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四 王女様のお出ましだよお
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王宮に入ったロキとハンベエは椅子やテーブルの備わった部屋も有るのに、何故か小さな座敷に通された。
ハンベエは油断無く回りの気配に気を配っている。
(部屋の周りを、兵士が取り囲んでるようだな。二十人はいるな。この王宮には何人の兵士がいるのやら・・・・・・千人か?、まっ、五百人は下らないようだ。城の壁は何とか乗り越えられそうだ。特に忍び返しのような仕掛けも無かったようだ。逃げ出す時は、城の壁を乗り越えるのが、一番手っ取り早そうだが、ロキをどう逃がすか。・・・・・・)
兵法者であるハンベエにとって、この王宮は今のところ、敵地である。
『屋内においては、常に脱出の法を心がけるべし』とは師のフデンに常々教えられた事であった。
二十人の兵士に取り巻かれたのを気配で感じながら、『はじめの十人を斬るまでは、構えて慎重にな。』と言ったフデンの戒めに対し、ノコノコとロキについて来たのは、いささか軽率に過ぎたかもしれないとハンベエは考えた。
勿論(もちろん)、そんな胸のうちはおくびにも出さない。若干、眠そうに目を細めながら、端座している。愛刀『ヨシミツ』は腰から外して左手に引き付けている。
「王女様が参られます。」
襖が開き、シンバが入って来て襖の横にかしずいた。言われて、ロキは平伏したが、ハンベエは端座の姿勢を崩さない。
「頭を下げるように。」
舌打ちせんばかりに、シンバが言ったが、ハンベエは知らぬ顔で端座している。直ぐに十七、八歳と思われる乙女が左右に屈強そうな武人を従えて入ってきた。耀くばかりに美しい乙女であった。特にその瞳は聡明な瞳というのは、この瞳に違いないと断言していいのではないかと思わせるほど、涼しげで、澄み切って、輝いていた。
武官たちは、端座したままのハンベエにちょっと驚いた様子だったが
「どうも礼儀作法を全く知らぬゴジンのようで。」
とシンバが取り成すように言った。
「かまいません。それより、使者の方、ご苦労でありました。面を上げて下さい。私が王女のエレナです。」
王女は優雅な挙作で座ってロキに言った。
ロキは王女の言葉に従ってようやく顔を上げ、王女の顔を見たが、ボーッとなってしまった。美しい王女に直接見つめられて、少年アガってしまったらしい。
「どうしました、何か不審な事でもありますか?」
王女は優しげにロキに尋ねた。自分の美しさ(どんな謙虚な女性でも、美人は自分の容貌に自信を持っており、その美しさに驚く他人の心の動きを見逃さない生き物らしいので)に言葉を無くしたロキに好意を持ったようだ。
「失礼しました。これがバンケルク将軍から預かった手紙です。」
ロキは赤くなりながらも、進み出て、片膝立ての姿勢で王女に手紙を差しだして、素早く最初の席に戻った。
王女は手紙を開封して、黙って読んでいたが、やがて左右の武人に、
「使者の方と少し話があります。人払いをして下さい。シンバ、あなたも下がりなさい。」
と言った。
シンバや武人は何か言いたそうだったが、王女の決然とした態度がそれをさせない。襖を閉め、立ち去った。同時に回りを取り囲んでいる兵士達の気配が退いて行くのをハンベエは感じた。
自分も座を外すべきかと立ち上がりかけたハンベエを王女は手で制して、
「あなたは構いません。」
と言った。
ハンベエは無言で座り直した。
ハンベエも王女の美しさに驚いたが、それよりもっと驚いた事がある。
(こいつ、かなり強い。)
とハンベエに感じさせた事である。先程の門衛など話にならない。護衛に従えていた武人よりも、目の前にいる王女の方が手強いとハンベエは感じた。
(はて?、王女というのは、こんなに腕の立つ代物だったかな。)
何しろ山から出てきたばかりで、さほど世間に通じている訳ではないが、それでも、世間並みの知識は一応ハンベエにもある。その類型には、この王女は当てはまらないようだ。
「使者殿のお名前はなんと言います?」
王女がロキに尋ねた。
「オイラはロキって言います。こっちはハンベエ。」
「ロキさんですか。そして、ハンベエさんですね。この手紙の中身を知っていますか。」
「中身は見てないから、知りません。おおよそ、想像はつきますが。・・・・・・あ、ハンベエはその手紙については全く何も知らないですよ。」
「ふふ、知らぬ顔のハンベエさんですか。」
王女は悪戯っぽく笑った。
「ハンベエさんは、バンケルク将軍のお知り合いだそうですが、どういった関係ですか。」
そう問われたハンベエはチラとロキに目をやった。
ロキは、頭をかきながら、
「王女様、ごめんなさい。全くのウソっぱちです。ハンベエとは今日知り合ったばかりで、バンケルク将軍とは何の関係もありません。子供のオイラ一人じゃ、体よく追っ払われて、王女様に手紙を届けられないと思って、付いて来てもらっただけです。」
と正直に言った。
「そうですか。ロキさんは中々の知恵者ですね。さすがにバンケルク将軍が手紙を託すだけの事はあります。」
悪びれないロキに王女は、すっかり好意を持ったようだ。打ち解けた様子で話しかける。
「ハンベエさんも、おまえらの二人や三人斬るのは雑作もないと見栄を切ったとか、中々の役者さんですね。」
王女はハンベエの方を見て微笑みかけた。
「いや、あれは芝居じゃない。あんた、もとい、王女の家来がかかって来たら、死骸がいくつか転がる事になったはずだ。」
ハンベエは無表情に言った。愛想のない返事だ。
「腕に覚えがお有りのようですね。私の家臣達は命拾いしたと言うわけですね。」
王女は笑みを絶やさずに言い、さらに続けた。
「でも、真の強者は軽々しく戦わないと聞いていますが。」
ハンベエは王女の問いには答えなかった。真の強者がどうとかいう話は、今のハンベエには何の興味も無い。師のフデンの申し渡しに従い、斬って斬って斬りまくるのみである。そのうち答えが見つかるだろう。
ハンベエが何も答えなかったので、王女は話の接ぎ穂を失い。困ったような顔をした。
「王女様、オイラ、バンケルク将軍から、手紙を届けたら、褒美をもらえるはずだって言われたんだけど。」
すまなそうにロキが言った。
「おや、これはすまない事をしました。ロキさん、褒美にこれを上げましょう。」
王女はそう言って懐剣を取り出して、ロキに渡そうとした。宝石の散りばめられた高価な品物のようだった。
「王女様、オイラ、そんな物を頂いても困ります。」
「これではいけませんか。では、何がいいのですか?」
「金貨を十枚ほど、頂ければ有り難いです。」
「金貨は今手元にありませんが・・・・・・明日用意させましょう。では、今夜はこの城に泊まるといいでしょう。」
王女はこう言ったが、ロキは手を振って、
「お城に泊まるなんて、滅相もありません。今から宿屋に行きます。」
と言った。
「宿屋の目当てはあるのですか?」
「『キチン亭』という宿屋に泊まります。手紙は無事に届けられましたし、今日はこの辺りで退散します。」
ロキは王女にこう言って、ぴょこんとお辞儀した。
「そうですか。では、褒美は明日その宿屋に届けさせましょう。この手紙に関する事は他言無用にして下さい。」
ロキとハンベエは王宮を辞して、表に出た。
「あの王女、何か武術の修業をしてるのかな?」
王宮の正面門をかなり離れてから、ハンベエがロキに尋ねた。
「王女様はバンケルク将軍の剣の一番弟子だそうだよ。だから、バンケルク将軍も王女様を頼りにしているのさ。何で、バンケルク将軍から王女に手紙が送られたか知りたい?」
「いや、全く何の興味もない。」
「ハンベエって、会話があまりできないタイプなんだね。さっきも王女様が話が途中で切れてしまって困ってたよ。」
「ふっ、どうやらそういうタイプらしいな。」
ハンベエは小さく笑った。
「ところでハンベエ、お金持ってない?」
ロキの言葉にハンベエは黙って金貨を一枚渡した。
「うわっ!ハンベエ金持ち。これなら、キチン亭に一月は逗留できるよ。」
ロキははしゃいで言った。
ハンベエは油断無く回りの気配に気を配っている。
(部屋の周りを、兵士が取り囲んでるようだな。二十人はいるな。この王宮には何人の兵士がいるのやら・・・・・・千人か?、まっ、五百人は下らないようだ。城の壁は何とか乗り越えられそうだ。特に忍び返しのような仕掛けも無かったようだ。逃げ出す時は、城の壁を乗り越えるのが、一番手っ取り早そうだが、ロキをどう逃がすか。・・・・・・)
兵法者であるハンベエにとって、この王宮は今のところ、敵地である。
『屋内においては、常に脱出の法を心がけるべし』とは師のフデンに常々教えられた事であった。
二十人の兵士に取り巻かれたのを気配で感じながら、『はじめの十人を斬るまでは、構えて慎重にな。』と言ったフデンの戒めに対し、ノコノコとロキについて来たのは、いささか軽率に過ぎたかもしれないとハンベエは考えた。
勿論(もちろん)、そんな胸のうちはおくびにも出さない。若干、眠そうに目を細めながら、端座している。愛刀『ヨシミツ』は腰から外して左手に引き付けている。
「王女様が参られます。」
襖が開き、シンバが入って来て襖の横にかしずいた。言われて、ロキは平伏したが、ハンベエは端座の姿勢を崩さない。
「頭を下げるように。」
舌打ちせんばかりに、シンバが言ったが、ハンベエは知らぬ顔で端座している。直ぐに十七、八歳と思われる乙女が左右に屈強そうな武人を従えて入ってきた。耀くばかりに美しい乙女であった。特にその瞳は聡明な瞳というのは、この瞳に違いないと断言していいのではないかと思わせるほど、涼しげで、澄み切って、輝いていた。
武官たちは、端座したままのハンベエにちょっと驚いた様子だったが
「どうも礼儀作法を全く知らぬゴジンのようで。」
とシンバが取り成すように言った。
「かまいません。それより、使者の方、ご苦労でありました。面を上げて下さい。私が王女のエレナです。」
王女は優雅な挙作で座ってロキに言った。
ロキは王女の言葉に従ってようやく顔を上げ、王女の顔を見たが、ボーッとなってしまった。美しい王女に直接見つめられて、少年アガってしまったらしい。
「どうしました、何か不審な事でもありますか?」
王女は優しげにロキに尋ねた。自分の美しさ(どんな謙虚な女性でも、美人は自分の容貌に自信を持っており、その美しさに驚く他人の心の動きを見逃さない生き物らしいので)に言葉を無くしたロキに好意を持ったようだ。
「失礼しました。これがバンケルク将軍から預かった手紙です。」
ロキは赤くなりながらも、進み出て、片膝立ての姿勢で王女に手紙を差しだして、素早く最初の席に戻った。
王女は手紙を開封して、黙って読んでいたが、やがて左右の武人に、
「使者の方と少し話があります。人払いをして下さい。シンバ、あなたも下がりなさい。」
と言った。
シンバや武人は何か言いたそうだったが、王女の決然とした態度がそれをさせない。襖を閉め、立ち去った。同時に回りを取り囲んでいる兵士達の気配が退いて行くのをハンベエは感じた。
自分も座を外すべきかと立ち上がりかけたハンベエを王女は手で制して、
「あなたは構いません。」
と言った。
ハンベエは無言で座り直した。
ハンベエも王女の美しさに驚いたが、それよりもっと驚いた事がある。
(こいつ、かなり強い。)
とハンベエに感じさせた事である。先程の門衛など話にならない。護衛に従えていた武人よりも、目の前にいる王女の方が手強いとハンベエは感じた。
(はて?、王女というのは、こんなに腕の立つ代物だったかな。)
何しろ山から出てきたばかりで、さほど世間に通じている訳ではないが、それでも、世間並みの知識は一応ハンベエにもある。その類型には、この王女は当てはまらないようだ。
「使者殿のお名前はなんと言います?」
王女がロキに尋ねた。
「オイラはロキって言います。こっちはハンベエ。」
「ロキさんですか。そして、ハンベエさんですね。この手紙の中身を知っていますか。」
「中身は見てないから、知りません。おおよそ、想像はつきますが。・・・・・・あ、ハンベエはその手紙については全く何も知らないですよ。」
「ふふ、知らぬ顔のハンベエさんですか。」
王女は悪戯っぽく笑った。
「ハンベエさんは、バンケルク将軍のお知り合いだそうですが、どういった関係ですか。」
そう問われたハンベエはチラとロキに目をやった。
ロキは、頭をかきながら、
「王女様、ごめんなさい。全くのウソっぱちです。ハンベエとは今日知り合ったばかりで、バンケルク将軍とは何の関係もありません。子供のオイラ一人じゃ、体よく追っ払われて、王女様に手紙を届けられないと思って、付いて来てもらっただけです。」
と正直に言った。
「そうですか。ロキさんは中々の知恵者ですね。さすがにバンケルク将軍が手紙を託すだけの事はあります。」
悪びれないロキに王女は、すっかり好意を持ったようだ。打ち解けた様子で話しかける。
「ハンベエさんも、おまえらの二人や三人斬るのは雑作もないと見栄を切ったとか、中々の役者さんですね。」
王女はハンベエの方を見て微笑みかけた。
「いや、あれは芝居じゃない。あんた、もとい、王女の家来がかかって来たら、死骸がいくつか転がる事になったはずだ。」
ハンベエは無表情に言った。愛想のない返事だ。
「腕に覚えがお有りのようですね。私の家臣達は命拾いしたと言うわけですね。」
王女は笑みを絶やさずに言い、さらに続けた。
「でも、真の強者は軽々しく戦わないと聞いていますが。」
ハンベエは王女の問いには答えなかった。真の強者がどうとかいう話は、今のハンベエには何の興味も無い。師のフデンの申し渡しに従い、斬って斬って斬りまくるのみである。そのうち答えが見つかるだろう。
ハンベエが何も答えなかったので、王女は話の接ぎ穂を失い。困ったような顔をした。
「王女様、オイラ、バンケルク将軍から、手紙を届けたら、褒美をもらえるはずだって言われたんだけど。」
すまなそうにロキが言った。
「おや、これはすまない事をしました。ロキさん、褒美にこれを上げましょう。」
王女はそう言って懐剣を取り出して、ロキに渡そうとした。宝石の散りばめられた高価な品物のようだった。
「王女様、オイラ、そんな物を頂いても困ります。」
「これではいけませんか。では、何がいいのですか?」
「金貨を十枚ほど、頂ければ有り難いです。」
「金貨は今手元にありませんが・・・・・・明日用意させましょう。では、今夜はこの城に泊まるといいでしょう。」
王女はこう言ったが、ロキは手を振って、
「お城に泊まるなんて、滅相もありません。今から宿屋に行きます。」
と言った。
「宿屋の目当てはあるのですか?」
「『キチン亭』という宿屋に泊まります。手紙は無事に届けられましたし、今日はこの辺りで退散します。」
ロキは王女にこう言って、ぴょこんとお辞儀した。
「そうですか。では、褒美は明日その宿屋に届けさせましょう。この手紙に関する事は他言無用にして下さい。」
ロキとハンベエは王宮を辞して、表に出た。
「あの王女、何か武術の修業をしてるのかな?」
王宮の正面門をかなり離れてから、ハンベエがロキに尋ねた。
「王女様はバンケルク将軍の剣の一番弟子だそうだよ。だから、バンケルク将軍も王女様を頼りにしているのさ。何で、バンケルク将軍から王女に手紙が送られたか知りたい?」
「いや、全く何の興味もない。」
「ハンベエって、会話があまりできないタイプなんだね。さっきも王女様が話が途中で切れてしまって困ってたよ。」
「ふっ、どうやらそういうタイプらしいな。」
ハンベエは小さく笑った。
「ところでハンベエ、お金持ってない?」
ロキの言葉にハンベエは黙って金貨を一枚渡した。
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