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第二章

2.因縁を聞かせて

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ヴィルフリートは意外なことに子煩悩だった。
リリアンヌが生まれてから一ヶ月、毎日のように母子のもとを訪れて不器用な手つきで娘を抱きあやしている。相変わらずその表情は鉄面皮だが、その目尻がわずかに緩むのだ。ヴィルフリートなりに娘への愛情があるようで、それを見てブランシュはとても嬉しく思っていた。


「殿下にお聞きしたいことがあります」

いつものよう部屋を訪れリリアンヌを抱いていたヴィルフリートに、ブランシュはそう切り出した。

「以前仰っていましたよね、ドロテアと義父上様には浅からぬ因縁があると。その因縁があるから、ドロテアに大きな権力を持っていてもどうにもできないのですよね?……私はあの者のせいでリリアーナを失ったも同然なのです、なぜあの者があそこまでの力を持っているのか知る権利があるかと」
「……そうだな」

ブランシュの言葉にヴィルフリートは頷く。

「お前にはきちんと話しておくべきことだ。今日は時間もあるから、順を追って話していこう」
「ありがとうございます、殿下。――ベネデッタ」

部屋の端に控えていたベネデッタがブランシュの呼びかけに「はい」と頷き、ヴィルフリートからリリアンヌを受け取り別室へと引き下がった。


リリアンヌが生まれてしばらくした頃、ブランシュはダミアンに嘆願して侍女四人を罷免するよう願い出た。リリアーナの一件を知っていたダミアンは了承したが、その前にエバとベネデッタとは腹を割って話してほしいと言ったのだ。この国の最高権力者である義父の言葉に逆らえるわけもなく、ブランシュはダミアンに名指しされた二人を部屋に呼び出し話をした。リリアーナに会いに行く直前のエバの言葉も気にかかっていたから。

『リリアーナの件、まことに申し訳ございません。この王宮に仕える侍女は皆、ドロテア様には逆らえないのです』

誰にも言わないから思っていることをすべて言ってほしい、と告げたブランシュに、ベネデッタは辛そうな表情で言った。

『先王陛下……現在の陛下のお父上の御世では、ここまで王宮の空気は固くありませんでした。主従関係は厳しかったとはいえ、王族の方々と私たち側仕えの距離は今よりもずっと近かったのです。ですがドロテア様が女官長になられてから、今のような形に……』
『なぜそんなことになったの?』
『それは……王家に関わることですから、私の口からは申し上げられません。ただ、ドロテア様と陛下の間に色々と事情があったとしか』

そう言って俯いてしまうベネデッタの代わりに口を開いたのはエバだった。

『カルラとクララはドロテア様の親戚にあたります。そのため、陛下に……王族の方々にはあまりよい感情をもってはいません。ただ、私とベネデッタは違います。ドロテア様の目がありますから、あまり大きな声では申し上げられませんが……誠心誠意、妃殿下にお仕えしたいと思っております。妃殿下は私たちのような者にもお優しくて……今までそれに応えられず、申し訳ありませんでした……』
『リリアーナのこともです。妃殿下の大切な友でもあったのに……』

そう言って涙を流す二人に、ブランシュはそれ以上何も言えなかった。二人の涙も、言葉も、偽りだとは思えなかったからだ。けれど、リリアーナのことがどうしても引っかかって心の底から信じることはできない。

『……話は分かったわ。でも、私はどうしてもあなたたちを心から信用できない。もっと早く打ち明けてくれれば、リリアーナは死なずにすんだかもしれないのだから』

そう言うと、ベネデッタとエバは項垂れる。そんな二人に、ブランシュは少しだけ声を和らげた。

『だけど、私がこの国に来てからあなたたちがきちんと仕えてくれたのも事実。こうして打ち明けてくれたこともね。……だから、あともう一度だけ機会をあげる。もう裏切らないで』
『妃殿下……!!』
『ありがとうございます、妃殿下!』

今度は感謝の涙を流すベネデッタとエバなのだった。
結果としてカルラとクララはブランシュの侍女を外れ、ベネデッタとエバは続投となった。そしてリリアンヌの乳母として雇われたイレーナも加わり、今のブランシュには三人の侍女がついている。ドロテアの目があるところでは以前通り互いに一線を引いて接しているが、それ以外では笑顔で会話をすることも増えた。少しずつブランシュもベネデッタとエバへの信用を取り戻しつつある。


という話はさておいて。ベネデッタがリリアンヌを別室へ連れて行ったことで、部屋にはブランシュとヴィルフリートの二人だけとなった。

「母上は父上にとって二人目の王妃でな。一人目の王妃とは離縁だった」

ヴィルフリートがそう切り出した。

「俺とヒルデは母上の子だ。一人目は、子ができない身体であることを理由に王太后……俺の祖母に当たる方が父上に離縁を命じられたと聞いている。父上も逆らうことなく離縁したそうだ。ブランシュも分かるだろう、この国の妃に求められるのは後継ぎを産むことなのだから」
「……」

いくら何でも子ができないことを理由に離縁するなんてと一瞬ブランシュは思うが、確かにリリアンヌを懐妊している間も「無事に子を産むこと」を最優先にされていた。そしてリリアンヌが生まれたとき、周囲は無事に生まれたことを喜ぶよりも王子ではなかったことを嘆いていた。ヴィルフリートの言葉にも納得がいった。

「だが、子が生まれないことを理由に離縁するのは外聞が悪い。一計を案じたおばあ様は、前王妃の実家に謀反の疑いをかけて没落させた。謀反人の家の娘を王妃にはさせられないということにすれば、周囲からの反発も避けられると踏んだのだろうな」
「ひどい……」

そう呟かずにはいられなかった。ヴィルフリートもそう思っているのか小さく頷き、話を続けた。

「だが、おばあ様にも最低限の良心はあったのだろうな。地位も財産もすべて失くした前王妃の一族に、それぞれ王宮での職務を与えた。王宮にいればまたよからぬ企てをしようとしてもすぐに気づけるし、さすがに路頭に迷わせるわけにもいかないと言ってな。……そして、王妃の座を追われたまだ若い娘に、おばあ様は女官長の役割を与えた」
「まさか……」
「ああ。ドロテアは、この国の前王妃だ」
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