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第一話:「すいません、コイツ俺の弟なんです」
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学校での疎外感。家族との見えない溝。何もかもが嫌になって都心の駅前に僕は立つことを選んだ。そこで僕の顔を気に入った誰か――誰でもいい。その誰かに抱かれて見えなかったものが失望に変わったとしても構わなかった。とにかくその時の僕はヤケクソになっていた。
夜も更けてきた頃。人通りがパッタリ途切れた。
(今日はもうダメか。そもそも学校の制服を着ていたから声を掛けてくれなかったのかもしれない。また明日リベンジだ)
翌朝、僕は朝から駅前にいた。今日は土曜日。本当は学校があったけどサボってしまった。伸びてきた前髪を弄りながら立っていると数人の女の子に声をかけられた。でも女の子に興味はない。ごめんねと謝ってその場で待つ。ひたすら待った。
昼時の新宿は昼食を食べに屋舎から出てくる人でいっぱいだった。
その時、一人の男性が声を掛けてきた。
その人は「お昼、どう?」と言いながら僕の右手首を取った。顔は悪く無い。僕が口を開きかけたその時、「待った」と声が割り込んできた。
「すいません、コイツ俺の弟なんです」
(は? 僕に兄弟はいませんけど?)
僕は訝しげに横から割り込んできた声の主を見た。
レイバンのサングラスをかけた男の人が、最初に声を掛けてきた男の人に掴まれた僕の右手に手を添えていた。
誘ってくれた男性は、決まり悪そうに頭を掻きながら人混みの中に紛れて行ってしまった。
(せっかく捕まえられたのに!)
僕は腹立たしくもあったがその感情を抑えて戸惑いがちにサングラスの奥の瞳を見上げた。
168センチある僕より背が高い。たぶん185センチはあるだろう。明るい茶髪でふわっと前髪が掻き上げられている。今どき流行りのテーパードの細身のスーツ姿は実にホストっぽい。
第一印象はかっこいい、そしてこの人に抱かれたい、だった。
「お前」
と、その人は僕に人差し指を突きつけてなぜか怒り口調で口を開いた。
「昨日も夜遅くまでここにいただろ」
低い声は僕の鼓膜をビリビリ震わした。ゾッとする。まさかこんな公衆の面前で説教をくらうとは思わなかった。
「何がしたいんだ? 危ないだろうが」
別に何がしたいというわけではなかった。僕はもっともらしい嘘を吐く。
「お金が欲しかったんです」
「金か……」
少し逡巡した後、その人は後ろポケットから黒革の財布を取り出した。そしてその中に入っていた札束を僕の右手に握らせた。
「……!」
言葉をなくす。札束は千円札じゃなかった。万札だ。しかも一枚や二枚なんかじゃない。
「ほら、これでいいだろ」
そう言ってその人は僕の右手を解放した。そのままどこかへ行こうとするので慌てて彼の後を追いかけた。
「待っ、待ってください!」
「なんだよ。まだなんか用があるのかよ」
「い、いえ。だって、このお金……僕が貰える理由がわかりません……」
しどろもどろに言った僕の話を黙って聞いてくれていたかと思えば、その人はフーと深いため息をついた。もしかしたらそれは、物分かりの悪い僕に対する苛立ち紛れのため息だったのかもしれない。
「お前、体を売ろうとしてただろ」
「……え」
「昨日見てたからわかる。その金やるから、もう絶対にそんな真似するなよ」
考えを見ぬかれた衝撃で固まっている僕の頭をくしゃくしゃにして、その男の人は待ち合わせていた友人だろうか? 同じような服装に黒髪の人と行ってしまった。
翌日。
僕は凝りもせずに例の駅に降り立った。今度は身売りのためじゃない。昨日、僕の右手に握らされていた十万円札を助けてくれたあの男の人に返すためだ。
日曜日だったからその日は朝から張り込み、あの人を探した。でも、見つからなかった。
次の日からは学校帰りの夕方から塾が始まるギリギリの時間まで駅に向かった。
何日も、何日も、僕は通った。
改札口前や、ちょっと寂れて治安の悪そうな裏通りまで行ったりもした。
結果として僕はひと月近くも都心の駅に通たけど、あの男の人には会えなかった。
悲しみに沈んでいた僕だったが、あの日、男の人と一緒に消えていった、黒髪の男の人に声をかけられた。後輩だというその人は楪と名乗った。たぶん、いや絶対に偽名だろう。
楪さんは近くのファミレスに連れて行ってくれて、そこで僕は10万円をくれたあの人の名前を知った。
(緋村さん)
おそらくこちらも本名ではない。教えてもらった漢字がまたまたホストっぽい、と思っていたら本当にホストをしているのだという。しかも緋村さんがオーナーで楪さんはマネージャーなのだそうだ。
お店に直接出向けば緋村さんは必ずいるはず。
「お店の名前はなんていうんですか」
尋ねた僕の思考を読み取ったのか、楪さんが「ダメダメ!」と両手で大きくバッテンした。
「店の名前は教えられない。俺はただ、緋村さんの言付けを任されて来たんだ」
「……僕と直接会えないような理由があるんですか」
僕がひがんで言うと、楪さんは淡白に「緋村さんは忙しいから」と答えた。
そして僕に告げた。
「もうあそこに立つのは止めてくれないかな」
ギクリとするのと同時に、期待が膨らむ。もしかして緋村さんは、僕がまだ身売りをしていると勘違いしているのかもしれないと考えるのと同時に、僕が気づいていなかっただけでどこからか見ていてくれたのかな……と思ったのだ。
「楪さん、僕を緋村さんに会わせてください!」
緋村さんから貰った十万円は直接返したかった。そして「すみませんでした」と頭を下げたかった。でも、楪さんはそれを良しとしなかった。
「とにかく、僕は伝えたからね。今後、君がこの駅来ることも禁止したいくらいさ」
「どうして」
「危ないから、だろうね」
楪さんはテーブルの上に置かれた札を持って立ちあがった。慌てて後を追いかける。楪さんは僕の分と合わせて支払いを済ませると、おもむろに僕の方を振り返って釘を刺した。
「跡付けてきたらストーカー認定だから」
粘り強い僕は、駅近くまで楪さんの跡をくっついて歩いたが、それも楪さんがタクシーを拾って乗り込んでしまうまでのことだった。
遠く、小さくなっていくタクシーの影を、僕は見えなくなるまで見送った。
夜も更けてきた頃。人通りがパッタリ途切れた。
(今日はもうダメか。そもそも学校の制服を着ていたから声を掛けてくれなかったのかもしれない。また明日リベンジだ)
翌朝、僕は朝から駅前にいた。今日は土曜日。本当は学校があったけどサボってしまった。伸びてきた前髪を弄りながら立っていると数人の女の子に声をかけられた。でも女の子に興味はない。ごめんねと謝ってその場で待つ。ひたすら待った。
昼時の新宿は昼食を食べに屋舎から出てくる人でいっぱいだった。
その時、一人の男性が声を掛けてきた。
その人は「お昼、どう?」と言いながら僕の右手首を取った。顔は悪く無い。僕が口を開きかけたその時、「待った」と声が割り込んできた。
「すいません、コイツ俺の弟なんです」
(は? 僕に兄弟はいませんけど?)
僕は訝しげに横から割り込んできた声の主を見た。
レイバンのサングラスをかけた男の人が、最初に声を掛けてきた男の人に掴まれた僕の右手に手を添えていた。
誘ってくれた男性は、決まり悪そうに頭を掻きながら人混みの中に紛れて行ってしまった。
(せっかく捕まえられたのに!)
僕は腹立たしくもあったがその感情を抑えて戸惑いがちにサングラスの奥の瞳を見上げた。
168センチある僕より背が高い。たぶん185センチはあるだろう。明るい茶髪でふわっと前髪が掻き上げられている。今どき流行りのテーパードの細身のスーツ姿は実にホストっぽい。
第一印象はかっこいい、そしてこの人に抱かれたい、だった。
「お前」
と、その人は僕に人差し指を突きつけてなぜか怒り口調で口を開いた。
「昨日も夜遅くまでここにいただろ」
低い声は僕の鼓膜をビリビリ震わした。ゾッとする。まさかこんな公衆の面前で説教をくらうとは思わなかった。
「何がしたいんだ? 危ないだろうが」
別に何がしたいというわけではなかった。僕はもっともらしい嘘を吐く。
「お金が欲しかったんです」
「金か……」
少し逡巡した後、その人は後ろポケットから黒革の財布を取り出した。そしてその中に入っていた札束を僕の右手に握らせた。
「……!」
言葉をなくす。札束は千円札じゃなかった。万札だ。しかも一枚や二枚なんかじゃない。
「ほら、これでいいだろ」
そう言ってその人は僕の右手を解放した。そのままどこかへ行こうとするので慌てて彼の後を追いかけた。
「待っ、待ってください!」
「なんだよ。まだなんか用があるのかよ」
「い、いえ。だって、このお金……僕が貰える理由がわかりません……」
しどろもどろに言った僕の話を黙って聞いてくれていたかと思えば、その人はフーと深いため息をついた。もしかしたらそれは、物分かりの悪い僕に対する苛立ち紛れのため息だったのかもしれない。
「お前、体を売ろうとしてただろ」
「……え」
「昨日見てたからわかる。その金やるから、もう絶対にそんな真似するなよ」
考えを見ぬかれた衝撃で固まっている僕の頭をくしゃくしゃにして、その男の人は待ち合わせていた友人だろうか? 同じような服装に黒髪の人と行ってしまった。
翌日。
僕は凝りもせずに例の駅に降り立った。今度は身売りのためじゃない。昨日、僕の右手に握らされていた十万円札を助けてくれたあの男の人に返すためだ。
日曜日だったからその日は朝から張り込み、あの人を探した。でも、見つからなかった。
次の日からは学校帰りの夕方から塾が始まるギリギリの時間まで駅に向かった。
何日も、何日も、僕は通った。
改札口前や、ちょっと寂れて治安の悪そうな裏通りまで行ったりもした。
結果として僕はひと月近くも都心の駅に通たけど、あの男の人には会えなかった。
悲しみに沈んでいた僕だったが、あの日、男の人と一緒に消えていった、黒髪の男の人に声をかけられた。後輩だというその人は楪と名乗った。たぶん、いや絶対に偽名だろう。
楪さんは近くのファミレスに連れて行ってくれて、そこで僕は10万円をくれたあの人の名前を知った。
(緋村さん)
おそらくこちらも本名ではない。教えてもらった漢字がまたまたホストっぽい、と思っていたら本当にホストをしているのだという。しかも緋村さんがオーナーで楪さんはマネージャーなのだそうだ。
お店に直接出向けば緋村さんは必ずいるはず。
「お店の名前はなんていうんですか」
尋ねた僕の思考を読み取ったのか、楪さんが「ダメダメ!」と両手で大きくバッテンした。
「店の名前は教えられない。俺はただ、緋村さんの言付けを任されて来たんだ」
「……僕と直接会えないような理由があるんですか」
僕がひがんで言うと、楪さんは淡白に「緋村さんは忙しいから」と答えた。
そして僕に告げた。
「もうあそこに立つのは止めてくれないかな」
ギクリとするのと同時に、期待が膨らむ。もしかして緋村さんは、僕がまだ身売りをしていると勘違いしているのかもしれないと考えるのと同時に、僕が気づいていなかっただけでどこからか見ていてくれたのかな……と思ったのだ。
「楪さん、僕を緋村さんに会わせてください!」
緋村さんから貰った十万円は直接返したかった。そして「すみませんでした」と頭を下げたかった。でも、楪さんはそれを良しとしなかった。
「とにかく、僕は伝えたからね。今後、君がこの駅来ることも禁止したいくらいさ」
「どうして」
「危ないから、だろうね」
楪さんはテーブルの上に置かれた札を持って立ちあがった。慌てて後を追いかける。楪さんは僕の分と合わせて支払いを済ませると、おもむろに僕の方を振り返って釘を刺した。
「跡付けてきたらストーカー認定だから」
粘り強い僕は、駅近くまで楪さんの跡をくっついて歩いたが、それも楪さんがタクシーを拾って乗り込んでしまうまでのことだった。
遠く、小さくなっていくタクシーの影を、僕は見えなくなるまで見送った。
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