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その女神、乱舞

女神の享楽(2)

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 彼女の顔から笑顔が消えるのが、トリスタンにはわかった。サッと視線の先にあるものを自らの逞しい体で隠す。

「よぉ、アッシュ。てめぇ久々にぶっとんでたんじゃねぇのか?」

 ニヤッと笑って、彼女の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。乱れる髪を気にするでもなく、トリスタンの顔を見つめる。その髪をかわりに直したのはクロウだった。

「僕は何もしてない」

 ぶっきらぼうに答えると目を閉じてしまった。

「記憶までぶっとんじまったのか?」

 ヘラヘラとした態度を崩さない。クロウは渾身の力でトリスタンのおでこを指で弾いた。
 アールネはぐったりとしたアッシュを抱き上げ肩に担いだ。

「どこへ連れて行くつもりですか」
「お仕置きが。アッシュは、悪いことをした。悪いことをしたら、お仕置きがいる」
「そうですね。アッシュ、貴女が覚えていようがいまいが、暴れたことに変わりはありません。この先は言わなくてもわかりますね?」

 地面に向かって雪崩れる金の髪を掻きあげ、顔を両手で挟んでこちらにむける。長い睫毛がふるふると震えながら持ち上がった。見えた瞳は濡れて美しく輝いていた。

「わかってる。お仕置きは拷問部屋?久しぶりだなぁ」

 拷問部屋が楽しみなのか、クスクスと笑っている。それを見て顔をしかめるクロウ。そして耳元で囁いた。

「いいでしょう、アッシュ。たんとお仕置きして差し上げますよ」
 
 囁きに身を固くした。元拷問部の拷問官であったクロウ。尋問・拷問は十八番。そんな彼が怪しい囁きを落としたのだ。鞭打ちなどとは比べ物にならないほど、彼女にとって苦痛になるものを思いついたに違いない。
 腹筋と背筋を使い背を起こし、クロウの顔を見た。彼は、嫌な笑みを浮かべアッシュを一瞥した。

「この者には罰を与えます。この者と共に騒ぎを画策した者は速やかに前へ出なさい」

 皆に聞こえるような声で朗々と話す。あたりを見回すが、誰も動かない。

「共に画策した者はいないようですね。いいでしょう。一つだけ約束してください。ここでのことは決して口外しないように。決してですよ?もし、口外したならば後悔することでしょう」

 美しさが恐ろしさを際立たせる。逆らってはいけない。そんな雰囲気が漂った。

「では、私達はこの者をつれて行きます。貴方方も汗を流し自室へ戻りなさい」

 それだけ言うと、三将軍は闘技場を後にした。その場に固まっていた戦士たちも、ぽつり、またぽつりとその場をあとにした。
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