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七十二 正しい道など有りゃしねえ
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「墓穴を掘る?」
ハンベエの辛辣な言葉にエレナは驚いたように眼を見開いた。打って変わって不安の色を顕にしている。
「今、タゴロロームからひっきりなしに兵士達がこちら側に寝返って来ている。もうちょっと増えたら、逆に奴を叩き潰してやれるというものだ。モルフィネスもいない事だし、随分とこっちに有利になった。」
エレナの胸中を知ってか知らずか、ハンベエは冷ややかに言った。
叩き潰す、というハンベエの穏やかならぬ言葉を聞き、エレナの顔が一瞬にして蒼白になった。
「まさか、ハンベエさんは、バンケルク将軍を殺す気なのですか。」
エレナは動揺し切った震える声で言った。想像もしていなかったようだ。狼狽えている。
「そう云えば、王女はバンケルクの弟子だったな。バンケルクと俺、いや第五連隊は抜き差しならない処まで来ている。王女には悪いが、俺はバンケルクを生かしちゃおかねえ。」
ハンベエは無愛想極まりない仏頂面で言った。取りつく島もないとは、今のハンベエの態度である。
エレナは無情冷酷とも思えるハンベエの顔をしばしじっと見つめていたが、やがて、呼吸を落ち着けて穏やかに言った。
「ハンベエさんは、将軍を誤解しています。将軍は悪い人ではないのです。」
「悪い人ではない?・・・・・・王女よ、第五連隊がどういう目に逢ったか教えてやろう。」
「いえ、今回タゴロローム守備軍がどのような作戦を取ったのかは、ロキさんからも聞き、あらましは知っています。」
「奴は、俺達を逃げ場の無い、敵の真っ只中に、放り出して、撤退さえさせずに嬲り殺しにさせたんだぞ。」
「それは誤解です。将軍は撤退命令を出したと言いました。」
「ふん、俺とコーデリアス閣下が司令部を訪れた時も、そんな白々しい事を言っていたな。せせら笑いながら、ぬけぬけと嘘っぱちをな。」
「嘘っぱち・・・・・・ハンベエさんは将軍が嘘を言っていると仰るのですか?」
エレナの額にじわりと汗が滲んだ。
「逆に聞く、王女はバンケルクのその言葉が本当だと思っているのかい。」
「そ、それは・・・・・・」
エレナは思わず口籠もってしまった。
久し振りに会ったバンケルクはエレナの知っている人柄とは思えなかった。別人とさえ思えた。心を許したはずのエレナでさえ、不信感を抱かざるを得ない実に面妖な態度、雰囲気であったのだ。
ハンベエに自分自身に生じたバンケルクに対する疑いの心を言い当てられたように感じ、エレナは酷く動揺した。
何かに助けを求めるように、ハンベエから視線を反らせ、ふらふらと漂わせた。心配そうに二人を見つめるロキの顔が其処にあった。
「ロキさん、あなたはどう思います。将軍が嘘を言っていると思いますか?」
エレナはロキに助け船を求めた。
ロキは困ったような顔をし、急に腕組みをして目を閉じたが、直ぐに目を開いて言った。
「王女様の信頼する将軍を悪く言いたくはないけれど、オイラはもう将軍は信じられないよお。ハンベエを信じるよお」
声音こそ柔らかであったが、にべもないロキの返事であった。
ロキは気まずそうに、その一方で心配げにエレナを見つめて、逆にエレナに質問した。
「将軍は王女様にまで、軟禁などという信じられない真似をしたんだよねえ。さっき少し諍いが有ったって言ったけどお、何が有ったのお?」
「それは・・・・・・。」
エレナは再び口籠もった。針の先ほども意識しなかった事であるが、イザベラの一件を隠していた事で、此処に来るまでは、後ろめたさと申し訳なさで半べそになっていたロキが今度はエレナの痛い処を突いてしまっていた。人間における立場の微妙な入れ代わりは皮肉であり、ある種滑稽でもある。
ロキの問いに、エレナは話そうか話すまいか、大いに悩んでいる様子で俯いた。
ハンベエはその様子を黙って腕組みをして見ている。目の前で煩悶するエレナの話を別に聞きたそうでもないように見えるのは気のせいだろうか? この若者の心底も時々分からないところがある。あるいは何も考えていないのかも知れない。
この席にはイザベラもいたが、イザベラは最初から何も言わず影のように静まり返っていた。タゴロロームでエレナと顔を会わせた時は、不敵な微笑みを浮かべていたが、今はただ神妙な顔をして成り行きを見守っている。何だか反って怖いものがある。
重苦しい空気の中四人は押し黙っていたが、漸く意を決したようにエレナが顔を上げ話し始めた。
「元々、バンケルク将軍は私の剣の師でありました。実は、私、六年前にある事件がきっかけで心の病にかかりましたの。生きているのも辛い毎日でした。」
告白めいたエレナの言葉をハンベエはやはり黙然と聞いた。ある事件と言った時、ロキが何の事件なのか聞きたそうな表情をしたが、ハンベエが目でそれを制した。
「そんな時、私の気鬱を散じてくれたのが剣の道でした。バンケルク将軍は私に手取り足取り剣のいろはを教えてくれました。その日々を通じて漸く私の気鬱の病も収まったのです。言わば将軍は私の命の恩人でもあります。」
ここまで喋って、エレナは一旦言葉を切り、ロキに目をやった。
「ロキさん、初めてあなたに出会った時、あなたは将軍の手紙を私に届けてくれましたね。あの手紙には私に殺し屋が差し向けられた事が書かれていたのですが、私にとってはもっと重要な事が書かれていたのです。」
エレナがこう言うと、ロキはどんぐりマナコをさらに丸くしてエレナを見つめた。ハンベエはと言えば、腕組みのまま、相変わらず無愛想な顔をしている。
「将軍に求婚されたのです。元より、私は将軍をお慕いしていましたから、少なからず嬉しく思いました。ただ、私は結婚などして良いものか、私のような者が将軍の妻になって良いものかと、踏ん切りがつきませんでした。それで、ロキさんに持たせた手紙には将軍に思案の時間をいただくよう書いたのです。」
(私のような者?・・・・・・。)
エレナの言葉にハンベエはふと首を捻った。
エレナは王女であり、バンケルクは一介の将軍に過ぎない。幾らエレナが謙虚な性格だとしても、王女が将軍に求婚されて、『私のような者』とはへり下り過ぎである。
ハンベエは甚だ奇異に感じたが、この男の癖で無表情に聞いているだけである。エレナとはどういうわけか、出会った時から素直に話す事ができないハンベエであった。いや、山を降りてから、話をした女人はエレナとイザベラくらいであり、この若者、女性と気さくに話すという事が未だ器用にできないのかも知れない。
ただ、何故バンケルクの使者にロキが選ばれたのか初めて分かったように思えた。流石にバンケルクもそのような手紙が部下に盗み見られる事を懸念したのであろう。
「将軍との諍いは・・・・・・第五連隊に対する扱いや、ハンベエさんに対する処遇についてでした。第五連隊については戦略上の問題という説明でしたが、ハンベエさんについては納得のいく説明はありませんでした。・・・・・・私には、何故将軍があれほどハンベエさんを憎むのか分かりません。」
エレナはバンケルクがハンベエを憎む理由が分からないと言ったが、実のところは『嫉妬』によるものだと薄らと感じていた。だが、彼女の身からはそんな事は口が裂けても言えるものではなかった。
「将軍は、ハンベエさんはタゴロロームの兵士を二百人も殺戮したと言いました。本当の事でしょうか?」
「確かに。」
ハンベエはぶっきらぼうに答えた。
「何故そんな事になったのですか?」
「何故も何も、最初言ったとおり、俺とバンケルクは最早抜き差しならないとこまで来ている。奴が俺を殺させようと差し向けたから、返り討ちにしたまでの事。もっとも逃げようと思えば逃げれたが、俺は人を殺すのは嫌いじゃないのでね、逃げずに相手になってやったのさ。」
人を殺すのは嫌いじゃない、この人は何故こんな物言いをするのだろう、とエレナは悲しくなったが、同時にハンベエの『向こうが襲って来たから相手になった』という言い分も素直に信じる事ができた。ハンベエの言葉に嘘はない、そうエレナは感じた。
「やはり、そうでしたか。・・・・・・ハンベエさんの身になれば、今更将軍と争わないで欲しいと言うのは理不尽な言い分であるという事は重々分かります。でも・・・・・・それでも・・・・・・あなたは、私の恩人を殺しますか? 私の婚約者を殺そうというのですか?」
エレナは例えようもない悲しげな目でハンベエを見つめた。
ハンベエの胸中では、全く今更の話であった。アルハインドの戦いで生き延びた時から、この若者の心は決まっていた。
バンケルク共を許す事は無い。必ず、倒してやると。コーデリアスとの約束でもあった。ただ、そのためだけに連隊を纏め、一手一手用心深く凌ぎながら、状況の好転を待っていたのである。最早、とハンベエは何度も思った。
最初からバンケルクはハンベエを抹殺しようとしていたし、ハンベエも又バンケルク達と妥協するつもりは欠片も無かった。今となっては両者はどちらも引くに引けない処まで来ているのである。
コーデリアスも死んだ。その側近も死んだ、ゴンザロも。そもそも、バンケルクの無慈悲な作戦のために、何人の兵士が怨みを抱いて死んだと思っているのか。今更、どのツラ下げて止められるか。
(例えバンケルクを倒したところで、死んだ者は生き返らない?・・・・・・ふん、百も承知だ。バンケルクを殺すのは本当に正しい事なのか、それが正義と言えるのか?・・・・・・俺は正義の味方じゃねえ、知った事か。)
エレナのすがるような瞳を見つめながら、ハンベエの胸には様々な思いが去来していた。
だが、やはり出て来る結論は、
(今更、何も言う事はない。何がどうあろうと、奴とは決着を付けなければ収まらん。)
という思いであった。
そうは言っても、その言葉を叩きつけるには、エレナはあまりにも可憐すぎる乙女であった。
心が優しいのであろう、聡明なのであろう。既にバンケルクが心術清らかな人間でない事も気付いていよう。にも拘らず、この期に及んでバンケルクを見捨てる事なく、庇おうとするエレナの心根をハンベエは美しいものと感じていた。
ハンベエはエレナの問いに答えなかった。答えられなかった。
イザベラはとみると、この魔性の女が、愛しい妹でも心配しているかのような哀切な目でエレナを見やっていた。
「返事はできないな。」
辛うじて、ハンベエはそう言って天幕を出た。
エレナももう何も言わず、ハンベエの背中をぼんやりと見送った。
エレナやロキ達はその夜、ハナハナ山陣地に逗留した。ハンベエが命じて、急増の仮設小屋を造らせ、そこに一行を逗留させたのである。
早朝、ハンベエがエレナを訪ねて来た。
ハンベエは言った。
「悪いが、やはり俺はバンケルクを殺す。駆け込んできた兵士の話では、バンケルクが俺達を討伐するためにタゴロロームを出発したという事だ。此処まで来たら、王女がなんと言おうと、俺には迎え討つ以外の道はない。」
ハンベエは投げ捨てるように言った。
これを聞いたエレナは、もう驚く様子もなく、
「将軍の方から・・・・・・仕方のない事なのですね。」
と呟いた。諦めたのか、何かを悟ったのか、非常に冷静な物腰である。
が、しかし、その次にエレナの口から出た言葉は驚くべきものであった。
「ハンベエさん、あなたに決闘を申込みます。」
ハンベエの辛辣な言葉にエレナは驚いたように眼を見開いた。打って変わって不安の色を顕にしている。
「今、タゴロロームからひっきりなしに兵士達がこちら側に寝返って来ている。もうちょっと増えたら、逆に奴を叩き潰してやれるというものだ。モルフィネスもいない事だし、随分とこっちに有利になった。」
エレナの胸中を知ってか知らずか、ハンベエは冷ややかに言った。
叩き潰す、というハンベエの穏やかならぬ言葉を聞き、エレナの顔が一瞬にして蒼白になった。
「まさか、ハンベエさんは、バンケルク将軍を殺す気なのですか。」
エレナは動揺し切った震える声で言った。想像もしていなかったようだ。狼狽えている。
「そう云えば、王女はバンケルクの弟子だったな。バンケルクと俺、いや第五連隊は抜き差しならない処まで来ている。王女には悪いが、俺はバンケルクを生かしちゃおかねえ。」
ハンベエは無愛想極まりない仏頂面で言った。取りつく島もないとは、今のハンベエの態度である。
エレナは無情冷酷とも思えるハンベエの顔をしばしじっと見つめていたが、やがて、呼吸を落ち着けて穏やかに言った。
「ハンベエさんは、将軍を誤解しています。将軍は悪い人ではないのです。」
「悪い人ではない?・・・・・・王女よ、第五連隊がどういう目に逢ったか教えてやろう。」
「いえ、今回タゴロローム守備軍がどのような作戦を取ったのかは、ロキさんからも聞き、あらましは知っています。」
「奴は、俺達を逃げ場の無い、敵の真っ只中に、放り出して、撤退さえさせずに嬲り殺しにさせたんだぞ。」
「それは誤解です。将軍は撤退命令を出したと言いました。」
「ふん、俺とコーデリアス閣下が司令部を訪れた時も、そんな白々しい事を言っていたな。せせら笑いながら、ぬけぬけと嘘っぱちをな。」
「嘘っぱち・・・・・・ハンベエさんは将軍が嘘を言っていると仰るのですか?」
エレナの額にじわりと汗が滲んだ。
「逆に聞く、王女はバンケルクのその言葉が本当だと思っているのかい。」
「そ、それは・・・・・・」
エレナは思わず口籠もってしまった。
久し振りに会ったバンケルクはエレナの知っている人柄とは思えなかった。別人とさえ思えた。心を許したはずのエレナでさえ、不信感を抱かざるを得ない実に面妖な態度、雰囲気であったのだ。
ハンベエに自分自身に生じたバンケルクに対する疑いの心を言い当てられたように感じ、エレナは酷く動揺した。
何かに助けを求めるように、ハンベエから視線を反らせ、ふらふらと漂わせた。心配そうに二人を見つめるロキの顔が其処にあった。
「ロキさん、あなたはどう思います。将軍が嘘を言っていると思いますか?」
エレナはロキに助け船を求めた。
ロキは困ったような顔をし、急に腕組みをして目を閉じたが、直ぐに目を開いて言った。
「王女様の信頼する将軍を悪く言いたくはないけれど、オイラはもう将軍は信じられないよお。ハンベエを信じるよお」
声音こそ柔らかであったが、にべもないロキの返事であった。
ロキは気まずそうに、その一方で心配げにエレナを見つめて、逆にエレナに質問した。
「将軍は王女様にまで、軟禁などという信じられない真似をしたんだよねえ。さっき少し諍いが有ったって言ったけどお、何が有ったのお?」
「それは・・・・・・。」
エレナは再び口籠もった。針の先ほども意識しなかった事であるが、イザベラの一件を隠していた事で、此処に来るまでは、後ろめたさと申し訳なさで半べそになっていたロキが今度はエレナの痛い処を突いてしまっていた。人間における立場の微妙な入れ代わりは皮肉であり、ある種滑稽でもある。
ロキの問いに、エレナは話そうか話すまいか、大いに悩んでいる様子で俯いた。
ハンベエはその様子を黙って腕組みをして見ている。目の前で煩悶するエレナの話を別に聞きたそうでもないように見えるのは気のせいだろうか? この若者の心底も時々分からないところがある。あるいは何も考えていないのかも知れない。
この席にはイザベラもいたが、イザベラは最初から何も言わず影のように静まり返っていた。タゴロロームでエレナと顔を会わせた時は、不敵な微笑みを浮かべていたが、今はただ神妙な顔をして成り行きを見守っている。何だか反って怖いものがある。
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「元々、バンケルク将軍は私の剣の師でありました。実は、私、六年前にある事件がきっかけで心の病にかかりましたの。生きているのも辛い毎日でした。」
告白めいたエレナの言葉をハンベエはやはり黙然と聞いた。ある事件と言った時、ロキが何の事件なのか聞きたそうな表情をしたが、ハンベエが目でそれを制した。
「そんな時、私の気鬱を散じてくれたのが剣の道でした。バンケルク将軍は私に手取り足取り剣のいろはを教えてくれました。その日々を通じて漸く私の気鬱の病も収まったのです。言わば将軍は私の命の恩人でもあります。」
ここまで喋って、エレナは一旦言葉を切り、ロキに目をやった。
「ロキさん、初めてあなたに出会った時、あなたは将軍の手紙を私に届けてくれましたね。あの手紙には私に殺し屋が差し向けられた事が書かれていたのですが、私にとってはもっと重要な事が書かれていたのです。」
エレナがこう言うと、ロキはどんぐりマナコをさらに丸くしてエレナを見つめた。ハンベエはと言えば、腕組みのまま、相変わらず無愛想な顔をしている。
「将軍に求婚されたのです。元より、私は将軍をお慕いしていましたから、少なからず嬉しく思いました。ただ、私は結婚などして良いものか、私のような者が将軍の妻になって良いものかと、踏ん切りがつきませんでした。それで、ロキさんに持たせた手紙には将軍に思案の時間をいただくよう書いたのです。」
(私のような者?・・・・・・。)
エレナの言葉にハンベエはふと首を捻った。
エレナは王女であり、バンケルクは一介の将軍に過ぎない。幾らエレナが謙虚な性格だとしても、王女が将軍に求婚されて、『私のような者』とはへり下り過ぎである。
ハンベエは甚だ奇異に感じたが、この男の癖で無表情に聞いているだけである。エレナとはどういうわけか、出会った時から素直に話す事ができないハンベエであった。いや、山を降りてから、話をした女人はエレナとイザベラくらいであり、この若者、女性と気さくに話すという事が未だ器用にできないのかも知れない。
ただ、何故バンケルクの使者にロキが選ばれたのか初めて分かったように思えた。流石にバンケルクもそのような手紙が部下に盗み見られる事を懸念したのであろう。
「将軍との諍いは・・・・・・第五連隊に対する扱いや、ハンベエさんに対する処遇についてでした。第五連隊については戦略上の問題という説明でしたが、ハンベエさんについては納得のいく説明はありませんでした。・・・・・・私には、何故将軍があれほどハンベエさんを憎むのか分かりません。」
エレナはバンケルクがハンベエを憎む理由が分からないと言ったが、実のところは『嫉妬』によるものだと薄らと感じていた。だが、彼女の身からはそんな事は口が裂けても言えるものではなかった。
「将軍は、ハンベエさんはタゴロロームの兵士を二百人も殺戮したと言いました。本当の事でしょうか?」
「確かに。」
ハンベエはぶっきらぼうに答えた。
「何故そんな事になったのですか?」
「何故も何も、最初言ったとおり、俺とバンケルクは最早抜き差しならないとこまで来ている。奴が俺を殺させようと差し向けたから、返り討ちにしたまでの事。もっとも逃げようと思えば逃げれたが、俺は人を殺すのは嫌いじゃないのでね、逃げずに相手になってやったのさ。」
人を殺すのは嫌いじゃない、この人は何故こんな物言いをするのだろう、とエレナは悲しくなったが、同時にハンベエの『向こうが襲って来たから相手になった』という言い分も素直に信じる事ができた。ハンベエの言葉に嘘はない、そうエレナは感じた。
「やはり、そうでしたか。・・・・・・ハンベエさんの身になれば、今更将軍と争わないで欲しいと言うのは理不尽な言い分であるという事は重々分かります。でも・・・・・・それでも・・・・・・あなたは、私の恩人を殺しますか? 私の婚約者を殺そうというのですか?」
エレナは例えようもない悲しげな目でハンベエを見つめた。
ハンベエの胸中では、全く今更の話であった。アルハインドの戦いで生き延びた時から、この若者の心は決まっていた。
バンケルク共を許す事は無い。必ず、倒してやると。コーデリアスとの約束でもあった。ただ、そのためだけに連隊を纏め、一手一手用心深く凌ぎながら、状況の好転を待っていたのである。最早、とハンベエは何度も思った。
最初からバンケルクはハンベエを抹殺しようとしていたし、ハンベエも又バンケルク達と妥協するつもりは欠片も無かった。今となっては両者はどちらも引くに引けない処まで来ているのである。
コーデリアスも死んだ。その側近も死んだ、ゴンザロも。そもそも、バンケルクの無慈悲な作戦のために、何人の兵士が怨みを抱いて死んだと思っているのか。今更、どのツラ下げて止められるか。
(例えバンケルクを倒したところで、死んだ者は生き返らない?・・・・・・ふん、百も承知だ。バンケルクを殺すのは本当に正しい事なのか、それが正義と言えるのか?・・・・・・俺は正義の味方じゃねえ、知った事か。)
エレナのすがるような瞳を見つめながら、ハンベエの胸には様々な思いが去来していた。
だが、やはり出て来る結論は、
(今更、何も言う事はない。何がどうあろうと、奴とは決着を付けなければ収まらん。)
という思いであった。
そうは言っても、その言葉を叩きつけるには、エレナはあまりにも可憐すぎる乙女であった。
心が優しいのであろう、聡明なのであろう。既にバンケルクが心術清らかな人間でない事も気付いていよう。にも拘らず、この期に及んでバンケルクを見捨てる事なく、庇おうとするエレナの心根をハンベエは美しいものと感じていた。
ハンベエはエレナの問いに答えなかった。答えられなかった。
イザベラはとみると、この魔性の女が、愛しい妹でも心配しているかのような哀切な目でエレナを見やっていた。
「返事はできないな。」
辛うじて、ハンベエはそう言って天幕を出た。
エレナももう何も言わず、ハンベエの背中をぼんやりと見送った。
エレナやロキ達はその夜、ハナハナ山陣地に逗留した。ハンベエが命じて、急増の仮設小屋を造らせ、そこに一行を逗留させたのである。
早朝、ハンベエがエレナを訪ねて来た。
ハンベエは言った。
「悪いが、やはり俺はバンケルクを殺す。駆け込んできた兵士の話では、バンケルクが俺達を討伐するためにタゴロロームを出発したという事だ。此処まで来たら、王女がなんと言おうと、俺には迎え討つ以外の道はない。」
ハンベエは投げ捨てるように言った。
これを聞いたエレナは、もう驚く様子もなく、
「将軍の方から・・・・・・仕方のない事なのですね。」
と呟いた。諦めたのか、何かを悟ったのか、非常に冷静な物腰である。
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