私オーディション

カズキ響ゼツ

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私オーディション

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 私のお父さんは首だけで、お母さんは硬いまっ平。
 娘の私はグニャグニャだった。
 そんな中、猫の【なんでも】だけは、ふっかふかで温かかった。

 だけどある日【なんでも】は死んだ。

 西暦三万五千年…人類は死を超越していた。
 肉体が破損しても復元できるようになっていた。
 だから、人殺しが起きても、事故が起きても、被害者は怒ったりしない。

 それが世界のフツーだった。

【なんでも】の死因は交通事故だった。
 車にはねられたのだ。
 運転手は【なんでも】の復元費用だけ払ってさっさと走り去った。
 むしろ、【なんでも】の血で汚れた車のクリーニング代を払って欲しそうにしていた。
 嫌な顔だった。

【なんでも】がはねられたのは、私の誕生日。
 家族そろってレストランで食事をしようとしていた日だった。
 お父さんは血まみれの【なんでも】を呆然と抱いていた私を見て、「毛皮を新しくしよう」と言った。
 お父さんは上手いこと言ったつもりみたいで得意そうで、お母さんはとなりでニコニコしていた。

 私は硬い声で「そしたら【なんでも】じゃない」と言った。
「【なんでも】と違う、だったかも知れない。

 そしたらお父さんは「アレ?」という顔をして
「中身はそのまま復元されるんだから【なんでも】だろう? 同じ猫だよ」と言った。
 私は「【なんでも】は死んだの」「戻ってくるのは復元した別の猫よ」と早口で言った。

 お父さんとお母さんは困惑したはにかみ笑いで顔を見合わせると
「つまりそれは、新しい猫を飼いたいってコトかい?」
「それならそれでかまわないけれど・・・」と言った。

 私は冷たくなった【なんでも】の体を抱きしめながら
「ちがうよ…そうじゃない…そうじゃないよぉ…!」と泣いた。

 二人はまた顔を見合わせて、ただただ困惑するだけだった。



 ――後日。

「にゃーおぅ!」
 家には復元された黒い猫がいた。
 その体は温かく、私の足にすりよってくる。

 だけど私はその猫が同じ【なんでも】だとは思えなかった。

「にゃーお、にゃーお、にゃおん」

 私の【なんでも】はどこへ行ったんだろう?

 そして、私はある決心をした。


「【私】オーディション?? なんだいそれは?」

 私は困惑するお父さんには答えず、決心した計画を話した。

「文字通りだよ。誰が【私】になるかオーディションするの」

 お父さんとそれからとなりにいるお母さんは、
私が何を言っているのか解らないのか、みけんにシワを寄せている。

「私はこれから死にます。
 それから復元する私の中身を、同じ年ごろの女の子たちから選ぶの」

 お父さんたちは首をひねる。
 どうにかして娘がしゃべってるのは何なのか? 考えをめぐらせて「アッ!」と思いつく。

「そうか! お前、自分の顔を変えたいんだな? いいや、顔だけじゃない、体もだ!
 なんだ、そんなまわりくどいことしないではっきり言えばいいのに――」

「ちがうよ」

 と私がそうさえぎると、お父さんは笑顔のまま固まった。

「女の子たちはもう募ってあるの」

「お前…さっきから一体なにを言ってるんだい??」

 父の口から、少しの苛立ち混じった問いかけも私は無視する。

「学校のね、講堂にみんなを集めて、横になって待っててもらうの。
 いっしょにね、包丁とかノコギリとか刃物をいっぱい準備して
 ――殺し合うの」

 人類が死を克服した今、殺人なんてとりたてて意味のない、本当にムダな行為そのものだった。

 年に何度が小さなこともたちが『殺し合い』ごっこをしたとして退屈なニュースになる程度の事だった。

 十代の、そろそろ大人に近い年ごろの女の子が大真面目にすることじゃない。

「お前…」
 お父さんはお母さんもいっしょに、絶句していた。

「死んでも復元すれば元通りなんでしょう?
 ちょっと中身が変わるくらい、そんな大したことじゃないじゃない」

「バカ! そんなのもうお前じゃないだろう?!
 そんな事もわからないのか?!」

 父はここではじめて激昂した。
 私はそんな父を覚めた瞳で静かに見つめる。

「殺し合って残った一人が【私】として復元されるわ。
 いいでしょ、どうせ残った人も復元して元通り!
 ちょっと毛皮を替えるような事なのよ」
「お前…」
 
 父はいよいよ何も言えなくなって、娘の肩をつかもうとした手を力なくおろした。

 そのあと。
 私は自殺した。

 その日も父は首だけで、母は硬くて平面だった。
 私にさようなら。
 私にさようなら。

 これから【私】をめぐって女の子たちが殺し合います。
 切ったり、刺したり、殴ったりして殺し合います。

 だけど復元すれば元通り。
 復元すれば元通り。
 次が誰だか知らないけれど元通り。

 鐘が鳴る。
 それは【私】が死んだ音。
 眠る私は目を覚ます。

 枕元に並んだ包丁を手にすると、わくわくした様子の私や寝ぼけている私、不安そうにしている私が目についた。

 私は手始めにとなりで寝ていた私に向かって包丁を振りかざす。

 首から噴き出す赤い液体。

 だけどもこれも復元すれば元通り。

 私も死んだらそうなのかしら?

 復元された【私】は本当に私かしら?

 【新しい私】という別の私じゃないかしら?

「きゃああああッ?!」

 誰か(私)の悲鳴があがる。

 私でいるのは命がけ。

 私でいるのは命がけ。

 だから私は包丁を振るった。




 おしまい
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みんなの感想(1件)

vv0maru0vv
2023.02.25 vv0maru0vv

よくわからないんだけど何故か全部読んでしまう!何回か読みました。こういう小説好きなので、面白かったです!

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