妖護屋

雛倉弥生

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紅蓮の鬼

一番この世で恐ろしいのは妖でも、霊でも無く人間だから。俺は其れを少し前に知ってしまった。だから、怖いよ。いつ牙を向けて来るか分からないから。

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伊吹は沖田らが寝静まった部屋を後にし、

縁側へと腰掛けた。目線の先にある草の中で

蟋蟀(こおろぎ)が楽しそうに鳴いて

いる。まるで何も知らない、汚れなき子供の

ように。

「はは、虫は人間の怖さは知らないか…」

いや、知っているのかもしれない。彼らは

哀れなことに自分達に狩られているの

だから。子供が好奇心で取ったり、或いは

邪魔だからと駆除されたり……

「お前らも俺と似てるんだな。俺も、さ、

似たようなものなんだ。実の息子じゃ

無いって分かってそれでも育ててくれたのは

俺を跡取りにして御家の為の、自分達の為の

道具に使う為だったって。だけど、それを

知らなかった俺は、見向きもしてくれ

なかった父を必死に呼び続けた。母は腹の子

にしか愛情を向けなかった。二人に仕える

人達も。最終的にあの人達に構って欲しく

母に悪戯をした。けれどそれは逆に怒りを

買って、屋敷の人達に蔵に幽閉された。

んで、数年経ってやっと妖に救ってもらって

あの家から逃げた。今思えば俺は馬鹿

だった。あんな糞な親どもが俺なんかに

愛情を注いでくれる筈ないって分かってた

けど、期待をしていたから。無駄な期待を」

今まで抑えていた感情が涙となって 

零れ落ちてくる。それでも言葉を紡ごうと

する。

「まぁ、それで良いんだけど、ね……俺だけ

悲しんでれば良いから。家にも周りにも

誰も味方になってくれる人はいなかった。

けど…ここに来て、妖護屋をやってそれ以上

に多くの人に、妖に」

「温かい人達に出会えて、こうして遊んだり

話したりする事が出来るのがめっちゃ

楽しい。だから俺は幸せって事。そんでお前

らも幸せになれよ、お前らみたいな虫はそこ

まで嫌いじゃないからさ」

伊吹は目を細め、口元を緩ませどこか懐か

しい唄を口ずさんだ。狸寝入りをしていた

沖田は伊吹の優しく温かい唄に聞き惚れて

いた。

(唄歌うとか酔狂な奴。しかもむかつく

くらい上手いし。けど……お前が幸せなら、

楽しいんだったら何でも良いよ。お前は

もう独りじゃない。お前のことが大好きな、

馬鹿な仲間共がうじゃうじゃ集まってる。

蛆虫(うじむし)みたいに。気持ち悪くて

ちょっくら前まで死体の様に顔が動かなくて

笑いもしなかったお前に寄ってたかった。

まあ俺もそうだったんだけどさ)

その頃の伊吹は大人という闇に、人間に、

そして何も出来なかった自分自身に絶望して

いた。だから戒めに泣く事も笑う事も禁じ、

封じた。それが正しいと思い込んで。

けれど、もうそれは彼の呪縛は解け去った

様だ。

(でももう今は違う。花の様にころころ

表情を、感情を変えるお前に蝶や蜂みたいに

お前という大輪の花にとまっている。

それはただの友人という心からでもある

けど違う。そんなもん越えてとっくに……

お前危なっかしいし、第一自分の命を顧み

ないしな。いつか命が尽きるけれど俺らは

お前を守らなければならない。幕府の

お偉いさんの御子息だからじゃない。

ただお前という花が愛しいだけだからだよ)

沖田は布団から起き上がり伊吹の後ろ姿を

眺める。彼が起きたというのにもかかわらず

未だ気付かないその鈍感さ。尊敬する。

そこが伊吹らしいのだが。

(だから……大人しく愛されとけ。ついでに

害敵とかが来たら斬って守ってやるからよ。

んで、生きろ。俺が、俺等が死んでも。

俺らがお前という花にとまってたのは

生きた証を植え付けたから。そういう事

だから俺等が死んだら精々悲しめ、俺等が

お前を愛した分まで)

愛しい者の唄を子守唄にし、もう一度沖田は

眠りについた。

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