ドリフトシンドローム~魔法少女は世界をはみ出す~【第二部】

音無やんぐ

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第二部 魔法少女は、ふたつの世界を天秤にかける

第4話 この素晴らしき異世界に女子会を その五

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 白音はようやく合流できた火浦ひうらいつきから、菓子類だけで飢えを凌いできたと聞かされた。
 そこで、どこか食事のできるところで今後の相談をしようと提案する。
 その手には、しっかりと金貨の詰まった革袋が握られていた。


「さすがねえさんっす。もう資金調達してるなんて!!」

 むくつけきおっさん三人が金貨の入った革袋を手に、昼間からやっている酒場を物色してひそひそと相談をする。
 見た目がファストフード店のような、派手な色合いの看板が上がっている店があったので、そこを選んで入ってみることにした。

 そこは看板は派手だが、店内のしつらえは年季の入った酒場だった。
 店主も魔力を持たないごく普通の人族に見える。
 白音は前世で人族社会に潜入調査をした経験があったから、人族の酒場というものは一応知っている。
 特に違和感のない雰囲気だと思う。

 しかし、三人が席に着くなり紙製のメニューを渡された。
 どことなくファミレスのシステムを想起させる。
 メニューの内容も、ファミレスとファストフードと居酒屋を足して割ったような取り合わせだ。
 酒のつまみにはちょっとどうかと思うようなものもあるが、多分この異境の地でこんなものが食べられる、ということが重要なのだろう。

 こんな時だが、白音たちもちょっとテンションが上がるのを感じていた。

「コーラ!!」

 真っ先にリプリンが手を上げた。
 メニューにコーラが載っていたのにはさすがに驚いた。
 相当現世文化が浸透しているらしい。

 明らかに逆巻姉妹から聞いていた状況よりも、さらに異世界召喚が頻発しているのだろう。
 異世界召喚を止めたい白音たちにとっては、事態がどんどん悪化していることになる。
 憂慮すべき事態ではあるが、しかしそれはそれとして、むくつけきおっさん三人がハンバーグ定食やカレーなどを喜々として注文する。

 若者が多い町であり、また現地の人族にとっても物珍しいメニューなのだろう。
 本来なら子供が好みそうなメニューばかりだが、それで成立しているらしい。
 アルコール以外の飲み物も充実しているので、お酒を頼まなくとも違和感はなさそうだった。
 この異世界には飲酒を年齢で制限するような法律はない。
 とはいえいくら幻術で誤魔化したところで、実際には魔法少女三人組である。
 コンプライアンスに挑戦するような事態にならなくてよかったと思う。

 三人は安心してカフェラテやオレンジシュースを注文する。
 リプリンはコーラにアイスクリームを乗せて、コーラフロートにしてもらっていた。そんなものまで作れるらしい。
 白音は滅多に炭酸系のものを飲まないから、実はリプリンは白音の中から世界を覗いていて、しゅわしゅわと泡立つコーラに大変な興味を抱いていたらしい。


 結局は女子会になった。
 そしてこんなところで食べられるとは思っていなかった現世料理の味にちょっと感動しながら、情報交換をする。

「会話聞かれないように、音消しとくっすよ」

 いつきが手早く魔法を使った。

「そういえばいつきちゃん、変身しなくても魔法使えるようになったの? それに音も操れるようになったみたいだし」
「いえ、ずっと変身したままっすよ? 知らない場所は怖いっすから」

 変身しておいて、幻術で死体とか、おっさんとか、そういう外見に見せかけているらしい。
 当然見た目は騙せても魔力でばれてしまっては意味が無いので、そちらも感知されないように幻惑している。
 魔力さえ隠していれば、変身していないどころか、一般人に見える。

「音は詩緖しおちゃんと一緒に特訓したっすよ。まだ消すくらいで、たいしたことはできなっいすね」
「いえいえ、十分すごいと思うわ」
「エヘヘ」

 いつきは謙遜しているが、根来ねくる衆との対決に赴く前に随分な特訓をしたことが窺える。
 いつの頃からかは分からないが、いつきはアイドルよりも白音たちと一緒に魔法少女でいることを望むようになっていたのだろう。
 同じネットアイドルグループ『エレメントスケイプ』のメンバー風見詩緖かざみしおは、いつきと一緒に特訓をしていてそのことに気づいたのだ。
 だから異世界へと旅立つ白音たちと一緒について行くように、いつきの背中を押してくれたのだ。



 いつきによると、彼女も白音と同じように、気がついたら荒野のど真ん中にひとりでいたらしい。
 そして途方に暮れていた時に、召喚英雄と思しき一団に出会った。
 しかしなんだか怪しいと感じたので、幻覚魔法で老人男性に偽装して接触することにした。
 そうしたら案の定人さらいだったので、馬車の中で何か伝染病っぽいものが発病してどんどん弱っていく様を幻覚で演出して見せた。
 すると悪態をつかれながら、格安であの雑貨屋に売られたのだった。

 もともとあの座敷牢の檻は開いていたのだそうだ。
 幻覚で閉じ込められているように見せかけて情報収集に努めていたら、白音たちが来てくれたというわけだった。

「姐さんなら見ず知らずの老人でも、助けるために買うって言ってくれそうだったっすから、吹っかけられないように、死体のフリしたんす」
「そう……」

 いつきは、とても十四歳とは思えないほどに危機管理がしっかりしている。
 周囲のこともよく観察しているようだ。
 人心を手玉に取る幻術の使い手は、みんなこんな風なんだろうか。
 白音は自分が油断しすぎで、お人好しすぎたことを反省する。

「僕らはあんまり戦えないっすから、追い詰められたら終わりなんで慎重なだけっすよ」
「でも、良かった。無事でホント良かった」

「それで……」

 いつきがリプリンに向き直った。

「この子はなんなんすか? 最初ホントに化け物かと思ってびっくりしたっすけど」
「化け物じゃない!!」

 リプリンがぷっと頬を膨らませた。

「ごめんっす、ごめんっす。いきなりだったんで驚いただけっすよ」

 スライムの両目に、しわぁぁぁぁっと濃いカラメルの色が広がり、炭酸の気泡が上へと昇っていくのが見えた。
 コーラが体内に取り込まれていく。

「………………。人じゃあないんすよね?」
「わたしリプリン!!」
「プリン?」
「食べちゃダメ」
「はあ…………」

 会話が進まない。

「悪いスライムじゃないのよ」

 白音が助け船を出す。
 白音が昨日起こった事をいつきに説明する。
 そして彼女が半年余りの間、ずっと自分のおなかにいたということも。

「スライムを、育ててたんすねぇ…………。白音姐さんと、莉美姐さんの子供みたいっすね……」


 リプリンの顔立ちが、白音と莉美に何となく似ていることにいつきも気づいていたらしい。
 まあ実際、ほとんど白音と莉美の魔力を栄養にして育っているから、育ての両親ではある。

「莉美パパ! 会いたい!!」
「莉美姐さんがパパなんすね、ナハハ」

 いつきのツボにはまったらしい。

「僕も小姑くらいには数えて欲しいっすね」

 いつきが自分のカレーをひと口スプーンに乗せて、リプリンに差し出す。
 リプリンはぱくっと食べて例のさざ波をいつきに披露する。

「いつきおばちゃん!!」
「あ……、それは嫌っすね…………」

 カレーは瞳のところまで昇ってこないらしい。

「ふふ……。それで、いつきちゃんは他の子たちの事は何か知らない?」
「何も知らないっすね……。姐さんもっすか…………」


 それまで笑っていたいつきが、急に真顔になった。

「姐さん……。その、お伝えしないといけない事が…………」

 いつきは、一恵の最期を白音に語って聞かせた。


 異世界へのゲートを誰にも利用させないために、次元魔術を使って完璧な防護結界を張ってくれたこと。
 一恵が『仮初めの肉体』と呼んでいた自身の体に限界がきて、崩壊を始めたこと。
 それでも諦めずに、自身の記憶をちびそらに託したこと。
 偽物の魂しか持っていない一恵は星石と魂が融合しておらず、星石による復活の望みはもう無いこと。
 一恵はそれでも最期まで凛として、神一恵であり続けたこと。
 白音とキスしたいと言っていたこと。

 そして、肉体が崩壊して、一恵は消えていなくなってしまった。

 いつきは激しく嗚咽して、最後は声になっていなかった。
 一恵から預かったハンカチを白音に見せる。
 一恵らしい落ち着いた柄のハンカチで、満月の夜空が藍で染め抜かれたものだった。
 だがいつきはそのハンカチを決して使おうとはしなかったので、白音が自分のハンカチでいつきの涙を拭ってやる。

「そか……、そか……。一恵ちゃん…………」
「それでこっちの世界に来たら、誰もいなくて……。ポシェットに入ってたはずのちびそらちゃんも……いなくて……」

 いつきが肩から提げている山吹色のポシェットは、からになったままだった。

「もう、どうしていいか分からなくて……」
「ひとりでごめんね。もう大丈夫だからね。いっぱい泣いてね」

 白音が隣に席を移っていつきを優しく抱いてやる。
 小さなその背中に自分の熱を伝えたくて、きゅっと体を押しつける。

「姐さんは……」
「ん?」
「姐さんは、泣かなくて……いいんすか?」

 いつきはこんな時ですら、白音のことを心配してくれているみたいだった。

「わたし、お姉さんだから…………」

 だがそんな白音の強がりを、リプリンが最後まで言わせてくれなかった。

「白音ちゃん、こういう時、ひとりになったら泣くの。わたし知ってる」

 せっかく泣きたいだけ泣いてもらおうと思って格好を付けていたのに、白音の内緒事が盛大にばらされてしまった。

「わたし、白音ちゃんのことずっと見てたから知ってる」
「ちょっと、言わないでよ、もう……」

 ずっと白音の胎内にいて生活を共にしていたのだから、確かにリプリンには何もかもお見通しだろう。
 観念して白音も涙を溢れさせた。

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼし続ける白音といつきに、リプリンが少しぎこちない様子で寄り添う。
 そしていつまでも、震えるふたりの背中を撫で続けてくれた。

「あなたが、お姉さんみたいじゃないのよ…………」
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