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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける
第1話 異世界の魔法少女 その二
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果たしてそれは、野生動物だった。
白音が神経を張り詰めて気配を探っていると、やがて姿を現す。
牛に似た四足歩行の動物。
白音は前世の記憶として知っている。『ランドルメア』と呼ばれている雑食性の大型動物だ。
肉質は非常に美味、しかし性格は荒っぽく縄張り意識が強い。
群れで行動し、時に人を襲うこともある。
そう、美味なのである。
転生後の白音の知識も合わせれば、その味は見てくれ同様牛と似ている。
白音はラッキーだと思った。
そして同時に、反射的にそんな事を思った自分に驚いてもいた。
自分はそれを狩って食べる気でいるのだ。
魔族の住む土地では比較的良く見かけ、またリンクスと共に敗残兵を率いて逃げ延びていた時にはよくお世話になった動物だ。
しかし転生してからの白音としては、さすがに野生動物を丸ごと捌いた経験などない。
ごく一般的な女子高生としての普通の気持ちと同時に、頭の中では既に目の前の美味しい食材の調理法が浮かんでいるのだ。
もちろん女子高生だろうと歴戦の近衛隊長だろうと、食べなければ死ぬのは確かだ。
何が起こるか分からない今後の事を考えれば、できるだけ食料は節約しておかなければならないだろう。
結局白音は、どちらかというと『ご馳走になります』という気持ちで夕食の調達に挑戦することにした。
そのランドルメアは、単独行動をしていた。群れからはぐれたのだろう。
本来ならこんな荒野に生息する生物ではないから、意外と人里が近いのかもしれない。
牛に似ているとは言え、雑食性である。
飢えていれば小動物どころか人でも襲って食べることがある。
体重は1トンを超えるだろう。
頭には白音よりも立派な角が生えていて力も強い。
たとえ群れからはぐれていたとしても、この強力無比な獣が他の動物に襲われることなどまずない。
しかしその強さ故に警戒心は薄い。
その戦闘力を凌駕できる狩人なら、実はたやすい獲物なのである。
白音が静かに近づいていくと、ランドルメアは白音を視界の正面に収めるように向き直り、姿勢を低くする。
地面を脚で掻いたりなどせず、蹄をぴったりと地面に付けている。
威嚇もなし、問答無用の戦闘態勢だ。
おそらくは相手も空腹なのだろう。
魔力で相手の強さを量らない獣にとっては、白音が魅力的な食材に見えているはずだ。
どちらが食材になるのかを決する戦いだった。
白音は遠慮なく体内の魔素を高め、それを右手に収束させていく。
白音の芸術的な剣技と相俟って恐るべき切れ味を誇る、光の剣が形成された。
苦痛はできるだけ少なく、一撃で屠り、そして美味しくいただくつもりだ。
荒野に、まるで闘牛場のような緊迫感が拡がっていく。
先に動いたのはランドルメアだった。多分白音の方がより食材として魅力的だったのだろう。
白音はまるでマタドールのように待ち構え、その巨大な食欲の塊を軽やかに横に飛んで躱す。
ランドルメアはその巨体故に急に進路が変更できない。
躱しざま、首筋の急所に光の剣を一撃、…………するつもりだった。
するつもりだったのだがその瞬間、白音は得体のしれない、猛烈な吐き気を覚え、そのせいで手元が狂ってしまった。
巨牛の首筋に手傷を与えたが、絶命させるには至らなかった。
「しまっ…………」
すれ違いざま巨牛は首を傾げた。
そして少しよろめいた白音の桜色の魔法少女コスチュームを、その鋭い角で引っかけた。
身体の底から沸いてくるようなよく分からない苦痛に呻きながら白音は、なすすべもなくそのまま引きずられていく。
そして巨牛が、くいっと首を振った。
僅かに振っただけなのだが、白音は軽々と10メートル以上、宙に放り上げられる。
もちろん白音はその翼で飛ぶことができるのだが、姿勢を取り戻す余裕もなくそのまま地面に叩きつけられてしまった。
「うぐっ…………」
ランドルメアが動きの止まった白音目がけて、再び角を向けている。
白音はどうにかよろよろと立ち上がったのだが、再び猛烈な吐き気に襲われた。
何度もえずくのだが、しかし少量の胃液以外は何も出てこない。
何かが喉元までせり上がってきているような感覚があって、それがそこで詰まっているのだ。
そのうち気管が狭窄し、息が吸えなくなった。
食べ物を喉に詰まらせて窒息する、そんな感覚だった。
白音が喉をかきむしるようにして苦しんでいると、ランドルメアが全速で突進してきた。
その角で思いっきり白音の胴を突き上げる。
荒野の砂礫を巻き上げながら、白音が壊れた人形か何かのように転がっていく。
魔法少女には魔力による防御があるためどうにか角で突き通されずにはすんだのだが、息が吸えず、強烈な痛みに呻くことすら許されずにいた。
次第次第に脳へ酸素が回らなくなり、やがて白音の意識が徐々に失われ始める。
ぼやけた視界にランドルメアが近づいてくるのが見える。
そしてひと声勝利の咆哮を上げて棹立ちになると、その蹄を白音の無防備な腹部に叩きつけた。
「ぐはぁぁっ!!」
だがその一撃でようやく喉に詰まっていたものが口から吐き出された。
ただの嘔吐ではなかった。
血混じりで赤黒いが、中にふよふよとした綺麗なピンク色の肉質のものが大量に混じっている。
白音は自分の内臓を吐いているのだと思った。
体の中で何が起こっているのかは理解できない。
ただ多分目の前の牛にやられる前からの異変だろう。
これまでの戦いでの無理がたたったのか、それとも異世界転移という未知の現象が、何か体調に異変をもたらしたのか。
いずれにせよ、白音にはもう抵抗するだけの力がのこされていなかった。
(……そらちゃん……いつきちゃん……、もしひとりでこんなのに出会ったら…………。きっと、佳奈にしか止められ、ない……。一恵ちゃん、なら次元魔法で何とかしてくれる…………。莉美なら……、美味しく調理しそうよね……。みんな一緒にいてくれればいいんだ……ケド……。わたし、このまま……死ぬの……かな…………)
◇
ぬらぬらとした不定型な『それ』の調理は、実に大雑把でいい加減なやり方だった。
しかしそれでも新鮮な肉に焚き火の火が通り、食欲をそそる良い匂いが周囲に立ちこめてきた。
その時、白音の手が僅かに動いた。
「ん…………良い匂い……。莉美?」
気絶はしていたが空腹で飢えていた白音は、鼻腔を食欲に刺激されて目を覚ました。
なんとなく、莉美がそこにいるのかと思った。
ぼんやりと浮かぶ視界に、肉を焼いている人の姿が浮かぶ。
その人影がスキレットの取っ手を握ると、かなり熱かったらしく、慌てて手を引っ込めた。
(当たり前よ。莉美がそんな初歩的なミス…………)
するわけはないと思った。それで白音は慌てて体を起こす。
揺らめく焚き火の炎に照らされた『それ』はてらてらと輝いていて、まるで皮膚を全部剥がしたむき身の人間のように見えた。
「!?!!! 化け物っ!?」
白音はまだ体が上手く動かなかったので、手に光の剣を出現させて形ばかりの戦闘態勢を取る。
だが、不定形生物は無抵抗に腕を差し出して白音の正面を向いた。
「待ツ。ワタシ、敵違ウ。悪イナい」
片言だったがこの世界の言葉ではない。
それが日本語だったので白音は少し冷静になった。
「焼ケタ。食ベル。元気スル」
多分熱くて触れないのだろう、焚き火にかけられたままのスキレットを指のようなもので指し示している。
「…………」
ただ焼いただけのランドルメアの肉だったが、それはとても美味しそうに見えた。
見た目は化け物だが、その不定形生物に敵意はなさそうだった。警戒しつつも白音は光の剣を収める。
そして無言でリュックの中から軍手を取り出し、スキレットを火から下ろす。
リュックにそんな物を入れている魔法少女は白音くらいのものだろう。
「………………どうぞ」
アルミ製のトレーに肉を半分取り分けて『それ』に差し出した。
ぬらぬらとした表面にさざ波のようなものが拡がってくのが見えた。
喜んでいるのかもしれない。
『それ』はもう熱くないのを慎重に確認すると、指(だと思っていた部分)でその肉に触れた。
すると焼きたての肉はそこから体内に吸収されていった。
「うう……」
サイコロ状だった肉の塊が、徐々に体内で分解されて消えていく。
『それ』の身体は結構透明度が高いらしくよく見える。
「ナニ?」
「いや、いえ……うん。わたしもいただきます。ありがとう」
『それ』には多分、こちらを害する気はないのだろうと白音は判断した。
辺りは薄暗くなり、もうすぐ夜闇が訪れる頃合いのようだった。
どのくらいの間気を失っていたのか分からないが、牛を狩ろうとした時から数時間は経っていそうだった。
もし『それ』が白音に対して何かする気があったなら、何とでも出来ていたはずだ。
それこそ食べる気なら、丸ごと消化してしまう時間が十分あったように思う。
今こうして焚き火を囲んでいるのだから、少なくとも頭から呑み込まれたりはしないのだろう。
「思ッテタ、違ウ」
『それ』がぼそりと呟いた。
「ん?」
「味、ナイ」
『それ』は焼き肉が美味しくないと言いたいようだった。
確かに調味料も何も使わず、ただ焼いただけの肉だ。
白音の基準ではそれは「美味しくない」。
しかし前世――デイジー基準では、野戦行軍中にこんなものが食べられたら大変なご馳走である。
この化け物はグルメなのかもしれない。
「分かった、ちょっと待って」
『それ』に一挙手一投足を見守られる中、白音がごそごそとリュックを漁る。
さすがに調味料は持ってきていなかったが、丁度いい物があった。
ガーリックペッパー味とかいうポテトチップスだ。
これを袋の中で細かく砕き、フレーク状になった物を肉の上からぱらぱらと振りかける。
食料は貴重なのだが、節約は、うん、明日からにしよう、と白音は思った。
何となくだが分かってきた。
先程白音を腹の足しにしようとしていたランドルメアを倒したのは、この『化け物』なのだ。
そして焚き火のそばで介抱してくれて、倒したランドルメアを白音のために調理してくれたのだ。
この恩人に報いるため、ささやかな味付けをするくらいの贅沢は許されるだろう。
即席の香辛料が振りかけられた肉を、『それ』が今度は口から摂取する。
先程から白音の食べ方をじっと観察していたようだから、その真似をしているのだろう。
じわあぁぁぁっと肉塊が消えて無くなると、ぷるぷるぷるぷる、と『それ』の表面が激しく波立った。
美味しかったらしい。
なんだか面白い。
白音が神経を張り詰めて気配を探っていると、やがて姿を現す。
牛に似た四足歩行の動物。
白音は前世の記憶として知っている。『ランドルメア』と呼ばれている雑食性の大型動物だ。
肉質は非常に美味、しかし性格は荒っぽく縄張り意識が強い。
群れで行動し、時に人を襲うこともある。
そう、美味なのである。
転生後の白音の知識も合わせれば、その味は見てくれ同様牛と似ている。
白音はラッキーだと思った。
そして同時に、反射的にそんな事を思った自分に驚いてもいた。
自分はそれを狩って食べる気でいるのだ。
魔族の住む土地では比較的良く見かけ、またリンクスと共に敗残兵を率いて逃げ延びていた時にはよくお世話になった動物だ。
しかし転生してからの白音としては、さすがに野生動物を丸ごと捌いた経験などない。
ごく一般的な女子高生としての普通の気持ちと同時に、頭の中では既に目の前の美味しい食材の調理法が浮かんでいるのだ。
もちろん女子高生だろうと歴戦の近衛隊長だろうと、食べなければ死ぬのは確かだ。
何が起こるか分からない今後の事を考えれば、できるだけ食料は節約しておかなければならないだろう。
結局白音は、どちらかというと『ご馳走になります』という気持ちで夕食の調達に挑戦することにした。
そのランドルメアは、単独行動をしていた。群れからはぐれたのだろう。
本来ならこんな荒野に生息する生物ではないから、意外と人里が近いのかもしれない。
牛に似ているとは言え、雑食性である。
飢えていれば小動物どころか人でも襲って食べることがある。
体重は1トンを超えるだろう。
頭には白音よりも立派な角が生えていて力も強い。
たとえ群れからはぐれていたとしても、この強力無比な獣が他の動物に襲われることなどまずない。
しかしその強さ故に警戒心は薄い。
その戦闘力を凌駕できる狩人なら、実はたやすい獲物なのである。
白音が静かに近づいていくと、ランドルメアは白音を視界の正面に収めるように向き直り、姿勢を低くする。
地面を脚で掻いたりなどせず、蹄をぴったりと地面に付けている。
威嚇もなし、問答無用の戦闘態勢だ。
おそらくは相手も空腹なのだろう。
魔力で相手の強さを量らない獣にとっては、白音が魅力的な食材に見えているはずだ。
どちらが食材になるのかを決する戦いだった。
白音は遠慮なく体内の魔素を高め、それを右手に収束させていく。
白音の芸術的な剣技と相俟って恐るべき切れ味を誇る、光の剣が形成された。
苦痛はできるだけ少なく、一撃で屠り、そして美味しくいただくつもりだ。
荒野に、まるで闘牛場のような緊迫感が拡がっていく。
先に動いたのはランドルメアだった。多分白音の方がより食材として魅力的だったのだろう。
白音はまるでマタドールのように待ち構え、その巨大な食欲の塊を軽やかに横に飛んで躱す。
ランドルメアはその巨体故に急に進路が変更できない。
躱しざま、首筋の急所に光の剣を一撃、…………するつもりだった。
するつもりだったのだがその瞬間、白音は得体のしれない、猛烈な吐き気を覚え、そのせいで手元が狂ってしまった。
巨牛の首筋に手傷を与えたが、絶命させるには至らなかった。
「しまっ…………」
すれ違いざま巨牛は首を傾げた。
そして少しよろめいた白音の桜色の魔法少女コスチュームを、その鋭い角で引っかけた。
身体の底から沸いてくるようなよく分からない苦痛に呻きながら白音は、なすすべもなくそのまま引きずられていく。
そして巨牛が、くいっと首を振った。
僅かに振っただけなのだが、白音は軽々と10メートル以上、宙に放り上げられる。
もちろん白音はその翼で飛ぶことができるのだが、姿勢を取り戻す余裕もなくそのまま地面に叩きつけられてしまった。
「うぐっ…………」
ランドルメアが動きの止まった白音目がけて、再び角を向けている。
白音はどうにかよろよろと立ち上がったのだが、再び猛烈な吐き気に襲われた。
何度もえずくのだが、しかし少量の胃液以外は何も出てこない。
何かが喉元までせり上がってきているような感覚があって、それがそこで詰まっているのだ。
そのうち気管が狭窄し、息が吸えなくなった。
食べ物を喉に詰まらせて窒息する、そんな感覚だった。
白音が喉をかきむしるようにして苦しんでいると、ランドルメアが全速で突進してきた。
その角で思いっきり白音の胴を突き上げる。
荒野の砂礫を巻き上げながら、白音が壊れた人形か何かのように転がっていく。
魔法少女には魔力による防御があるためどうにか角で突き通されずにはすんだのだが、息が吸えず、強烈な痛みに呻くことすら許されずにいた。
次第次第に脳へ酸素が回らなくなり、やがて白音の意識が徐々に失われ始める。
ぼやけた視界にランドルメアが近づいてくるのが見える。
そしてひと声勝利の咆哮を上げて棹立ちになると、その蹄を白音の無防備な腹部に叩きつけた。
「ぐはぁぁっ!!」
だがその一撃でようやく喉に詰まっていたものが口から吐き出された。
ただの嘔吐ではなかった。
血混じりで赤黒いが、中にふよふよとした綺麗なピンク色の肉質のものが大量に混じっている。
白音は自分の内臓を吐いているのだと思った。
体の中で何が起こっているのかは理解できない。
ただ多分目の前の牛にやられる前からの異変だろう。
これまでの戦いでの無理がたたったのか、それとも異世界転移という未知の現象が、何か体調に異変をもたらしたのか。
いずれにせよ、白音にはもう抵抗するだけの力がのこされていなかった。
(……そらちゃん……いつきちゃん……、もしひとりでこんなのに出会ったら…………。きっと、佳奈にしか止められ、ない……。一恵ちゃん、なら次元魔法で何とかしてくれる…………。莉美なら……、美味しく調理しそうよね……。みんな一緒にいてくれればいいんだ……ケド……。わたし、このまま……死ぬの……かな…………)
◇
ぬらぬらとした不定型な『それ』の調理は、実に大雑把でいい加減なやり方だった。
しかしそれでも新鮮な肉に焚き火の火が通り、食欲をそそる良い匂いが周囲に立ちこめてきた。
その時、白音の手が僅かに動いた。
「ん…………良い匂い……。莉美?」
気絶はしていたが空腹で飢えていた白音は、鼻腔を食欲に刺激されて目を覚ました。
なんとなく、莉美がそこにいるのかと思った。
ぼんやりと浮かぶ視界に、肉を焼いている人の姿が浮かぶ。
その人影がスキレットの取っ手を握ると、かなり熱かったらしく、慌てて手を引っ込めた。
(当たり前よ。莉美がそんな初歩的なミス…………)
するわけはないと思った。それで白音は慌てて体を起こす。
揺らめく焚き火の炎に照らされた『それ』はてらてらと輝いていて、まるで皮膚を全部剥がしたむき身の人間のように見えた。
「!?!!! 化け物っ!?」
白音はまだ体が上手く動かなかったので、手に光の剣を出現させて形ばかりの戦闘態勢を取る。
だが、不定形生物は無抵抗に腕を差し出して白音の正面を向いた。
「待ツ。ワタシ、敵違ウ。悪イナい」
片言だったがこの世界の言葉ではない。
それが日本語だったので白音は少し冷静になった。
「焼ケタ。食ベル。元気スル」
多分熱くて触れないのだろう、焚き火にかけられたままのスキレットを指のようなもので指し示している。
「…………」
ただ焼いただけのランドルメアの肉だったが、それはとても美味しそうに見えた。
見た目は化け物だが、その不定形生物に敵意はなさそうだった。警戒しつつも白音は光の剣を収める。
そして無言でリュックの中から軍手を取り出し、スキレットを火から下ろす。
リュックにそんな物を入れている魔法少女は白音くらいのものだろう。
「………………どうぞ」
アルミ製のトレーに肉を半分取り分けて『それ』に差し出した。
ぬらぬらとした表面にさざ波のようなものが拡がってくのが見えた。
喜んでいるのかもしれない。
『それ』はもう熱くないのを慎重に確認すると、指(だと思っていた部分)でその肉に触れた。
すると焼きたての肉はそこから体内に吸収されていった。
「うう……」
サイコロ状だった肉の塊が、徐々に体内で分解されて消えていく。
『それ』の身体は結構透明度が高いらしくよく見える。
「ナニ?」
「いや、いえ……うん。わたしもいただきます。ありがとう」
『それ』には多分、こちらを害する気はないのだろうと白音は判断した。
辺りは薄暗くなり、もうすぐ夜闇が訪れる頃合いのようだった。
どのくらいの間気を失っていたのか分からないが、牛を狩ろうとした時から数時間は経っていそうだった。
もし『それ』が白音に対して何かする気があったなら、何とでも出来ていたはずだ。
それこそ食べる気なら、丸ごと消化してしまう時間が十分あったように思う。
今こうして焚き火を囲んでいるのだから、少なくとも頭から呑み込まれたりはしないのだろう。
「思ッテタ、違ウ」
『それ』がぼそりと呟いた。
「ん?」
「味、ナイ」
『それ』は焼き肉が美味しくないと言いたいようだった。
確かに調味料も何も使わず、ただ焼いただけの肉だ。
白音の基準ではそれは「美味しくない」。
しかし前世――デイジー基準では、野戦行軍中にこんなものが食べられたら大変なご馳走である。
この化け物はグルメなのかもしれない。
「分かった、ちょっと待って」
『それ』に一挙手一投足を見守られる中、白音がごそごそとリュックを漁る。
さすがに調味料は持ってきていなかったが、丁度いい物があった。
ガーリックペッパー味とかいうポテトチップスだ。
これを袋の中で細かく砕き、フレーク状になった物を肉の上からぱらぱらと振りかける。
食料は貴重なのだが、節約は、うん、明日からにしよう、と白音は思った。
何となくだが分かってきた。
先程白音を腹の足しにしようとしていたランドルメアを倒したのは、この『化け物』なのだ。
そして焚き火のそばで介抱してくれて、倒したランドルメアを白音のために調理してくれたのだ。
この恩人に報いるため、ささやかな味付けをするくらいの贅沢は許されるだろう。
即席の香辛料が振りかけられた肉を、『それ』が今度は口から摂取する。
先程から白音の食べ方をじっと観察していたようだから、その真似をしているのだろう。
じわあぁぁぁっと肉塊が消えて無くなると、ぷるぷるぷるぷる、と『それ』の表面が激しく波立った。
美味しかったらしい。
なんだか面白い。
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