上 下
57 / 80

56・作戦会議

しおりを挟む
 とりあえずドアチャイムを鳴らす。いつもより緊張気味に。
 田村さんが顔を出す――と思ったら東横さんだった。

「あの、ミス・レッドカーペットはコンビニへ……」

 僕はガッカリ気味に、

「いつの間にその設定思い出したの?」

「はあ……いきなりでしたが」

 とりあえず待たせてもらうために部屋へ上がった。いきなり段ボールの山が部屋の角に見えた。マリィがその上に鎮座する。

「何これ。田村さんが運び込んだの?」

 僕が訝し気に訊ねると、彼女は慌てて目の前で手を振る。

「いえ、これは私が――」

「東横さんが?」

「はい。レッドカーペットが、この部屋半分にジオラマを設定したいと」

 部屋半分なら、あとは寝どこ半分だ。ところで田村さんの姿がない。


 と、玄関のドアが開く。

「竜崎氏。荷物を取りに来て――」

 大荷物で顔も見えない姿で現れた。デマに乗せられてトイレットペーパーを爆買いした主婦のようだ。慌てて東横さんが玄関へ向かう。

「ふう。いろいろ買い過ぎたわ」

 額を拭う彼女に、

「見れば分かるよ。中身は何?」

 田村さんは意味ありげに目を細め、

「衝動買いよ。脈絡はないわ――」

 早速、袋を開けて出してきたのは大量の駄菓子――。

「どうするのこれ」

 趣旨の分からない僕があきれ果てた顔で問うと、

「今日からこの部屋は縁日の屋台になるの。竜崎君の映像作品のために。スーパープロデューサーは私。他にできることがないからコンセプトだけを考えさせてもらったわ」

 無茶苦茶だ。

「制作作品って――僕まだイメージも浮かんでないんだよ?」

 田村さんは凛とした顔で口にする。

「だから、そのお手伝い。竜崎君は、その縁日の達人の技を思う存分振るうがいいいわ」


 突飛もない思い付きだけれど、イメージできるものはある。白馬での縁日――それが記憶に残っているうちにイメージを形にするのだ。ただし、その具体案が浮かばない。

「まずは落ち着いてよ。素材が並んだだけじゃ、僕にもどうしようもない」

 僕は床に散らばった駄菓子を眺める。そこへ――、

「土台。シチュエーションが明確になれば私もお手伝いできると思います」

 東横さんが呟いた。

「シチュエーション?」

 僕が訊ねると、

「はい。縁日――と、ひと口にいっても、それだけでは具体的なジオラマはできません。例えば竜崎さんはどんなイメージで制作に入りたいですか? 前回は夕暮れのオレンジでした。街を作るひとつひとつのパーツがそれぞれ個性的に浮かび上がる、素敵な作品でした。今回は、どういったイメージでしょう?」

 僕の頭に浮かぶのは、田村さんが――乗り移った母が描いた青に赤。小さな金魚が泳いでいるその絵だ。それを心もとない気持ちのままに口にした。元々、母の絵を動かしたくて入った学校だ。


 田村さんが言う。

「金魚すくいしかないわね。この私が、一休さんすら真っ向勝負できなかった、絵に描いた金魚をすくい取って見せるわ」

 自信満々だ。僕は返す。

「画的には面白いけれど、そういうアニメーション的エフェクトはまだ習ってないよ。これはあくまで現実世界の中での映像効果を問われる作品だから」


 しばらく三人で黙る。東横さんが申し訳なさそうな、消えそうな雰囲気で、

「屋台を作るというのであれば、それは自信があります。金魚すくいも楽しそうなモチーフだと思います。最終的には竜崎さんが、それを映像に落とし込んでみたいかどうかですけど……」

 また黙る。今度は田村さんが難しそうな表情を浮かべて口にした。

「初子さんの絵。あれは二次元的なものだったけれど、浮かび上がりそうな立体感もあったわ。どうにかそれを三次元に引き上げるの。まるで『ぽい』の上にすくい取れそうなほどのリアリティで」

「簡単に言うけど、難しいよ。母さんの技術があれば、それはどうにかなるかもしれないけど」

 迂闊にもそう答えた僕に、

「できるわ。私がまた初子さんに身を任せる。彼女は竜崎君のために力になってくれると信じる」


 会話から置き去りになっていた東横さんが僕らの顔を見合わせながら小声で訊ねてくる。

「どういう――ことですか?」

 答えようのない僕は悩んだ挙句、彼女を部屋に呼ぶことにした。



 部屋を僕のマンションに移して、僕は東横さんに絵を見せる。青に赤――小さな金魚たちの絵を。

 彼女は明かりを灯した作業台に目を落として、

「すごい……生きてるみたいです……」

 マリィを連れてきた田村さんが彼女を抱いて、涼し気に言う。

「私が描いたらしいのよ。覚えていないけれど」

 最大の秘密をこともなげに口にした。

「それは、どういう――」

 東横さんが僕のあご先を見る。そうなると僕には説明責任が生じる。分かってもらえるかどうか自信はなかったが、僕と田村さんが体験した不思議な時間を、僕は語り始めた――。
しおりを挟む

処理中です...