが分かった。

『私を見て……』
「何…… なんなん、これ……!」
『一緒に居なきゃ…… あなたは私と一緒に居なきゃ…… 一緒に──』
『帰りなさい』

 また声がした。
 さっきの声の主よりは幾分いくぶんか落ちついた、大人の声音こわねであった。

『ここは、あなたのいるべき場所ではありません。早く帰りなさい』

 今度は明確に、声のする方向が分かった。だから、秋恵は声のした方へ目を向けた。
 そこにはかばんがある。

「まさか……」

 秋恵がそうつぶやいた瞬間、フッと影が差しこんできた。秋恵はビックリして窓を見上げる。
 人影が、窓の前に立っている。カーテンの隙間から、中をのぞき込んでいた。

 秋恵はビックリして息をのむ。
 人影がしゃがみ込み、窓ガラスに何かをし始めた。
 秋恵はすぐに机から飛びおり、よじ登るようにしてかばんの中へと入った。

 そばにいる巫女みこ人形が気になるところだが、それ以上に今は、外が気になっていた。
 だから、かばんの口から少し顔をのぞかせて、様子をうかがった。

 人影が窓ガラスを慎重に割って、かわ手袋をめた手が、割れ目のあいだから出てきて、窓の鍵の方へ手を伸ばしていた。
 間も無く、鍵が下りてしまう。

 秋恵は顔を引っ込め、両手を握りしめながら身を固めた。
 カーテンを引く音がし、床がきしむ。
 秋恵は身動き一つしていない

 しばらく、足音がかばんの周りで鳴っていた。
 その足音が、徐々に秋恵に近付いてくる。
 彼女は慌てて、元々の人形の姿勢を取った。そのすぐあとに、誰かがのぞき込むように秋恵を見た。

「これか……」

 中年の男だった。
 しかも、秋恵は見たことがあった。
 彼は淡島神社で会ったことのある男──タカシだ。
 タカシは秋恵と神鏡人形をかばんから拾いあげ、二つを交互に見やった。

「これで二束三文だったら、割に合わないぞ……」

 タカシはそう言って人形を元のかばんへ収めた。
 それからファスナーを引き、かばんを拾いあげ、そのまま玄関から出ていった。
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