妖護屋

雛倉弥生

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大江山の深紅と薄桃の鬼篇

頼光四天王。ねぇ、伝説だから良いけど多少盛りすぎじゃね?後世に残したいからって絶対一部変えたよね?カッコ良く見せたいからって。

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伊吹は鬼達に当時の出来事を聞き出して

いた。過去を聞き出すことで、

何か手がかりが掴めるかもしれない。

「思い出せることは何でも良い。

言って欲しいんです。酒呑童子と茨木童子の

為なんです」

拒否していたが、伊吹の必死の説得により、

彼らは口を開いた。自分達はこの大江山を

拠点としていた。鬼が丹後にいると噂を

されていても誰もこの地に足を踏み入れる

ことは無かった。

それが突然人間達が襲って来たのだ。

「それが源頼光ら、頼光四天王だった

んですね」

鬼は無言のままだ。肯定ということだろう。

鬼達は自分達が愚かなことをしていると

自覚していた。それでも血肉を食っては

生きていけない。人間とて同じことだ。

なのに何故彼らは自分達の行いを肯定し、

更には自分達の存在そのものを脅かすものを

抹消しようとするというのだ。余りにも

理不尽だ。人間を優位に立たせようとして

いるのだろう。だから、必死に鬼として、

一匹の生き物として生きようとした。

王を守ろうとした。

その結果、多くの仲間を失った。怪我を

負った。それでも負けを認めなかった。

認めてしまったら人間は最後まで…いや

死んでも己の行いを悔いることもしない。

逆にその正義でも何でもないものを誇ろうと

するのであろう。だが…

「俺達の王は、酒呑様は人間共に頭を

下げた。命乞いをした。何故と、怒りが 

湧いた。なんであんたがそんな奴等に頭を

下げるんだ。最後の最後くらい王として

威厳を見せて欲しかったのに……」

それは死んでいった鬼達も同じ思い

なのだろう。だからこそ、分かる。伊吹

にも。

「俺も同じだ。俺も同じように家族に、

周りの大人共にいないもの同然に

扱われてた。それでさ、世界に絶望して

死にたくて死にたくて堪らなかった」

思いがけない告白に鬼達は、固まる。

でもと、伊吹は言葉を続けた。

「妖達が救ってくれたから、優しい武士達が

救ってくれたから俺は今ちゃんと生きて

いる。妖護屋として困っている妖達を救う

ことが出来ている、それだけで良い。

人間ってそういうもんなんだよ。周りを

大切にする分自分を蔑ろにするか、周りを

蔑ろにする分、自分を大切に、敬う。

皆さんは後者の人間しか見ていない。

見られなかった。けどさ、これからは

もっといろんな人を見てみなよ。案外世界は

広いんだからさ」

強制はしない。同じ世界を見ているわけでは

ない。彼等にも見ている世界がある。

自分が良いと思っていても必ずしも他人に

良いと思えるかと言われればそう限らない。

価値観は人それぞれだ。

「何か、お前のこと見直した。苦労した

んだな…」

鬼の一人が伊吹の背中を優しく撫でた。

「なんで慰められてる?」

彼らの哀れみを感情を受け取らずに

いまいち理解出来てはいなかった伊吹で

あった。
 













「それで、お前はあの時鬼達の中に間諜が

いたって言うのかよ」

先程の空気から一転、伊吹を鬼達が睨んだ。

その姿に怯むこと無く彼は冷静に話す。

「皆さんは当時拠点が此処だとは人間達

には知られていないと言いましたよね?」

伊吹の問いかけに一人が応える。

「そりゃ、言ったけどよ…」

「なら何故突然襲われましたか、簡単です。

皆さんの情報を流した輩がいたからですよ。

なら仲間を疑うしか無いでしょう。平和

だった日常を一瞬のうちに奪われたんです

から」

静寂が訪れる。誰も何も言い返すことは

出来なかった。仲間を疑いたくはない。

けれども……裏切ったのだとしたら。

それは……

「それは、仲間を売ったとしか言いようが

ないよな」

自分の為に、保身の為に。

「それが茨木童子だと?」

伊吹は俯いた。認めなくは無いけれど、

そう考えるしかなく、その様にしか受け取る

しか今の伊吹にはなかった。

「あの時逃げた方は彼しかいないと……。

今更考えてみると一人逃げ出せたのが不思議

なんですよ。逃げ出しているのが見つかった

ら直ぐに殺されます。いや、気付かれていた

可能性もあったのに殺されることなく、

逃げることに成功していた。可笑しい

でしょう? ……まぁ詳しい事情は

聞いてみないと分かりません。けれど

皆さんはその事情を聞いた時彼を

許せますか?」

許せるのだろうか。たとえどんな事情が

あったとしても家族同然の仲間を、同胞を

売った鬼を。頭を下げて来たとしても

迷わず切り捨てるだろう。

「俺は、許してしまう気がします。たとえ

どんな妖だとしても俺は妖護屋です。妖を

守る為に、妖の為に存在しています。

だから、どんなに悪いことをしていたと

しても、そこに私情が絡んでしまうけれど

俺は許せる存在でありたい」

眩しく思えた。この青年が、妖護屋が。

優しすぎて、正しくて、自分の歩むべき

道を、生きる道を少なからず外しても進んで

いる。それゆえに認められているのかも

しれない。多くの妖達に。鬼の王に。

「俺達は王の考えに従う。間違っていたと

しても着いていったのは己自身だから。

だが、王が茨木童子を許したとしても俺達は

許せないかもしれない。その時はお前が

俺達の分も許してやってくれ。王やお前に

許される方が茨木童子も喜ぶだろうよ」

違うのに、と伊吹は声に出したかった。

しかし声には出すことは無かった。彼等の

思いを無駄にしたくは無い。茨木童子は

酒呑童子に許され、仲間達にも許されたい

のだと。……勝手な想像だが。

「と、いうか許してやったら故郷に

行かせてやれよ。彼奴両親に会いたがって

たもんな」

茨木童子のその後の話も知らない彼らは

思ってもいないだろう。彼は既に両親からも

勘当されていると。鬼である為に。

両親は既に生きていない。もう何千年も前の

とっくに亡くなった親なのだ。そして、

仲間を裏切り、更には両親にも見捨てられた

彼は独りなのだと。ならば仲間達の元へ

いた方が幸せだったかもしれないとは

考えてもいないのだろう。震える片手を伊吹

はもう片方の手で握り締めた。
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