戦場の女神は剣舞を舞う

少女遊 夏野

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その女神、乱舞

女神の乱舞(4)

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 そのまま腰を前に進めようとした。しかし、ことはそう上手くはいかなかった。
 アッシュは腹筋を使い、標的をずらすと抱えられていた脚を振りほどき逆に彼を脚で抱え込んだ。そのまま、グイッと自分の方へ近寄せ、体勢を崩したシャバジは彼女に向かって倒れこんだ。彼女は彼の耳元で囁いた。

「悪い子にはお仕置きだ」

 シャバジの中で警鐘が鳴り響いた。早く離れなければ。しかし彼女の脚力は凄まじく、逃れられない。
 アッシュの頭が一瞬自分から離れるのがわかった。彼女の顔が周辺視野に入った。大きく息を飲むように、口をあけ、気づいた時には肩に噛みつかれていた。

「ああああああ!」

 叫び声が部屋中に響いた。ミチミチと音を立てているよう気がした。
 アッシュは肩の肉を食いちぎった。口に頬張った皮膚と肉を吐き捨て、今度は首元に噛みついた。
 やまない叫び。穴の開く体。ドクドクと流れ出るどす黒い血。
 脚を解くとシャバジは首元を抑えて後ずさった。

「ああ、あああああ……」

 言葉にならない声。顔を上げると、口元を血で汚したアッシュが見つめている。口に残っている血を吐きだした。

「おいしくない」
「こ、こやつめ!よくも、よくもぉ!」

 机の上に置いてあった鋏状の刃物を取り、振り上げアッシュへ向かった。しかし、その手は何者かによって止められた。柔らかく冷たい感触。鼻の奥にまとわりつくような、神殿でたかれる香の匂いがする。冷気が足元を流れているのが感じられた。

「だめよぉ、そんな物騒なもの振り回しちゃ」

 シャバジの後ろには黒いタイトなドレスを着た艶やかな娼婦のような女が纏わりついていた。手から持っていた刃物を奪うと、彼の腹にめり込ませていった。
 獣のような呻き声を上げ、その場に崩れる。腹を抑え、女を見上げる。真っ赤な口紅が印象的な美女。縦に大きく巻かれた髪をゆさゆさと揺らしながらアッシュへ近づいて行った。

「もう少しで女としての喜びを知れたのに、何でやめちゃったの?」

 アッシュの顎のラインを撫で、小さな形の良い唇に指を添わせた。

「気持ち悪いだろ。僕はあいつが心底気に食わない。目障り」

 虫けらを見るような目。

「化け物、僕よりあいつの方が器としていいんじゃないの?」
「そうねぇ。憎しみの心は十分だわ。うふふ」

 女は軽やかな足取りでシャバジの前に屈んだ。
 彼はその眼を見て確信した。混沌と絶望、ありとあらゆる憎悪が渦巻く瞳。

「デカルソフィ……」
「うふふ、御名答。貴方、アタシが欲しい?世界を自分のモノにしたい?」

 シャバジは叫んだ。

「欲しい!貴様の力が欲しい!私の邪魔をし、見下し、コケにした奴らに復讐を!」
「わかったわ」

 デカルソフィは彼に纏わりつくと霧状に代わり、彼の中に入り込んでいった。すると、シャバジはアッシュにかまれた時以上の声で絶叫した。のた打ち回り、顔や頭、喉元を渾身の力でかきむしった。目や鼻、耳からは血が流れ、口から泡を噴き、ぴくぴくと痙攣するとそのうち動かなくなった。
 気づけば側に少し残念そうなデカルソフィが立っていた。

「駄目だったわぁ。やっぱり貴女が一番ね」
「あっそう。ねぇ、いいから外してよ」
「もぅ、つれない子ね」

 そう言いつつ、デカルソフィはシャバジのポケットに入っていた鍵で拘束を解いていった。
 自由になったアッシュはシャバジに近づいて行った。動かない彼の体を蹴る。

「死んでる」
「ええ、死んでるわよ?」
「ふーん」

 そう言うと、仰向けに倒れている彼の体を思い切り何度も何度も踏みつけた。
 ひとしきり踏んだあと、ズボンをはき直した。

「さて、出ようかな」

 気づけばデカルソフィは彼女の影に戻った後だった。
 拷問部の階段をゆっくりと上がっていく。途中で彼女の世話係の少年――パウロが着替えを持って待っていた。

「あっ……」

 アッシュを見つけたパウロはハッとした表情をし、少しもじもじした。

「ご主人様、お着替えです」

 彼が持ってきていたのは、シルクシャンタンの黒いシャツ。
 それを受け取ると、キノコ頭を優しくなでた。

「いい子だね」

 再び歩き出すアッシュの後ろをパウロはついていく。痛々しい背中。

「ご主人様、お背中が……」
「大丈夫だよ」

 歩くにつれて傷がみるみる消えていく。跡形もなく消えることにアッシュはシャツを羽織った。
 外に出ると、すっかり夜になっていた。夜空を見上げると彼女の瞳はきらりと光った。
 一つ大きく呼吸した。

「きれいな月。いい夜だ。実にいい夜」

 アッシュはパウロを抱きかかえると、自分の塒へと歩いて行った。
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