ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第一部 魔法少女は、ふたつの世界を天翔る

第14話 さくら、散る その三

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※当話の挿絵には、残酷、グロテスクな表現があります。閲覧に際しましてはご注意いただけますようお願い致します。



 狐面の巫女を捕らえた白音の意識に、そらから精神連携マインドリンクで情報が送られてきた。
 現実の光景に重ねるようにして視界の中に、赤い点が示される。
 それは、巫女の星石の位置を教えてくれていた。

 魔力を扱える者なら誰しも、集中して魔力を辿れば星石のなんとなくの位置は分かる。
 しかしそらのおかげで、ピンポイントでそれを追えるようになった。
 それはそらの意思表示でもあろう。

 おかげでもう、必要以上に巫女の体に傷をつけずにすみそうだった。
 白音は光の剣イセリアルブレードを極細に収束させると、その星石を一撃で貫いた。


「ウぐおおオぉぉぅ!!」

 言葉にならない慟哭を上げて巫女は事切れた。
 本当に糸の切れた操り人形のように力を失った。
 錆び臭い血の匂いに混じって、白檀の香りが舞い上がる。
 白音は、巫女を抱きかかえてそっと地面に横たえた。

「まだ油断しないで!」

 その様子を見ていたそらが叫んだ。
 くノ一の鎖骨の辺りに刺し傷を見つけて圧迫止血していたのだが、その傷跡と巫女の攻撃方法が一致しない。
 彼女を襲撃した者は巫女ではなく、別にいるとそらは判断した。

 その時くノ一が微かに意識を取り戻す。

「気を…………つけて。敵は……隠形おんぎょう、できる……」

 そらはくノ一の魔力紋エーテルパターンを読んでその能力は把握している。
 彼女はデータにあったとおり、隠密行動のスペシャリストである。
 有能な諜報員だろう。
 それにもかかわらず、彼女を騙しおおせて不意を突いた者がいる、ということだ。


「惜シい、ちょっと違うネ」

 そらのすぐ後ろでからかうような調子の囁き声が聞こえた。
 同時に腰の辺りに焼けるような痛みが走る。

「うぐっ……」
「そらちゃん!」

 莉美が咄嗟にそらとその声の主の間に魔力障壁を張った。
 莉美の障壁は琥珀色の半透明で、向こう側を視認することができる。
 声の主、その女はゆうに地面に届く長さの髪をうねうねと蠢かせて不敵に笑っていた。
 先程の痛みは、その髪を武器にしてそらを背後から突き刺したのだ。

 女は体にぴったりと張り付く、革のような少し光沢のある素材のコスチュームを身に纏っている。
 全身が黒で統一されており、体の線を強調するようなデザインだが、スカート部分がやや女性らしさを感じさせる。
 ただ、スタッズやリベット、ごつごつとしたメタルパーツがあちこちに装飾されているので、攻撃的な内面がそのまま顕在化したような印象を与える。
 今まで見てきた人たちとはまったく印象の違うコスチュームだが、魔力の感じからするとやはり魔法少女なのだろう。
 動きやすさを重視したスタイルだと思えた。


「急所はうまく外シたみたいだネぇ。一撃で殺シてやろうと思ってたのに」

 莉美が魔力障壁をさらに強化しつつ、外側へ押し拡げていく。
 普通の基本魔法プライマルなら魔力障壁を変形させて拡張していくことなどできないのだが、莉美にはできるらしい。
 障壁がその黒レザーの女をじりじりと押して後退させていく。

「そらちゃん、平気?」
「うん。莉美ちゃんありがとなの。ぎりぎりで位置が特定できたから、急所を外して刺させた」

 そらは再びくノ一の止血を試みている。
 それを聞いた女がにやりと笑う。

「おやおや、ガキが強がるんだネ。わざと刺させまシたって?」
「魔力を糸状にして複数操って、それで切断、刺突をしてくる。隠密能力は持ってない。突然姿を現したのは別の誰かの魔法」

 刺されることでほんの一瞬だが接触状態になり、それで少しだけ魔力紋エーテルパターンを読んだのだ。
 黒レザーの女が片頬を引きつらせる。

「まだその忍者も死んでないみたいだシ。ひょっとシてあんたたち、強いのかい?」

 そらの言葉はマインドリンクで共有されているので、既に全員状況は把握している。
 白音たちが助けに入ろうとするのだが、皮肉なことに莉美の障壁に阻まれてしまっていた。
 回り込んでその女を狙おうにも、障壁の大きさがあだになる。

「この壁、堅そうネ。でも、不器用だネ。綺麗に揃ってない。力押シじゃ破れないだろうけど、こういうのは力じゃないんだよ」

 障壁に押されてじりじり後退していた女の髪がぶわっと逆立つ。
 魔力で妖しく輝いている。

「だめっ。一恵ちゃん、わたしを向こうへ!!」

 頷いて一恵が、障壁の向こう側へ白音を転移させる。
 リーパーによって一恵の転移能力は強化され、ゲートを使わずに直接人を移動させることができるようになっている。

 白音は障壁と莉美の間に立った。
 この女は莉美の障壁を破る。そういう予感がした。
 何千本、何万本という女の髪が障壁に突き立つ。
 よく見れば細かい綻びが障壁の表面には無数に存在し、そこへ髪が殺到しているのだ。
 そして、徐々にその綻びを広げ、やがてひびを入れる。
 ズブッ。
 莉美の前に立ちはだかっている白音から嫌な音が聞こえた。

「白音ちゃん!!」
「へーき、へーきよ、莉美」

 白音は笑んで見せたが、障壁をこじ開けた髪の毛がひと束、白音の胸に突き立っていた。

「平気なのかい? ならこれならどうだい?」

 さらに大量の髪が障壁にできた亀裂や隙間に群がり、ねじ込まれていく。
 堅牢だったはずの莉美の障壁が、やがて耐えきれなくなって粉々に砕けて爆ぜた。
 障壁に大きな穴を開けることに成功した髪の毛は生き物のように蠢き、次なる得物を求めて乱舞する。

 ドスドスッドスッドスッ!
 白音は切断髪をすべてその身で受け止めた。
 痛みに顔を歪めながらも、一本たりとも莉美たちの方へは向かわせない。



「白音ちゃんっっ!! 白音ちゃんっっ!!!」

 莉美とそらの声が混じり、そして途中から悲痛な叫びへと変わった。

「貴様ぁ!!! 白音を放せぇぇぇぇ!!」

 白音の身体から鮮血が吹き出すのを見た佳奈は、怒りの咆哮を上げた。
 彼我を隔てる琥珀色の壁を力任せに殴りつける。
 実験場でのテストでは傷ひとつ付けることのできなかった莉美の魔力障壁バリアを、一撃で粉砕してしまった。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」

 一恵が半狂乱になって叫んだ。
 白音が大量の髪の毛に貫かれる様を目の当たりにして、視界が怒りに染まった。
 白音と殺すべき敵の女以外、何も見えなくなっていく。
 一恵は断固たる殺意を何度も連呼しながら、障壁の向こうへと自らを転移させた。

 だが佳奈と一恵、ふたりが踏み込もうとするその先の空間は、悪意に蠢く切断髪で満たされている。
 進もうとするたびに傷だらけになり、にやにやと薄笑いを浮かべた黒レザーの女には近づくことができなかった。
 佳奈と一恵は、正義の魔法少女が言ってはならないような事を口々にわめいていたが、どんなに怒気を放とうとも、どうしてもその女に手が届かない。


「星石と、脳は守ったみたいだネぇ。あんたたち、みんな急所外すの上手いのかい? でもネ、それ以外の臓腑をみんなズタズタにシてシまえば、結局おんなじだよ?」

 突き立った何万本もの髪の毛を、さらに白音の体にねじり込んでいく。
 体の中で暴れて回っているのが白音にも伝わってくる。

「うぐあぁぁぁぁ! ぐほっ……、ごぼっ…………」

 喉の奥から血が湧き上がってきて、白音はくぐもった悲鳴と共に大量に吐血する。
 そして髪の毛が背中まで貫通して何本も飛び出すと、後ろにかばわれていた莉美に血の雨を降らせる。
 その生温かさが、莉美を半狂乱にさせた。

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 莉美の魔力がその体から止めどなく溢れ出し、やがて暴走を始めた。
 辺りが金色の闇に包まれていく。
 そして破壊の衝動へと変換されたその闇は、事の元凶、黒レザーの女へと向かった。
 恐ろしい切れ味を誇った女の髪の毛が、莫大な魔力量に抗しきれずじりじりと焼かれる。

 やがて白音を貫いていた髪は、莫大なエネルギーの奔流に呑み込まれてすべて消失してしまった。
 さらにその焼尽の輝きは、黒レザーの女の体をも捉え始めた。

「おっと、さすがにまずいネ。丸刈りにはされたくないシネ。今日はここまでにシておこう。まずはワンダウンだよ」

 女が指を鳴らすと、現れた時と同じく唐突に、ふっとその姿がかき消されるようにしていなくなってしまった。

 力なくくずおれていく白音を、佳奈が抱き留めた。
 佳奈とて、切断髪でぼろぼろにされてしまっている。
 白音はいまだ狂える莉美に、弱々しく手を伸ばした。

「大丈夫、大丈夫だから。莉美、落ち着いて………」

 それきりパタリと、白音の手が力を失って投げ出された。

「白音っ?! 白音ぇぇぇぇぇぇっ!!」
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