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思考への疲れ
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最近何をどう考えているのかわからない。
自分の近況が整理しきれていない。
どこまで、把握されているのか、どこまで真意が伝わっているのかあるいはなにもわかっていないのかすべてを疑っている、自分自身への疑心暗鬼になっている。
自分とはなんなのだろうか
番大切にしなくてはならないものなのに
大事にしすぎてはならない
結局はなにかに従属している状態になる。
それを考えない、それが一番楽な生き方だが、わからないなにもかもが現実味がない。軽く感じてしまう。
どのテレビを見ても、全て同じ味、すべておなじ空気、ノリというのだろうか
それに乗るというのはわかるが、正直もう、日本人として生きて居たくはない。
日本がアメリカのような人間性になってしまっている気がしている
英語という武器、専門性の高い人間の集まる場所が多い、また、その教育機間が多いまた、若者、生産人口が多い。だからこそ、戦争をしたがるというのはあるが。
人口の平均年齢が高くなるほどその国は戦争をしなくなるという統計がある
様々な点でかの国は強い国となっている。
内向きの経済でも、何とかなる
日本はどうか、外を歩いていると少しづつ無くなってきているのものがあるのを感じる
なにかがおかしい、歯車に入るために歯車の勉強をしている。
また,なにも考えていないものが多い気がする
そういうものなのだろう、長期的に見ればもうその先にはいけないのはわかる。
内向きの経済。そこにはまってしまっている。
そして、内向きの人間性の思考
内向きの人間とは、カルチャー面ではなく、精神面、道徳観である。
外向きというのはより多くを求めるという事。内向きはまとまりを継持しようとする、少グループ内でのグループ活動、宗教と同じようなものがある。
いままで出会った人間が悪いのだろうか
分からないことが多い。自らがおかしいのか、他がおかしいのか。
最近人間と話すことがめんどくさい。なにも変わらない、何も。
自分の精神がおかしいんじゃないかと真剣に思ってはいる。
なぜ、他の人間はああも、他の人間と共有が出来るのか、ゆるいのか境界が
ふとそれを大きく思ったのが、お笑いを見ていてだ。あれはその時代の空気を代表する。
ここ5年ほど、天然の笑いをあまり見ていない。面白いことはある。
しかし
映画を映画館で見たが、わざとらしい演技に笑っている観客をみて
笑うことはわかるが、そういうわざらしい、役者に対してへりくだっているような笑いは嫌いだなと思った。
生きづらい世界だなと思う。
すれすれの膜の撮れ方で生きているような、うその膜の他人の見方を自分の見方にする。自分が、みんな、みんなが自分
みんな同じ顔している。コンパとか、町でであった人みんな同じ顔してる。
なのに自分は違うって人を見下している。
なにか違う。違うが分からない。
これを学生時代にこじらせた何かなのかなと思ったりそんなこと考えても仕方ないとか思ったり、けれど、思わずにはいられない。
思考停止の状態になっているような気がしてならない。
ヒッピーじゃないけれど、音楽を歌って、その日の収穫した野菜とか肉をみんなで食べて、そうして、身の丈に合った生活をしていればいい
のは、許されない。着飾って、追いかけて、蹴落として自らの下に離かを置かなければいけない、自分が下ではいけない
フィリピンとか、タイでは違ってた。
もちろん、ずっといないし、結局異邦人だから、わからないところが多いけれど
共有してた、貧しさも、幸せも、大変さも、仕事もいろいろ日本はもう共有してない。
共有してるのは自らの強さ、着飾った姿。
えぐった先をみてない。ゆらゆらの膜のせめぎあいの中でゆるゆると生きている。
それが悪いのかって聞かれたら、どうせわからないだろうし、知らなければいいとすら思う。目の先の消費とか、目の先の優先、自分を考えること。
将来なりたくないって思っているものに確実になる。
そこから抜け出すには、なりたくないものを見つめることが必要。
自分の面倒なものを押し付けてきた人は押し付けられるし
つらく当たったものはつらくあてられる。
馬鹿にしたら、馬鹿にし返される
心なんて通わないし、わかりあえない。
じゃああなたはどうなのってなるけど
僕はもう疲れている。
なにも考えないで生きたい。
全員が平等に苦を負担できるはずないのに多面的な人間の見方。
立方体的な人間の見方
平面的な人間の見方。
裏表だけの人間の見方
ああ、疲れた。
小さい事が気になる。
人の表情、空気、好意,嫌気、那倒、暴力、性欲
自分がおかしいだけなのか、相談してみたい、それは勘違いで考えすぎだと、けれども、結局、そうなってしまう。そうなってしまうんだよ、そうなってしまうんだ、そのたびに嫌になる。
どうでもいい。どうでもいいんだろ、みんな本当は。
どうでもいいのに、どうでもよくないふりしてどうでもいいうそをつく。
疲れた。
自分の近況が整理しきれていない。
どこまで、把握されているのか、どこまで真意が伝わっているのかあるいはなにもわかっていないのかすべてを疑っている、自分自身への疑心暗鬼になっている。
自分とはなんなのだろうか
番大切にしなくてはならないものなのに
大事にしすぎてはならない
結局はなにかに従属している状態になる。
それを考えない、それが一番楽な生き方だが、わからないなにもかもが現実味がない。軽く感じてしまう。
どのテレビを見ても、全て同じ味、すべておなじ空気、ノリというのだろうか
それに乗るというのはわかるが、正直もう、日本人として生きて居たくはない。
日本がアメリカのような人間性になってしまっている気がしている
英語という武器、専門性の高い人間の集まる場所が多い、また、その教育機間が多いまた、若者、生産人口が多い。だからこそ、戦争をしたがるというのはあるが。
人口の平均年齢が高くなるほどその国は戦争をしなくなるという統計がある
様々な点でかの国は強い国となっている。
内向きの経済でも、何とかなる
日本はどうか、外を歩いていると少しづつ無くなってきているのものがあるのを感じる
なにかがおかしい、歯車に入るために歯車の勉強をしている。
また,なにも考えていないものが多い気がする
そういうものなのだろう、長期的に見ればもうその先にはいけないのはわかる。
内向きの経済。そこにはまってしまっている。
そして、内向きの人間性の思考
内向きの人間とは、カルチャー面ではなく、精神面、道徳観である。
外向きというのはより多くを求めるという事。内向きはまとまりを継持しようとする、少グループ内でのグループ活動、宗教と同じようなものがある。
いままで出会った人間が悪いのだろうか
分からないことが多い。自らがおかしいのか、他がおかしいのか。
最近人間と話すことがめんどくさい。なにも変わらない、何も。
自分の精神がおかしいんじゃないかと真剣に思ってはいる。
なぜ、他の人間はああも、他の人間と共有が出来るのか、ゆるいのか境界が
ふとそれを大きく思ったのが、お笑いを見ていてだ。あれはその時代の空気を代表する。
ここ5年ほど、天然の笑いをあまり見ていない。面白いことはある。
しかし
映画を映画館で見たが、わざとらしい演技に笑っている観客をみて
笑うことはわかるが、そういうわざらしい、役者に対してへりくだっているような笑いは嫌いだなと思った。
生きづらい世界だなと思う。
すれすれの膜の撮れ方で生きているような、うその膜の他人の見方を自分の見方にする。自分が、みんな、みんなが自分
みんな同じ顔している。コンパとか、町でであった人みんな同じ顔してる。
なのに自分は違うって人を見下している。
なにか違う。違うが分からない。
これを学生時代にこじらせた何かなのかなと思ったりそんなこと考えても仕方ないとか思ったり、けれど、思わずにはいられない。
思考停止の状態になっているような気がしてならない。
ヒッピーじゃないけれど、音楽を歌って、その日の収穫した野菜とか肉をみんなで食べて、そうして、身の丈に合った生活をしていればいい
のは、許されない。着飾って、追いかけて、蹴落として自らの下に離かを置かなければいけない、自分が下ではいけない
フィリピンとか、タイでは違ってた。
もちろん、ずっといないし、結局異邦人だから、わからないところが多いけれど
共有してた、貧しさも、幸せも、大変さも、仕事もいろいろ日本はもう共有してない。
共有してるのは自らの強さ、着飾った姿。
えぐった先をみてない。ゆらゆらの膜のせめぎあいの中でゆるゆると生きている。
それが悪いのかって聞かれたら、どうせわからないだろうし、知らなければいいとすら思う。目の先の消費とか、目の先の優先、自分を考えること。
将来なりたくないって思っているものに確実になる。
そこから抜け出すには、なりたくないものを見つめることが必要。
自分の面倒なものを押し付けてきた人は押し付けられるし
つらく当たったものはつらくあてられる。
馬鹿にしたら、馬鹿にし返される
心なんて通わないし、わかりあえない。
じゃああなたはどうなのってなるけど
僕はもう疲れている。
なにも考えないで生きたい。
全員が平等に苦を負担できるはずないのに多面的な人間の見方。
立方体的な人間の見方
平面的な人間の見方。
裏表だけの人間の見方
ああ、疲れた。
小さい事が気になる。
人の表情、空気、好意,嫌気、那倒、暴力、性欲
自分がおかしいだけなのか、相談してみたい、それは勘違いで考えすぎだと、けれども、結局、そうなってしまう。そうなってしまうんだよ、そうなってしまうんだ、そのたびに嫌になる。
どうでもいい。どうでもいいんだろ、みんな本当は。
どうでもいいのに、どうでもよくないふりしてどうでもいいうそをつく。
疲れた。
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