都会ノ暮ラシ

テヅカミ ユーキ

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第二部「折り鶴の墓標」

2-5

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「え、そりゃ無理でしょう」

 週一回の生演奏で世話になる『ブレーメン』の徳升(とくます)が、まずは苦笑いで迎えた。

 徳升は若手のアルバイトだったが、大学時代からこの店で経験を積み、レコーディングからライブまで店の音作りを任されているミキサーだ。この相談のためにいつもより早く店を訪れた筧は、ここもダメかと顔に出して落胆した。

「じゃが、アイドルなんか昔っからいくらでもやっとるじゃろう」

 機械操作に弱くとも、筧も元はプロミュージシャンだ。下手糞なボーカルのレコーディングを投げたエンジニアが、ピッチやリズムを加工しているのは知っていた。音程や速度はあとから変更可能、というのが今も昔もレコーディングの世界だと思っている。

「そりゃあ」

 徳升が、カウンターの客にコーヒーを継ぎ足しながら話を続ける。営業時間ではないので、その辺の暇な店主でも座っているのだろう。明らかに還暦を過ぎた白髪混じりの男は、二人の会話に微塵も興味がない様子だった。

「別々のトラックで録音してるんなら別々にいじれるでしょうけど。ライブ音源なんでしょ。限界がありますよ」

 限界、とは言われたものの、その限界がどこなのか筧には分からない。

「それ今、音源あるんですか」

 あるにはあるが、そう尋ねられると出すに忍びない代物に思えてくる。筧は恐る恐る、自分の焼いたCD‐Rを渡した。

 カウンターの客に目くばせをしたバイトの徳升は、店内の有線を止めて音源を再生し始めた。

 ガヤガヤしたライブ会場のざわめきからフェードインすると、喋りもなしに生ギターの演奏がいきなり始まった。たった数秒のフェードインは筧がどうにも納得いかず、二時間も試行錯誤した渾身のものだ。なのに、そんなどうでもよい苦労話など知ったことではないミキサー担当の徳升は、

「うわっ、音質悪過ぎ」

 そう、最初に発した。

 さすがにその反応はないだろうと筧は口を開きかけたが、徳升は何の先入観もなくこの音源を耳にする最初の審査員なのだと気を取り直した。若いとはいえ、この店の音作りを任されているのだから、この際プロから率直な意見をもらうのが良策だろう。

「あれ……?」
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