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五十四 緩やかに追い風
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ラシャレーからの急使がハンベエの所に飛び込んで来たのは、イザベラから司令部の地下室への抜け道情報を得た三日後であった。
急使の名はファーブルという。この際、名前などどうでもいいが、ファーブルはボーンと同年輩で、先日タゴロロームに財務監査の名目でやって来ていたシャベレーの副官であった。シャベレーの出張の際は、ゲッソリナで留守番をしていたのだが、今回入れ替わりのように使者を命ぜられたのである。
ボーンは隠密部隊でその正体は明らかにされていないが、ファーブルはシャベレー同様、サイレント・キッチンへの所属が明らかな人物である。
ボーンをハンベエへの使者にしなかったのは、ラシャレーがボーンとハンベエ達の親密さに警戒心を持った事よりも、むしろ隠密部隊員であるボーンの顔が表に曝される事を嫌っての事であるらしい。
考えて見れば至極もっともな措置である。今回の使者は、事の性質上、ハンベエに会うだけでなくバンケルクにもゲッソリナ政府の決定を伝えなければならない。
そうなれば、バンケルク以下にボーンの顔が曝され、今後の活動に支障が生じて、隠密部隊員としてのボーンの使用価値は下落せざるを得ない。それどころか、ボーンに命の危険が発生する事だってあり得る。
こう考えて来ると、ボーンがハンベエ達を離れて、ベルゼリット城の監視に回されたのは左遷でも冷遇でもない事が良く分かる。
ん? ベルゼリット城の監視・・・・・・そう言えば、ハンベエもそんな事を言っていたような。
ともあれ、使者ファーブルはタゴロロームにやって来た。ゲッソリナを騎乗して飛び出したはずであるが、タゴロローム守備隊に到着した時は徒歩だった。馬は途中で乗り潰したらしい。取る物も取り敢えずな大急ぎだったわけだ。
ファーブルは隠密部隊員ではないとはいえ、流石はサイレント・キッチンの一員である。森に溶け込む落葉のように、少しの目立つ事も無くタゴロローム守備軍に潜り込み、誰に怪しまれるも事なく、ハンベエに辿り着いた。
ハンベエを見つけるや否や、ファーブルは身分を明かして、ラシャレーの命令を伝えた。
ハンベエは直ぐにファーブルを連隊長の住居に招いて、密談をする事とした。
「なるほど、俺の第五連隊長への任命は意外に簡単に決まったんだな。それにしても、任命と同時にタゴロローム守備軍と切り離すとは、宰相の手の内が見えるようだぜ。」
「ラシャレー閣下はタゴロローム守備軍の内紛を危惧しておいでです。そのため、ハンベエ殿達に、タゴロロームを離れハナハナ山に駐留する事を命ずるものです。閣下の真情を汲み取り、速やかに行動いただきたい。」
「ハナハナ山への転進は有難い命令だが、直ぐには動けないな。使者の方、悪いがバンケルクに面会してゲッソリナの命令を伝えるのは、少し待ってもらいたい。」
「・・・・・・何故?」
「俺達が、この駐屯地から離れてハナハナ山に向かう事が明らかになれば、駐屯地を離れた途端、バンケルク達が襲って来る危険性がある。」
「まさか。」
「いや、奴らが俺達第五連隊を襲って来ない理由は、襲って来れば、駐屯地に火を放つぞと、火矢の準備をして、これ見よがしに部隊を配置しているからだよ。」
「タゴロローム守備軍と第五連隊の対立はそこまで悪化しているのか。」
「当たり前だろ、俺達第五連隊は司令部の奴らの騙し討ちに遭って、部隊の大部分が死に絶えたんだ。向こうは向こうで、後ろめたいものだから、俺達を一刻も早く抹殺しようとかかっている。今や不倶戴天の間柄って奴だ。」
「しかし、第五連隊に関する命令は、ラシャレー閣下いや国王陛下直々のものだ。如何に守備軍司令部が第五連隊を目の敵にしていると言っても、逆らう事はないだろう。」
「・・・・・・まあ、あんたが国王の命令の力を信じるのはあんたの勝手。だが、第五連隊の不利にならないように、俺がいいと言うまで、第五連隊の中に身を隠していてくれ。」
「断ったら。」
「あんただって、明日もお日様見たいだろう?」
「力ずくでもという事か。」
「どっちかというと、俺はそっちの方が得意だよ。」
「仕方ない。今殺されては使命が果たせないから、提案に従おう。」
「助かる。」
さてもさても、使者というのも簡単な役割ではない。一つ間違えば命が危なくなるのは、少年ロキの場合を見ても明らかなところ。ファーブルは大局に立って、仕方なくハンベエの提案を受け入れた。
ハンベエは、ファーブルの人柄を悪くは思わなかったが、人の命を預かる立場に立ってみれば、風来坊の時のように気楽に構えているわけにもいかないのか、部下をファーブルの見張りに付けて軟禁するような形となった。
イザベラから、バンケルク側がハンベエ抹殺のための兵士を集めているとの情報を得たが、類似の情報がゴンザロからも入っていた。
ゴンザロと云えば、先にハンベエとモルフィネス率いる群狼隊との殺し合いの顛末を広めさせる仕事をさせたのは記憶に新しい事と思う。ゴンザロは見事にやってのけた。そこで、ハンベエは自分の懐から金貨二十五枚をゴンザロに活動資金として与え、毎晩のように他の連隊兵士と酒を飲ませて情報収集をさせていた。
意外や、やる気なしの食い潰し者で戦力外と思われたゴンザロは、こういう役割が性に合っていたと見え、酒好きの中年男を装い(いや、そのまんまかも知れないが)、特に怪しまれる事も無く各連隊の兵士達の本音を聞き出してハンベエに報告して来た。鶏鳴狗盗、人間何かの取り柄はあるものだ。
群狼隊の副隊長の名はマリッファと言う。前回のハンベエとの闘いでは、隊長ビルコカイン以下十名の群狼隊員が参加し、隊長以下八名がハンベエに斬り殺されてしまっている。さらに、ロキにちょっかいを出したばかりに、ボーンに消された一名を入れ、今や群狼隊も十一名に減っていた。
モルフィネスの命を受け、マリッファは群狼隊を使って、ハンベエ抹殺のための兵士を募っていた。無論極めて内密にであるが、隠すより現れるはなしで、兵士達の間では、ひそひそ話の種になっていた。
相手がハンベエと聞いて、多くの兵士は尻込みしたが、ハンベエの首に金貨五百枚の値が付くと聞いて、欲に駆られる命知らずもいると見え、定員の二百名はどうにか達成しそうであった。
マリッファとしては、それなりの強者を集めたつもりではあるが、群狼隊員には比べるべくもない。どうやら、質より量という事になりそうだ。・・・・・・と、モルフィネス並びにマリッファは思わざるを得なかった。
いつの間にか、他の連隊兵士達の間では、ハンベエが新たに集められている兵士達とどう闘うのか、果たして今度こそハンベエが討ち取られてしまうのか、大いに興味を持って語られていた。
小隊長以上の士官は、当然守備軍司令官であるバンケルクに忠節を保っているので、今度こそハンベエが退治されるものと動静を黙って見守っている。
だが、ゴンザロの聞き出してきた話によれば、伍長以下の兵士達となると全く話が逆で、圧倒的にハンベエを応援する声が多いというのである。
無論、処罰される危険があるので、表立ってハンベエ達を応援する事はないが、今度もハンベエが司令部の差し向ける兵士達を撃ち破り、司令部に一大痛棒を食らわせる事を期待して止まないのだという。
タゴロローム守備軍兵士達の気分は今や、完全にバンケルク達司令部を離れ、小ない人数で司令部と対峙して一歩も退かない姿勢を見せ続けているハンベエ達第五連隊に加担していた。
ゴンザロの流したハンベエの群狼隊に対する武勇伝と、その後モルフィネスが出した箝口令が相まって、アルファインド勢との戦いから生じた兵士達の司令部への不信感をより一層増幅し、遂には司令部に対する敵意に似たものにまで、化学変化のように育て上げてしまったのである。
もし、ハンベエの謀略の一手が、ここまで予測したものであったとしたら、この惚けた顔をした無愛想な男、恐るべき人間と言える。
しかしながら、そこまでの予測は人智を超えたものであろう。まぐれ当たりとまでは言わないが、たまたま良さそうな手を打ったら、それが大当たりに中って、有利な状況が現出されたというべきであろう。
だが翻ってみれば、策略にしろ戦闘にしろ、明暗を別つ行動を決めるものは、詰まる処感覚であり、直感であった。その一点において、ハンベエはモルフィネス達を凌駕していた。それは何から来る物であるのか、恐らくは剣術を通じて育まれたハンベエの戦闘感覚がそれを為さしめたものと考えざるを得ない。
おっと待て、ここまでハンベエ達にとって状況がさほど不利でない事をるる説明して来たが、それもハンベエ有っての話である。もし、ハンベエがバンケルク達に抹殺されてしまえば、兵士達の司令部への敵意も針を刺された風船のように呆気無く萎んでしまうであろう事は明らかであった。
その点について見れば、ハンベエ抹殺を慌てるバンケルクも、最初から、ハンベエの退去も含めて、ハンベエを消す事に焦点を絞って来たモルフィネスも、全く以て的を外すどころか、事態の本質を正確に掴んでいると言える。
バンケルク側でハンベエ抹殺のための第二作戦の準備が進む一方、ハンベエの側では、情報収集と称して酒盛りに励むゴンザロの外に、パーレルがてんてこ舞いの大忙しであった。
ハンベエから依頼された奇抜な旗を作るために、第五連隊兵士を呼んでは、肖像のデッサンを行っていた。
現在の第五連隊兵士の正確な数は連隊長ハンベエを含めて百一名。最早、中隊規模の人数もいないのだが、一人一人の肖像を描かされるパーレルにとっては大仕事である。
朝から晩まで、入れ代わり立ち代わり兵士を呼んでデッサンを取っているのだが、一日二十人も描いていた。
パーレルの大変さは想像するに余りあるが、当人は水を得た魚のように、楽しげに描いていた。
また、描かれる兵士達の方も照れ笑い、苦笑いする者も数々いるものの、全体に楽しげに浮き立つものを感じ、練武以上に大好評であった。
バンケルク側は、ハンベエ抹殺の準備を進め、ハンベエ側はハンベエ側で、新生第五連隊の旗揚げを着々と用意している。
今のところ、ゲッソリナからの命令はハンベエ側に情報が押さえられ、バンケルク側に届いていないという点において、第五連隊やや優位を思わせるが、圧倒的兵数を持つ司令部との戦いは、土台最初から危ない橋の綱渡りで、ハンベエという奇妙な男が織り成す蜃気楼のように淡い均衡状態に過ぎない。
にも関わらず、他のタゴロローム守備軍連隊兵士達は、いつしかハンベエ達に期待を寄せ、両者の激突を固唾を飲んで見守る雰囲気になっていた。
急使の名はファーブルという。この際、名前などどうでもいいが、ファーブルはボーンと同年輩で、先日タゴロロームに財務監査の名目でやって来ていたシャベレーの副官であった。シャベレーの出張の際は、ゲッソリナで留守番をしていたのだが、今回入れ替わりのように使者を命ぜられたのである。
ボーンは隠密部隊でその正体は明らかにされていないが、ファーブルはシャベレー同様、サイレント・キッチンへの所属が明らかな人物である。
ボーンをハンベエへの使者にしなかったのは、ラシャレーがボーンとハンベエ達の親密さに警戒心を持った事よりも、むしろ隠密部隊員であるボーンの顔が表に曝される事を嫌っての事であるらしい。
考えて見れば至極もっともな措置である。今回の使者は、事の性質上、ハンベエに会うだけでなくバンケルクにもゲッソリナ政府の決定を伝えなければならない。
そうなれば、バンケルク以下にボーンの顔が曝され、今後の活動に支障が生じて、隠密部隊員としてのボーンの使用価値は下落せざるを得ない。それどころか、ボーンに命の危険が発生する事だってあり得る。
こう考えて来ると、ボーンがハンベエ達を離れて、ベルゼリット城の監視に回されたのは左遷でも冷遇でもない事が良く分かる。
ん? ベルゼリット城の監視・・・・・・そう言えば、ハンベエもそんな事を言っていたような。
ともあれ、使者ファーブルはタゴロロームにやって来た。ゲッソリナを騎乗して飛び出したはずであるが、タゴロローム守備隊に到着した時は徒歩だった。馬は途中で乗り潰したらしい。取る物も取り敢えずな大急ぎだったわけだ。
ファーブルは隠密部隊員ではないとはいえ、流石はサイレント・キッチンの一員である。森に溶け込む落葉のように、少しの目立つ事も無くタゴロローム守備軍に潜り込み、誰に怪しまれるも事なく、ハンベエに辿り着いた。
ハンベエを見つけるや否や、ファーブルは身分を明かして、ラシャレーの命令を伝えた。
ハンベエは直ぐにファーブルを連隊長の住居に招いて、密談をする事とした。
「なるほど、俺の第五連隊長への任命は意外に簡単に決まったんだな。それにしても、任命と同時にタゴロローム守備軍と切り離すとは、宰相の手の内が見えるようだぜ。」
「ラシャレー閣下はタゴロローム守備軍の内紛を危惧しておいでです。そのため、ハンベエ殿達に、タゴロロームを離れハナハナ山に駐留する事を命ずるものです。閣下の真情を汲み取り、速やかに行動いただきたい。」
「ハナハナ山への転進は有難い命令だが、直ぐには動けないな。使者の方、悪いがバンケルクに面会してゲッソリナの命令を伝えるのは、少し待ってもらいたい。」
「・・・・・・何故?」
「俺達が、この駐屯地から離れてハナハナ山に向かう事が明らかになれば、駐屯地を離れた途端、バンケルク達が襲って来る危険性がある。」
「まさか。」
「いや、奴らが俺達第五連隊を襲って来ない理由は、襲って来れば、駐屯地に火を放つぞと、火矢の準備をして、これ見よがしに部隊を配置しているからだよ。」
「タゴロローム守備軍と第五連隊の対立はそこまで悪化しているのか。」
「当たり前だろ、俺達第五連隊は司令部の奴らの騙し討ちに遭って、部隊の大部分が死に絶えたんだ。向こうは向こうで、後ろめたいものだから、俺達を一刻も早く抹殺しようとかかっている。今や不倶戴天の間柄って奴だ。」
「しかし、第五連隊に関する命令は、ラシャレー閣下いや国王陛下直々のものだ。如何に守備軍司令部が第五連隊を目の敵にしていると言っても、逆らう事はないだろう。」
「・・・・・・まあ、あんたが国王の命令の力を信じるのはあんたの勝手。だが、第五連隊の不利にならないように、俺がいいと言うまで、第五連隊の中に身を隠していてくれ。」
「断ったら。」
「あんただって、明日もお日様見たいだろう?」
「力ずくでもという事か。」
「どっちかというと、俺はそっちの方が得意だよ。」
「仕方ない。今殺されては使命が果たせないから、提案に従おう。」
「助かる。」
さてもさても、使者というのも簡単な役割ではない。一つ間違えば命が危なくなるのは、少年ロキの場合を見ても明らかなところ。ファーブルは大局に立って、仕方なくハンベエの提案を受け入れた。
ハンベエは、ファーブルの人柄を悪くは思わなかったが、人の命を預かる立場に立ってみれば、風来坊の時のように気楽に構えているわけにもいかないのか、部下をファーブルの見張りに付けて軟禁するような形となった。
イザベラから、バンケルク側がハンベエ抹殺のための兵士を集めているとの情報を得たが、類似の情報がゴンザロからも入っていた。
ゴンザロと云えば、先にハンベエとモルフィネス率いる群狼隊との殺し合いの顛末を広めさせる仕事をさせたのは記憶に新しい事と思う。ゴンザロは見事にやってのけた。そこで、ハンベエは自分の懐から金貨二十五枚をゴンザロに活動資金として与え、毎晩のように他の連隊兵士と酒を飲ませて情報収集をさせていた。
意外や、やる気なしの食い潰し者で戦力外と思われたゴンザロは、こういう役割が性に合っていたと見え、酒好きの中年男を装い(いや、そのまんまかも知れないが)、特に怪しまれる事も無く各連隊の兵士達の本音を聞き出してハンベエに報告して来た。鶏鳴狗盗、人間何かの取り柄はあるものだ。
群狼隊の副隊長の名はマリッファと言う。前回のハンベエとの闘いでは、隊長ビルコカイン以下十名の群狼隊員が参加し、隊長以下八名がハンベエに斬り殺されてしまっている。さらに、ロキにちょっかいを出したばかりに、ボーンに消された一名を入れ、今や群狼隊も十一名に減っていた。
モルフィネスの命を受け、マリッファは群狼隊を使って、ハンベエ抹殺のための兵士を募っていた。無論極めて内密にであるが、隠すより現れるはなしで、兵士達の間では、ひそひそ話の種になっていた。
相手がハンベエと聞いて、多くの兵士は尻込みしたが、ハンベエの首に金貨五百枚の値が付くと聞いて、欲に駆られる命知らずもいると見え、定員の二百名はどうにか達成しそうであった。
マリッファとしては、それなりの強者を集めたつもりではあるが、群狼隊員には比べるべくもない。どうやら、質より量という事になりそうだ。・・・・・・と、モルフィネス並びにマリッファは思わざるを得なかった。
いつの間にか、他の連隊兵士達の間では、ハンベエが新たに集められている兵士達とどう闘うのか、果たして今度こそハンベエが討ち取られてしまうのか、大いに興味を持って語られていた。
小隊長以上の士官は、当然守備軍司令官であるバンケルクに忠節を保っているので、今度こそハンベエが退治されるものと動静を黙って見守っている。
だが、ゴンザロの聞き出してきた話によれば、伍長以下の兵士達となると全く話が逆で、圧倒的にハンベエを応援する声が多いというのである。
無論、処罰される危険があるので、表立ってハンベエ達を応援する事はないが、今度もハンベエが司令部の差し向ける兵士達を撃ち破り、司令部に一大痛棒を食らわせる事を期待して止まないのだという。
タゴロローム守備軍兵士達の気分は今や、完全にバンケルク達司令部を離れ、小ない人数で司令部と対峙して一歩も退かない姿勢を見せ続けているハンベエ達第五連隊に加担していた。
ゴンザロの流したハンベエの群狼隊に対する武勇伝と、その後モルフィネスが出した箝口令が相まって、アルファインド勢との戦いから生じた兵士達の司令部への不信感をより一層増幅し、遂には司令部に対する敵意に似たものにまで、化学変化のように育て上げてしまったのである。
もし、ハンベエの謀略の一手が、ここまで予測したものであったとしたら、この惚けた顔をした無愛想な男、恐るべき人間と言える。
しかしながら、そこまでの予測は人智を超えたものであろう。まぐれ当たりとまでは言わないが、たまたま良さそうな手を打ったら、それが大当たりに中って、有利な状況が現出されたというべきであろう。
だが翻ってみれば、策略にしろ戦闘にしろ、明暗を別つ行動を決めるものは、詰まる処感覚であり、直感であった。その一点において、ハンベエはモルフィネス達を凌駕していた。それは何から来る物であるのか、恐らくは剣術を通じて育まれたハンベエの戦闘感覚がそれを為さしめたものと考えざるを得ない。
おっと待て、ここまでハンベエ達にとって状況がさほど不利でない事をるる説明して来たが、それもハンベエ有っての話である。もし、ハンベエがバンケルク達に抹殺されてしまえば、兵士達の司令部への敵意も針を刺された風船のように呆気無く萎んでしまうであろう事は明らかであった。
その点について見れば、ハンベエ抹殺を慌てるバンケルクも、最初から、ハンベエの退去も含めて、ハンベエを消す事に焦点を絞って来たモルフィネスも、全く以て的を外すどころか、事態の本質を正確に掴んでいると言える。
バンケルク側でハンベエ抹殺のための第二作戦の準備が進む一方、ハンベエの側では、情報収集と称して酒盛りに励むゴンザロの外に、パーレルがてんてこ舞いの大忙しであった。
ハンベエから依頼された奇抜な旗を作るために、第五連隊兵士を呼んでは、肖像のデッサンを行っていた。
現在の第五連隊兵士の正確な数は連隊長ハンベエを含めて百一名。最早、中隊規模の人数もいないのだが、一人一人の肖像を描かされるパーレルにとっては大仕事である。
朝から晩まで、入れ代わり立ち代わり兵士を呼んでデッサンを取っているのだが、一日二十人も描いていた。
パーレルの大変さは想像するに余りあるが、当人は水を得た魚のように、楽しげに描いていた。
また、描かれる兵士達の方も照れ笑い、苦笑いする者も数々いるものの、全体に楽しげに浮き立つものを感じ、練武以上に大好評であった。
バンケルク側は、ハンベエ抹殺の準備を進め、ハンベエ側はハンベエ側で、新生第五連隊の旗揚げを着々と用意している。
今のところ、ゲッソリナからの命令はハンベエ側に情報が押さえられ、バンケルク側に届いていないという点において、第五連隊やや優位を思わせるが、圧倒的兵数を持つ司令部との戦いは、土台最初から危ない橋の綱渡りで、ハンベエという奇妙な男が織り成す蜃気楼のように淡い均衡状態に過ぎない。
にも関わらず、他のタゴロローム守備軍連隊兵士達は、いつしかハンベエ達に期待を寄せ、両者の激突を固唾を飲んで見守る雰囲気になっていた。
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