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六十二 ハッタリ少年罷り通る
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王宮を辞したロキは一旦『キチン亭』に戻った。
『キチン亭』に戻るまでに何度も何度も振り返った。だがしかし、別段誰も追いかけて来ないようである。
ほっと胸を撫で下ろし、自分の部屋に向かうと、部屋の前に立っている人物がいる。つばびろの帽子で顔を隠し、薄い青色のシャツの上に赤いチョッキ、黄緑色のキュロットズボンを穿いて、腰には刃渡り六十センチ程の両刃の剣を吊している。男にしては少し小柄で、華奢に見えるその人物はかつて『キチン亭』にロキを訪れた時と同じ王女エレナの変装の姿だった。
実はロキがラシャレーに言った『三日前にタゴロロームに向かった』と言うのは嘘であった。エレナは今朝、護衛のスパルスとザーニックが騒ぎ出したのを確認して初めて王宮を抜け出したのであった。
では何故そんな手の込んだ真似をしたのか?・・・・・・その理由はいずれ明らかになるであろう。
ロキは少し驚いた様子で、
「部屋の中で待ってもらってた方が良かったよお。」
と言った。
「そうしようと思ったのですが、中に誰かいるようです。」
「え?」
エレナの言葉に、ロキは目を丸くしたが、直ぐに何かに思い当たったと見えて、部屋のドアを開けた。
寝台にボーンが腰掛けていた。
「はあい、例によって使わせてもらっているぜ。ところで、外にいる御仁は?」
とボーンはロキを見ると、意味深な笑みを浮かべて言った。
「さるやん事なき身分の人だよお。ボーンさん、もう顔を会わせたの?」
「いや、気配を感じていただけだが。」
「ボーンさんの顔がバレたら、都合が悪いんじゃないのお? オイラだったら、そこの窓から黙って姿を消すけどなあ。」
ロキはとぼけた調子で言った。
だが、ボーンはニヤニヤ笑いながら、
「確かに困るが、王女様を城外に連れ出すのもどうかと思うよ。確か宰相閣下が禁足指示出してなかったか?」
と返した。
「えー、バレバレなのお。困ったよお。だけど、ボーンさんも王女様に顔を見られてもいいのかなあ。」
「・・・・・・。やっぱり不味いかもしれん。しかし、王女様が危ない真似をするのをみすみす見過ごすのはな。俺としては・・・・・・」
「ボーンさんが未だにゲッソリナにいるという事は、こっちで任務中って事だね。差し当たって、ボーンさんがこっちで命令されている事は、きっとベルゼリット城の監視に違いないよお。」
王女エレナの足止めをしようというのか、消えようとしないボーンを、ロキは別口から攻める事にしたようだ。
ロキの言葉に図星を指されたボーンは探るようにロキのどんぐりマナコを見つめた。
どうにも、このロキという少年はやりにくい。ボーンとしては大人の立場から少年を諭そうとしているのだが、ロキの発言はその意表を突いて来る。ボーンの任務に触れたという事は、次に来るものは・・・・・・。
「王女様の監視はボーンさんの任務じゃないんでしょう。だったら、知らぬ顔をしていてもいいんじゃないのお。もし、邪魔されたらオイラ、ベルゼリット城に行ってボーンさんが嗅ぎ回ってるって叫んだりしちゃうかもお。」
とロキはニコニコしながら、小さな声で言った。
案の定である。ロキは早速ボーンに脅しを掛けて来た。全くこまっしゃくれた憎たらしい小僧っ子だ。
「大人をおちょくるような物言いは感心しないぜ、ロキ。」
それでも、ボーンは穏やかな口調で言った。
「オイラ、ボーンさんをおちょくったりしないよお。魚心に水心、強いばかりが能じゃない、情けは人の為ならず、善と悪とはあざなえる縄の如し、仕事熱心も時によりけり。・・・・・・っていう話をしてるだけだよお。」
「いや、俺が心配なのは、おまえに王女様が守り切れるかって事だ。王女様にもしもの事があったら、ロキも無事には済まないぞ。」
「王女様の事なら、命を賭けて守ってみせるよお。人間死ぬ気になれば、中々死なないものだよお。」
ロキは大真面目でボーンの大人の発言に対抗してまくし立てた。発言内容が若干支離滅裂、意味不明なのはご愛嬌。
(はてさて、ハンベエに出会ってからというもの、簡単に命懸けになる輩とのやりとりの多い事よ。)
ボーンはやれやれとため息を吐く思いで、妙に愛情深げな目でロキを見た。
「何だか、取り込んでるみたいですけど、入ってもよろしいですか?」
部屋の外から声がして、エレナが部屋に入ろうとする気配がした。
次の瞬間には、ボーンは脱兎の如く身を翻し、
「ロキ、慎重に行動するんだぞ。」
と一言だけ残して窓から飛び出していた。まるで、イナゴの飛び立つような素早さだった。
「ボーンさんと言ってたように聞こえましたけど。」
部屋に入って来たエレナが不思議そうにロキに尋ねた。
「うん、部屋の中に居たのはボーンさんだったんだよお。」
「やはり、それでしたら、私少しお話ししてみたかったですわ。」
「うーん、とね。ボーンさんはあまりあちこちに顔や仕事が知れると困るみたいだよお。」
ロキは困ったように言った。
「でも、ボーンさんは確かサイレント・キッチンの所属なんでしょう。私が此処にいる事がラシャレーにバレてしまいはしないかしら。」
「黙っててくれるみたいだよお。去り際に、慎重に行動しろって言ってたから。」
「そうなのですか。話せる人なんですね。」
「うん、そうなんだよお。ハンベエの次に話せる人だよお。」
ロキはそう言って結んだ。
窓から飛び出したボーンは『キチン亭』の裏手に回った後、素知らぬ顔で立ち去ろうとしたが、路地裏に身を潜ませて『キチン亭』を窺っている人間がいる事に気づいた。
どうやら、ラシャレーに命じられてロキを監視しに来たサイレント・キッチンの部隊員のようだ。
ボーンとは面識がない隊員のようだが、自称腕利き諜報員のボーンの眼には一目瞭然であった。
ボーンは相手に目を合わさないようにして、懐から財布を出して中の金を確認し、大事そうにしまい直すと、妙にうきうきとした風情の足取りでその路地に向かい、口笛を吹きながらその男とすれ違った。
相手の男は全くボーンを気にも止めない様子である。恐らく、昼間っから何処かいい所へしけこむつもりのヒマ人か、いいご身分だぐらいに思ったのかも知れない。
ボーンはその油断仕切った男の後頭部に、すれ違いざま上段回し蹴りを食らわせた。男は無言で昏倒した。
「悪く思うなよ。まあ、向こうの原っぱで少し寝てろ。」
ボーンはそう呟くと、その男を肩に担いで立ち去った。同じサイレント・キッチンの隊員と目星をつけながら、その邪魔をしゃあしゃあとやってのけたボーン。ロキのためにやったという事なのだろう。
さて、すぐにでもタゴロロームに出立したいエレナとロキであったが、ロキからエレナにダメ出しが出た。
服が目立ち過ぎると言うのだ。なるほど、エレナの服は王宮で来ているドレスのようなヒラヒラしたものではないが、いかにも高そうな生地を使ってますよという臭みがあり、その貴族的風味も相まって、柄の悪い輩がうようよしているゲッソゴロロ街道を行くには不向きであるようだ。
ロキは、『キチン亭』の主人に頼み込み、ボーンの使用分も含めた宿代の上に、口止め料その他の金を出して、古着屋から服を買って来てもらった。
古着屋から買って来てもらったのは薄茶色の上下、上着は前を三段に紐で止める長袖の、野暮ったい見た目の代物である。
プロポーション抜群と云えば、この物語ではイザベラの形容詞として散々使い古したが、エレナも女性としてかなり均整の取れた体型をしており、ふくよかな胸はそのままにはしておけないので、サラシ・・・・・・のような物で締め上げて目立たないようにした。
髪は後ろで一まとめに縛り、同じくつばびろだが、かなり年季の入ったヨレヨレの帽子を被った。
変装なら、いっその事田舎娘にでも化けさせる手も有ったかも知れないのだが、男装路線は譲れないらしい。
最後に剣を吊して、装備完了。二人は大急ぎで『キチン亭』を飛び出した。
エレナの着て来た服はロキのツヅラの中にしまった。今回はツヅラが若干重いのだ。
飛ぶようにして、ゲッソリナからゲッソゴロロ街道との境までやって来ると、何人かの兵士が巡察している。その兵士達の中の一人がロキを見知っていたらしく、街道へ出ようと進んで来たロキ達に声を掛けて来た。
「ロキじゃないか。またタゴロロームに行商かい。今回は馬車じゃないのか?」
「行商、それどころじゃないんだよお。王女様が王宮を抜け出してタゴロロームに向かったって大騒ぎなんだよ。」
「おお、聞いてる聞いてる。何かスパルスとザーニックってごっつい二人組が慌てふためいて通ってったなあ。」
「その二人は王女様の身辺警護をしている人達だよお。オイラも王女様が心配で、これからタゴロロームに向かうんだよお。でも、王女様が居なくなったのは三日も前だって言うし、何か知らない?」
「その話はさっき聞いたよ。何やってたんだってどやされたところさ。全く寝耳に水の話でな。いつの間に抜け出てったのか、さっぱりよ。」
「そうなんだあ。ところで、兵隊さん達が物々しいけど、通行禁止なのお?」
「いや、今更通行禁止にゃならないよ。ところで、連れは何だか女みたいな奴だな。」
兵士が何気なしにエレナの方を見て言うと、ロキが真っ青になってその口を塞いだ。
「そんな事言ったらダメだよお。こいつもの凄く気にしてて、女みたいだなんて言われたら暴れ出しかねないんだから、この間も酒場で酔っぱらいに酌しろってからかわれて、そいつの腕を切り落としたらしいんだから。成りは小さいけど、滅法剣の腕が立って、気が短いんだから」
ロキは大慌ての様子で兵士に言った。エレナはパッと帽子を深く被り直して、顔を隠した。不自然な行動だが、それが逆に兵士に危ない奴っぽい印象を与えたらしい。
「ハンベエって奴といい、ロキ、お前の連れは物騒な奴ばかりだな。桑原、桑原、じゃあ又な。」
兵士はそう言ってロキ達から離れて行った。
こうして、ロキとエレナは難なくゲッソゴロロ街道へと出る事ができたのであった。
しばらく歩くと、エレナがクスクス笑いだした。
「ロキさんって、本当に役者です事。さっき兵士が私の事、女みたいだと言い出した時には、ドキドキして、どうしようかと思いましたわ。」
「あんな事は朝飯前だよお。伊達に世間の塵に塗れちゃあいないよお。」
王女に誉められ得意満面のロキであった。
『キチン亭』に戻るまでに何度も何度も振り返った。だがしかし、別段誰も追いかけて来ないようである。
ほっと胸を撫で下ろし、自分の部屋に向かうと、部屋の前に立っている人物がいる。つばびろの帽子で顔を隠し、薄い青色のシャツの上に赤いチョッキ、黄緑色のキュロットズボンを穿いて、腰には刃渡り六十センチ程の両刃の剣を吊している。男にしては少し小柄で、華奢に見えるその人物はかつて『キチン亭』にロキを訪れた時と同じ王女エレナの変装の姿だった。
実はロキがラシャレーに言った『三日前にタゴロロームに向かった』と言うのは嘘であった。エレナは今朝、護衛のスパルスとザーニックが騒ぎ出したのを確認して初めて王宮を抜け出したのであった。
では何故そんな手の込んだ真似をしたのか?・・・・・・その理由はいずれ明らかになるであろう。
ロキは少し驚いた様子で、
「部屋の中で待ってもらってた方が良かったよお。」
と言った。
「そうしようと思ったのですが、中に誰かいるようです。」
「え?」
エレナの言葉に、ロキは目を丸くしたが、直ぐに何かに思い当たったと見えて、部屋のドアを開けた。
寝台にボーンが腰掛けていた。
「はあい、例によって使わせてもらっているぜ。ところで、外にいる御仁は?」
とボーンはロキを見ると、意味深な笑みを浮かべて言った。
「さるやん事なき身分の人だよお。ボーンさん、もう顔を会わせたの?」
「いや、気配を感じていただけだが。」
「ボーンさんの顔がバレたら、都合が悪いんじゃないのお? オイラだったら、そこの窓から黙って姿を消すけどなあ。」
ロキはとぼけた調子で言った。
だが、ボーンはニヤニヤ笑いながら、
「確かに困るが、王女様を城外に連れ出すのもどうかと思うよ。確か宰相閣下が禁足指示出してなかったか?」
と返した。
「えー、バレバレなのお。困ったよお。だけど、ボーンさんも王女様に顔を見られてもいいのかなあ。」
「・・・・・・。やっぱり不味いかもしれん。しかし、王女様が危ない真似をするのをみすみす見過ごすのはな。俺としては・・・・・・」
「ボーンさんが未だにゲッソリナにいるという事は、こっちで任務中って事だね。差し当たって、ボーンさんがこっちで命令されている事は、きっとベルゼリット城の監視に違いないよお。」
王女エレナの足止めをしようというのか、消えようとしないボーンを、ロキは別口から攻める事にしたようだ。
ロキの言葉に図星を指されたボーンは探るようにロキのどんぐりマナコを見つめた。
どうにも、このロキという少年はやりにくい。ボーンとしては大人の立場から少年を諭そうとしているのだが、ロキの発言はその意表を突いて来る。ボーンの任務に触れたという事は、次に来るものは・・・・・・。
「王女様の監視はボーンさんの任務じゃないんでしょう。だったら、知らぬ顔をしていてもいいんじゃないのお。もし、邪魔されたらオイラ、ベルゼリット城に行ってボーンさんが嗅ぎ回ってるって叫んだりしちゃうかもお。」
とロキはニコニコしながら、小さな声で言った。
案の定である。ロキは早速ボーンに脅しを掛けて来た。全くこまっしゃくれた憎たらしい小僧っ子だ。
「大人をおちょくるような物言いは感心しないぜ、ロキ。」
それでも、ボーンは穏やかな口調で言った。
「オイラ、ボーンさんをおちょくったりしないよお。魚心に水心、強いばかりが能じゃない、情けは人の為ならず、善と悪とはあざなえる縄の如し、仕事熱心も時によりけり。・・・・・・っていう話をしてるだけだよお。」
「いや、俺が心配なのは、おまえに王女様が守り切れるかって事だ。王女様にもしもの事があったら、ロキも無事には済まないぞ。」
「王女様の事なら、命を賭けて守ってみせるよお。人間死ぬ気になれば、中々死なないものだよお。」
ロキは大真面目でボーンの大人の発言に対抗してまくし立てた。発言内容が若干支離滅裂、意味不明なのはご愛嬌。
(はてさて、ハンベエに出会ってからというもの、簡単に命懸けになる輩とのやりとりの多い事よ。)
ボーンはやれやれとため息を吐く思いで、妙に愛情深げな目でロキを見た。
「何だか、取り込んでるみたいですけど、入ってもよろしいですか?」
部屋の外から声がして、エレナが部屋に入ろうとする気配がした。
次の瞬間には、ボーンは脱兎の如く身を翻し、
「ロキ、慎重に行動するんだぞ。」
と一言だけ残して窓から飛び出していた。まるで、イナゴの飛び立つような素早さだった。
「ボーンさんと言ってたように聞こえましたけど。」
部屋に入って来たエレナが不思議そうにロキに尋ねた。
「うん、部屋の中に居たのはボーンさんだったんだよお。」
「やはり、それでしたら、私少しお話ししてみたかったですわ。」
「うーん、とね。ボーンさんはあまりあちこちに顔や仕事が知れると困るみたいだよお。」
ロキは困ったように言った。
「でも、ボーンさんは確かサイレント・キッチンの所属なんでしょう。私が此処にいる事がラシャレーにバレてしまいはしないかしら。」
「黙っててくれるみたいだよお。去り際に、慎重に行動しろって言ってたから。」
「そうなのですか。話せる人なんですね。」
「うん、そうなんだよお。ハンベエの次に話せる人だよお。」
ロキはそう言って結んだ。
窓から飛び出したボーンは『キチン亭』の裏手に回った後、素知らぬ顔で立ち去ろうとしたが、路地裏に身を潜ませて『キチン亭』を窺っている人間がいる事に気づいた。
どうやら、ラシャレーに命じられてロキを監視しに来たサイレント・キッチンの部隊員のようだ。
ボーンとは面識がない隊員のようだが、自称腕利き諜報員のボーンの眼には一目瞭然であった。
ボーンは相手に目を合わさないようにして、懐から財布を出して中の金を確認し、大事そうにしまい直すと、妙にうきうきとした風情の足取りでその路地に向かい、口笛を吹きながらその男とすれ違った。
相手の男は全くボーンを気にも止めない様子である。恐らく、昼間っから何処かいい所へしけこむつもりのヒマ人か、いいご身分だぐらいに思ったのかも知れない。
ボーンはその油断仕切った男の後頭部に、すれ違いざま上段回し蹴りを食らわせた。男は無言で昏倒した。
「悪く思うなよ。まあ、向こうの原っぱで少し寝てろ。」
ボーンはそう呟くと、その男を肩に担いで立ち去った。同じサイレント・キッチンの隊員と目星をつけながら、その邪魔をしゃあしゃあとやってのけたボーン。ロキのためにやったという事なのだろう。
さて、すぐにでもタゴロロームに出立したいエレナとロキであったが、ロキからエレナにダメ出しが出た。
服が目立ち過ぎると言うのだ。なるほど、エレナの服は王宮で来ているドレスのようなヒラヒラしたものではないが、いかにも高そうな生地を使ってますよという臭みがあり、その貴族的風味も相まって、柄の悪い輩がうようよしているゲッソゴロロ街道を行くには不向きであるようだ。
ロキは、『キチン亭』の主人に頼み込み、ボーンの使用分も含めた宿代の上に、口止め料その他の金を出して、古着屋から服を買って来てもらった。
古着屋から買って来てもらったのは薄茶色の上下、上着は前を三段に紐で止める長袖の、野暮ったい見た目の代物である。
プロポーション抜群と云えば、この物語ではイザベラの形容詞として散々使い古したが、エレナも女性としてかなり均整の取れた体型をしており、ふくよかな胸はそのままにはしておけないので、サラシ・・・・・・のような物で締め上げて目立たないようにした。
髪は後ろで一まとめに縛り、同じくつばびろだが、かなり年季の入ったヨレヨレの帽子を被った。
変装なら、いっその事田舎娘にでも化けさせる手も有ったかも知れないのだが、男装路線は譲れないらしい。
最後に剣を吊して、装備完了。二人は大急ぎで『キチン亭』を飛び出した。
エレナの着て来た服はロキのツヅラの中にしまった。今回はツヅラが若干重いのだ。
飛ぶようにして、ゲッソリナからゲッソゴロロ街道との境までやって来ると、何人かの兵士が巡察している。その兵士達の中の一人がロキを見知っていたらしく、街道へ出ようと進んで来たロキ達に声を掛けて来た。
「ロキじゃないか。またタゴロロームに行商かい。今回は馬車じゃないのか?」
「行商、それどころじゃないんだよお。王女様が王宮を抜け出してタゴロロームに向かったって大騒ぎなんだよ。」
「おお、聞いてる聞いてる。何かスパルスとザーニックってごっつい二人組が慌てふためいて通ってったなあ。」
「その二人は王女様の身辺警護をしている人達だよお。オイラも王女様が心配で、これからタゴロロームに向かうんだよお。でも、王女様が居なくなったのは三日も前だって言うし、何か知らない?」
「その話はさっき聞いたよ。何やってたんだってどやされたところさ。全く寝耳に水の話でな。いつの間に抜け出てったのか、さっぱりよ。」
「そうなんだあ。ところで、兵隊さん達が物々しいけど、通行禁止なのお?」
「いや、今更通行禁止にゃならないよ。ところで、連れは何だか女みたいな奴だな。」
兵士が何気なしにエレナの方を見て言うと、ロキが真っ青になってその口を塞いだ。
「そんな事言ったらダメだよお。こいつもの凄く気にしてて、女みたいだなんて言われたら暴れ出しかねないんだから、この間も酒場で酔っぱらいに酌しろってからかわれて、そいつの腕を切り落としたらしいんだから。成りは小さいけど、滅法剣の腕が立って、気が短いんだから」
ロキは大慌ての様子で兵士に言った。エレナはパッと帽子を深く被り直して、顔を隠した。不自然な行動だが、それが逆に兵士に危ない奴っぽい印象を与えたらしい。
「ハンベエって奴といい、ロキ、お前の連れは物騒な奴ばかりだな。桑原、桑原、じゃあ又な。」
兵士はそう言ってロキ達から離れて行った。
こうして、ロキとエレナは難なくゲッソゴロロ街道へと出る事ができたのであった。
しばらく歩くと、エレナがクスクス笑いだした。
「ロキさんって、本当に役者です事。さっき兵士が私の事、女みたいだと言い出した時には、ドキドキして、どうしようかと思いましたわ。」
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