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百八 狡猾なりハンベエ(その一)
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パーレルに依頼した王女エレナを描いた旗は既に完成し、量産化に入っていた。
前肢を高々と上げた白馬に跨がる姿や、剣を頭上に掲げて背後に兵士を従えて進む姿など、勇壮で優美な姿で数パターンの旗が作られていた。
いずれも、金色の甲冑を纏ったエレナが眩いばかりに美しく描かれていた。
この旗をハンベエは司令部の壁に貼付けて、タゴロローム守備軍兵士の目に止まるようにした。お披露目というわけである。
絵画になどさほど関心のないタゴロローム守備軍兵士であったが、パーレルの絵の上手さは絶品で、誰が見ても唸らせれるものであった。
しかも、ある程度の文化を誇っているゴロデリア王国においても、このような展示という行為を行った例を見なかったため、タゴロローム市民の間にも評判となっていた。前代未聞であったのである。
エレナはハンベエのこの策略をあまり気に入って無かった。現代でも何処かの国の独裁者がやっていそうな事だと思えば、エレナの気分も分からないでもない。だが、傲岸なハンベエが三拝九拝せんばかりに拝み倒したので、仕方なく従ったのであった。
一方、パーレルの絵を通して、美しい王女の姿を見せ付けられた守備軍兵士であったが、実際のエレナの姿を見た者はハンベエの側にいる者達だけであった。
ハンベエは早目に兵士達にエレナを紹介したいと考えていたのだが、ゲッソリナを占領したステルポイジャン達と戦うという事にエレナが逡巡するので、機会を逃していた。しかし、兵士達はこの姫の為に戦う事になるのだな、と漠然と感じていた。
もう一方では、裏から手を回し、口コミでゲッソリナにおける国王毒殺濡れ衣事件を兵士達に広め、司令部(つまり、ハンベエ)の考えが何と無くエレナの為にステルポイジャン達と戦う方向である事を浸透させていた。
しかし、正式にはその方針を発表はしていなかった。狡猾と云える。いきなり正面から、ステルポイジャン達と敵対する方針を発表すれば必ず反対者が出よう。そこで、ハンベエは兵士達に反対意見を述べる機会を与えないよう口コミを通じて広め、ステルポイジャン達との敵対は既に定まったもので動かし難いものである、という気運を作ろうとしていた。
この辺り、ハンベエという若者の不可解な一面であった。己自身は自分の気に入らぬ事であれば、大勢既に定まった事であろうと、上からの命令であろうと決して従わないのに、一端、これを実現すると決めた以上は、その達成にどんな手練手管も用い、策略を施して恥じるところの無い面の厚さを持っているのである。身勝手と言われても仕方ないであろう。
その意味ではハンベエは悪謀家、良く言えば英雄的資質を持っていた。
エレナがハンベエに完全に心を許さないのも、ただ許婚バンケルクを殺された事ばかりでなく、その狡猾な一面が透けて見えるからかも知れない。
とにかく、一刻も早く兵士達にエレナを紹介し、旗印として認知させたいハンベエであったが、エレナの承諾は未だ得られていなかった。
そんな中、ステルポイジャンから一人の使者が送られて来た。
ハンベエはドルバスを同席させた上で、使者を執務室に通させた。本題には関係ない話だが、鴉のクーちゃんはこの時、ハンベエの執務室には居なかった。ゲッソリナのイザベラの所へ飛んでいる最中なのだ。
「お久しぶりですな。ハンベエ殿」
と言ったその使者は、驚いた事にかつてコーデリアスの遺言を持ってゲッソリナに向かった、あのコーデリアスの側近であった。
「久しぶりだな。そう言えば、あの時もバタバタで名も聞いてなかったが、何処でどうしていたんだ。」
とハンベエは言った。
「私の名はラーギルですがね。大将軍ステルポイジャン閣下にコーデリアス閣下の遺言状を届けた後は、ずっと大将軍のところに居ましたよ。」
「何故。」
「それは、あなた方を助ける為に決まってるじゃないですか。結構苦労したんですよ。ハンベエ殿達は反逆者じゃない。悪はバンケルクだって説得するのは。」
「ほう、するとステルポイジャンが気味悪いほど好意的だったのは貴公のお陰だったのか。」
「バンケルクを討ち滅ぼしたと聞いた時には、骨を折った甲斐が有ったと思ったものです。」
「ふむ。」
「ところで、タゴロローム守備軍が王女様を匿っているという風評が有りますが、本当の事ですか。」
「・・・・・・。」
さて、とハンベエは思った。空とぼけようか、それとももうぶちまけちまうか。
「どうなんです。隠し事すると、大変な事になりますよ。」
ラーギルはいかにもオオゴトそうに言った。その言い方に、ハンベエは些か不快の念を抱いたほどであった。
「何が大変な事になるのか知らねえが、教えてやるよ。王女は当方においでられる。」
「やっぱり風評は本当だったんですね。マズイですよ、ハンベエ殿。」
「マズイ・・・・・・何が。」
ハンベエ、鼻で笑ってのけた。あっさりと王女の存在をバラしてしまったハンベエに、ドルバスは少し驚いた様子であったが、黙ったまま、注意深く二人のやり取りを見詰めている。
「今、ゲッソリナではハンベエ殿が王女を祭り上げて、国王陛下に反旗を翻すのではないかと強い疑念が持ち上がってます。」
「ふーん、ところで国王は死んだんじゃなかったっけ。」
「前国王ではなく、今のバブル七世閣下の事ですよ。フィルハンドラ王子が即位された事ご存じでしょう。」
「なるほど、で、何がマズイんだい。」
「だから、ゲッソリナではハンベエ撃つべしの声が高まっているんですよ。このままでは近衛兵団の二の舞になってしまいますよ。」
ラーギルは深刻な顔になって言った。
「・・・・・・。」
「悪い事は言いません。王女様をこちらに引き渡して下さい。」
「渡したら、王女を殺すだろうが。」
「とんでもない。王女様の安全は大将軍ステルポイジャン閣下が請け合っています。」
「ふん、信用できないな。そりゃあ、ステルポイジャンには王女を殺す気なんざないかも知れんさ。しかし、王妃のモスカって奴は王女を殺すに決まっている。ステルポイジャンに守り切れるもんかい。」
「大将軍を愚弄されるのか。」
「愚弄、愚弄なんかしちゃいないさ。気の毒に思うだけだよ。」
「だが、ハンベエ殿。このままではあなたは攻め滅ぼされますよ。ステルポイジャン軍の実力を知らないわけじゃないでしょう。」
「俺を滅ぼすって、面白え、やってもらおうじゃねえか。窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さず、脅しに屈してオメオメ王女を渡すような俺だと思うのかい、見損なうんじゃねえ。」
如何にもうざったそうにハンベエは吐いて捨てた。ラーギルに対し、嫌悪を感じている事が有り有りと見える口調であった。
「知りませんよ。仲間だからと思えばこそ、こうして危険を冒して忠告に来たのに。元々、コーデリアス閣下はステルポイジャン閣下に仕えていた方だ。そのステルポイジャン閣下の意向に背く事は、亡きコーデリアス閣下に背く事になりますよ。」
「コーデリアスへの義理はバンケルクをぶっ殺して、既に果たしている。王女の事は別問題だぜ。」
「では、ステルポイジャン閣下に刃向かうと。」
「ステルポイジャン本人が貴公を寄越したかどうかだって怪しいもんだ。王女の身柄を引き取って、貴公にどんな褒美が出るのか知らないが、しゃしゃり出てくる幕じゃねえぜ」
「・・・・・・。」
取り付く島もハンベエにラーギルは呆れた顔になった。
「モスカって奴のやり様を見れば、王女をそっちに渡すなんてできるもんじゃねえ。このハンベエ、百万人斬り捨てる事になろうとも絶対に渡さないから、そう伝えろ。」
ハンベエは最後通牒となるであろう一言を突き付けた。百万人とは又大きく出たものである。
「大言壮語もいいですが、後できっと後悔する事になりますよ。知りませんからね。」
ラーギルは憎々しげにハンベエを睨むと立ち上がった。ハンベエはイシキンを呼んで、送るように命じた。
「旧第五連隊の仲間にあんまりな対応じゃなかったか。」
ラーギルが去ってしばらくすると、ドルバスが言いにくそうに言った。
「仲間・・・・・・奴は仲間じゃねえ。そもそも、コーデリアス閣下は遺言状をラシャレーに届けるように命じた。それを奴は勝手に届け先を変えやがった。しかも、届けた後も帰って来もしねえ。それが、今頃になっておためごかしの親切ヅラでノコノコやって来やがるなんざあ、ロクなもんじゃねえ。」
吐き捨てるようにハンベエは言った。
その後、執務室の隠し扉であるどんでん返しを開けた。そこには王女エレナとモルフィネスが潜んでいた。ハンベエが招き入れたわけではないから、別の入口から入ったのであろう。
「盗み聞きとは王女らしからぬ事だな。」
ハンベエが小首を捻ると、
「いや、私がお連れしたのだ。」
とモルフィネスが遮った。
「そうかい、それは有難うよ。報告の手間が省けたぜ。」
ハンベエは盗み聞きを咎める様子はカケラも見せず、二人を執務室に招き入れた。どだい、このケモノのように五感の鋭い若者は隠し部屋に途中から人が潜んだ気配をとっくに読み取っていたようだ。
「ハンベエさん、随分ご親切な事に私の行く道を勝手に決めて下さったようですね。私に断りも無く。」
エレナの口から出た最初の言葉は刺々しい皮肉であった。
「姫、しかしそれは・・・・・・。」
隣のモルフィネスが慌ててエレナに何か言い掛けた。思うに、ハンベエの為にエレナの立腹をとりなそうとしたのだろう。だが、ハンベエはそんなモルフィネスを手の平を向けて制止した。
ハンベエは黙ってエレナを見詰めた。続きを聞かせてくれと促すように。
「おまけに涙が出そうな事には、この私を守る為に百万の敵であろうと斬り捨ててくれるとの事。」
涙が出そうなとは明らかに反語である。厳しい視線がハンベエの瞳を突き刺している。だが、ハンベエは無言である。静かな瞳で見詰め返すだけである。
「誰がそんな事頼みましたか。」
黙って見詰め続けるハンベエに苛立ちを抑え切れないように言った。
ハンベエは無言のまま、しきりに思案しているようだったが、
「王女よ、嫌で無かったら、少し二人だけで話さないか。」
と柔らかな声で言った。
「・・・・・・いいでしょう。望むところですわ。」
あたかも決闘の申し込みを受け入れるように、昂然と答えたエレナであった。
前肢を高々と上げた白馬に跨がる姿や、剣を頭上に掲げて背後に兵士を従えて進む姿など、勇壮で優美な姿で数パターンの旗が作られていた。
いずれも、金色の甲冑を纏ったエレナが眩いばかりに美しく描かれていた。
この旗をハンベエは司令部の壁に貼付けて、タゴロローム守備軍兵士の目に止まるようにした。お披露目というわけである。
絵画になどさほど関心のないタゴロローム守備軍兵士であったが、パーレルの絵の上手さは絶品で、誰が見ても唸らせれるものであった。
しかも、ある程度の文化を誇っているゴロデリア王国においても、このような展示という行為を行った例を見なかったため、タゴロローム市民の間にも評判となっていた。前代未聞であったのである。
エレナはハンベエのこの策略をあまり気に入って無かった。現代でも何処かの国の独裁者がやっていそうな事だと思えば、エレナの気分も分からないでもない。だが、傲岸なハンベエが三拝九拝せんばかりに拝み倒したので、仕方なく従ったのであった。
一方、パーレルの絵を通して、美しい王女の姿を見せ付けられた守備軍兵士であったが、実際のエレナの姿を見た者はハンベエの側にいる者達だけであった。
ハンベエは早目に兵士達にエレナを紹介したいと考えていたのだが、ゲッソリナを占領したステルポイジャン達と戦うという事にエレナが逡巡するので、機会を逃していた。しかし、兵士達はこの姫の為に戦う事になるのだな、と漠然と感じていた。
もう一方では、裏から手を回し、口コミでゲッソリナにおける国王毒殺濡れ衣事件を兵士達に広め、司令部(つまり、ハンベエ)の考えが何と無くエレナの為にステルポイジャン達と戦う方向である事を浸透させていた。
しかし、正式にはその方針を発表はしていなかった。狡猾と云える。いきなり正面から、ステルポイジャン達と敵対する方針を発表すれば必ず反対者が出よう。そこで、ハンベエは兵士達に反対意見を述べる機会を与えないよう口コミを通じて広め、ステルポイジャン達との敵対は既に定まったもので動かし難いものである、という気運を作ろうとしていた。
この辺り、ハンベエという若者の不可解な一面であった。己自身は自分の気に入らぬ事であれば、大勢既に定まった事であろうと、上からの命令であろうと決して従わないのに、一端、これを実現すると決めた以上は、その達成にどんな手練手管も用い、策略を施して恥じるところの無い面の厚さを持っているのである。身勝手と言われても仕方ないであろう。
その意味ではハンベエは悪謀家、良く言えば英雄的資質を持っていた。
エレナがハンベエに完全に心を許さないのも、ただ許婚バンケルクを殺された事ばかりでなく、その狡猾な一面が透けて見えるからかも知れない。
とにかく、一刻も早く兵士達にエレナを紹介し、旗印として認知させたいハンベエであったが、エレナの承諾は未だ得られていなかった。
そんな中、ステルポイジャンから一人の使者が送られて来た。
ハンベエはドルバスを同席させた上で、使者を執務室に通させた。本題には関係ない話だが、鴉のクーちゃんはこの時、ハンベエの執務室には居なかった。ゲッソリナのイザベラの所へ飛んでいる最中なのだ。
「お久しぶりですな。ハンベエ殿」
と言ったその使者は、驚いた事にかつてコーデリアスの遺言を持ってゲッソリナに向かった、あのコーデリアスの側近であった。
「久しぶりだな。そう言えば、あの時もバタバタで名も聞いてなかったが、何処でどうしていたんだ。」
とハンベエは言った。
「私の名はラーギルですがね。大将軍ステルポイジャン閣下にコーデリアス閣下の遺言状を届けた後は、ずっと大将軍のところに居ましたよ。」
「何故。」
「それは、あなた方を助ける為に決まってるじゃないですか。結構苦労したんですよ。ハンベエ殿達は反逆者じゃない。悪はバンケルクだって説得するのは。」
「ほう、するとステルポイジャンが気味悪いほど好意的だったのは貴公のお陰だったのか。」
「バンケルクを討ち滅ぼしたと聞いた時には、骨を折った甲斐が有ったと思ったものです。」
「ふむ。」
「ところで、タゴロローム守備軍が王女様を匿っているという風評が有りますが、本当の事ですか。」
「・・・・・・。」
さて、とハンベエは思った。空とぼけようか、それとももうぶちまけちまうか。
「どうなんです。隠し事すると、大変な事になりますよ。」
ラーギルはいかにもオオゴトそうに言った。その言い方に、ハンベエは些か不快の念を抱いたほどであった。
「何が大変な事になるのか知らねえが、教えてやるよ。王女は当方においでられる。」
「やっぱり風評は本当だったんですね。マズイですよ、ハンベエ殿。」
「マズイ・・・・・・何が。」
ハンベエ、鼻で笑ってのけた。あっさりと王女の存在をバラしてしまったハンベエに、ドルバスは少し驚いた様子であったが、黙ったまま、注意深く二人のやり取りを見詰めている。
「今、ゲッソリナではハンベエ殿が王女を祭り上げて、国王陛下に反旗を翻すのではないかと強い疑念が持ち上がってます。」
「ふーん、ところで国王は死んだんじゃなかったっけ。」
「前国王ではなく、今のバブル七世閣下の事ですよ。フィルハンドラ王子が即位された事ご存じでしょう。」
「なるほど、で、何がマズイんだい。」
「だから、ゲッソリナではハンベエ撃つべしの声が高まっているんですよ。このままでは近衛兵団の二の舞になってしまいますよ。」
ラーギルは深刻な顔になって言った。
「・・・・・・。」
「悪い事は言いません。王女様をこちらに引き渡して下さい。」
「渡したら、王女を殺すだろうが。」
「とんでもない。王女様の安全は大将軍ステルポイジャン閣下が請け合っています。」
「ふん、信用できないな。そりゃあ、ステルポイジャンには王女を殺す気なんざないかも知れんさ。しかし、王妃のモスカって奴は王女を殺すに決まっている。ステルポイジャンに守り切れるもんかい。」
「大将軍を愚弄されるのか。」
「愚弄、愚弄なんかしちゃいないさ。気の毒に思うだけだよ。」
「だが、ハンベエ殿。このままではあなたは攻め滅ぼされますよ。ステルポイジャン軍の実力を知らないわけじゃないでしょう。」
「俺を滅ぼすって、面白え、やってもらおうじゃねえか。窮鳥懐に入れば猟師もこれを殺さず、脅しに屈してオメオメ王女を渡すような俺だと思うのかい、見損なうんじゃねえ。」
如何にもうざったそうにハンベエは吐いて捨てた。ラーギルに対し、嫌悪を感じている事が有り有りと見える口調であった。
「知りませんよ。仲間だからと思えばこそ、こうして危険を冒して忠告に来たのに。元々、コーデリアス閣下はステルポイジャン閣下に仕えていた方だ。そのステルポイジャン閣下の意向に背く事は、亡きコーデリアス閣下に背く事になりますよ。」
「コーデリアスへの義理はバンケルクをぶっ殺して、既に果たしている。王女の事は別問題だぜ。」
「では、ステルポイジャン閣下に刃向かうと。」
「ステルポイジャン本人が貴公を寄越したかどうかだって怪しいもんだ。王女の身柄を引き取って、貴公にどんな褒美が出るのか知らないが、しゃしゃり出てくる幕じゃねえぜ」
「・・・・・・。」
取り付く島もハンベエにラーギルは呆れた顔になった。
「モスカって奴のやり様を見れば、王女をそっちに渡すなんてできるもんじゃねえ。このハンベエ、百万人斬り捨てる事になろうとも絶対に渡さないから、そう伝えろ。」
ハンベエは最後通牒となるであろう一言を突き付けた。百万人とは又大きく出たものである。
「大言壮語もいいですが、後できっと後悔する事になりますよ。知りませんからね。」
ラーギルは憎々しげにハンベエを睨むと立ち上がった。ハンベエはイシキンを呼んで、送るように命じた。
「旧第五連隊の仲間にあんまりな対応じゃなかったか。」
ラーギルが去ってしばらくすると、ドルバスが言いにくそうに言った。
「仲間・・・・・・奴は仲間じゃねえ。そもそも、コーデリアス閣下は遺言状をラシャレーに届けるように命じた。それを奴は勝手に届け先を変えやがった。しかも、届けた後も帰って来もしねえ。それが、今頃になっておためごかしの親切ヅラでノコノコやって来やがるなんざあ、ロクなもんじゃねえ。」
吐き捨てるようにハンベエは言った。
その後、執務室の隠し扉であるどんでん返しを開けた。そこには王女エレナとモルフィネスが潜んでいた。ハンベエが招き入れたわけではないから、別の入口から入ったのであろう。
「盗み聞きとは王女らしからぬ事だな。」
ハンベエが小首を捻ると、
「いや、私がお連れしたのだ。」
とモルフィネスが遮った。
「そうかい、それは有難うよ。報告の手間が省けたぜ。」
ハンベエは盗み聞きを咎める様子はカケラも見せず、二人を執務室に招き入れた。どだい、このケモノのように五感の鋭い若者は隠し部屋に途中から人が潜んだ気配をとっくに読み取っていたようだ。
「ハンベエさん、随分ご親切な事に私の行く道を勝手に決めて下さったようですね。私に断りも無く。」
エレナの口から出た最初の言葉は刺々しい皮肉であった。
「姫、しかしそれは・・・・・・。」
隣のモルフィネスが慌ててエレナに何か言い掛けた。思うに、ハンベエの為にエレナの立腹をとりなそうとしたのだろう。だが、ハンベエはそんなモルフィネスを手の平を向けて制止した。
ハンベエは黙ってエレナを見詰めた。続きを聞かせてくれと促すように。
「おまけに涙が出そうな事には、この私を守る為に百万の敵であろうと斬り捨ててくれるとの事。」
涙が出そうなとは明らかに反語である。厳しい視線がハンベエの瞳を突き刺している。だが、ハンベエは無言である。静かな瞳で見詰め返すだけである。
「誰がそんな事頼みましたか。」
黙って見詰め続けるハンベエに苛立ちを抑え切れないように言った。
ハンベエは無言のまま、しきりに思案しているようだったが、
「王女よ、嫌で無かったら、少し二人だけで話さないか。」
と柔らかな声で言った。
「・・・・・・いいでしょう。望むところですわ。」
あたかも決闘の申し込みを受け入れるように、昂然と答えたエレナであった。
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