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六十七 呉越同舟、時化の中
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守備軍陣地の正面入り口から見える物見櫓。モルフィネスはエレナをバンケルクの軟禁から解き放って、その場所へ急いでいるのだが、櫓の上ではロキとイザベラが物見台上の囲いに身を潜めて、話をしていた。
漸く、ハンベエとドルバスが早朝ハナハナ山に向けて去って行った処まで話し終えたばかりである。
「じゃあ、ハンベエは襲撃して来た二百人もの兵士達を逆に全滅させちゃったわけなんだあ。」
「そういう事だね。楽しませてもらってるけど、恐ろしい男だよ。」
「でも、ハンベエの背後でイザベラが糸を引いていたなんてびっくりしたよお。」
「・・・・・・背後で糸を引いていたなんて、アタシを黒幕みたいに言わないでもらいたいね。あたしは頼まれてちょっと手を貸しただけ、首謀者で悪の張本人はハンベエなんだからね。」
二人は体を寄せあって、極く小さな声で話している。いや、どちらかと言えば、イザベラがロキに身をすり寄せていると言った感じなのであるが。
普通に会話しているように見えるが、未だロキはイザベラに全面的な信頼は寄せていなかった。どちらかといえば、最初に感じた魔女か何かの類という印象を強めており、あんまり側に居たくないのが本音である。それは別にしても、今の状態はロキに言わせれば、『イザベラ、ちょっと顔近過ぎ』といったところである。
しかし、全面的に信頼していないとは言っても、今の状況では、イザベラのようなおっかない人物が味方として側にいるのは心強い事ではある。第一、イザベラが敵に回っていた場合を考えただけで、ロキも顔色が蒼くなったろう。
イザベラは、刃物で櫓の壁に穴を穿って覗き穴を作っていた。二人は顔を並べて穴から守備軍陣地を窺いながら、会話しているのであった。
「しっかし、やっぱりハンベエだよねえ。間違いなく闘神の生まれ変わりだよ。デタラメなくらい強いよお。」
「ふん、確かに強い男だね。途中ヒヤリとする場面もあったけど。」
「ヒヤリとする場面?」
「襲撃していた連中の中から、一人妙な奴が出て来て、ハンベエと一対一の闘いになったんだけどね。少しばかりてこずったようだね。」
「ふーん、まさかハンベエ負けそうになったの?」
「さあ、どの程度ヤバかったのかは当人に聞いてみないと分からないけど、見た事もない剣技を使う奴で、三太刀ほど斬り付けられていたよ。紙一重で躱したみたいだったけど。」
「で、どうなったのお?」
「なあに、最後はハンベエがそいつの頭を真っ二つさ。ロキの大好きなハンベエはやっぱり強かったって落ちだよ。」
「そいつ、どんな奴?」
「遠目だけど、何だか禍々しい雰囲気の・・・・・・死神か何かを感じさせるような男だった。随分人を殺してきたに違いないね。そうそう、左の頬にでっかい傷があったねえ。」
イザベラのその言葉を聞くと、ロキはくくと声を殺して笑った。すこぶる満足そうである。
「なんだい、急に気持ちの悪い笑いを浮かべて。」
「ハンベエ最高。遠く離れていても、オイラの期待を絶対裏切らない。」
「何の事だい?」
「ええとね、その顔に傷のある男だけど、王女様の従者を斬った奴に間違いないよ。やっぱり、オイラの言ったとおりだった。ハンベエに勝てる奴なんか誰もいないんだよお。」
「・・・・・・何の事やら。ん?」
突然、イザベラが眉をひそめて黙った。耳を澄ませているようだ。
イザベラのただならぬ様子に、ロキはその横顔を見ていたが、ボソッと言った。
「イザベラ、どうしたの? 難しい顔して。・・・・・・まさか、おしっこ行きたいとか。」
「・・・・・・殺すよ。」
「いや、場を和ませようとしたんだよお。それに、女の人は我慢がきかないって言うし・・・・・・。」
「ハンベエといい、ロキといい、時々、緊張感ぶち壊しの発言するねえ。それより、櫓の下に誰か来たようだよ。会話の内容から、一人はスパルスって奴みたいだね。」
「え? オイラ何も分からないけど。」
「陣地の正面入り口とは別方向から来たようだね。んん・・・・・・。」
「どうしたの。」
「下の奴の会話だと、もうすぐモルフィネスが王女を連れて、この下に来るらしい。」
「ええ? どうなってるのお? イザベラ、何でそんな事が分かるの、魔法か何か使ったのお?」
「魔法。ふん、馬鹿馬鹿しい。あたしは人よりちょっとばかし耳が良くってね。下で話している連中の会話が聞こえただけだよ。」
イザベラは口を歪めて答えたが、直ぐに優しげな笑みを浮かべてロキを見つめた。
「まあ、王女の身に何か有ったらしいけど、無事らしいし、間もなく此処に来るようだ。良かったね、ロキ。」
そう言って微笑むイザベラの顔は、普通の優しげな姉貴分を思わせるのだか、イザベラの正体を知っているロキには、何かを企む魔女の笑いのように見えて、素直に受け容れられない様子だ。
「王女様が来るのお。イザベラはどうするのお?」
「どうするって。ハンベエに頼まれてるから、ハナハナ山まではロキの側にいるつもりだけど。」
「えー、王女様が来るんだよお。顔合わせるとマズいでしょお。」
「さあね。王女がどんな顔をするか楽しみだねえ。」
「・・・・・・。」
「降りた方が良さそうだね。行くよ。」
櫓の下には、イザベラが言っていたように、スパルスを救い出したクラックとエレナを解放したモルフィネス、一旦二手に別れた群狼隊残党が合流したところであった。エレナはモルフィネスから自分の剣を受け取ったらしく、腰に帯びていた。
「一応、礼を言っておきます。ところで、あなたは一体?」
スパルスの無事を見て、一安心したのか、エレナがモルフィネスに尋ねた。
「私の名はモルフィネスと言います。あなたのお知り合いのハンベエの敵ですよ。」
モルフィネスは無表情に言った。整った顔立ちが殊更冷淡さに拍車をかける。王女に対しても、冷酷非情のポーズを崩さないようだ。
追放処分になった時も、群狼隊の忠誠に感激した時も、このポーズを崩しはしなかった。この期に至っても、善人ぶるでもなく、己の冷徹な雰囲気を貫き通すとは。筋金入りのスタイリストっぷりは大したものである。
「モルフィネス・・・・・・さて、バンケルク将軍の懐刀で、冷酷な策士と聞いていますが、どういう風の吹き回しかしら。」
エレナは皮肉っぽい口調になって言った。モルフィネスと聞いて、心中穏やかでないようだ。
「将軍の懐刀は今朝ほどお払い箱になりましてね。冷酷な策士とは恐れ入りますが、姫を救けたのは只の気紛れとでも思っていただきましょうか。」
「気紛れ。・・・・・・助けてもらって、こんな事を言うのもなんですが、あなたは何だか信用できない人間のような気がします。」
この辺りは、やはりエレナはお姫様という処であろうか。普通に育った人間は初対面のしかも危難を救ってもらった人間にいきなり、『信用できない』なんて口が裂けたって言いやしない。『お姫様』感覚を露呈してしまった面目躍如の一言である。
「如何に王女様とはいえ、危険を冒してお救いしたモルフィネス元参謀に対して、あまりにも非礼ではありませんか。」
堪らず、クラックが抗議した。
「そうですね。失礼しました。ごめんなさい。」
エレナはケロッとした様子で詫びた。
尚も抗議しようとするクラックをモルフィネスが手で制した時、物見櫓の登り口の扉が開いた。
一同がハッとして、注目した場所には、ちょっとバツ悪そうな表情のロキ、そして、その後ろにイザベラがいたずらっぽい笑みを浮かべて立っていた。
エレナはロキの姿に一瞬目を輝かせたが、その背後のイザベラに気付いた瞬間、腰の剣に手をやり身構えた。
エレナは剣の柄に手をかけたまま、厳しい眼でイザベラを見据えている。自分の命を狙った人間だ、忘れるはずもない。だが、イザベラは、そんなエレナをいたずらっぽい微笑みを浮かべて見返していた。今にもウインクでもしそうな涼しい態度だ。
最初、エレナはロキがイザベラに刃物でも突き付けられて脅されているのではないか、と疑っていたが、そんな様子もない。それどころか、二人はどちらかと云えば、親しげな雰囲気だ。
「ロキさん、ちょっとよろしいかしら。」
とエレナは不信感丸出しの表情で、ロキを一同から離れた場所に誘った。ロキは泣き出しそうな困惑顔でエレナに付いて行く。
「一体どういう事なのですか? あの人は以前私に危害を加えようとした人に瓜二つなのですけど。」
押さえ気味だが、不快の念を隠しきれないエレナの口調である。無類の太陽児で、人を食ってるロキも半べそになっている。
「えーと、王女様。あの女は今はマリアと名乗っていて、王女様の命を狙うのは止めて、ハンベエの味方になっていて、今現在は敵じゃないんだよお。詳しい話はまた後でするよお。とにかく、今は敵に回さない方が無難だと思うよお。何と言っても恐ろしい力を持ってる女だからあ。」
ロキは今にも泣きそうな顔のまま、しどろもどろで言った。
エレナはそのロキの様子を見ると、やれやれといった風に眉を八の字にし、
「そうですね。私の方も風雲急を告げている処ですので、後刻ゆっくり聞かせていただく事にするわ。詳しい話とやらを。」
と言って櫓の下に戻った。
二人の様子をイザベラは含み笑いを浮かべながら、横目に見ていた。いかにもしたたかな女と感じさせる貫禄である。
「いつぞやは結構なもてなしをいただきましたわね。牢に入ったままのシンバの分も含めて、お礼をしたいと思いますが。それは又いずれ。」
エレナは作り笑顔でイザベラに言った。皮肉っぽさ度沸点である。イザベラは何も言わずに、エレナを微笑みを浮かべたまま見つめている。
「姫、知り合いの人ですか?」
エレナ襲撃事件の現場に居合わせておらず、全く事情を知らないスパルスがエレナに言った。空気の読めない奴は強いぜ。
「そうね。ちょっとした。」
エレナは素っ気なく答えた。
「さて、姫には急いでゲッソリナに帰る事をお勧めして、此処で別れる事としましょうか。」
モルフィネスがエレナに向かって言った。元々の思案はどうであったかは解らないが、『信用できない』と言われた身にしてみれば、自然な対応である。
「待って下さい。モルフィネスさん達はどうするつもりなのです。」
「私はタゴロローム守備軍からお払い箱になった身、ゲッソリナを通って一旦領地に帰るつもりですが。」
「それでしたら、一緒に参りましょう。あなたにも聞きたい事がありますから。それにハナハナ山には第五連隊が陣取る事になると聞いてますから、私と一緒の方があなた方も安全なはずです。」
「なるほど、ではご一緒しますか。何はともあれ、将軍が更に血迷って追っ手を掛けて来る可能性があるので、急ぐとしましょう。」
エレナの提案にモルフィネスはそう答えると、さっさと歩き出した。
群狼隊兵士が直ぐにモルフィネスに続き、エレナ、スパルス、ロキがその後を、そして、一歩離れてイザベラがニヤニヤしながら歩き出した。
現在の状況。エレナとイザベラ、敵対関係。エレナとロキ、不協和音。エレナとモルフィネス、冷戦状態。ロキとスパルス、冷戦状態。イザベラとモルフィネス、潜在的敵対関係。ロキとイザベラ、不明。おっと、ロキとモルフィネス、当然敵対関係。
それぞれ、バラバラの思惑を胸に、タゴロローム守備軍の追っ手の危険から逃れるという一点で合致して、一同は急ぎゲッソリナ方向へ進み始めた。
漸く、ハンベエとドルバスが早朝ハナハナ山に向けて去って行った処まで話し終えたばかりである。
「じゃあ、ハンベエは襲撃して来た二百人もの兵士達を逆に全滅させちゃったわけなんだあ。」
「そういう事だね。楽しませてもらってるけど、恐ろしい男だよ。」
「でも、ハンベエの背後でイザベラが糸を引いていたなんてびっくりしたよお。」
「・・・・・・背後で糸を引いていたなんて、アタシを黒幕みたいに言わないでもらいたいね。あたしは頼まれてちょっと手を貸しただけ、首謀者で悪の張本人はハンベエなんだからね。」
二人は体を寄せあって、極く小さな声で話している。いや、どちらかと言えば、イザベラがロキに身をすり寄せていると言った感じなのであるが。
普通に会話しているように見えるが、未だロキはイザベラに全面的な信頼は寄せていなかった。どちらかといえば、最初に感じた魔女か何かの類という印象を強めており、あんまり側に居たくないのが本音である。それは別にしても、今の状態はロキに言わせれば、『イザベラ、ちょっと顔近過ぎ』といったところである。
しかし、全面的に信頼していないとは言っても、今の状況では、イザベラのようなおっかない人物が味方として側にいるのは心強い事ではある。第一、イザベラが敵に回っていた場合を考えただけで、ロキも顔色が蒼くなったろう。
イザベラは、刃物で櫓の壁に穴を穿って覗き穴を作っていた。二人は顔を並べて穴から守備軍陣地を窺いながら、会話しているのであった。
「しっかし、やっぱりハンベエだよねえ。間違いなく闘神の生まれ変わりだよ。デタラメなくらい強いよお。」
「ふん、確かに強い男だね。途中ヒヤリとする場面もあったけど。」
「ヒヤリとする場面?」
「襲撃していた連中の中から、一人妙な奴が出て来て、ハンベエと一対一の闘いになったんだけどね。少しばかりてこずったようだね。」
「ふーん、まさかハンベエ負けそうになったの?」
「さあ、どの程度ヤバかったのかは当人に聞いてみないと分からないけど、見た事もない剣技を使う奴で、三太刀ほど斬り付けられていたよ。紙一重で躱したみたいだったけど。」
「で、どうなったのお?」
「なあに、最後はハンベエがそいつの頭を真っ二つさ。ロキの大好きなハンベエはやっぱり強かったって落ちだよ。」
「そいつ、どんな奴?」
「遠目だけど、何だか禍々しい雰囲気の・・・・・・死神か何かを感じさせるような男だった。随分人を殺してきたに違いないね。そうそう、左の頬にでっかい傷があったねえ。」
イザベラのその言葉を聞くと、ロキはくくと声を殺して笑った。すこぶる満足そうである。
「なんだい、急に気持ちの悪い笑いを浮かべて。」
「ハンベエ最高。遠く離れていても、オイラの期待を絶対裏切らない。」
「何の事だい?」
「ええとね、その顔に傷のある男だけど、王女様の従者を斬った奴に間違いないよ。やっぱり、オイラの言ったとおりだった。ハンベエに勝てる奴なんか誰もいないんだよお。」
「・・・・・・何の事やら。ん?」
突然、イザベラが眉をひそめて黙った。耳を澄ませているようだ。
イザベラのただならぬ様子に、ロキはその横顔を見ていたが、ボソッと言った。
「イザベラ、どうしたの? 難しい顔して。・・・・・・まさか、おしっこ行きたいとか。」
「・・・・・・殺すよ。」
「いや、場を和ませようとしたんだよお。それに、女の人は我慢がきかないって言うし・・・・・・。」
「ハンベエといい、ロキといい、時々、緊張感ぶち壊しの発言するねえ。それより、櫓の下に誰か来たようだよ。会話の内容から、一人はスパルスって奴みたいだね。」
「え? オイラ何も分からないけど。」
「陣地の正面入り口とは別方向から来たようだね。んん・・・・・・。」
「どうしたの。」
「下の奴の会話だと、もうすぐモルフィネスが王女を連れて、この下に来るらしい。」
「ええ? どうなってるのお? イザベラ、何でそんな事が分かるの、魔法か何か使ったのお?」
「魔法。ふん、馬鹿馬鹿しい。あたしは人よりちょっとばかし耳が良くってね。下で話している連中の会話が聞こえただけだよ。」
イザベラは口を歪めて答えたが、直ぐに優しげな笑みを浮かべてロキを見つめた。
「まあ、王女の身に何か有ったらしいけど、無事らしいし、間もなく此処に来るようだ。良かったね、ロキ。」
そう言って微笑むイザベラの顔は、普通の優しげな姉貴分を思わせるのだか、イザベラの正体を知っているロキには、何かを企む魔女の笑いのように見えて、素直に受け容れられない様子だ。
「王女様が来るのお。イザベラはどうするのお?」
「どうするって。ハンベエに頼まれてるから、ハナハナ山まではロキの側にいるつもりだけど。」
「えー、王女様が来るんだよお。顔合わせるとマズいでしょお。」
「さあね。王女がどんな顔をするか楽しみだねえ。」
「・・・・・・。」
「降りた方が良さそうだね。行くよ。」
櫓の下には、イザベラが言っていたように、スパルスを救い出したクラックとエレナを解放したモルフィネス、一旦二手に別れた群狼隊残党が合流したところであった。エレナはモルフィネスから自分の剣を受け取ったらしく、腰に帯びていた。
「一応、礼を言っておきます。ところで、あなたは一体?」
スパルスの無事を見て、一安心したのか、エレナがモルフィネスに尋ねた。
「私の名はモルフィネスと言います。あなたのお知り合いのハンベエの敵ですよ。」
モルフィネスは無表情に言った。整った顔立ちが殊更冷淡さに拍車をかける。王女に対しても、冷酷非情のポーズを崩さないようだ。
追放処分になった時も、群狼隊の忠誠に感激した時も、このポーズを崩しはしなかった。この期に至っても、善人ぶるでもなく、己の冷徹な雰囲気を貫き通すとは。筋金入りのスタイリストっぷりは大したものである。
「モルフィネス・・・・・・さて、バンケルク将軍の懐刀で、冷酷な策士と聞いていますが、どういう風の吹き回しかしら。」
エレナは皮肉っぽい口調になって言った。モルフィネスと聞いて、心中穏やかでないようだ。
「将軍の懐刀は今朝ほどお払い箱になりましてね。冷酷な策士とは恐れ入りますが、姫を救けたのは只の気紛れとでも思っていただきましょうか。」
「気紛れ。・・・・・・助けてもらって、こんな事を言うのもなんですが、あなたは何だか信用できない人間のような気がします。」
この辺りは、やはりエレナはお姫様という処であろうか。普通に育った人間は初対面のしかも危難を救ってもらった人間にいきなり、『信用できない』なんて口が裂けたって言いやしない。『お姫様』感覚を露呈してしまった面目躍如の一言である。
「如何に王女様とはいえ、危険を冒してお救いしたモルフィネス元参謀に対して、あまりにも非礼ではありませんか。」
堪らず、クラックが抗議した。
「そうですね。失礼しました。ごめんなさい。」
エレナはケロッとした様子で詫びた。
尚も抗議しようとするクラックをモルフィネスが手で制した時、物見櫓の登り口の扉が開いた。
一同がハッとして、注目した場所には、ちょっとバツ悪そうな表情のロキ、そして、その後ろにイザベラがいたずらっぽい笑みを浮かべて立っていた。
エレナはロキの姿に一瞬目を輝かせたが、その背後のイザベラに気付いた瞬間、腰の剣に手をやり身構えた。
エレナは剣の柄に手をかけたまま、厳しい眼でイザベラを見据えている。自分の命を狙った人間だ、忘れるはずもない。だが、イザベラは、そんなエレナをいたずらっぽい微笑みを浮かべて見返していた。今にもウインクでもしそうな涼しい態度だ。
最初、エレナはロキがイザベラに刃物でも突き付けられて脅されているのではないか、と疑っていたが、そんな様子もない。それどころか、二人はどちらかと云えば、親しげな雰囲気だ。
「ロキさん、ちょっとよろしいかしら。」
とエレナは不信感丸出しの表情で、ロキを一同から離れた場所に誘った。ロキは泣き出しそうな困惑顔でエレナに付いて行く。
「一体どういう事なのですか? あの人は以前私に危害を加えようとした人に瓜二つなのですけど。」
押さえ気味だが、不快の念を隠しきれないエレナの口調である。無類の太陽児で、人を食ってるロキも半べそになっている。
「えーと、王女様。あの女は今はマリアと名乗っていて、王女様の命を狙うのは止めて、ハンベエの味方になっていて、今現在は敵じゃないんだよお。詳しい話はまた後でするよお。とにかく、今は敵に回さない方が無難だと思うよお。何と言っても恐ろしい力を持ってる女だからあ。」
ロキは今にも泣きそうな顔のまま、しどろもどろで言った。
エレナはそのロキの様子を見ると、やれやれといった風に眉を八の字にし、
「そうですね。私の方も風雲急を告げている処ですので、後刻ゆっくり聞かせていただく事にするわ。詳しい話とやらを。」
と言って櫓の下に戻った。
二人の様子をイザベラは含み笑いを浮かべながら、横目に見ていた。いかにもしたたかな女と感じさせる貫禄である。
「いつぞやは結構なもてなしをいただきましたわね。牢に入ったままのシンバの分も含めて、お礼をしたいと思いますが。それは又いずれ。」
エレナは作り笑顔でイザベラに言った。皮肉っぽさ度沸点である。イザベラは何も言わずに、エレナを微笑みを浮かべたまま見つめている。
「姫、知り合いの人ですか?」
エレナ襲撃事件の現場に居合わせておらず、全く事情を知らないスパルスがエレナに言った。空気の読めない奴は強いぜ。
「そうね。ちょっとした。」
エレナは素っ気なく答えた。
「さて、姫には急いでゲッソリナに帰る事をお勧めして、此処で別れる事としましょうか。」
モルフィネスがエレナに向かって言った。元々の思案はどうであったかは解らないが、『信用できない』と言われた身にしてみれば、自然な対応である。
「待って下さい。モルフィネスさん達はどうするつもりなのです。」
「私はタゴロローム守備軍からお払い箱になった身、ゲッソリナを通って一旦領地に帰るつもりですが。」
「それでしたら、一緒に参りましょう。あなたにも聞きたい事がありますから。それにハナハナ山には第五連隊が陣取る事になると聞いてますから、私と一緒の方があなた方も安全なはずです。」
「なるほど、ではご一緒しますか。何はともあれ、将軍が更に血迷って追っ手を掛けて来る可能性があるので、急ぐとしましょう。」
エレナの提案にモルフィネスはそう答えると、さっさと歩き出した。
群狼隊兵士が直ぐにモルフィネスに続き、エレナ、スパルス、ロキがその後を、そして、一歩離れてイザベラがニヤニヤしながら歩き出した。
現在の状況。エレナとイザベラ、敵対関係。エレナとロキ、不協和音。エレナとモルフィネス、冷戦状態。ロキとスパルス、冷戦状態。イザベラとモルフィネス、潜在的敵対関係。ロキとイザベラ、不明。おっと、ロキとモルフィネス、当然敵対関係。
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