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3巻
3-3
テントから出て二回目の攻略開始。
兄はシャインマスカットを探す旅に出掛けたので、旭と一緒に魔物討伐だ。
襲ってきたフォレストディアを昏倒させ、槍で突き刺す。
忘れないうちに午前中狩ったコボルトとキラービーを出して、旭に魔石取りのお願いをする。
毎日出せばそれほど量はないので旭も嫌な顔はしない。
私は魔石取りをする旭を見ながら、ふとあることを考えた。
この世界に来てからずっと旭と兄はモテモテだが、浮ついた話は一切聞かない。
王都に行けば、彼らの好みに合う素敵な女性がいるかしら?
そう思った私は旭に尋ねてみた。
「ねぇ旭、王都に行くの興味ある?」
「うん? 突然だね。また何かのスイッチ入っちゃった?」
「単純に聞いてみただけよ! 二人は何も言わないけど、そろそろどうなのかなって……」
「王都に何か用事でもあるの? あそこには『白銀の剣』の元メンバーだった、サリナがいる可能性が高いから行かないほうがいいんじゃない?」
「ああっ! そうだった、すっかり忘れてたよ! ダメだ、王都に行くのは止めよう」
サリナはリーシャの継母の連れ子だ。『白銀の剣』というクランに所属していたみたいだけど、そのパーティーは迷宮都市での活動が立ち行かなくなり、王都に帰ったと噂で聞いた。
迷宮都市で見たサリナの顔を思い出す。成長したサリナは本当に義理の母親そっくりで驚いた。
それにしても、あの子は何かおかしい気がするのだ。具体的にどこがと言われると困ってしまうけど、公爵邸で会った際に覚えた違和感の正体がどうしても気になる。
「うん、そうしたほうがいいと思う。沙良ちゃんは、なんで急に王都行きの話をしたわけ?」
そんな直球に聞かれると、言いづらいなぁ。
私は苦し紛れに適当な理由を言ってみた。
「えっと、旅行的な感じで? 私たちまだ、どこへも旅行に行ってないしね」
「う~ん、賢也は早く自分のマンションに帰りたそうだから、当分迷宮都市から離れるのは賛成しないと思うよ。旅行へ行きたいなら、レベルを30に上げてからじゃないと無理かもしれない」
「そっか~、楽しみにしてるもんね。わかった。旅行の話は、兄のマンションを追加したあとでするよ」
ホームの能力はレベルが10上がるごとに、異空間の範囲が広がり、自由に使用できる場所が追加できる。兄は自分がかつて住んでいたマンションを追加するのを楽しみにしているのだ。
「でも、この世界の旅行って基本馬車だから大変そうだなぁ。地方の料理も美味しそうじゃないし。それならもっとレベルを上げて日本国内を旅行したほうが楽しいかも? 俺も仕事が忙しくて、行ったことない場所が多いんだよね~」
「それってかなり遠い先の未来になりそう……一年でレベルが4しか上がらないんじゃねぇ~」
自宅から観光名所へ行くには、少なくとも八十キロメートルは必要だ。
「ははっ、確かに。でも北海道とか沖縄とか、沙良ちゃんのホームで行きたいけどなぁ」
「うん、どれだけ長生きしても無理だと思う」
あぁ、夏は北海道、冬は沖縄にぜひ行ってみたい!
レベルが50になったら、ホームの移動できる範囲が二倍とかにならないかしら?
ほらクイズ番組みたいに、今までの解答で得られたポイントの意味がなくなるくらい高得点の最終問題があるでしょ? 最終問題だけ正解して一位になる人がいたっけ。
レベル50になったボーナスで、十キロメートル追加とかになりませんか?
私は、こっそり私をこの世界に召喚した人にお願いしておいた。
溜めていたポイントカードが使用できないとわかり嘆いていたけど、後日ドラッグストアに行ったら、ポイントカードを通す機械がレジの横にあったのだ。
もしかしたら召喚した人は、私たちの様子を見ているんじゃないかしら?
「残念。おっと、そろそろ集合時間だよ」
腕時計を見ると午後三時だったので、安全地帯に転移する。
結局、王都行きの件はすっかり旅行の話に変わってしまい、肝心の恋愛の話はできなかった。
その後、攻略を終えて安全地帯へ戻り、夕食の準備を始める。
今朝、夕食は私が作ると伝えていたので料理担当のリリーさんとケンさんが見学に来た。
さて、今日のメニューはナン、サーモンフライ、フライドポテト、デザートの桃。
奏屋でオリーブ油を購入したのは、サーモンをフライにして揚げるためだ。
ナンで挟んで食べればフィッシュバーガーもどきになるだろう。
レタスがないのが残念だけど、千切りキャベツで代用する。
まずはトマトソース作り。トマトは湯剥きして皮を取り、タネの部分を抜き粗みじん切りにしておく。玉ねぎをみじん切り、ニンニクは皮だけを剥く。
フライパンにオリーブ油を入れ、低温の状態でニンニクにじっくり火を通す。
ニンニクに火が入ったら、一度取り出して玉ねぎのみじん切りをよく炒める。
そこへ粗みじん切りしたトマトを追加し、グツグツしてきたらあとは塩と胡椒を加え、弱火にして水分が半分くらいになるまで煮詰めていく。
次は揚げ物の準備だ。サーモンを手の平サイズに切り、塩、胡椒したら小麦粉をまぶして卵液につける。この世界のパンをおろし金ですりおろして、パン粉を作る。パン粉を付けて揚げものの準備完了。じゃが芋は皮付きで揚げるから、くし切りにしておく。
トマトソースのほうはリリーさんに見てもらい、私は十五枚のナンを三つのフライパンを使用し同時に焼いた。ナンが焼きあがったらキャベツを千切りにして水にさらす。
次は深い鍋にオリーブ油を一壺全て投入する。
この世界には揚げるという料理方法がないため、リリーさんとケンさんは一壺分のオリーブ油を鍋に入れたことに非常に驚いていた。
低温で、まずは皮付きポテトを素揚げする。これは熱々を食べたほうが美味しいので、揚げたそばから各パーティーに配り、塩を振りかけて食べてもらった。
最後は手の平サイズのかなりボリュームのあるサーモンを揚げ、揚げもの用バットに置いて油を切っておく。
油が切れたら、ナンに千切りキャベツ、サーモンフライ、トマトソースをかけて挟んで完成。
揚げものをした油は再利用可能だ。油の温度が下がったら布で濾して、再び壺に入れれば問題ない。
料理が行き渡ったところで、皆が大口を開けて食べ始める。
熱々の皮付きポテトも好評のようだった。
トマトソースはスープにするなど、応用が利くからこの機会にぜひ覚えてほしい。
「サラちゃん。これはナンに挟んで食べるみたいだけど、パンでも大丈夫かい?」
アマンダさんが尋ねてきた。
「大丈夫ですよ、パンを薄く切って挟めば同じです」
「オリーブ油を大量に使った料理、私は気に入ったよ! このオリーブ油は奏屋の商品かい?」
「はい、一壺銀貨三枚なのでチーズの値段より安いですよ。作り方は、ケンさんがしっかり見ていましたから大丈夫だと思います」
「サラちゃんは本当に料理上手だね。一緒の拠点にいると美味しいものが沢山出てくるから、ダンジョン攻略の最中だって忘れそうになるよ」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです」
アマンダさんと笑顔で話す。
「俺はじゃが芋が好きだ! なんで油に入れて塩を振っただけなのに、こんなに美味いのか不思議でしょうがない。こりゃ、酒と一緒に飲んだら最高だな~」
ダンクさんはフライドポテトが、お気に入りの様子。
うんうん、私も好きだからよくわかる。
「トマトソースを付けて食べると、もっと美味しくなりますよ~」
「んんんっ――!? リリー、明日の配送リストに、トマトとオリーブ油を追加しておくんだ!」
ダンクさんはとても感動したようだ。
トマトは生でしか食べないみたいなので、トマトソースを色々応用しながら料理してほしい。
皆が新しい料理を美味しいと食べてくれたから大満足です。
デザートの桃を配ったあと、私も自分たちの分を切って甘くジューシーな桃を食べる。
これでダンジョン内の食事改善は、かなり進歩したんじゃないかな?
揚げものができれば、豚カツ、ミンチカツ、唐揚げ、コロッケと料理の幅が凄く広がるからね!
きっとダンクさんはコロッケも気に入るだろう。
ラードで揚げた、揚げたてのコロッケは本当に美味しいのだ。
その後も問題なく五日間の攻略は終了し、金曜日になった。
兄たちを希望する居酒屋へ送り届け、私はシルバーとお散歩に出掛けよう。
一日の出来事を話しながら田舎道を歩いていく。
シルバーの金色が混ざった毛を撫でながら、夜道をてくてくと歩く。
従魔にした時は銀色の毛しか生えていなかったけど、毛の色が少し変わってきている。
今日は料理の基本を一から教えてあげよう。まずは、『さ、し、す、せ、そ』からね。
料理の基本その一を教え終わるとマッピングで自宅に戻り、冷蔵庫に貼ったホワイトボードを見て兄たちを迎えに行った。前に迎えに行くのを忘れてしまったので、こうしてホワイトボードに書いて思い出すようにしているのだ。
本当に健忘症じゃないかってくらい、忘れるのはなんでだろう……?
土曜日。奏屋へ果物を卸しに行き、前回と同じ数量買い取ってもらい、オリーブ油を五壺購入した。
そのあとは自宅へ戻り、シルバーと共に再び異世界へ。
今日は障害物競争をしてみよう!
シルバーが跳び越えられる、高さ一メートルから十メートルの障害物をアースボールで草原に設置する。
兄たちがライトボールを電子サーベルのように使えることが羨ましかったから私も魔法の練習だ。
召喚した人のおかげか、レベル以上にMP――魔法を使うことのできる魔力量はあるけど、無尽蔵に使えるわけじゃないし、どうせならもっと効率よく使いたい。
現在、水魔法、土魔法、氷魔法はイメージ通り出てくる。
これをなるべくMP消費の少ない方法で出してみよう。
まずは水魔法の実験から。
レベル10のウォーターボールをそのまま使用すると、MPは40必要になる。
レベル28の私のMPは1392だ。単純計算すると三十四回しか使えない。
でも、何もないところからいきなり水を出すより、海や川など近くの水を利用したらMP消費は抑えられるんじゃないかと思うんだよね。ただ、いつも水源が近くにあるとは限らない。
水源がなくてもできる方法は、空気中の水分を利用することだ。
私はそのイメージをしながら、バスケットボールサイズのウォーターボールを出す。
ステータスで残りのMPを確認すると、減ったのはたった2だった。
やはり水を生成するのにMPを多く必要とするらしい。
さらにマッピングを使用して自分が知覚できる範囲を広げながら、広範囲の空気中の水分をイメージし、もう一度ウォーターボールをバスケットボールサイズで出す。
ステータスで残りのMPを確認すると、減ったのはなんと0だった!
でもこれは、空気中に水分があると理解しているのが大前提となる。
この世界の人には難しいだろうなぁ~。
次は、空気中の水分を凍らせるイメージでバスケットボールサイズのアイスボールを出してみるとMP消費は0だ。
これならアースボールは地面の土を利用すると考えればいい。
バスケットボールサイズのアースボールを出してみるとMP消費は0。
うん? これって実質、無尽蔵に魔法が使えることにならない?
火魔法は……ちょっとイメージするのが難しい。私の考える方法は地熱と太陽熱だった。
まぁ現在、料理にしか利用していないからいっか。
魔物に使用すると素材がダメになっちゃうからね~。
雷魔法は静電気? そういえば、異世界に来てから雷が鳴った記憶がない。雪も降らないし。
雨は降るんだけど……相変わらず謎な世界だ。
きっと雷が鳴っている最中に雷魔法を使用したら、MP消費は0になるんだろう。
ここまで考えたら、私の足りない頭がパンクしそうになった。
もっと化学を勉強しておけばよかったよ。
とりあえず障害物競走の障害物を出そう。
最初は簡単な一メートルの壁、次は二メートルの壁、その次は三メートルの壁……と最後は十メートルの壁をアースボールで作ったら完成だ。
どうしてアースボールで壁になるのか不思議よね?
私もよくわからないけど、多分、自分の思い通りに魔法が使えるのが、この世界では普通なんだろう。
さぁ、シルバー! この壁を跳び越えるのよ~。
私は助走を付けながら走るシルバーと並走し、「ジャンプ」と掛け声をかける。
一メートル、二メートル、三メートル――おや? 跳ばないなぁ。
どうやらシルバーは三メートルで諦めたのか、頭を下げ項垂れてしまう。
大丈夫よシルバー、いずれ羽が生えるかもしれない。
その時は十メートル以上だって簡単に跳べるようになるわ!
障害物競争はこの辺にして、今日はなんのお話をしようかな?
私はシルバーに白雪姫の話を聞かせてあげた。
まぁ有名な話だから、これを知らない人はいないんじゃないかな?
この話、最後は一応ハッピーエンドで終わるけど……
美しさだけに価値を見出した継母が、自分より美しい存在に対し、壮絶な? 粘着質な? 嫉妬を募らせて、最後は自爆する内容だ。
あそこまで必死になって殺そうとするのはどうかと思うわ。
この話のポイントは、外見より内面が大切ってことよ! 綺麗になるだけじゃダメなの。
一時間ほど白雪姫の解説をしたあと、マッピングで自宅に戻った。
◇ ◇ ◇
月曜日。ダンジョン地下十一階で兄と別れ、地下十三階に行き、私は薬草採取とピオーネの収穫をする。地下十一階からはずっと森が続いているから、ダンジョン攻略が楽しい。
今日も大量のぶどうを収穫して笑いが止まらない状態だ!
集団で襲ってくるキラービーも、ドレインで昏倒させれば地面に落ちて動かなくなるから危険は全くないしね~。解体場のアレクおじさんが蜜袋を欲しがっているので、近くにいるハニービーも倒しておこう。そういえば蜂蜜、まだ味見してなかったよ。
コボルトが出てくると、よちよち歩きのマジックキノコが可愛かったのを思い出す。
この階層には癒しが足りない! そんなに牙を剥き出さないで~。
う~ん、そろそろ哺乳類っぽい魔物の魔石取りの練習を始めるべきかな?
昇格試験では魔石取りが必須だから、やっておいたほうがいいのはわかるんだけど、まだ拒否感が強い。
冒険者をしている子供たちは、よくゴブリンの魔石を平気で取れるなぁ。
この世界で生まれた人間には抵抗がないんだろうか?
ゴブリンの魔石一個で鉄貨五枚だから、肉屋の配送依頼の鉄貨一枚に比べると五倍の値段になる。
稼ぎに直結しているから抵抗感も薄いのかもしれない。
ゴブリンは私が最初に拠点にしたミリオネの近くの森に沢山いるし、毎日十匹狩れば前世のお金で言うと五千円の収入だ。
ミリオネの子供たちは、冒険者登録をしてE級になると、ゴブリンの魔石が取れたと嬉しそうに話してくれたっけ。うん、私も子供たちに負けないよう頑張ってみるか!
そう思い、コボルトの心臓近くに解体ナイフを当てる。
マッピングを使用すれば、魔石の位置がわかるので無駄に切る必要はない。
ピンポイントで五センチ四方の肉を切り、魔石を取り出した。
ううっ、この皮膚を切る感触が、解体ナイフから伝わってくるのがなんとも言いがたい。
血まみれの魔石と解体ナイフを水で洗い流して、マジックバッグに収納。
別に吐くほど嫌なわけじゃないけど、できればしたくない作業だよ。
普通に売ってるお肉を包丁で切るのは、なんともないんだけどね。
魚を捌けない主婦と同じか……
よし! これからは一日一体ずつ魔石取りの練習をしよう。
毎日やれば、いずれ平気になって問題も解決するだろう。
次は迷宮サーモンの調査だ! イクラが見つかるといいなぁ。
川沿いを歩くと迷宮サーモンがアイスニードルを飛ばしてくる。
魔法を躱してドレインで昏倒させ、迷宮サーモンが水面に浮いたところに槍でトドメを刺す。
体内を調べたけど、この個体は卵を持っていなかった。
しかし本当に大きい! 水族館でイルカショーに次ぎ、人気だったシャチショーを思い出す。調教師さんは、泳いでいるシャチの背に乗り、楽しそうだった。
卵を持っていないなら、この迷宮サーモンは雄かしら?
魅了の魔法で従魔にしたら一緒に遊べるかも……
あぁでも絶対、兄からの許可は出ないだろうな~。どこで飼うんだって話だし。
できれば背中に乗ってみたい! バレなければ大丈夫かも?
でも従魔にして情が湧いたら、他の迷宮サーモンも殺せなくなるよね。
やるべきか、やらざるべきか……
悩んでいると、ぶどうの収穫を終えたらしい旭がやってきた。
「沙良ちゃん、何を考え込んでるか丸わかりなんだけど。迷宮サーモンを従魔にしないように見張ってくれって俺、賢也に言われてるんだよね~。気持ちはわかるけど、それNGだから諦めて」
えっ? なんでバレているの? もしや、うちの兄はエスパーか!
「そっ、そんなの考えたこともないよ! だってホームに水槽ないし、背中に乗って川を泳ぎたいなんて全く全然これっぽっちも思ってなかったから! きっとお兄ちゃんの、気のせいだと思う……」
「そう? ならいいけど。相変わらず、グダグダな言い訳が苦しいね……沙良ちゃんが迷宮サーモンを見ながら唸ってたのは、賢也へ内緒にしといてあげるから。バレなきゃいいなんて考えないこと!」
「え~! 信用ないなぁ。私はただ、イクラが気になって見てただけだよ」
私は白々しくそう答える。
「イクラ? いやないでしょ! もし持ってたとしても、卵も大きそうだよね? イクラ一個で丼ぶりいっぱいになるかも」
「確かに……本体の大きさから考えると、丼ぶりにも入らないかも。あのプチプチした食感が大事なのに、丸ごと一個じゃあんまり美味しくなさそう」
大きな卵が載った丼を想像して顔を顰める。
「それは実際に卵があったら考えよう? ほら、まだ迷宮サーモンが近くにいるから油断しないで」
「わかった。サンダーボールでサクッと感電させちゃおう!」
「魔法って本当に便利だよな~。サンダーボール! っと」
旭が魔法を川に放つと、迷宮サーモンが五匹ぷかぷかと浮き上がってくる。
「今回も大量だ!」
どうやら旭は魔魚を狩るのが楽しいらしく、毎日沢山倒して笑っていた。可哀想な迷宮サーモン……
五匹の体内を調べてみたけど卵を持った個体はいなかった。
三時間後、昼食を食べて二回目の攻略を始めようとしたら怪我人が運ばれてきた。
知らない女性の冒険者だ。集団のキラービーに襲われたらしく、太い針が二か所に刺さっている。
兄と旭が鎧を脱がして、口に棒を噛ませた。
右肩と左のふくらはぎを刺されているから、動かないように体を押さえつけ、タイミングを合わせて兄と旭が同時に針を引き抜く。
女性は痛みに耐え涙を零している。そこへ大量の水をかけ治療完了。
今回は兄と旭の二人で治療したので、女性のパーティーリーダーが二人分の金貨三十枚を支払おうとしたけど、兄が自分の分は断っていた。
きっと旭一人でも対処できたが、兄は痛みが長引かないよう早く治してあげたかったんじゃないかな。
私は、お金を受け取らなかった兄の気持ちを尊重しよう。
金貨三十枚と金貨十五枚では、冒険者の負担も変わってくるしね。
それにしても、針が抜けたキラービーは生きているんだろうか?
確か蜜蜂は、針が抜けると死ななかったっけ?
それともトカゲの尻尾みたいに、また生えてくるのかなぁ。
治療した女性に、何度も頭を下げられたあと、攻略を開始する。
兄はシャインマスカットを探しに行ったので、旭と二人で魔物討伐だ。
迷宮ピーコックが羽を見せびらかしてくる。
うん、貴方の求愛には応えられそうにないから、昏倒させて槍で突き刺します。
フォレストディアは、相変わらず角が立派だけど雄しかいないの?
魔物じゃない鹿の雌は確か角の形状が違ったような……
こちらは旭が眉間にライトボールを撃ち瞬殺後、頸動脈を魔法で撃ち、血抜き作業をしっかりする。
「旭さぁ~、四十五歳でダンジョンマスターに転生して十一年ダンジョンで暮らしたから、迷宮都市での活動年数を合わせると、今の精神年齢は五十七歳だよね。私が召喚したことで、体は二十一歳になったけど、何かやりたいことはないの?」
「若くなって体が軽くなったよ~」
「それ以外は?」
「う~ん、老眼が治った? 近くのものが見える。若いって素晴らしい!」
「そっか、私も視力がよくなった気がする。他に、若返って何か困ることはないかな?」
「別にないと思うけどなぁ。浦島太郎みたいに、お爺さんになったわけじゃないからなんの問題もないよ!」
会話終了。旭はやっぱり恋愛に興味がないみたいだ。聞くだけ無駄か……
兄はシャインマスカットを探す旅に出掛けたので、旭と一緒に魔物討伐だ。
襲ってきたフォレストディアを昏倒させ、槍で突き刺す。
忘れないうちに午前中狩ったコボルトとキラービーを出して、旭に魔石取りのお願いをする。
毎日出せばそれほど量はないので旭も嫌な顔はしない。
私は魔石取りをする旭を見ながら、ふとあることを考えた。
この世界に来てからずっと旭と兄はモテモテだが、浮ついた話は一切聞かない。
王都に行けば、彼らの好みに合う素敵な女性がいるかしら?
そう思った私は旭に尋ねてみた。
「ねぇ旭、王都に行くの興味ある?」
「うん? 突然だね。また何かのスイッチ入っちゃった?」
「単純に聞いてみただけよ! 二人は何も言わないけど、そろそろどうなのかなって……」
「王都に何か用事でもあるの? あそこには『白銀の剣』の元メンバーだった、サリナがいる可能性が高いから行かないほうがいいんじゃない?」
「ああっ! そうだった、すっかり忘れてたよ! ダメだ、王都に行くのは止めよう」
サリナはリーシャの継母の連れ子だ。『白銀の剣』というクランに所属していたみたいだけど、そのパーティーは迷宮都市での活動が立ち行かなくなり、王都に帰ったと噂で聞いた。
迷宮都市で見たサリナの顔を思い出す。成長したサリナは本当に義理の母親そっくりで驚いた。
それにしても、あの子は何かおかしい気がするのだ。具体的にどこがと言われると困ってしまうけど、公爵邸で会った際に覚えた違和感の正体がどうしても気になる。
「うん、そうしたほうがいいと思う。沙良ちゃんは、なんで急に王都行きの話をしたわけ?」
そんな直球に聞かれると、言いづらいなぁ。
私は苦し紛れに適当な理由を言ってみた。
「えっと、旅行的な感じで? 私たちまだ、どこへも旅行に行ってないしね」
「う~ん、賢也は早く自分のマンションに帰りたそうだから、当分迷宮都市から離れるのは賛成しないと思うよ。旅行へ行きたいなら、レベルを30に上げてからじゃないと無理かもしれない」
「そっか~、楽しみにしてるもんね。わかった。旅行の話は、兄のマンションを追加したあとでするよ」
ホームの能力はレベルが10上がるごとに、異空間の範囲が広がり、自由に使用できる場所が追加できる。兄は自分がかつて住んでいたマンションを追加するのを楽しみにしているのだ。
「でも、この世界の旅行って基本馬車だから大変そうだなぁ。地方の料理も美味しそうじゃないし。それならもっとレベルを上げて日本国内を旅行したほうが楽しいかも? 俺も仕事が忙しくて、行ったことない場所が多いんだよね~」
「それってかなり遠い先の未来になりそう……一年でレベルが4しか上がらないんじゃねぇ~」
自宅から観光名所へ行くには、少なくとも八十キロメートルは必要だ。
「ははっ、確かに。でも北海道とか沖縄とか、沙良ちゃんのホームで行きたいけどなぁ」
「うん、どれだけ長生きしても無理だと思う」
あぁ、夏は北海道、冬は沖縄にぜひ行ってみたい!
レベルが50になったら、ホームの移動できる範囲が二倍とかにならないかしら?
ほらクイズ番組みたいに、今までの解答で得られたポイントの意味がなくなるくらい高得点の最終問題があるでしょ? 最終問題だけ正解して一位になる人がいたっけ。
レベル50になったボーナスで、十キロメートル追加とかになりませんか?
私は、こっそり私をこの世界に召喚した人にお願いしておいた。
溜めていたポイントカードが使用できないとわかり嘆いていたけど、後日ドラッグストアに行ったら、ポイントカードを通す機械がレジの横にあったのだ。
もしかしたら召喚した人は、私たちの様子を見ているんじゃないかしら?
「残念。おっと、そろそろ集合時間だよ」
腕時計を見ると午後三時だったので、安全地帯に転移する。
結局、王都行きの件はすっかり旅行の話に変わってしまい、肝心の恋愛の話はできなかった。
その後、攻略を終えて安全地帯へ戻り、夕食の準備を始める。
今朝、夕食は私が作ると伝えていたので料理担当のリリーさんとケンさんが見学に来た。
さて、今日のメニューはナン、サーモンフライ、フライドポテト、デザートの桃。
奏屋でオリーブ油を購入したのは、サーモンをフライにして揚げるためだ。
ナンで挟んで食べればフィッシュバーガーもどきになるだろう。
レタスがないのが残念だけど、千切りキャベツで代用する。
まずはトマトソース作り。トマトは湯剥きして皮を取り、タネの部分を抜き粗みじん切りにしておく。玉ねぎをみじん切り、ニンニクは皮だけを剥く。
フライパンにオリーブ油を入れ、低温の状態でニンニクにじっくり火を通す。
ニンニクに火が入ったら、一度取り出して玉ねぎのみじん切りをよく炒める。
そこへ粗みじん切りしたトマトを追加し、グツグツしてきたらあとは塩と胡椒を加え、弱火にして水分が半分くらいになるまで煮詰めていく。
次は揚げ物の準備だ。サーモンを手の平サイズに切り、塩、胡椒したら小麦粉をまぶして卵液につける。この世界のパンをおろし金ですりおろして、パン粉を作る。パン粉を付けて揚げものの準備完了。じゃが芋は皮付きで揚げるから、くし切りにしておく。
トマトソースのほうはリリーさんに見てもらい、私は十五枚のナンを三つのフライパンを使用し同時に焼いた。ナンが焼きあがったらキャベツを千切りにして水にさらす。
次は深い鍋にオリーブ油を一壺全て投入する。
この世界には揚げるという料理方法がないため、リリーさんとケンさんは一壺分のオリーブ油を鍋に入れたことに非常に驚いていた。
低温で、まずは皮付きポテトを素揚げする。これは熱々を食べたほうが美味しいので、揚げたそばから各パーティーに配り、塩を振りかけて食べてもらった。
最後は手の平サイズのかなりボリュームのあるサーモンを揚げ、揚げもの用バットに置いて油を切っておく。
油が切れたら、ナンに千切りキャベツ、サーモンフライ、トマトソースをかけて挟んで完成。
揚げものをした油は再利用可能だ。油の温度が下がったら布で濾して、再び壺に入れれば問題ない。
料理が行き渡ったところで、皆が大口を開けて食べ始める。
熱々の皮付きポテトも好評のようだった。
トマトソースはスープにするなど、応用が利くからこの機会にぜひ覚えてほしい。
「サラちゃん。これはナンに挟んで食べるみたいだけど、パンでも大丈夫かい?」
アマンダさんが尋ねてきた。
「大丈夫ですよ、パンを薄く切って挟めば同じです」
「オリーブ油を大量に使った料理、私は気に入ったよ! このオリーブ油は奏屋の商品かい?」
「はい、一壺銀貨三枚なのでチーズの値段より安いですよ。作り方は、ケンさんがしっかり見ていましたから大丈夫だと思います」
「サラちゃんは本当に料理上手だね。一緒の拠点にいると美味しいものが沢山出てくるから、ダンジョン攻略の最中だって忘れそうになるよ」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです」
アマンダさんと笑顔で話す。
「俺はじゃが芋が好きだ! なんで油に入れて塩を振っただけなのに、こんなに美味いのか不思議でしょうがない。こりゃ、酒と一緒に飲んだら最高だな~」
ダンクさんはフライドポテトが、お気に入りの様子。
うんうん、私も好きだからよくわかる。
「トマトソースを付けて食べると、もっと美味しくなりますよ~」
「んんんっ――!? リリー、明日の配送リストに、トマトとオリーブ油を追加しておくんだ!」
ダンクさんはとても感動したようだ。
トマトは生でしか食べないみたいなので、トマトソースを色々応用しながら料理してほしい。
皆が新しい料理を美味しいと食べてくれたから大満足です。
デザートの桃を配ったあと、私も自分たちの分を切って甘くジューシーな桃を食べる。
これでダンジョン内の食事改善は、かなり進歩したんじゃないかな?
揚げものができれば、豚カツ、ミンチカツ、唐揚げ、コロッケと料理の幅が凄く広がるからね!
きっとダンクさんはコロッケも気に入るだろう。
ラードで揚げた、揚げたてのコロッケは本当に美味しいのだ。
その後も問題なく五日間の攻略は終了し、金曜日になった。
兄たちを希望する居酒屋へ送り届け、私はシルバーとお散歩に出掛けよう。
一日の出来事を話しながら田舎道を歩いていく。
シルバーの金色が混ざった毛を撫でながら、夜道をてくてくと歩く。
従魔にした時は銀色の毛しか生えていなかったけど、毛の色が少し変わってきている。
今日は料理の基本を一から教えてあげよう。まずは、『さ、し、す、せ、そ』からね。
料理の基本その一を教え終わるとマッピングで自宅に戻り、冷蔵庫に貼ったホワイトボードを見て兄たちを迎えに行った。前に迎えに行くのを忘れてしまったので、こうしてホワイトボードに書いて思い出すようにしているのだ。
本当に健忘症じゃないかってくらい、忘れるのはなんでだろう……?
土曜日。奏屋へ果物を卸しに行き、前回と同じ数量買い取ってもらい、オリーブ油を五壺購入した。
そのあとは自宅へ戻り、シルバーと共に再び異世界へ。
今日は障害物競争をしてみよう!
シルバーが跳び越えられる、高さ一メートルから十メートルの障害物をアースボールで草原に設置する。
兄たちがライトボールを電子サーベルのように使えることが羨ましかったから私も魔法の練習だ。
召喚した人のおかげか、レベル以上にMP――魔法を使うことのできる魔力量はあるけど、無尽蔵に使えるわけじゃないし、どうせならもっと効率よく使いたい。
現在、水魔法、土魔法、氷魔法はイメージ通り出てくる。
これをなるべくMP消費の少ない方法で出してみよう。
まずは水魔法の実験から。
レベル10のウォーターボールをそのまま使用すると、MPは40必要になる。
レベル28の私のMPは1392だ。単純計算すると三十四回しか使えない。
でも、何もないところからいきなり水を出すより、海や川など近くの水を利用したらMP消費は抑えられるんじゃないかと思うんだよね。ただ、いつも水源が近くにあるとは限らない。
水源がなくてもできる方法は、空気中の水分を利用することだ。
私はそのイメージをしながら、バスケットボールサイズのウォーターボールを出す。
ステータスで残りのMPを確認すると、減ったのはたった2だった。
やはり水を生成するのにMPを多く必要とするらしい。
さらにマッピングを使用して自分が知覚できる範囲を広げながら、広範囲の空気中の水分をイメージし、もう一度ウォーターボールをバスケットボールサイズで出す。
ステータスで残りのMPを確認すると、減ったのはなんと0だった!
でもこれは、空気中に水分があると理解しているのが大前提となる。
この世界の人には難しいだろうなぁ~。
次は、空気中の水分を凍らせるイメージでバスケットボールサイズのアイスボールを出してみるとMP消費は0だ。
これならアースボールは地面の土を利用すると考えればいい。
バスケットボールサイズのアースボールを出してみるとMP消費は0。
うん? これって実質、無尽蔵に魔法が使えることにならない?
火魔法は……ちょっとイメージするのが難しい。私の考える方法は地熱と太陽熱だった。
まぁ現在、料理にしか利用していないからいっか。
魔物に使用すると素材がダメになっちゃうからね~。
雷魔法は静電気? そういえば、異世界に来てから雷が鳴った記憶がない。雪も降らないし。
雨は降るんだけど……相変わらず謎な世界だ。
きっと雷が鳴っている最中に雷魔法を使用したら、MP消費は0になるんだろう。
ここまで考えたら、私の足りない頭がパンクしそうになった。
もっと化学を勉強しておけばよかったよ。
とりあえず障害物競走の障害物を出そう。
最初は簡単な一メートルの壁、次は二メートルの壁、その次は三メートルの壁……と最後は十メートルの壁をアースボールで作ったら完成だ。
どうしてアースボールで壁になるのか不思議よね?
私もよくわからないけど、多分、自分の思い通りに魔法が使えるのが、この世界では普通なんだろう。
さぁ、シルバー! この壁を跳び越えるのよ~。
私は助走を付けながら走るシルバーと並走し、「ジャンプ」と掛け声をかける。
一メートル、二メートル、三メートル――おや? 跳ばないなぁ。
どうやらシルバーは三メートルで諦めたのか、頭を下げ項垂れてしまう。
大丈夫よシルバー、いずれ羽が生えるかもしれない。
その時は十メートル以上だって簡単に跳べるようになるわ!
障害物競争はこの辺にして、今日はなんのお話をしようかな?
私はシルバーに白雪姫の話を聞かせてあげた。
まぁ有名な話だから、これを知らない人はいないんじゃないかな?
この話、最後は一応ハッピーエンドで終わるけど……
美しさだけに価値を見出した継母が、自分より美しい存在に対し、壮絶な? 粘着質な? 嫉妬を募らせて、最後は自爆する内容だ。
あそこまで必死になって殺そうとするのはどうかと思うわ。
この話のポイントは、外見より内面が大切ってことよ! 綺麗になるだけじゃダメなの。
一時間ほど白雪姫の解説をしたあと、マッピングで自宅に戻った。
◇ ◇ ◇
月曜日。ダンジョン地下十一階で兄と別れ、地下十三階に行き、私は薬草採取とピオーネの収穫をする。地下十一階からはずっと森が続いているから、ダンジョン攻略が楽しい。
今日も大量のぶどうを収穫して笑いが止まらない状態だ!
集団で襲ってくるキラービーも、ドレインで昏倒させれば地面に落ちて動かなくなるから危険は全くないしね~。解体場のアレクおじさんが蜜袋を欲しがっているので、近くにいるハニービーも倒しておこう。そういえば蜂蜜、まだ味見してなかったよ。
コボルトが出てくると、よちよち歩きのマジックキノコが可愛かったのを思い出す。
この階層には癒しが足りない! そんなに牙を剥き出さないで~。
う~ん、そろそろ哺乳類っぽい魔物の魔石取りの練習を始めるべきかな?
昇格試験では魔石取りが必須だから、やっておいたほうがいいのはわかるんだけど、まだ拒否感が強い。
冒険者をしている子供たちは、よくゴブリンの魔石を平気で取れるなぁ。
この世界で生まれた人間には抵抗がないんだろうか?
ゴブリンの魔石一個で鉄貨五枚だから、肉屋の配送依頼の鉄貨一枚に比べると五倍の値段になる。
稼ぎに直結しているから抵抗感も薄いのかもしれない。
ゴブリンは私が最初に拠点にしたミリオネの近くの森に沢山いるし、毎日十匹狩れば前世のお金で言うと五千円の収入だ。
ミリオネの子供たちは、冒険者登録をしてE級になると、ゴブリンの魔石が取れたと嬉しそうに話してくれたっけ。うん、私も子供たちに負けないよう頑張ってみるか!
そう思い、コボルトの心臓近くに解体ナイフを当てる。
マッピングを使用すれば、魔石の位置がわかるので無駄に切る必要はない。
ピンポイントで五センチ四方の肉を切り、魔石を取り出した。
ううっ、この皮膚を切る感触が、解体ナイフから伝わってくるのがなんとも言いがたい。
血まみれの魔石と解体ナイフを水で洗い流して、マジックバッグに収納。
別に吐くほど嫌なわけじゃないけど、できればしたくない作業だよ。
普通に売ってるお肉を包丁で切るのは、なんともないんだけどね。
魚を捌けない主婦と同じか……
よし! これからは一日一体ずつ魔石取りの練習をしよう。
毎日やれば、いずれ平気になって問題も解決するだろう。
次は迷宮サーモンの調査だ! イクラが見つかるといいなぁ。
川沿いを歩くと迷宮サーモンがアイスニードルを飛ばしてくる。
魔法を躱してドレインで昏倒させ、迷宮サーモンが水面に浮いたところに槍でトドメを刺す。
体内を調べたけど、この個体は卵を持っていなかった。
しかし本当に大きい! 水族館でイルカショーに次ぎ、人気だったシャチショーを思い出す。調教師さんは、泳いでいるシャチの背に乗り、楽しそうだった。
卵を持っていないなら、この迷宮サーモンは雄かしら?
魅了の魔法で従魔にしたら一緒に遊べるかも……
あぁでも絶対、兄からの許可は出ないだろうな~。どこで飼うんだって話だし。
できれば背中に乗ってみたい! バレなければ大丈夫かも?
でも従魔にして情が湧いたら、他の迷宮サーモンも殺せなくなるよね。
やるべきか、やらざるべきか……
悩んでいると、ぶどうの収穫を終えたらしい旭がやってきた。
「沙良ちゃん、何を考え込んでるか丸わかりなんだけど。迷宮サーモンを従魔にしないように見張ってくれって俺、賢也に言われてるんだよね~。気持ちはわかるけど、それNGだから諦めて」
えっ? なんでバレているの? もしや、うちの兄はエスパーか!
「そっ、そんなの考えたこともないよ! だってホームに水槽ないし、背中に乗って川を泳ぎたいなんて全く全然これっぽっちも思ってなかったから! きっとお兄ちゃんの、気のせいだと思う……」
「そう? ならいいけど。相変わらず、グダグダな言い訳が苦しいね……沙良ちゃんが迷宮サーモンを見ながら唸ってたのは、賢也へ内緒にしといてあげるから。バレなきゃいいなんて考えないこと!」
「え~! 信用ないなぁ。私はただ、イクラが気になって見てただけだよ」
私は白々しくそう答える。
「イクラ? いやないでしょ! もし持ってたとしても、卵も大きそうだよね? イクラ一個で丼ぶりいっぱいになるかも」
「確かに……本体の大きさから考えると、丼ぶりにも入らないかも。あのプチプチした食感が大事なのに、丸ごと一個じゃあんまり美味しくなさそう」
大きな卵が載った丼を想像して顔を顰める。
「それは実際に卵があったら考えよう? ほら、まだ迷宮サーモンが近くにいるから油断しないで」
「わかった。サンダーボールでサクッと感電させちゃおう!」
「魔法って本当に便利だよな~。サンダーボール! っと」
旭が魔法を川に放つと、迷宮サーモンが五匹ぷかぷかと浮き上がってくる。
「今回も大量だ!」
どうやら旭は魔魚を狩るのが楽しいらしく、毎日沢山倒して笑っていた。可哀想な迷宮サーモン……
五匹の体内を調べてみたけど卵を持った個体はいなかった。
三時間後、昼食を食べて二回目の攻略を始めようとしたら怪我人が運ばれてきた。
知らない女性の冒険者だ。集団のキラービーに襲われたらしく、太い針が二か所に刺さっている。
兄と旭が鎧を脱がして、口に棒を噛ませた。
右肩と左のふくらはぎを刺されているから、動かないように体を押さえつけ、タイミングを合わせて兄と旭が同時に針を引き抜く。
女性は痛みに耐え涙を零している。そこへ大量の水をかけ治療完了。
今回は兄と旭の二人で治療したので、女性のパーティーリーダーが二人分の金貨三十枚を支払おうとしたけど、兄が自分の分は断っていた。
きっと旭一人でも対処できたが、兄は痛みが長引かないよう早く治してあげたかったんじゃないかな。
私は、お金を受け取らなかった兄の気持ちを尊重しよう。
金貨三十枚と金貨十五枚では、冒険者の負担も変わってくるしね。
それにしても、針が抜けたキラービーは生きているんだろうか?
確か蜜蜂は、針が抜けると死ななかったっけ?
それともトカゲの尻尾みたいに、また生えてくるのかなぁ。
治療した女性に、何度も頭を下げられたあと、攻略を開始する。
兄はシャインマスカットを探しに行ったので、旭と二人で魔物討伐だ。
迷宮ピーコックが羽を見せびらかしてくる。
うん、貴方の求愛には応えられそうにないから、昏倒させて槍で突き刺します。
フォレストディアは、相変わらず角が立派だけど雄しかいないの?
魔物じゃない鹿の雌は確か角の形状が違ったような……
こちらは旭が眉間にライトボールを撃ち瞬殺後、頸動脈を魔法で撃ち、血抜き作業をしっかりする。
「旭さぁ~、四十五歳でダンジョンマスターに転生して十一年ダンジョンで暮らしたから、迷宮都市での活動年数を合わせると、今の精神年齢は五十七歳だよね。私が召喚したことで、体は二十一歳になったけど、何かやりたいことはないの?」
「若くなって体が軽くなったよ~」
「それ以外は?」
「う~ん、老眼が治った? 近くのものが見える。若いって素晴らしい!」
「そっか、私も視力がよくなった気がする。他に、若返って何か困ることはないかな?」
「別にないと思うけどなぁ。浦島太郎みたいに、お爺さんになったわけじゃないからなんの問題もないよ!」
会話終了。旭はやっぱり恋愛に興味がないみたいだ。聞くだけ無駄か……
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◇小説家になろうでも同時連載中です◇