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22.5・二郷木明日香と渚清治

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「清治ってば最近、田村敦子の話、多くない?」
「同じコースだからね。自然とそうなるよ」

 日曜午後のテラスカフェ。ほうじ茶のラテとレモンティー。どちらもアイスがちょうどいい暖かさだ。

「明日香は真二君の話が多い気もするよ。この間の映像課題発表から」
「そんなことない! 最近のスマホもなかなかいい動画が撮れるのねって話よ。それで、清治の方はどうなのよ。授業」
「うーん。文章表現の科目につまづいてるね。自分がいつも視覚映像として捉えている情報の言語化というのに齟齬が起こるんだよ。僕の思うままを言葉にしても教授はそれを採点してくれない。一般論、というものに僕はどうにも疎いらしくて。本を読むのは好きなんだけど、太宰や三島は情報システムと肌が合わないらしい」

 明日香はラテのストローを混ぜながら興味もなさそうに聞き流している。

「ねえ。今度パパが帰ってくる時、清治も顔出しなさいよ」
「そうだねえ。叔父さんにも久しく会ってないからね」
「いつも伯母様ばっかりじゃ話に新鮮味がないって、パパも言ってたわ」
「まあ、想像がつくよ。母は服飾と演劇にしか興味のない人だから。自分のことを女優だと思ってるんだよ」

 彼が言うと、明日香はしれっと言ってのける。

「女は誰でも女優よ。いつだって演じてるの」
「そうか。じゃあ僕は、演じていない明日香を知っている数少ない人間ってことだね」
「そんなことないわよ! 私は清治の前だって……」
「いい子のフリ、かい?」
「……」

 陽射しが翳る。遠くでタクシーに乗り込む二つの影。赤いシャツの少女は大事そうに大きめのバスケットを抱えていた。
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