ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第1話 桜の魔法少女 その二

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 白音しらねを助けようとした佳奈かなが、スライムと呼ばれる粘液質の生物に絡みつかれる。
 さらには頭上からも次々とスライムが落ちてきて、助けに来たはずの佳奈も巻き込んでふたりとも、まるでスライムの海に呑み込まれたかのようになっている。


 いったい何匹いるのか…………。
 切れ目がどこなのか、個体数の数え方がどうなるのか、よく分からなかったがとにかく大量のスライムが降ってきた。

「こんなの聞いてないからっ!」

 かなり重量のありそうなスライムの群れにのしかかられて佳奈は背をかがめる。
 さらに足下からも別のスライムが絡んでくる。

「わわわわっ!!」

 佳奈はなんとか腕で庇って、白音の呼吸だけは確保し続けている。

 やがて佳奈の現れた方向からもうひとり、少し小柄な少女が遅れて駆けて来るのが見えた。
 大空莉美おおぞらりみ
 佳奈と同じく曙台高校のブレザーの制服を着ている。

「ハァハァ、佳奈ちゃん、速すぎ……。やっと追いつい…………、?!」

 少しおっとりした印象のある彼女だが、さすがにこの状況には絶句した。
 ふたりが大量のスライムに絡みつかれ、一緒くたにされて埋没しつつある。

 しかし莉美はすぐに我に返る。
 そのくりっとした瞳で目ざとく、佳奈の制服の内ポケットが微かに光っているのに気づいた。

「佳奈ちゃん、星石っ! 反応してる!!」

 光は徐々に強くなっていくようだった。

「よっし、結果オーライだな!!」

 佳奈は白音と息も触れ合うほどの超至近距離でスライムにまみれたまま、首に掛けていたペンダントを取り出した。
 そこには、莉美に「反応してる」と言われたものとはまた別の宝石が下げられている。

 それは白音もよく知っているものだ。
 佳奈が小さい頃からずっと、お守りのように大事にしていた綺麗な紅い宝石だった。

 佳奈がその石を高く掲げるようにすると、突然、紅玉の中心部から夜の闇を切り裂くような幾条もの閃光が放たれた。

 束の間、世界がくれないに染まる。

 やがて輝きが収まると、佳奈が宝石と同じ、燃えるような紅い色のコスチュームを身に纏い、魔法少女に変身していた。

 その輝きにスライムが少しひるんだように見える。

「安心しろっ、絶対助ける!!」

 佳奈が力強くそう言うと、白音はこんな状況にもかかわらずにっこりと笑った。

「やっぱり佳奈だったんだ、その赤いの。…………でもさ、」

 しかしすぐに白音は唇をとがらせ、少し不満げな表情を見せる。

「ん? どした?」
「なんかでかくない? 記憶と違うんだけど……」

 白音が腑に落ちない、といった様子で抗議する。

「いやいや、白音の記憶って、大昔の話だろっ?! そりゃ五歳の頃と比べたらアタシだってでかくなってるよっ!!」

 そんな「想い出が台無しだ」、みたいな顔をされても佳奈にはどうしようもない。

「まあ、いいからちょっと待ってろ、白音」

 佳奈はごそごそと魔法少女のコスチュームの中から、莉美が星石と呼んでいたものを取り出す。
 佳奈の掲げた紅玉とは違い、先程から薄紅色に輝いていたものだ。
 へばりつくスライムを引っぺがして、白音の胸のあたりにその宝石を押し当てる。

「さあ、魔法少女に変身してっ!」
「え、わたし? わたしが?!」

 そんな当たり前みたいに言われても、白音としてはちょっと困る。

「もちろん。莉美もなっ!」

 いや、そういう意味で聞いたわけではないと白音は言おうとしたが、先に莉美の方が大きく頷いた。

「おっけー!!」

 そして驚いたことに、莉美もまた光り輝く宝石を制服のポケットから取り出した。
 それはふたりのものとはまた違う、太陽の贈り物ヘリオドールのような美しい黄の光を放っている。

 ふたりの息の合った掛け合いに白音はやや理解が追いつかなくなったが、佳奈が胸に押し当てている薄紅色の宝石から、何か力のようなものが流れ込んでくるのを感じた。
 そちらに意識を集中させると、なんとなくその力の使い方も理解できる。

 白音は自分がこの宝石に選ばれたんだと、はっきりそう悟った。

 この非日常的な状況で躊躇していたところで何も変わりはしないだろう。
 白音は心を決めた。星石と、そして多分佳奈と莉美にも期待されている。

 選んでくれたのならばその信頼に応える、それが白音という女の子だった。
 星石に導かれるようにして白音は、莉美とほぼ同時に「変身!」と叫ぶ。


 スライムに絡め取られて変身の光に包まれながら、白音と佳奈が顔を間近で突き合わせている。
 佳奈が少し眩しそうに目を伏せた。
 口元には笑みが浮かんでいる。

「……佳奈、今なんか悪い顔してる」
「べ、別にっ。白音の星石が綺麗なピンク色だなって思ってただけ」


 莉美は鮮やかな黄色の魔法少女に変身した。
 黄金色こがねいろに輝き、暗い夜がそこだけ昼になったように明るい。
 そして輝くコスチュームに負けないくらい満面の笑みで白音に向かってVサインを出している。

(莉美も、魔法少女だったのね。でもなんか莉美だけすごく眩しい……)


 白音は白を基調にして、薄紅色で飾り立てられたコスチュームに変身していた。
 少し季節外れの夜桜が、満開に咲き誇っているようだった。

 白音も莉美に応えてVサインを送ろうかと思ったのだが、粘着質のスライムがそれを阻んだ。
 三人の魔法少女の強烈な魔力に当てられたのか、スライムたちはほぼ動きを止めてしまっている。
 しかしそれでも、白音と佳奈を解放する気はないらしい。


「…………で、佳奈さんや、これどうすんの?」

 何か考えはあるのかと白音が試しに聞いてみたが、やはりというか何というか、佳奈は軽く肩をすくめただけだった。
 三人はもう十年以上もずっと一緒につるんでいる幼なじみだったから、よくよく分かっている。
 こういう時、佳奈はあまり計画的に物事を考えてはいない。

 莉美の方もちらっと見てみたが、ふたりを傷つけてしまいそうで迂闊に手出しできないでいる。


「アタシ得意技はパンチなんだ。白音はなんかない?」
「ちょっと佳奈っ!! 丸投げっ?!」
「このままだとアタシたち消化されるかも?」
「…………これってやっぱ捕まってるんじゃなくて、食べられてるのね…………。なんかいろんなとこがピリピリするし。そのうち溶けちゃう?」

 白音がきっといいアイディアを出してくれると思って、佳奈は完全に期待する目になっている。
 まあでも……命がけで助けようとしてくれてこうなったんだしね、と白音は思う。

 自分たちが消化されていると聞いても魔法少女に変身していると、この程度の状況なら大丈夫、切り抜けられるという自信が湧いてきて、不思議と落ち着いていられた。
 そして、魔法少女としての力の使い方もまるで手に取るように理解できる。


「……待って、わたし何とかできるかもしれない」

 白音が体内の魔素オドを高め、手に魔力を集中させると光る剣が現れた。
 エネルギーだけで構成された実体のない剣のようだった。
 何とか手首だけ動かして、その剣をスライムに押し当てると、ジュワッと焼ける音がしてスライムが逃れ始めた。
 かなり効いているらしい。

 スライムの拘束が緩んで白音の体が少し自由になると、今度は剣を佳奈に当てないように注意しながらスライムを次々に焼いていく。

 激しく沸騰するスライムが大量の蒸気を発して一瞬何も見えなくなるが、やがてそのもやが晴れると白音はスライムからの脱出に成功していた。
 桜の魔法少女が、紅玉の魔法少女をお姫様抱っこして仁王立ちしている。

「あらヤダ、イケメン」
「小さい時は逆だったから、お返しね」


 スライムは強敵を前にして早々に撤退を決めたようだった。
 魔法少女たちから逃れようと一斉に動き始める。
 しかしこのままにしておけば、対抗するすべを持たない街の人たちに被害が出るだろう。
 放置するわけにはいかない。
 視線だけで合図を送ると、三人ともスライムたちを逃すまいと攻撃を始めた。

 佳奈は先程自分で言っていたように、魔力で強化した拳で戦うようだった。
 莉美は魔力を収束させたビームのようなものを放つ。

 三人がそれぞれの武器に魔力を込めて攻撃すれば、スライムに対して効果はあるようだった。
 しかし弱らせはするもののなかなか倒すには至らないようで、数も大量にいるためらちががあかなかった。


「白音ちゃん、なんとかしてよ」

 頼りになる先輩魔法少女ふたりはやはりと言うべきか、完全に白音にお任せをする構えのようだった。

 しかし白音は「なんとかして」と言われた瞬間、何故かスライムの対処法を理解した。
 分かったと言うよりは思い出した、という感覚に近い。

「もう…………。分かったわよ」

 白音がスライムに向かって素早く何度も光の剣を振るうと、焦げ臭い匂いと共に一気に体積が減っていく。
 そうしているとやがて、小さくなったスライムの体内に硬質なクリスタルのような物が視認できるようになる。
 それを狙い澄ました一撃で両断すると、スライムは形が崩れてただの水たまりになってしまった。

「おおー」

 ふたりが感心する間にも、白音は超速で片っ端からスライムを水たまりに変えていく。

「何アレ、こわい」
「いや、かっこいいから!!」

 佳奈はからかい半分に、莉美は素直に白音の手腕に感心している。

 そして次第に要領を得てくると、白音がクリスタルを露出させて佳奈と莉美がそれを砕くという連携スタイルになり、より効率よくスライムたちを倒せるようになった。

「すごいすごい。魔法の使い方とか戦い方とか、変身すると体が勝手に動くのね!!」

 白音がなんだか少し、はしゃいでいるようだった。
 佳奈と莉美が最近あまり見ていなかった白音の素顔だ。
 その笑顔につられて、ふたりも幼い頃に戻ったような気分になっていく。

 ただ佳奈と莉美の経験上では、初めて変身した時には魔法や力の使い方はすぐに分かった。
 しかし体捌きは素人同然でとても白音のようにはいかなかった。

 小さな頃から魔法少女だった佳奈は戦い方は時間をかけて独学で学んだものだし、莉美に至っては戦闘時の体の使い方などまったく知らない。
 プロの戦士のようにスライムを片付けていく白音のその様は、とても今し方魔法少女になったばかりの女子高生だとは思えなかった。

 しかし、そんな風に白音が先陣を切って進んで行くところも含めて、以前の『悪ガキども』に戻れたように三人には感じられていた。


 ようやくすべてが片付いた頃にはさすがに三人とも、あまりのスライムの量にうんざりしていた。
 当分の間は『あんかけ』とか『ゼリー』とかは食べたくないかもしれない。

「でもまあさすが白音。やっぱピンクだったね」
「うんうん。やっぱりそうだよね」

 佳奈と莉美が、白音のコスチュームの色のことで勝手に盛り上がっている。

「いやこのコスチューム、白じゃない?」

 確かにピンクのふんだんに使われた衣装ではあるが、白音の言うように白だと思って見れば白にピンクの装飾が入っている、とも解釈はできる。

「いやいや、絶対ピンクだよ」
「うん、ピンク。ピンクはリーダーの色だよね?」



 なるほど、それでふたりはコスチュームの色を気にしていたのかと得心をする。
 しかしリーダー云々よりも、白音には重要な事がある。

「と・こ・ろ・で。あんたやっぱりあの時の赤い魔法少女だったのよね? ちょっとでっかくなってるけど間違いないわ。なんで言ってくれなかったの?」
「あ、あー…………。そんなに深い意味は無いんだけど……、当時は正義のヒロインごっこに夢中で。人を助けて名乗らずに去って行くのがかっこいいと思ってただけで……」

 ぐいっと桜色の魔法少女が一歩近づいてきた。

「あとから言う機会がいくらでもあったよね?」
「いや、なんか今更感というか……時間が経つと言いにくくなってきて、まあいいかなと……」

 鮮紅色の魔法少女が半歩後ろに下がる。

「まあいいかなっ!?」
「いやホントごめんて。すぐ言えば良かったと思ってたんだ」

 白音がズンズンと怒りの剣幕で近づくと、佳奈がちょっとオロオロし始めた。
 そして手の届く所まで近づくと、白音が佳奈を捕まえる。ようやく正体を突き止めた。
 そしてずっと憧れていた魔法少女を両手で、ぎゅっと抱きしめる。

「ありがと。ずっとお礼を言いたかったんだよ?」


名字川白音なじかわしらねは魔法少女である』
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