9 / 10
第九話:「片桐くんは期待を裏切らないと思ったのよ!」
しおりを挟む
一次試験、二次試験はともに筆記試験だった。
僕は最終選考までなんとか食らいついていった。
緋村さんが通ったというボストン大学に行ってみたかった。せめて、緋村さんが辿った軌跡を僕も踏んでみたかった。ただその一心でがんばった。
留学については意外にも両親は積極的だった。毎日夜遅くまで勉強する僕を心配してくれて声をかけてくれたりした。留学を希望したことが、両親と間にあった見えない溝を埋めてくれたのだ。そのことも僕の背中を押してくれた。
緋村さんからの電話は三日と鳴り続けなかった。
初めて電話が掛かってきた時、僕は泣き出しそうなほど嬉しく思い、電話に出たいと思った。けれど脳裏には緋村さんの彼女の姿がちらついた。失恋して、自ら切り離すと決めた恋。これ以上深く関わっていいものではない。
僕は緋村さんから電話やメールが届くたびに意識を深くて暗い所に閉じ込めてやり過ごした。
こんなつらい日々がずっと続くのかと思われた。けど実際は三日間だけだった。その三日をやり過ごしてしまうと、びっくりするくらい静かな日々が始まった。
最終選考はスピーチだった。僕の他に残ったのはたったの二人。誰もが真剣だった。
原案の英文を考えるのに一週間かけて、ようやく出来上がった文章の推敲を国分寺さんに任せた。
今日はその推敲が出来上がる日。
僕たちは食堂に集合した。
「時間が掛かってしまって申し訳ありませんでした」
と言って取り出したレポート用紙には赤が入っていた。
「ありがとう」
達筆な力強い文字で書かれた赤。
一つ一つの間違いや選択したワードのミスについて何がどう適切で適切でなかったのか説明が付けられ、丹念にチェックされていた。さすが英語が得意なだけある。国分寺さんに頼んで正解だった――僕がそう思って最後の一枚を捲った時、力強い文字で「お前ならできる!」という文字と、推敲者の名前を見て一気に涙腺が崩壊した。
緋村さんだった。
すべて、推敲をしてくれたのは緋村さんだったのだ。
(仕事で忙しいはずなのに……どうして僕なんかのために……)
「どうして」
という僕に、国分寺さんはスマホをチラつかせた。
「話は全部、わたしから楪さん経由で緋村さんまで伝わってますわ」
そんな! まさか、と僕は口を開閉した。声は出なかった。
足立さんがすべてを察した顔で目をキラキラさせ始めた。
「やっぱり片桐くんは期待を裏切らないと思ったのよ!」
「同感ですわ」
遠山くんだけがまだ事態を飲み込めていない風だった。
それから数日後、僕は六人の教師陣を前にして演台に立った。
様々な思いが去来した。沢山の人に助けられて生きてきたこと。その人達に恥じないためにも今日ここまで頑張ってきた。
僕はガチガチに震えながらも、長い演説を終えた。
結果は翌日掲示板に貼りだされていた。
片桐涼 合格
と。
僕は最終選考までなんとか食らいついていった。
緋村さんが通ったというボストン大学に行ってみたかった。せめて、緋村さんが辿った軌跡を僕も踏んでみたかった。ただその一心でがんばった。
留学については意外にも両親は積極的だった。毎日夜遅くまで勉強する僕を心配してくれて声をかけてくれたりした。留学を希望したことが、両親と間にあった見えない溝を埋めてくれたのだ。そのことも僕の背中を押してくれた。
緋村さんからの電話は三日と鳴り続けなかった。
初めて電話が掛かってきた時、僕は泣き出しそうなほど嬉しく思い、電話に出たいと思った。けれど脳裏には緋村さんの彼女の姿がちらついた。失恋して、自ら切り離すと決めた恋。これ以上深く関わっていいものではない。
僕は緋村さんから電話やメールが届くたびに意識を深くて暗い所に閉じ込めてやり過ごした。
こんなつらい日々がずっと続くのかと思われた。けど実際は三日間だけだった。その三日をやり過ごしてしまうと、びっくりするくらい静かな日々が始まった。
最終選考はスピーチだった。僕の他に残ったのはたったの二人。誰もが真剣だった。
原案の英文を考えるのに一週間かけて、ようやく出来上がった文章の推敲を国分寺さんに任せた。
今日はその推敲が出来上がる日。
僕たちは食堂に集合した。
「時間が掛かってしまって申し訳ありませんでした」
と言って取り出したレポート用紙には赤が入っていた。
「ありがとう」
達筆な力強い文字で書かれた赤。
一つ一つの間違いや選択したワードのミスについて何がどう適切で適切でなかったのか説明が付けられ、丹念にチェックされていた。さすが英語が得意なだけある。国分寺さんに頼んで正解だった――僕がそう思って最後の一枚を捲った時、力強い文字で「お前ならできる!」という文字と、推敲者の名前を見て一気に涙腺が崩壊した。
緋村さんだった。
すべて、推敲をしてくれたのは緋村さんだったのだ。
(仕事で忙しいはずなのに……どうして僕なんかのために……)
「どうして」
という僕に、国分寺さんはスマホをチラつかせた。
「話は全部、わたしから楪さん経由で緋村さんまで伝わってますわ」
そんな! まさか、と僕は口を開閉した。声は出なかった。
足立さんがすべてを察した顔で目をキラキラさせ始めた。
「やっぱり片桐くんは期待を裏切らないと思ったのよ!」
「同感ですわ」
遠山くんだけがまだ事態を飲み込めていない風だった。
それから数日後、僕は六人の教師陣を前にして演台に立った。
様々な思いが去来した。沢山の人に助けられて生きてきたこと。その人達に恥じないためにも今日ここまで頑張ってきた。
僕はガチガチに震えながらも、長い演説を終えた。
結果は翌日掲示板に貼りだされていた。
片桐涼 合格
と。
10
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
愛と猛毒(仮)
万里
BL
オフィスビルの非常階段。冷え切った踊り場で煙草をくゆらせる水原七瀬(みずはらななせ)は、部下たちのやり取りを静かに見守っていた。 そこでは村上和弥(むらかみかずや)が、長年想い続けてきた和泉に別れを告げられていた。和泉は「ありがとう」と優しく微笑みながらも、決意をもって彼を突き放す。和弥は矜持を守ろうと、営業スマイルを貼り付けて必死に言葉を紡ぐが、その姿は痛々しいほどに惨めだった。
和泉が去った後、七瀬は姿を現し、冷徹な言葉で和弥を追い詰める。 「お前はただの予備だった」「純愛なんて綺麗な言葉で誤魔化してるだけだ」――七瀬の毒舌は、和弥の心を抉り、憎悪を引き出す。和弥は「嫌いだ」と叫び、七瀬を突き放して階段を駆け下りていく。
「……本当、バカだよな。お前も、俺も」
七瀬は独り言を漏らすと、和弥が触れた手首を愛おしそうに、そして自嘲気味に強く握りしめた。
その指先に残る熱は、嫌悪という仮面の下で燃え盛る執着の証だった。 毒を吐き続けることでしか伝えられない――「好きだ」という言葉を、七瀬は永遠に飲み込んだまま、胸の奥で腐らせていた。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる