上 下
5 / 79

しおりを挟む

 エリカとアルメリアは二年前に出会った。

 その出会いは面白いものでも無ければ、ロマンスあるものでも無い。いて言えば、大変な出会いであった。

 原因は不明だけれど、エリカは日本に住んでいて、死んだのか神隠しにあったのか、転生してしまった。

 そこまではわざわい転じて福と成すだが、その先が悪かった。
 特に神様が出てくるわけでも、アレしろコレしろと言われることもなく、気付けばバルコニーに立っていた。

 しかも夜空の星を見上げて、物思いにふけっているアルメリアがいて、エリカの存在に気付いた彼女は、当然のように悲鳴をあげる。

 エリカは逃げる間も無く、兵士に捕らえられたのだ。
 不法侵入をしているのだから、当然と言えば当然である。王族のとなれば、なおさらだ。

 エリカは、問答無用もんどうむようで地下ろうに入れられた。

 ――どうしてこうなった。

 率直にそう思った。
 このときのエリカは、転生してすぐに処刑されるかもしれないという、絶望的な状況だった。

 王女や兵士たちが話す言葉がなぜか分かるとか、そんな状態を不思議に思えるほどの余裕は無い。

 思うのは『なぜ、自分が』だった。
 もし処刑されずに済んだとして、右も左も分からぬ世界である。
 外に放り出されたらどうやって生活していけばいいのかも分からない。

 このときのエリカは、すぐさま死ぬかもしれない絶望感と、日本にいた頃と同じような、明日も想像できないという絶望感にとらわれていた。

 身も心も牢獄ろうごくに入れられていたようなものだった。

 そこから救い出したのが、他でもないアルメリアであった。
 彼女は早朝にエリカの元をおとずれ、開口一番、なぜベランダにいたのか問うた。
 エリカは逆に、自分がなぜベランダにいたのか分からないから、教えてほしいと問うた。

 ――全く話がみ合わない。

 だが、話しているうちに色々と分かることもある。
 エリカのことが悪人に思えなかったアルメリアは、どこから来たのか尋ねると、エリカはバカバカしいと思いながらも、自分が日本という国から来たことを正直に打ち明けた。

 すると、アルメリアが驚きながらも理解を示し、異世界から来たことを証明すれば、無罪放免になるかもしれないと言った。

 なぜそうなるのかエリカには理解不能だった。
 後日談によると、エリカ以外にも何人かが異世界から来ている可能性を示唆しさする伝承が残っていて、その中でも一番有名なのが、1000年ほど前、異世界から来たという勇者によって魔王が打ち倒された、とかいう伝説だった。

 伝説の真意はさだかでは無いけれど、そのときに使われたであろう魔導具は今も残っていて、魔導具は異世界から来た人間にしか動かせないのだという。

 そのことを証明したのが、半世紀前に、やはり異世界から来たという人間だった。

 この人物が大勢の前で魔導具を起動させた話は、海外にも波及し、大きく報じられるまでに発展したのだ。

 無論、この後日談は牢屋の外へ出た後、アルメリアから聞いた話である。
 いま現在、牢屋の中にいるエリカが知るよしも無い。

 彼女はあいも変わらず生気の無い目をしていて、よもや、アルメリアが異世界からの来訪者を証明できるとは、露程つゆほどにも思っていなかった。
しおりを挟む

処理中です...