銀のリボンを結んで

吉岡果音

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出発

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 まだ外は暗かった。空気が澄んで肌に冷たい。


「じゃあ参りますかーっ!」


 早朝からディゼムはテンションが高かった。無駄に。


 車はジープのような形状をしていた。頑丈なボディ、実用性を重視したデザイン、かなりの悪路でも走行可能に見える。暗い中でも一目で使い込まれた古い車であるのがわかった。乗り心地は――、あまり快適ではなさそうだった。

 ディゼムが運転席に座る。リールがちらりとミルゼに目配せし、助手席にさっと座った。結果、ミルゼと凛子が後部座席に並んで座る。


「凛子さん、眠かったら眠っていいですよ」


 ミルゼが声をかける。


「ううん。大丈夫。よく眠れたし」


 車を走らせると、すぐに眠っていた。ミルゼが。


 ――眠っていいですよ、って自分が寝てるし……。


 ミルゼの頭が凛子の肩にもたれかかった。巻き角が、こつんと当たる。


 ――ちょーっと! ミルゼーッ! 頭が私の肩に乗ってるんですけどーっ!?


「おいおい、ミルゼー。もう爆睡かよ!?」


 バックミラーを見て苦笑するディゼム。


「しかも立場が逆だし」


 くすくすとリールが笑う。


 ――もう。ミルゼったら……。


 穏やかな寝顔。繊細な、長い銀色の睫毛――。ミルゼはすっかり眠りこんでいた。ほんとに、お前はコアラとか猫とかハムスターか、とツッコミたくなった。


 ――髪、サラサラだなあ……。


 思わずそっと髪に触れてみた。艶やかな銀色。


 ――リールにもらったリボン、角に結んだらきっとすごく似合っちゃうだろうな。


 ミルゼの――男性にしては華奢な手首――銀のバングルにも触ってみる。冷たい金属の感触。


 ――ちょっと、ミルゼ! これじゃ触り放題だよ?


 ミルゼの甘い香り。どきどきする。自分の中のどきどきをごまかすため、ミルゼの髪をもしゃもしゃにしたり、ミルゼのほっぺをにゅーっと引っ張ったりしてみたくなったが、さすがにやめておいた。

 街道を抜けてしばらく砂利道を走る。ガタガタと車は揺れるが、ミルゼは起きない。


「ミルゼ、全然起きないね」


 ほっぺを引っ張っても起きなかったかも、やっぱりちょっとやってみようかな、などと凛子は思う。


「まあ凛子さえよければ、寝かせとけ寝かせとけ。まったく、幸せそうな寝顔だよなあ」


「ほんとね。ミルゼは食べることと眠ることが大好きだから。でもなんか食べ物の匂いでもしたら起きるかもよ?」


 リールが自分の尻尾の先を撫でつけながら笑う。凛子は、リールの尻尾にもリボンをつけたらどうだろう、とぼんやり考える――。


 ――きっと、大きめの真っ赤なリボンが合うかな。ディゼムの耳にリボンは……、似合わなそう。似合うとしたら首に鈴くらいかな。


 少し辺りが明るくなってきた。すぐ前方に山々が見える。一番手前の山のふもとにログハウスのような建物があった。


「ミルゼ、着いたぞー。かわいいギルウちゃんたちが待ってるぞー」


「あ……」


 寝ぼけまなこのミルゼ。一瞬今の状況を判断できない様子。


「あっ! 凛子さん! すみませんっ!」


 凛子の肩にもたれかかっていたことに気付き、大急ぎで謝る。


「ミルゼ、よく寝てたね」


 本当は、ずっとどきどきしていたけど――、なんでもないふうを凛子は装った。


「ミルゼ、おはよう。凛子にヨダレつけなかった?」


 からかうようにリールが声をかける。


「本当にすみません……」


 頬を赤くし、申し訳なさそうに謝るミルゼ。


「どんまーい!」


 ディゼムがミルゼの頭をわしわしと撫で、髪をくしゃくしゃにした。

 ギルウを貸し出してくれるという店の中に入る。その店の裏は広い牧場となっていて、ギルウと呼ばれる生き物たちが草をはんでいた。

 ヤギに似たギルウは、黒目がちの瞳で凛子を見つめた。体毛は少し長くふわふわとしていて、白色、黒、まだら模様とそれぞれ毛色に個性があった。


「わあ。かわいいー!」


 まっ白な毛をした一頭のギルウが凜子に顔を寄せ、甘えたような仕草をする。凛子はギルウの頭を優しく撫でてあげた。ディゼムは角の生えたギルウの頭をわしわしと撫でる――さっきまったく同じような光景を見たっけ――凛子はちょっと吹き出してしまった。


「の、乗れるかな?」


 大きさは馬より少し小さかった。店の人が手早く四頭のギルウに鞍と手綱をつけてくれた。

 ミルゼ、ディゼム、リールは馴れた感じでそれぞれギルウに乗る。ディゼムの乗ったギルウは、一番大きく立派な体躯をしていた。しかし、この店の中で一番足が速いのはミルゼの乗った黒い毛並みのギルウだという。この二頭は、店主自慢のギルウらしい。

 ギルウの全面的な協力のおかげで、無事凛子もギルウの背にまたがることができた。

 朝もやの中、山道をギルウに乗って登っていく。濃密な森の香り。道を知っているミルゼが先頭、リールが二番目、三番目に凛子、最後にディゼムの順で進む。しばらくの間はよかったが、徐々に道は険しくなっていた。ギルウは草むらも岩だらけの道も気にせずどんどん進んでいく。


「すごいね。この子たち、力あるね。こんな急な険しい道も人を乗せて進んでいくんだもんね」


「急な崖も平気で歩くのよ。人が乗ってても全然平気な顔で登ったり下りたりするのよ」


 道ではないほうへ進む。ふだん人が行かない方向らしかった。丈の長い植物の間を通り抜け、小川を渡る。木々の間を進み、崖の前に出た。


「えーっ!? まさか、崖を!?」


思わず手綱を握る手に汗がにじむ。相当な高さだった。


「凛子。目をつぶってたら?」


 リールが振り返り、涼しい顔で微笑む。


「そんな! 余計怖いです!」


 リールもミルゼもディゼムも、ギルウたちも、崖であることをまったく意に介さず余裕の様子。ギルウたちは崖を下り始めた。


「ええっ!? 本当にこのまま下りるんですか!?」


「ここから隣の山に行くのよ。しっかりつかまっててね」


 ――そんなそんなそんなーっ!


 ギルウは素早く渡れる足場を見つけ崖を下る。人を乗せていてもまったくバランスを崩さない。凛子は必死につかまっていたが、そんなに必死でなくてもギルウのほうが人を落とさないよう気を配った動きをしていたので大丈夫のようだった。

 崖を越え、隣の山へ渡る。この山は滅多に人が入らないのだろう、進んでも進んでも道のようなものは見当たらなかった。

 高い木々、朝日が枝葉の間をくぐり抜け、舞うようにゆっくり降りてくる。足元にはシダや苔。大きな木の根を飛び越えて進む。
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