銀のリボンを結んで

吉岡果音

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境界

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 ミルゼは疾風のごとく駆け、黒い毛並みのギルウに飛び乗りドラゴンを追いかける。ディゼムとリールも続く。


「まさか変異体だったとは……! くそう! どうして私じゃなく凛子さんを!」


 ドラゴンは凛子をつかんだまま空を飛ぶ。


「離して! 離してええ!」


 強い風に凛子の声はかき消される。恐怖のあまり気を失いそうになる。


 ――あ! あれは!


 すぐ前方に青いきらめき――。凛子の瞳に海が映った。


 ――海! ということは、このままでは……!


 ミルゼたちは海を見たことがない。ということはギフトの魔力の適用外、『境界』を越えてしまうということだった。『境界』を越える――。すなわち誰も助けに来ることができないことを意味していた。


「くらえーっ!」


 ディゼムが矢を放つ。同時にリールが胸元からカードを取り出し、宙に投げる。カードには深紅の鳥が描かれていて、投げられるとともにカードから飛び出した。その炎のような鳥は、空中に生まれ出るとともに、みるみる大きくなっていった。そして凛子に向かってまっすぐ飛んでいく。


 キエアアアアアアーッ!


 ディゼムの矢がドラゴンに命中した。続けざまに五本の矢がドラゴンを貫く。


 ドラゴンの手から凛子が離れ落ちる。すかさずリールの炎の鳥が凛子をキャッチした。炎の鳥はなんとかリールのいるほうへ戻ろうと必死に羽ばたくが、凛子を支えきれず斜めに下降していく。

 ディゼムの強力な魔力の矢によりドラゴンは絶命し、波打ち際に落下していった。


「凛子さんーっ!!」


 ミルゼがギルウに乗って岸壁を駆け降りる。


「だめだっ! ミルゼッ! それ以上は……!」


 ディゼムが叫んだ。


「ミルゼーーーッ!!」


 ――ああ! だめだ! 岩にぶつかる!


 凛子は迫りくる海辺の岩の前に目を閉じた。


 ドサッ!


「よかった……。なんとか間に合いました」


 瞳を開けると、ミルゼの優しい笑顔――。凛子は無事ミルゼの腕に抱かれていた。


「ミルゼ……!」


 ――よかった! 私、助かったんだ――!


「凛子さん。大丈夫ですか? ケガとか痛いところは?」


「大丈夫……。痛いところも、ないよ」


「怖かったでしょう。とても危険な目にあわせてしまってすみませんでした」


 ――大丈夫。ミルゼが来てくれたから――。


 ミルゼのぬくもりに、包み込むようなほのかな甘い香りに凛子は安堵した。

 ミルゼの全身が、光り輝いていた。


 ――あれ? どうしてミルゼ、光っているの……?


 きっと海辺のまぶしい朝日のせい、凛子はそう思い込もうとした。


 ミルゼは凛子を腕から降ろしてあげた。


「本当に、綺麗ですね。これが海、なんですね――」


 ミルゼの瞳にも海が映っていた。潮風が銀の髪をなでる。


「ミルゼ……?」


「よかった。凛子さんと一緒に海が見られるなんて――」


 ――ミ……、ルゼ……?


「凛子さん。早く見つかるといいですね。凛子さんだけの特別な道――。いえ。凛子さんなら大丈夫です。すぐに見つけられると思いますよ」


 光が増し、ミルゼの輪郭がぼやけて見える。


「ミルゼ? へ、変だよ……? なんだかミルゼ……」


 ミルゼは笑っていた。


 ――あれ? ミルゼはなんて言ってたんだっけ。ミルゼが海を見ることができなかったのはどうしてだっけ――。


 その答えは凛子も知っていた。でも頭が、心が、答えを拒絶していた。


 ――あれ。なんでだろう。ミルゼの姿がにじんで見える。


 凛子の頬を涙が伝う。


 ――いやだ! そんなの、私は認めない! 絶対信じないんだから!


 ミルゼは優しく凛子の涙を指で拭い、頭をそっと撫でる。


「ありがとう。凛子さん。本当に」


「ミルゼ! な、なんでそんなこと言うの!?」


 ――どうして今ありがとうなんて言うの!? それじゃまるで……!


 お別れみたい、凛子はどうしても浮かんでしまうその言葉を、必死で頭から振り払おうとした。


 ――そんなわけない! 絶対、ありえない! ありえないんだからっ!


「凛子さん……、会えて本当によかっ……」


 潮騒――。よく聞こえないよ、と凛子は思った。ミルゼの声が聞きとりにくいのは、きっと潮騒のせいだ、と凛子は信じたかった。


 ――ミルゼ……? どうして……? 空の青が透けて――。


 空は、澄み渡っていた。


「ありが……、と……、う……」


「ミルゼ! だめだよ! ミルゼ! だめえっ!」


 凛子は激しく否定するように首を振り、ミルゼに抱きついた――、はずだった。


 カシャーン。


 銀のバングルと、衣服、そして一対の巻き角が落ちた――。


 ――え。嘘……。ミルゼ……?


 凛子の腕にミルゼの感触は、もうなかった。


「ミルゼ……」


 ひときわ強い潮風が吹いた。実際はずっと波の音がしていたが、そのとき凛子の耳には届いていなかった。静寂に包まれていたような気がした。

 岩の上に落ちた銀のバングルにそっと触れてみる。その冷たさに、凛子の指が震える。そして角――頭にあるはずの角が、どうして岩の上にあるのだろう――。


「ミルゼーーーーッ!!」


 ミルゼが、消えていた――。優しい香りを残して。
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