ラストノート

鹿角(かすみ)

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第六話:「残念だけど包丁はない」

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「というわけです」
 学校で待ち構えていた国分寺さんに洗いざらい話をしてしまうと、僕は食堂の椅子の背もたれにグッタリともたれかかった。
「いったい何者に突き落とされたのかしらね」
「うーん……」
「緋村さん本人は何もおっしゃらないんでしょ?」
「たぶん。ってか、そういう話をする雰囲気にならなかったよ」
「緋村さんが真実を隠したがるような相手……」
「聞いてる?」
「意外と、身近にいるかもしれませんわよ」
 人差し指を立て、探偵気取りの国分寺さんに僕は苦笑した。
「身近にいる誰かって、楪さん?」
「その可能性もあります。でもその場合、緋村さんが隠したがる意味がわかりませんし、楪さんとお夕食を一緒に召し上がったりしないと思います」
「やっぱり元カノとかお店のお客さんじゃないかなぁ」
「猫です」
「は?」
「猫です」
 あとで緋村さんご本人に確認のメールを送ってみてくださいまし、と言って、国分寺さんは唖然とする僕を一人残し、食堂を後にした。

 言われた通り、緋村さんに「緋村さんを捻挫させた犯人は猫ですか?」と送ってみると、すぐに返事がきた。「何でわかったんだ」と。
 それは僕の方が国分寺さんに聞きたい。国分寺さんは本当に名探偵なのかって。
 概要はこうだ。子猫を見つけて階段を一段とばしに駆け上がろうとしたところ足を吊り、転がり落ちたという。そして打撲と捻挫。全治二週間の大怪我を負った。
 内容が内容だけに恥ずかしくて誰にも言えなかったそうだ。
(楪さん、あんなに心配していたのに可哀想……)
 ちなみに元凶となった子猫はちゃっかり緋村さんの家に居ついている。
(あの猫~~~~!!!)

 僕はその日の午後、バイトに行った帰り、緋村さんの自宅にアポ無しで直撃した。緋村さんはすごく驚いていたけど、とても喜んでくれた。とくに子猫用のミルクと猫じゃらしを見せたら。なんで。
「夕飯はもう食べましたか?」
 時刻を見ると六時半だった。これから夕飯作りをするには遅い時間だ。
「もし良かったらカレーを作りますけど」
 と言いながらスーパーで買ってきた材料を見せる。緋村さんがどんなものを好きで嫌いかわからなかったので、万人受けするカレーライスにしようと思ったのだ。
「まだ食べてない。これから買いに行こうと思ってたところだ」
「よかった。じゃあこれから作りますね。一時間くらいでできますから」
 まずは白米を炊飯器にセットして炊いている間に、ジャガイモと人参の泥を流水で落とす。
 さあ切ろう。と包丁を探したがどこにもない。ピーラーはあるのに包丁がない。あれ、まな板もなさそうだぞ?
 そういえばシンクもガスコンロもピカピカしすぎていやしないか?
「緋村さん、包丁はどこに……」
「俺、料理しない人だから。残念だけど包丁はない」
 代わりに引き出しから取り出されたのは果物ナイフだった。
 渋々果物ナイフでジャガイモと人参を切った。お肉はカレー用として売られていたカット済みのものだったのでセーフだ!
 ちょっとしたハプニングに遭うも、カレー自体は美味しくできたし、ごはんもツヤツヤに炊きあがった。
「弁当以外の食事は久しぶりだなぁ」
 なんて言いながら、テーブルの上を片付ける緋村さんは嬉しそうだ。緋村さんのうれしそうな顔を見られただけでも僕はカレーを作ってよかったと思った。
 ふたりでカレーライスをつつきながら他愛もない話をする。
「そういえば緋村さんの留学先、うちの学校とも提携していたんですよ」
 そうなのだ。聞き覚えのある名前だなぁなんて思って家で調べてみたら、僕の通っている専門学校と姉妹校だったのだ。年に一回、留学希望者はテストを受けて、そのテストに合格すれば留学できる制度があったのだ。
 その話をすると緋村さんも興味を持ってくれた。
「留学するのか?」
 ふと真剣な眼差しを向けられて僕は口ごもった。
「わ、わかりません」
「そうか」
 ふっと緋村さんが刺すような視線を和らげて笑みを浮かべる。僕はただ赤面した。だって普段見せない表情が、なんていうか、すごくかっこよかったんだ……。

 食べ終わったら、食器を洗って拭いて戸棚に戻した。
 その間子猫と猫じゃらしで遊んでいた緋村さんが声をかけてきて、僕は引き寄せられるように緋村さんの側にいる子猫の前に座った。最初は警戒心バリバリだったけど、猫じゃらしを振ると瞳孔を真ん丸に見開いて興味津々といった感じで食いついてきた。さすが猫。跳躍力がハンパない。
 ふと、僕は猫の名前を知らないことに気づいた。
 緋村さんに聞くと、とてもいい笑顔で言った。
「はんぺん」
「え?」
「身体がはんぺんみたいに真っ白だろ? だからはんぺん」
 僕はこらえきれずに噴出した。
(だって緋村さんのこのビジュアルだよ!? このビジュアルで飼い猫の名前がはんぺんとかっ!)
 僕が笑い転げていると、緋村さんに頭をどつかれた。
「こらっ、笑いすぎだ! はんぺんに失礼だろ」
「そ…それは、食べ物の? それとも子猫のことを言ってるんですか……?」
 ヒーヒー言い、眦に浮かんだ涙を指先ですくい取りながら尋ねる。
「どっちもだ」
 プンスカと腰に両手をあてて怒る姿は漫画の中のオカンのよう……。
 また笑いが込み上げてくる。
 僕につられてついには緋村さんまで笑い出した。

 翌日、国分寺さんを掴まえた僕は、猫が犯人で正解だったよと言った。概要を話すまでもなく、国分寺さんは何が起こったかその目で見たかのように正確に言い当てた。
「どうせ猫を見つけて階段で躓くなり足を吊るなりして転がり落ちてしまったんでしょうね」
「どうしてわかるの……」
「名探偵セリカだからですわ☆」
 キラッと両手で決めポーズまでしてしまうあたり、この人はどこまでも自由だな、と思った。
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