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第三話:「卒業おめでとう」
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もうすぐ3月。僕は高校の卒業式を控えている身だ。
大学受験がほとんど終わり、OA入試が大半を占める僕のクラスは気の抜けた騒がしさで満ちていた。
僕は志望していた専門学校に行けることが年末には分かっていたが、国立を目指していた生徒たちにとってはまさに地獄のような緊張の日々だったはずだ。今は憑物も堕ちたように笑っている生徒たちも、年始めの特別講習では鬼気迫るものがあったと先生が笑い話にしていた。
ところで、学校で顔を合わせる回数がめっきり減ったせいか、僕に対するいじめは露骨に減っていた。このまま空気のようにクラスで過ごして卒業を迎えることになりそうだ。
卒業式は三月四日の火曜日にある。午前中に式を終え、午後は学校の最寄り駅から三駅先のプリンセスホテルで送別会が開かれる段取りになっていた。
今日はその送別会で、各クラスで出す出し物を練習するために集まっていた。
僕たちのクラスは出し物として一番無難な合唱をすることになっている。クラス投票で「旅立ちの日に」という合唱曲に決まったのが二月のはじめ頃のこと。
今日も音楽の先生にCDを借りて、パート練習を重点的に行っていた。僕は音痴ではないけどそれほど歌がうまいわけでもない。歌自体好きでもないし嫌いでもない。音楽に関していうと、何もかもが普通だった。
「旅立ちの日に」の譜面を眺めながら、口では音を口ずさみながら、頭の中で緋村さんのことを考える。
緋村さんは歌うの好きなのかな。カラオケとか行く暇なさそうだけど。行けたら今度一緒に行ってみたい。緋村さんの歌声を聞いてみたい。
最近の僕の学校生活は、緋村さんのことばかり考えている気がする。
なんて言ったって緋村さんは僕の窮地を救ってくれた命の恩人なのだ。いわばヒーローだ。
攫われた僕を助けに来てくれたヒーローの姿を何度も思い浮かべて、頬がニヤけるのを止めるのに全神経を集中させた結果、僕は音を見事に外した。また数小節前から歌い直しだ。
To:緋村さん
おはようございます
三月四日が卒業式です
その日の午後から送別会がプリンセスホテルであります
歌はそんなに得意じゃないけど、そこで「旅立ちの日に」をクラス全員で歌います
楽しみです
片桐涼
From:緋村さん
最後なんだから、思いっきり歌ってこいよ!
がんばれ。
三月四日、卒業式当日。
僕たちは吹奏楽部の演奏で式に迎えられ、卒業証書授与式は恙なく終えられた。式場で泣き出す女子生徒をよそに、僕は思いっきり「仰げば尊し」を歌った。
十時に入場して、十一時には退場していた。スムーズに式を終えられたんだ。
教室ではクラス担任からお祝いのメッセージと、一輪のガーベラをもらった。
クラスメイトたちは教室で仲間と写真をとったり、黒板に落書きをしたりして午後までの時間を潰した。僕は席に座ってぼんやりと窓の外を眺めていた他は、緋村さんにメールの返信内容を考えていた。
To:緋村さん
式が終わりました
涙を流す人がいる中、僕はやっぱり泣けなかったです
これからプリンセスホテルに向かいます
プリンセスホテルに到着したのは一時過ぎ。もうお腹ぺこぺこだった。
宴会場には白いテーブルクロスがかけられた丸いテーブルがところ狭しと並び、僕たちを出迎えた。
通学鞄を荷物置き場に置いて、自分のネームプレートを探す。
まさか名前がないなんてことはないだろうな……。ちょっと疑いかけた頃にようやく自分の名前が書かれたネームプレートを見つけてホッと息をついた。
テーブルの上にまずはオードブルの無花果と生ハム添えが並んだ。低い壇上には校長先生が立ち、長々とちょっとくだけた様子でお祝いの言葉を並べている。
「校長先生、話が長いよ!」
誰かが茶化して言う声にくすくす笑いが会場中を満たした。校長先生は苦笑まじりに手に持ったグラスを掲げた。
「それじゃあ私の話はこれくらいにして……卒業おめでとう! かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
元気な声とともにグラスを打ち鳴らす音が会場内に響き渡る。僕も隣の席に座るクラスメイトのグラスとグラスを合わせた。
オードブルをぺろりと平らげた次にジャガイモのスープがやって来た。そして誰もいなくなった壇上には映写機が運び込まれた。
天井から巨大スクリーンが降りてきて、音楽とともに写真と文字が映しだされた。これがA組の出し物なのだろう。
スープを飲み終え、続いて運ばれてきたのはバショウカジキのグリエだった。トマトソースが添えられ、とてもおいしそうな香りがする。カジキというものをはじめて食べたけど、こんなに美味しいものなんだ。すこし感動。
感動といえばA組の出し物は再び女子生徒の涙を誘ったらしい。大号泣の内に幕を閉じた。続いてB組、C組と順当に出し物が進んでいきD組の番が来た。
土佐あかうしのラムイチステーキを目の前にしてナイフとフォークを置き、僕たちD組は席を立って壇上に上がった。短い期間だったけど、一生懸命練習を重ねてきた「旅立ちの日に」を精一杯歌う。ここでもやっぱり感極まって泣き出す生徒が続出した。僕たちの合唱は涙と鼻水でぐしゅぐしゅの一曲になってしまったけど、これもいい思い出だ。僕は緋村さんからのメール通り、胸を張って思いっきり声を出して歌った。
デザートのクリームブリュレを食べ、食後のコーヒーが出てきた頃にはお腹はパンパンだった。
最後に集合写真を撮り、クラス写真も撮り終えたところで僕は一人の男子生徒の前に立った。
こいつには三年間、お世話になった。さんざんコケにしてくれた挙句、僕の個人情報を漏洩してくれた恩もある。ちなみに例の事件は警察署から学校側に注意が入っていて、僕が告げ口したので教師陣たちはみんな知っている。暗黙の了解ってやつだった。
(でも、それだけじゃあ満足いかない……)
「歯ァくいしばれよ!」
ガツンと重たい衝撃が腕に走る。男子生徒は鼻を押さえてたたらを踏んだ。
会場内は騒然となった。
こうして、僕たちの送別会は終わった。
To:緋村さん
送別会は無事に終わりました
ごはん、めちゃくちゃ美味かったです><
帰り際、他のみんなはグズグズと残っていたけど僕はさっさとエレベーターに向かった。心残りなんてひとつもない。
緋村さんに最後のメールを送り、プリンセスホテルの正面玄関を出ると見覚えのあるBMWが停まっていた。僕がホテルから出て行くと、助手席側の窓が開き、運転席から身を乗り出すようにして緋村さんが顔を出した。
「緋村さん、こんな所で何してるんですか……!?」
驚いたってもんじゃない! 度肝を抜かれた!
思わず落としてしまったガーベラの花を拾い上げ、周りに学校関係者がいないことを確認してから車に近づく。
腰を折り曲げるようにして覗き込めば、レイバンのサングラスをかけた緋村さんがヒラヒラと手を振っていた。
「乗りな」
そう言って彼は助手席のドアを開けてくれる。僕は開きかけた口を閉じ、疑り深い目で緋村さんを見ながら肩から通学鞄を下ろした。
スムーズに走りだした車内で、鞄を足元に置いて再び緋村さんを見る。
「卒業おめでとう」
「……ありがとうございます」
車内は暖房がきいて温かく、少しすると頭がぼんやりしてくる。昨日、夜更かししてしまったのがいけなかったのだろう。
「そこ、開けてみな」
そこ、と言われて緋村さんが指さしたのはダッシュボードだった。
僕は言われるがままに蓋を開けて中を見る。そこには紙包みが入っていた。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ?」
触るとフワフワする紙包みを開けてみると、中に入っていたのは青とグレーのタータンチェック柄のマフラーだった。飾りのワッペンがついていて、高級感が漂う。
「……!」
緋村さんを見て、マフラーを見た。卒業式では泣けなかった僕だけど、ここに来てちょっと泣けた。
「大切にします、このマフラー」
「気に入ってもらえて、よかった」
緋村さんは満足気な笑みを浮かべて、さらに車を走らせた。
「どこに行くんですか?」
「お前ん家まで送る」
「え、そんな! 悪いですよっ」
「遠慮するな。今まで適当に走らせてたけど、そろそろ道順教えてくれない?」
「○○方面をまっすぐ……って本当に送ってくれるんですか?」
(家にお母さんがいたらどうしよう)
僕の頭の中はそれでいっぱいだった。
「さっきからそう言ってるだろ。ナビに集中しろ、集中!」
「は、はい……」
そして結局家の前まで送ってもらった僕は、ドキドキしながら家の鍵を開けた。中には誰もいなくて留守だった。セーフ。よかった。
お母さんはきっと買い出しにでも出かけているんだろう。
初めての贈り物。
僕は改めて緋村さんから貰ったマフラーを見つめた。
大学受験がほとんど終わり、OA入試が大半を占める僕のクラスは気の抜けた騒がしさで満ちていた。
僕は志望していた専門学校に行けることが年末には分かっていたが、国立を目指していた生徒たちにとってはまさに地獄のような緊張の日々だったはずだ。今は憑物も堕ちたように笑っている生徒たちも、年始めの特別講習では鬼気迫るものがあったと先生が笑い話にしていた。
ところで、学校で顔を合わせる回数がめっきり減ったせいか、僕に対するいじめは露骨に減っていた。このまま空気のようにクラスで過ごして卒業を迎えることになりそうだ。
卒業式は三月四日の火曜日にある。午前中に式を終え、午後は学校の最寄り駅から三駅先のプリンセスホテルで送別会が開かれる段取りになっていた。
今日はその送別会で、各クラスで出す出し物を練習するために集まっていた。
僕たちのクラスは出し物として一番無難な合唱をすることになっている。クラス投票で「旅立ちの日に」という合唱曲に決まったのが二月のはじめ頃のこと。
今日も音楽の先生にCDを借りて、パート練習を重点的に行っていた。僕は音痴ではないけどそれほど歌がうまいわけでもない。歌自体好きでもないし嫌いでもない。音楽に関していうと、何もかもが普通だった。
「旅立ちの日に」の譜面を眺めながら、口では音を口ずさみながら、頭の中で緋村さんのことを考える。
緋村さんは歌うの好きなのかな。カラオケとか行く暇なさそうだけど。行けたら今度一緒に行ってみたい。緋村さんの歌声を聞いてみたい。
最近の僕の学校生活は、緋村さんのことばかり考えている気がする。
なんて言ったって緋村さんは僕の窮地を救ってくれた命の恩人なのだ。いわばヒーローだ。
攫われた僕を助けに来てくれたヒーローの姿を何度も思い浮かべて、頬がニヤけるのを止めるのに全神経を集中させた結果、僕は音を見事に外した。また数小節前から歌い直しだ。
To:緋村さん
おはようございます
三月四日が卒業式です
その日の午後から送別会がプリンセスホテルであります
歌はそんなに得意じゃないけど、そこで「旅立ちの日に」をクラス全員で歌います
楽しみです
片桐涼
From:緋村さん
最後なんだから、思いっきり歌ってこいよ!
がんばれ。
三月四日、卒業式当日。
僕たちは吹奏楽部の演奏で式に迎えられ、卒業証書授与式は恙なく終えられた。式場で泣き出す女子生徒をよそに、僕は思いっきり「仰げば尊し」を歌った。
十時に入場して、十一時には退場していた。スムーズに式を終えられたんだ。
教室ではクラス担任からお祝いのメッセージと、一輪のガーベラをもらった。
クラスメイトたちは教室で仲間と写真をとったり、黒板に落書きをしたりして午後までの時間を潰した。僕は席に座ってぼんやりと窓の外を眺めていた他は、緋村さんにメールの返信内容を考えていた。
To:緋村さん
式が終わりました
涙を流す人がいる中、僕はやっぱり泣けなかったです
これからプリンセスホテルに向かいます
プリンセスホテルに到着したのは一時過ぎ。もうお腹ぺこぺこだった。
宴会場には白いテーブルクロスがかけられた丸いテーブルがところ狭しと並び、僕たちを出迎えた。
通学鞄を荷物置き場に置いて、自分のネームプレートを探す。
まさか名前がないなんてことはないだろうな……。ちょっと疑いかけた頃にようやく自分の名前が書かれたネームプレートを見つけてホッと息をついた。
テーブルの上にまずはオードブルの無花果と生ハム添えが並んだ。低い壇上には校長先生が立ち、長々とちょっとくだけた様子でお祝いの言葉を並べている。
「校長先生、話が長いよ!」
誰かが茶化して言う声にくすくす笑いが会場中を満たした。校長先生は苦笑まじりに手に持ったグラスを掲げた。
「それじゃあ私の話はこれくらいにして……卒業おめでとう! かんぱーい!!」
「かんぱーい!!」
元気な声とともにグラスを打ち鳴らす音が会場内に響き渡る。僕も隣の席に座るクラスメイトのグラスとグラスを合わせた。
オードブルをぺろりと平らげた次にジャガイモのスープがやって来た。そして誰もいなくなった壇上には映写機が運び込まれた。
天井から巨大スクリーンが降りてきて、音楽とともに写真と文字が映しだされた。これがA組の出し物なのだろう。
スープを飲み終え、続いて運ばれてきたのはバショウカジキのグリエだった。トマトソースが添えられ、とてもおいしそうな香りがする。カジキというものをはじめて食べたけど、こんなに美味しいものなんだ。すこし感動。
感動といえばA組の出し物は再び女子生徒の涙を誘ったらしい。大号泣の内に幕を閉じた。続いてB組、C組と順当に出し物が進んでいきD組の番が来た。
土佐あかうしのラムイチステーキを目の前にしてナイフとフォークを置き、僕たちD組は席を立って壇上に上がった。短い期間だったけど、一生懸命練習を重ねてきた「旅立ちの日に」を精一杯歌う。ここでもやっぱり感極まって泣き出す生徒が続出した。僕たちの合唱は涙と鼻水でぐしゅぐしゅの一曲になってしまったけど、これもいい思い出だ。僕は緋村さんからのメール通り、胸を張って思いっきり声を出して歌った。
デザートのクリームブリュレを食べ、食後のコーヒーが出てきた頃にはお腹はパンパンだった。
最後に集合写真を撮り、クラス写真も撮り終えたところで僕は一人の男子生徒の前に立った。
こいつには三年間、お世話になった。さんざんコケにしてくれた挙句、僕の個人情報を漏洩してくれた恩もある。ちなみに例の事件は警察署から学校側に注意が入っていて、僕が告げ口したので教師陣たちはみんな知っている。暗黙の了解ってやつだった。
(でも、それだけじゃあ満足いかない……)
「歯ァくいしばれよ!」
ガツンと重たい衝撃が腕に走る。男子生徒は鼻を押さえてたたらを踏んだ。
会場内は騒然となった。
こうして、僕たちの送別会は終わった。
To:緋村さん
送別会は無事に終わりました
ごはん、めちゃくちゃ美味かったです><
帰り際、他のみんなはグズグズと残っていたけど僕はさっさとエレベーターに向かった。心残りなんてひとつもない。
緋村さんに最後のメールを送り、プリンセスホテルの正面玄関を出ると見覚えのあるBMWが停まっていた。僕がホテルから出て行くと、助手席側の窓が開き、運転席から身を乗り出すようにして緋村さんが顔を出した。
「緋村さん、こんな所で何してるんですか……!?」
驚いたってもんじゃない! 度肝を抜かれた!
思わず落としてしまったガーベラの花を拾い上げ、周りに学校関係者がいないことを確認してから車に近づく。
腰を折り曲げるようにして覗き込めば、レイバンのサングラスをかけた緋村さんがヒラヒラと手を振っていた。
「乗りな」
そう言って彼は助手席のドアを開けてくれる。僕は開きかけた口を閉じ、疑り深い目で緋村さんを見ながら肩から通学鞄を下ろした。
スムーズに走りだした車内で、鞄を足元に置いて再び緋村さんを見る。
「卒業おめでとう」
「……ありがとうございます」
車内は暖房がきいて温かく、少しすると頭がぼんやりしてくる。昨日、夜更かししてしまったのがいけなかったのだろう。
「そこ、開けてみな」
そこ、と言われて緋村さんが指さしたのはダッシュボードだった。
僕は言われるがままに蓋を開けて中を見る。そこには紙包みが入っていた。
「開けてもいいですか?」
「どうぞ?」
触るとフワフワする紙包みを開けてみると、中に入っていたのは青とグレーのタータンチェック柄のマフラーだった。飾りのワッペンがついていて、高級感が漂う。
「……!」
緋村さんを見て、マフラーを見た。卒業式では泣けなかった僕だけど、ここに来てちょっと泣けた。
「大切にします、このマフラー」
「気に入ってもらえて、よかった」
緋村さんは満足気な笑みを浮かべて、さらに車を走らせた。
「どこに行くんですか?」
「お前ん家まで送る」
「え、そんな! 悪いですよっ」
「遠慮するな。今まで適当に走らせてたけど、そろそろ道順教えてくれない?」
「○○方面をまっすぐ……って本当に送ってくれるんですか?」
(家にお母さんがいたらどうしよう)
僕の頭の中はそれでいっぱいだった。
「さっきからそう言ってるだろ。ナビに集中しろ、集中!」
「は、はい……」
そして結局家の前まで送ってもらった僕は、ドキドキしながら家の鍵を開けた。中には誰もいなくて留守だった。セーフ。よかった。
お母さんはきっと買い出しにでも出かけているんだろう。
初めての贈り物。
僕は改めて緋村さんから貰ったマフラーを見つめた。
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