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 難波駅の近くにある大型書店に、春平はいた。
 彼が、本棚を見上げる夏美を見つけて、彼女のそばへと近寄った。
 彼女はすでに何かの本を見ていたらしく、閉じられた本を手に持っている。

「なんかあったか?」
「シュンちゃんは何見てたの?」

 夏美が本棚から視線を移しつつ言った。

「マンガ」
「たまには活字でも読んだら?」
「レポートで嫌ってほど見てるわ。そもそもお前、最初は週刊誌とか読んでたやんか」

「だって、どこに何が書いてあるかなんて知らないんだもん」
「ほな、読んでみてどうやった? 面白おもろかったか?」
「こっちと、どっこいどっこいだった」

 そう言って、夏美が持っていた本を棚へ戻す。
 春平が自然と、夏美の戻した本の背表紙へ目を向けていた。

「道徳の系譜…… こんなモン、読んで面白おもろいか?」
「人間は何も欲しなくなるよりは、いっそのこと虚無を欲する……!」

 夏美がわざとらしく誇張しながら、演劇風に言うから、春平は苦笑って、

「西洋は何かにつけて大層やなぁ」と言った。
「それになんか、暴露本って感じだよね。具体的にどうすべきか何も書いてないし」

「何か案を書いても暴露返しされるさけ、書く気ぃ無いんとちゃうか? ――それより、もうええやろ? そろそろ行かんか?」
「そうね、小難しい本も見飽きちゃったし」

 夏美が本棚を見上げながら答えた。


 ――――――――――――


 二人が書店から出てくる。

「ねぇ、あれ何?」

 夏美が、目の前にある建物を指差していた。

「あれはお笑いを見るところ、かな?」
「お笑いって?」
「まぁ、なんというか…… 人を笑わせる仕事してる人たちやな」

「フ~ン。じゃあ、となりにある小屋っぽい場所は何?」
「小屋?」
「人が並んでるでしょ?」
「ああ、たこ焼き売ってるトコやね」
「タコヤキって?」

「秋恵の記憶、引っ張りだしたら分かるやろ?」
ひきだしじゃないんだから……」
「――食べ物屋さんやで、要するに」
「え? 食べるところなの?」
「食べたいんか?」

 夏美が目を輝かせていた。
 春平自身も食べたいと思っていたらしく、「まぁ、ええわ」と素直に言った。

小腹こばらすいたし、行こか」
「やったね!」

 夏美が指を鳴らした。


 
 二人がたこ焼きを買って、店の中へ移動し、あいている席に向かいあう形で座った。

「熱そうね」と、湯気を眺める夏美。
「気ぃ付けや? 息吹きながら食べるんやで」
「え? 何? どうやるの?」

 春平がたこ焼きを口に運び、ハフハフと食べはじめた。
 夏美は春平を見ながら、たこ焼きをかじった。

「熱ッ!」
「気ぃ付けやって言うたやん……」
「こ、こんなに熱いなんて思わなかったもん……! よく平気だね、シュンちゃん」

「まぁ、慣れてるさけな」と、もう一口たべた。
「シュンちゃん?」

 となりの席に座ろうとしている女性が言った。

「シュンちゃんやん! 久しぶりやね!」

 ――マユだった。
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