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時間が止まったかのような錯覚を覚えるほど、春平は静まりかえっていた。
もちろん、雑踏や他人の声、店内にあるテレビの音で、普通の人ならうるさく感じるくらいである。
しかし、春平の耳には全て入っていなかった。
「シュンちゃん?」
マユの一言で、春平の気が戻った。
「どうしたん?」
彼女が、隣の椅子に鞄を置きながら尋ねた。どこか不可思議そうな顔をしている。
「い、いや、急に、やったさけ、その……!」
「あっ」マユが笑顔になった。「ひょっとして、邪魔してもた?」
「え、あ……」と、夏美を見る春平。「い、いや、ちゃうねん……! この子は──」
「彼女ちゃうの?」
「た、ただの後輩やって、後輩」
「なんや、そうなの?」
「そ、それより、なんでこんなところに?」
「お母さんと待ちあわせ」
頬笑んだマユが、着席した。
彼女のテーブルは春平から見て隣だったが、席と席の間隔が狭いから、実質的に同じテーブルに座っているようなものだった。
彼女が春平に近付くため、椅子を少し寄せたから、なおさら近い。
「ほら」と、マユが続ける。「もうじきウチも関西から出ていくことになるし…… お母さんと買い物でもしようかなぁって。それで早く着いてもたから、ここのたこ焼き屋に寄ってん」
「へ、へぇ~……」
春平が気の抜けた返事をすると、
「この方が、前に言うてた先輩の幼馴染みですか?」
と、夏美が言った。
完璧な関西なまりだった。
それで、春平がまた驚いて夏美を見た。
「初めまして、秋恵と申します」
「初めまして」
笑顔で会釈するマユ。
「あの、変なこと訊いてもええですか?」
マユが首をかしげる。
「先輩って、子供の頃はどんな人やったんです?」
マユが春平を見ながら、イタズラっぽい表情を浮かべ、
「知りたい?」
と言った。
二人が春平をダシに話を盛りあげるから、春平はただひたすら、自虐に走ったりツッコミを入れたり、ボケたりするしかなかった。
何よりも、こんなに二人の息があうなんて思いもしなかった。
しかも春平が以前、秋恵と話をしたときの内容も夏美は知っていて、それをネタに、話に花を咲かせていた。
──やっぱり、秋恵の体から記憶を引きだしているじゃないか。そう春平は思って、ひそかに憤慨していた。
「へぇ~、秋恵さんも怖かったんですね」と、マユが笑った。
「怖いと言えば」と夏美。「つい最近、人形がたくさんいる神社へ行きましたよね、先輩」
「そうやね」と言った途端、春平がハッとした。
「あっ、そう言えばシュンちゃん、人形の供養やってくれたんやってね?」
「ああ、その、まぁ…… やったと言えばやったけど」
「ありがとうね、シュンちゃん」
「でも」と、夏美が言った。「あの女形人形、どうして捨てちゃったんです? まだまだ現役に見えたんですけど」
「う~ん」
マユが困り顔を隠すように、笑みを浮かべていた。
「色々あって、手放すことにしたんです」
「やっぱり、ああいうのって怖く感じるものなんですか?」
「そやねぇ~…… あれって、ウチのお婆ちゃんの持ち物やったんやけどね」
そう言って、マユが爪楊枝を発泡スチロールの容器の上に置いた。
「お婆ちゃんが亡くなって…… それで母親が供養するつもりやったんやけど、こう、捨てるに捨てられへんかったって言うか……
ほら、ああいうのって呪われそうで怖いやん? それで、押入に仕舞ってあったんやけどね……」
「古いですもんね」
「古いんはええんやけど、ああいうリアルな感じの人形って、古びると怖いんよね。市松人形ほどでは無いにしろ……」
「市松人形はホラーって感じですもんね」
「そうそう。とにかく、飾ってても埃被るだけやし……
それでね、テレビとか漫画の影響もあるかもしれへんけど、子供の頃からあんまり好き違うたんよ、あの人形。
お婆ちゃんが大事にしてたから言わんかったけど…… お母さんが捨てる決断してくれて良かったって感じかな。物置も正直、いっぱいやったから」
「残ってると困るんですね、やっぱり」
「雛人形はほら、子供が女の子やったらまだ使えるけど…… ああいうのは、どう考えても無理やん?」
「そうですね……」
「秋恵さんやっけ?」
「あ、はい」
「秋恵さんは雛人形とかいる?」
「え?」
「実はね、雛人形も処分するつもりやってん。でも、さすがにあの量を持ちこむんは厳しいやろし、春平君に頼むのもアレやから……」
マユがそう言って、春平を見て苦笑っていた。春平も笑っていたが、どこか露骨な作り笑いだった。
「私は──」
夏美の話を遮るように、着信音が鳴る。
「あっ、お母さんや!」
マユが携帯端末の画面を見て、言った。
「ほなシュンちゃん、ウチはもう行か」
「あっ──」
「楽しかったです」
夏美が春平を遮るように言った。
「さようなら、マユさん」
「ええ、ウチも楽しかったです。──シュンちゃんも大学、頑張ってな」
「ちょ、ちょっと待って!」
立ちあがったマユと合わせるように、春平も立ちあがって言った。
「いつ出ていくん? ほら、引っ越しとかやったら手伝うさけ」
「ありがたいんやけど、もう準備も済んでるさけ」と苦笑うマユ。
「お盆のとき、家に帰って来るんやろ? そのときに挨拶しに行く。さすがに、シュンちゃんトコにはお礼とか言いに行かんとね」
マユはそう言って手を振りつつ、
「ほなね、シュンちゃん。秋恵さんもありがとうね。
雛人形の話、ちょっと考えといて。欲しかったらシュンちゃんから連絡先、教えてもらってね」
夏美はただ、頬笑んでいた。
もちろん、雑踏や他人の声、店内にあるテレビの音で、普通の人ならうるさく感じるくらいである。
しかし、春平の耳には全て入っていなかった。
「シュンちゃん?」
マユの一言で、春平の気が戻った。
「どうしたん?」
彼女が、隣の椅子に鞄を置きながら尋ねた。どこか不可思議そうな顔をしている。
「い、いや、急に、やったさけ、その……!」
「あっ」マユが笑顔になった。「ひょっとして、邪魔してもた?」
「え、あ……」と、夏美を見る春平。「い、いや、ちゃうねん……! この子は──」
「彼女ちゃうの?」
「た、ただの後輩やって、後輩」
「なんや、そうなの?」
「そ、それより、なんでこんなところに?」
「お母さんと待ちあわせ」
頬笑んだマユが、着席した。
彼女のテーブルは春平から見て隣だったが、席と席の間隔が狭いから、実質的に同じテーブルに座っているようなものだった。
彼女が春平に近付くため、椅子を少し寄せたから、なおさら近い。
「ほら」と、マユが続ける。「もうじきウチも関西から出ていくことになるし…… お母さんと買い物でもしようかなぁって。それで早く着いてもたから、ここのたこ焼き屋に寄ってん」
「へ、へぇ~……」
春平が気の抜けた返事をすると、
「この方が、前に言うてた先輩の幼馴染みですか?」
と、夏美が言った。
完璧な関西なまりだった。
それで、春平がまた驚いて夏美を見た。
「初めまして、秋恵と申します」
「初めまして」
笑顔で会釈するマユ。
「あの、変なこと訊いてもええですか?」
マユが首をかしげる。
「先輩って、子供の頃はどんな人やったんです?」
マユが春平を見ながら、イタズラっぽい表情を浮かべ、
「知りたい?」
と言った。
二人が春平をダシに話を盛りあげるから、春平はただひたすら、自虐に走ったりツッコミを入れたり、ボケたりするしかなかった。
何よりも、こんなに二人の息があうなんて思いもしなかった。
しかも春平が以前、秋恵と話をしたときの内容も夏美は知っていて、それをネタに、話に花を咲かせていた。
──やっぱり、秋恵の体から記憶を引きだしているじゃないか。そう春平は思って、ひそかに憤慨していた。
「へぇ~、秋恵さんも怖かったんですね」と、マユが笑った。
「怖いと言えば」と夏美。「つい最近、人形がたくさんいる神社へ行きましたよね、先輩」
「そうやね」と言った途端、春平がハッとした。
「あっ、そう言えばシュンちゃん、人形の供養やってくれたんやってね?」
「ああ、その、まぁ…… やったと言えばやったけど」
「ありがとうね、シュンちゃん」
「でも」と、夏美が言った。「あの女形人形、どうして捨てちゃったんです? まだまだ現役に見えたんですけど」
「う~ん」
マユが困り顔を隠すように、笑みを浮かべていた。
「色々あって、手放すことにしたんです」
「やっぱり、ああいうのって怖く感じるものなんですか?」
「そやねぇ~…… あれって、ウチのお婆ちゃんの持ち物やったんやけどね」
そう言って、マユが爪楊枝を発泡スチロールの容器の上に置いた。
「お婆ちゃんが亡くなって…… それで母親が供養するつもりやったんやけど、こう、捨てるに捨てられへんかったって言うか……
ほら、ああいうのって呪われそうで怖いやん? それで、押入に仕舞ってあったんやけどね……」
「古いですもんね」
「古いんはええんやけど、ああいうリアルな感じの人形って、古びると怖いんよね。市松人形ほどでは無いにしろ……」
「市松人形はホラーって感じですもんね」
「そうそう。とにかく、飾ってても埃被るだけやし……
それでね、テレビとか漫画の影響もあるかもしれへんけど、子供の頃からあんまり好き違うたんよ、あの人形。
お婆ちゃんが大事にしてたから言わんかったけど…… お母さんが捨てる決断してくれて良かったって感じかな。物置も正直、いっぱいやったから」
「残ってると困るんですね、やっぱり」
「雛人形はほら、子供が女の子やったらまだ使えるけど…… ああいうのは、どう考えても無理やん?」
「そうですね……」
「秋恵さんやっけ?」
「あ、はい」
「秋恵さんは雛人形とかいる?」
「え?」
「実はね、雛人形も処分するつもりやってん。でも、さすがにあの量を持ちこむんは厳しいやろし、春平君に頼むのもアレやから……」
マユがそう言って、春平を見て苦笑っていた。春平も笑っていたが、どこか露骨な作り笑いだった。
「私は──」
夏美の話を遮るように、着信音が鳴る。
「あっ、お母さんや!」
マユが携帯端末の画面を見て、言った。
「ほなシュンちゃん、ウチはもう行か」
「あっ──」
「楽しかったです」
夏美が春平を遮るように言った。
「さようなら、マユさん」
「ええ、ウチも楽しかったです。──シュンちゃんも大学、頑張ってな」
「ちょ、ちょっと待って!」
立ちあがったマユと合わせるように、春平も立ちあがって言った。
「いつ出ていくん? ほら、引っ越しとかやったら手伝うさけ」
「ありがたいんやけど、もう準備も済んでるさけ」と苦笑うマユ。
「お盆のとき、家に帰って来るんやろ? そのときに挨拶しに行く。さすがに、シュンちゃんトコにはお礼とか言いに行かんとね」
マユはそう言って手を振りつつ、
「ほなね、シュンちゃん。秋恵さんもありがとうね。
雛人形の話、ちょっと考えといて。欲しかったらシュンちゃんから連絡先、教えてもらってね」
夏美はただ、頬笑んでいた。
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