都会ノ暮ラシ

テヅカミ ユーキ

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第一部「都会の暮らし」

27・母

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 いつも一緒に通い続けた父の通院先の病院のソファーで、崩れるようにして亡くなっていたという。母の話だ。

 葬儀には尋生と、弟の智樹が並んだ。長兄はその場にいなかった。腰を患っていた父の姿もなかった。

 弔問客にただただ頭を下げ続け、カトリックだった彼の家では教会で告別式が行われた。

 すべてが終わり、骨壺を抱えた弟と実家に帰ると、当然のように静けさだけがそこにあった。すでに尋生は三木のニュースをテレビで見ており、心はそちらへ傾いていた。しかしその前に、訊ねることがいくつかあった。


「父さんと兄ちゃんは、どこにおるとや」

 弟はネクタイを畳に投げ、現場仕事の荒くれ者そのままの仕草で台所の焼酎のボトルをつかみ、コップをふたつ持ってきた。間に置かれているのはアルミの灰皿ひとつだ。

「何か、こげんして飲むとも久しぶりたい」

 質問に答える気はなさそうに氷もないコップへ焼酎を注いだ。弟は即座に一杯を飲み干す。

「父さんのとっておきやけんね。飲まんね」

 操られるように飲んだ芋焼酎は、思いもかけず美味かった。

 ため息を吐くと、次に溢れてくるのは涙だ。が、

「兄ちゃんに泣く権利はなかけんね」

 弟は二杯目の焼酎をそれぞれのコップへ継ぎ足し、そして続ける。

「何も知らんとやけん。泣くことなかろうが」

 二杯目の焼酎に手を出せず煙草を抜いた時、

「道ノ尾の方に夜汽車って店のあったろう」

 小学生時分、父母に呼ばれてはカラオケを唄わされた店だ。帰りには必ず川口という焼き鳥屋で包みをもらい、家へ帰った。ただ、なぜその話なのかは分からない。

「そこの夜汽車が急に店ばたたんでね。そいから父さんもおらんごとなった」

 まさかと思う気持ちが胸を占める。頑固――とまではいかないが母を愛していた父。それは幼いころから感じていたことだ。

 智樹の話は続く。尋生はようやくで二杯目の焼酎に手をつけた。

「その頃から母さんがめっきり弱ってしもうて。で、次が兄ちゃんたい。家庭の不和ば一心に背負うて壊れた。元々そういうとこ弱か人やったけんね。奥さんも子供も置いて急に消えたよ。何の置手紙もなしに」

 ということは実質、母の面倒を見ていたのは智樹だけだ。そこへ詫びを挟もうとするが言葉が出ない。言葉ですむようなことではなかったのだ。

 なのに智樹は続ける。今までいなかった話し相手を見つけたように。

「オイだって色々あるばい。カミさんも子供二人も忘れてパーッと騒ぎたか時のね。いつも行くスナックにミユキちゃんて子のおる。オイはその子のためやったら何でもできるばい。それくらい入れ込んどる自分を分かっとる。でも、それだけたい。一緒になりたいとかどこかに逃げたいって気持ちはなか。嫁さん子供おるけんね。でも――」
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