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その女神、悦楽

女神の遭遇(1)

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 セシタル王国の上に隣接する五大国の一つ、トリト帝国。
 年間を通して気温がほぼ一定で、暑くもなく寒くもない。暮らすには程よい気候の緑の美しい国。帝国の首都には、城の他に娯楽施設の大きな闘技場がある。小銭を稼ぎたい傭兵や戦士になりたい者が、自分の腕っぷしを競いにやってくる。情熱的に闘争心に溢れたお国柄か、月二回ほど開催される試合は何時も盛況で、その賞金はトリト帝国の国民の寄付によって賄われている。
 そんな帝国一の戦士も、今回の試合に参加していた。

「セルゲイ将軍?くれぐれもお怪我なさいませんようにお願いしますよ?」
「わかってるっての」

 部下の戦士に将軍と呼ばれたのは、まだ若い戦士だった。明るい茶色の少し襟足の長い髪をオールバックにまとめ、若草のような色の瞳はいたずらっぽく笑っている。やんちゃな少年を思わせる風体だが、しなやかな筋肉をしていた。

「ほんとですか?できることなら参加してほしくはないのですが」
「いやだね。ここんとこなんもなかったせいで、体が鈍っちまってんだよ。ちょっとは動かしとかないといざという時、困るだろ?」
「ですが、これで怪我でもされて二か月後のセシタル王国の披露目に出られなかったらとんでもないことに……」
「だーいじょうぶだって。お、じゃあ出番だから行ってくるわ」

 部下から兜を奪い、舞台へ出た。外へ出ると、割れんばかりの歓声が沸きあがった。会場はセルゲイを呼ぶ声で満ちている。
 正面の出入り口からは大柄な男が出てきた。大きな剣を背負っている。脂ぎった顔には無数の古い傷跡。身に着けている鎧は戦いで負ったのか凹みや傷が目立った。

「どうも、俺はセルゲイだ。お手柔らかに頼むよ」

 セルゲイは相手を見上げて言った。セルゲイもそこそこ身長は高いが、目の前の男はそれよりも大きかった。
 男は鼻で笑った。

「知ってるさ!この国でアンタのこと知らない奴なんていねぇだろうよ。なんたってこの国きっての戦士じゃねぇか」
「おほめに預かりうれしいかぎりだね」
「そんな相手と戦えるうえに、ぶちのめしてやるからな!そのきれいな顔をぐちゃぐちゃにしてやる」
「おお、こわいこわい」

 男は豪快に笑った。
 審判が構えるように促す。それに従いお互い構えた。ルールは簡単。相手が降参するか、動けなくなれば勝ち。
 試合が始まった。じりじりと間合いを詰めていく。
 先に動いたのはセルゲイだった。相手に駆け寄っていく。大男は剣を振り上げた。胴はがら空き。しかし、振り下ろす速さが驚くほど速かった。受け止めようかと思ったが、相手の力もわからない上に得物も大きい。横に避けた。剣は石の地面にめり込んだ。さらにそれを素早く引き抜きセルゲイの方へ薙ぎ払ってきた。転がって避ける。

「あんた、やるじゃねぇか」
「どれだけ戦場渡り歩いたと思ってんだよ将軍様」

 再び剣を構える。もう一度正面から向かっていく。

「何度やっても同じだぜ、旦那!」

 再び同じ軌道で県が動く。そして振り下ろされた剣を今度は受けた。剣に沿わすように流し近づいていく。素早く詰め寄られ、足元がもつれそうになる。一瞬体制が崩れかけたのをセルゲイは見逃さなかった。さっと重たい剣をはじく肩部分の鎧の継ぎ目に剣先を差し込んだ。

「貴様!!」

 残っているもう一本の腕で剣を振り回す大男。しかし、両手でないため先程よりうまく扱えない。威力も格段に落ちている。
 今度は剣を真上に突き上げた。鼻をかすめて兜を弾き飛ばす。
 憤りを隠せない相手は何か喚き散らしながら大きな剣を振り回し始めた。

「隙だらけじゃねぇか」

 そう呟くセルゲイは、踊るように攻撃を軽やかにかわしていく。上に下に、ターンを決めてひざ裏を突き刺す。
 獣のように吠える男。脚を引きずりながらも必死に剣でとらえようとする。しかしそれは掠りもせず、むなしく空を切る。そして、残りの腕も使い物にならなくなった。

「審判さん」

 審判に声をかける。審判は頷くと試合終了を告げた。
 自分の待機室の方へ戻ると、部下が待っていた。

「圧勝ですね。さすがです」
「当たり前だろ?」
「次の試合も出られるのですか?」
「相手によるかなぁ。気に食わなきゃ棄権する。でなきゃ怒るだろ?」
「けがをされては困りますので」
「はいはい。で、相手は?」
「飛び入り参加だそうです。寄付をするから出場させろと騒いだようで」
「ほぉ。で、強そうなのか?」
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