風より早く

漆畑

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風より速く

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「位置について、よーい」

パン!

スタートのピストル共に全員がスタートを切った。これは百メートル走なので一気にスタートを切る。

出木志保(いずるぎしほ)日商中学二年生の陸上部、期待の星。だが、この試合で大きな事故が待ち受けていた。

五十メートルを走ったぐらいで強い風が吹いた。強い追い風に私は押し戻されそうになった。

目を細めた。おそらく他の走者も同じ気持ちになっただろう。

だが、その風は私にだけ不幸の風だった。

左足をひねった。なんとか倒れずに体制を整え、右足、左足で踏みきろうとしたが、

「痛っ!」

左足で踏ん張れずに転倒した。スピードがついていたので受身もとれずに吹っ飛ぶように倒れ、痛みに耐えてその場にうずくまった。ゴールすることもできずにそのまま棄権。友人の肩を借りてそのまま病院に行った。

とりあえず骨は折れていなかった。しかし、治るまでに時間がかかると診断された。


季節は秋を終えて冬になった。怪我は思ってた以上に重く、リハビリに時間を費やした。

この時期にトレーニングをしておかないと春の大会に響く。

松葉杖はどうすることもできずに、できるだけのトレーニングをするしかなかった。


春になり三年生になった。リハビリも終えて走ることはできたが、スピードは出なかった。


「私に体力がないのは当たり前か」

なぜかあの怪我以来、走っていて風が気になる。

春の大会は案の定、散々だった。頭に左足のことがよぎる。ベストにタイムにはほど遠い記録だった。

その後もちゃんと練習はするのだが、どこか気持ちが散る。陸上部期待の星も廃れたものだ。

やり切れない気持ちがありながら、夏の最後の大会を迎えた。

「これが最後の大会か」

ふと横から監督が現れた。

「出木、最後に意地を見せてみろ。風や怪我に負けるな」

この一言がなにかを吹っ切った。風や怪我に負けない。調子が悪いとなにかと言い訳がましい自分に気がついた。とにかく一生懸命走る。風や怪我は関係ない。そうこうしてる内に出番だ。

「位置について、よーい」

パン!


一生懸命にただひたすら走る。風も怪我も関係ない。自由に羽ばたくように。ただひたすら走る。一生懸命に。

気がついたらゴールのテープを切っていた。

「いつの間に」

走り終えたら不思議な気持ちになった。風の音が祝福してくれているかのように。

風より速く私は走ったのだ。
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